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私は母を見た

作者: 如月奏

簡単な昔話をさせてください。

何もできない内気な中学生の私が母に簡単なお使いを頼まれた。内容は向かいの家におすそ分けをするというものだった。ただ、外出予定も差し迫った時刻だったため早めに帰宅するよう注意を受けた。

私は勇気を出して向かいの家のインターホンを鳴らす。すぐに快活で小太りなおばさんが笑顔で現れた。「ちょっとあがっていきなさい」優しく誘う。正直この類の誘いは苦手であったが善意を断るのはもっと苦手であった。母の注意が頭をよぎる。早めに切り上げよう。そう思い、お邪魔させていただく。

わかってはいたがこの年代のおばさんは次から次へとよく喋る。私が出されたピザをありがたく食べながらはぁとかへぇとか気のない返事をしていてもお構いなく喋りたいことをグイグイ押し付けてくる。テストも近いのだからご近所さんのゴシップよりも近代史を覚えたいものである。

どのくらいの時間だったろうか。気付いたらおばさんのマシンガントークは終わった。あいさつを済ませ、やっと解放された、とため息をつきながら靴を履く。ずっと前から頭の中は母の「早く帰ってきてね」という声でいっぱいになっている。言いつけを守らなかったのだからカンカンに怒っているんじゃないだろうか。胸がバクバク音を立てる。心臓を押さえつけながら外に踏み出す。恐る恐る顔を上げると、怒り狂った母がこちらを睨みつけている。何ゆっくりしてんだよテメェ、と顔が言っているようにすら感じる。ヤバい。向かいなのですぐではあるのだがとにかく走る。階段を段飛ばしで駆け上がり、ドアを思いっきり開け放す。「ごめんママ!!」ここであることに気が付いた。この家は無人だ。母親の姿はなく、たった今戻った私とそれに驚いた飼い犬が立ち尽くしている。母親に電話をかけると、先に出掛けただけだと呑気な声で返された。

電話を切り、先程確実に見た母の姿を思い出す。皺の一つ一つが、特徴的なほくろがしっかり見えていた。やたら青白かった。そして顔ははっきりしていたが体はぼんやりどころか影も見えなかった。つまり色を失った、視力の悪い私にもはっきり見える母が確実に家にいたのだ。私は母に会ってしまったのだ。

まあそもそも、家の窓は擦りガラスだから窓の向こうなんて見えないんだけどね。

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