卓球勇者
1セット目と続き、2セット目も11-1で卓人の圧勝となった。
現在3セット目、10-3で、卓人が勝っている。あと1点卓人が点を決めれば、卓人のストレート勝ちとなる。
「サッ!」
卓人はボールを上げ、ラケットに当たる瞬間に手首を捻る。
ボールは卓人側のネット側のフォア側でバウンドし、大きく軌道を変え、右側、エルから見るとバック側で再びバウンドする。
エルはバックで突っつき、ボールは卓人のバック側でバウンドし、それを卓人はバックドライブで返球する。
早い回転を伴ったボールはエルのバック側でバウンドし、エルはバックドライブで打ち返す。
卓人のフォア側にボールがバウンドし、卓人は突っつき、エルのフォア側にボールがバウンドするが、その時、ボールが上がってしまう。
チャンスをものにするとばかりに、エルはつかさずスマッシュで卓人のフォア側に叩きつける。
「よし!」
エルは自分の得点を確信する。しかし卓人は構える。
勢いよくたたきつけられたボールを、卓人は素早い動きで捉え、スマッシュでエルのコートに叩きつけた。
自分の得点を確信し、気が緩んでしまったエルは「まずい」とばかりに腕を伸ばすが、間に合わず、ボールは落下した。
「11-3(イレブンースリー)、試合、終了」
見事試合を制したのは卓人。圧倒的な実力差で相手を叩き潰した。
「……すごいですね」
そんな卓人を見て、拍手をするエル。あまりの実力差に悔しさも感じない。
「これでも全日本で準優勝だからな……」
「卓人さん、やっぱりあなたは”卓球勇者”なんですね」
「……はい?」
「その圧倒的な実力に、左手首の輪っか。間違いないです。言い伝えは本当だったのですね」
「ご、ごめん何言ってるか分からないんだけど?」
「詳しくは上で話しましょう」
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二人は地下室を出て、居間のテーブルに、向かい合って腰掛けた。
「ある言い伝えがあるんです」
エルは卓人に向かい合い、話を始める。
「左手首に、瑠璃色の輪っかがついている人物は、”異世界からやって来た卓球勇者”という事です」
「い、異世界!?」
「ええ。神様が他の世界から、この世界に召喚した人物と言われています。その人物の特徴は、相当な卓球の実力者であり、左手首に、絶対に取れない「瑠璃色の輪っか」がついているそうです。
「それが、これか?」
卓人は自分の左手首を指さした。
「そうです。昔からそういった言い伝えがあるのですが、実際に信じている人はいませんでした。そんな人、見たことありませんから」
そう言って、エルは卓人を指さす。
「でも、いました。言い伝えは本当だったんですね。あなたほどの実力者、私は他に知りません。卓人さんは”異世界から来た卓球勇者”ですよね!」
「卓球、勇者?確かに俺は日本じゃ水谷準介の次に強いけど、世界レベルで考えればまだまだ弱小だし……」
「日本、先ほども言ってましたけど、その「日本」というところが、あなたの世界なのですか?」
「ああ、厳密には国だけど。日本っつうとこが、俺の故郷だ」
「やっぱり、言い伝えはホントだったんですね」
「言い伝えってのはよくわからねえけど、まあ、そうなのかな」
卓人は自分が異世界に来た理由がよく分からない。だが、「卓球勇者」とやらになるために神様に召喚された、となれば説明がつくだろう。「神様なんているのか」と思うが、異世界に来ること自体不可思議なのだ。
「でも、俺は異世界人。なぜここに来たのかは分からないけど、きっとその”卓球勇者”って奴なんだと思う」
水谷準介のほうが相応しいような気はするが。
「んで、その神様はなんで俺を卓球勇者なんかに任命したんだ?」
「それは分かりません。でも、きっと、これは私たちを、守るために……!卓人さん、話を聞いてもらっていいですか」
「うん、いいけど」
「私が所属する卓球チーム、「テブテール」なんですが、なくなってしまう危機に陥っているんです」
「卓球チーム?なくなる?」
「はい、テブテールは、5年前まで「テイルス王国卓球大会」では全国大会に進めるほどの強豪チームでした。何回か優勝経験もあります。しかし、近年同じ地区である、エブニスタウン、「ザ・エブニス」というチームに凄腕選手が入ったのです」
「へえ」
「テイルス王国卓球大会は、地区大会、地方大会、全国大会と別れていて、地区大会優勝チームが地方大会、地方大会優勝チームが全国大会へと進めるんです。ちなみに個人戦もありますが、個人戦は上位2名が次の大会へ進めます」
「へえ……あ、そういうことか」
卓人はここまでの話を聞き、話の続きを察した。
「もうお分かりかもしれませんが、ザ・エブニスに凄腕選手が入って以来、他のメンバーもその選手の指導をお陰か、かなり強いチームになりました。私たちのチームでは全く歯が立たないほどです。ザ・エニブスは、凄腕選手が入って以来5年連続全国での優勝」
「その強豪を倒さねえと、地区大会で優勝できず、次の大会にも勧めないって事か」
「はい、そういうことです。個人戦も、5年連続上位2名はどっちもザ・エニブスの人です。地区・地方両方です。あまりのザ・エニブスに実力に、私のチームメイトはみんな「もう勝てない」と言い、他の地区のチームへ入団する、もしくは卓球を引退するといっており……」
「だけど、俺がいればその強豪共だって倒せるかもしれねえって事か?」
卓人はここまでの話を聞き、その結論へと至った。
「卓人さんの実力は、ザ・エニブスと並ぶほど、いえ、それ以上で間違いないです。ここまで強い人私は見たことありません!ですから私のチームを、テブテールを救ってほしいんです!」
エルは、卓人の力で強豪ザ・エニブスを打ち倒してほしい。チームメイトを存続させてほしいと言う。
そしてエルは卓人の答えを息を飲んで待つ。
きっと、卓人がいなければザ・エニブスを倒すことは不可能だ。自分たちと、ザ・エニブスには超えられないほどの実力差がある。つまり、卓人が断るのは、テブテールが解散するという事だ。
そして、卓人の答えは、
「いいよ、エルさんのチーム、俺が絶対勝たせてやるよ」
「……ホント、ですか?」
「ああ。その強豪チーム、俺の手でぶっ潰してやるよ」
卓人はこれからの事も分からないのだ。この世界の事は全く分からないし、これから働かなきゃいけないと思うと鬱だ。
だからこそ、「卓球で救ってほしい」というのは好都合だ。働かなくていい代わりに卓球をしてくれ、こんなにうまい話はないだろう。
「その代わりと言っちゃなんだけど、俺の衣食住を何とかしてほしい。俺が家を出る資金が貯まるまで、って話だったけど、俺がテブテールを勝たせるまでの間、何とかしてほしい、それが条件だ」
エルは迷いなくその条件を承諾し、
「この家でいいですか?地下に卓球台もありますし、練習場である体育館もすぐそこなので」
「もちろんもちろん!それで問題ない!」
卓人はエルと同棲できる時間が増えたことに対しさらに喜びに浸るのであった。