続・幕間 パメラディアの解析魔術師
(ロニーがパメラディアに就職するお話です。)
名門伯爵家パメラディア家に就職して早2年。
俺、ロニー・エリスはコーデリアお嬢様の部下になっています。何故こうなった。そう思うが、別にこのポジションが嫌な訳ではない。寧ろお嬢様から仕事を貰う事で女性魔術師の巣窟である解析棟から逃走し俺個人の研究室(のはずだが、気付けば二つ目の私室にしてしまっている。こんな状態でいいのか、俺)に籠る事が出来るので大歓迎だ。魔術師のお姉さま方はどなたも美人で一般的にはテンションが上がるのだろうが、一番下っ端の俺に対する扱いは小間使いのそれだ。一目ぼれなんて0.5秒で覚めさせられた。ちなみにパメラディア所属の魔術師は現在総員で6名で、俺以外に男性は副長を務める壮年の男性が一人だけ。あとは全てお姉サマである。老齢だといえる年齢でもお姉サマである。彼女らは俺の就職が決まった時に酷くがっかりしたらしい。どうやら後輩は女が良かったらしく『女の子だったら可愛がって一緒にケーキ食べたいのに!』なんて八つ当たりをされた。……『ケーキ買って来い、でもお前の分は奢ってやらん』とパシリに使われている俺とは非常に大きな差だと思う。俺も女に生まれたかった。もしくは早く後輩が欲しい。できれば男で。女だとパシリ続行になってしまう。男だとパシリも半分ずつで分担できるから絶対後輩は男が良いと思う。
あ、勿論お嬢様に仕事を貰う事を喜ぶ理由はそんなお姉サマ方から逃走出来るから嬉しい……ってだけじゃない。
お嬢様の渡してくる仕事は分かりやすいのだ。「あれやって」「これやって」という具合で、「察しろ」というものが殆どない。まぁ、お嬢様自体が察しようもない実験しようとしてるってこともあるからかもしれないけど。
しかしそんなお嬢様の助手的ポジションに立つことも、そもそも俺がパメラディア家に仕えることも3年前の俺ですら想像できていなかったと思う。
俺は元々国立魔術学院卒の魔導師だ。苦手分野も得意分野もなかったが、一応専攻は解析魔術。同期の成績では専門分野別では主席、総合評価としては第三席と好成績を修めている。優秀だろう?実家は王都の南の港町を本拠地とする商家で、俺はその家の三男坊だ。しかし実家の生業とは裏腹に俺には全く商売の駆け引きセンスが備わっていなかった。俺がその事に気付いたのは14歳くらいの時だったが、両親や兄貴達に「なに、商売以外の道もあるさ」と幼いころから諭されて来た事を考えると多分俺以外は俺が幼いころから俺に商才が無い事を見抜いていたのだと思う。
元々商人として働きたいとも思っていなかった俺は自分に商才が無いと自覚した時に「じゃあ王都にでも行こう」と思い立った。賑やかそうだから何か面白そうな事が起こるかもしれないという漠然とした理由でそう思ったのだが、そうなれば後付けでも両親に伝える理由が必要だ。そこで俺が思い付いたのは魔術学院への入学だ。
元々俺は突然変異型の魔力持ちだったらしく、普通の人間よりかなり魔力の量が多かった。だからウチにある大型の魔術道具を動かす時はよく呼ばれたりしたんだけど、その時になってようやく俺は「ひょっとして俺って魔術師になれる位魔力あるんじゃね?」と気付いたのだ。割と俺の将来を心配していた両親は「ちょっと魔術学院受験してくる」と言った俺の言葉に拍手喝さいで送り出してくれた。
魔術学院は国軍の魔術師養成学校だ。課程は2年で学費も生活費も基本的には無料。最初の半年で基礎魔術を固め、残り一年半で専門分野の土台作りをする。その後卒業後は軍の魔術師部隊で10年以上働く事になる。10年以下だと軍議で認められない限り在学中の学費を支払わなければいけない事になる。不治の病くらいしか認められないけどね。ちなみに魔術師はそれなりに高給取りだけど、その学費は約10年分に相当する。凄く高い。おまけに支払ったとしても監視の目が例外を除き生涯付きまとうらしい。――これはキツイ。
まぁ、そうでもしないと軍も困るのかもしれないね。
でも普通ならそれを理解して入学している訳だから、俺みたいにキツイなんて思う人間は殆どいないらしい。え?……そうだよ、俺は普通じゃなかったんだよ。俺がそれを知ったのは入学後だったんだ。何せ学院が無料という事以外何も知らないまま入試をパスして入学したからな!!
だから入学後学院の生徒の大半が貴族であることを知った時も酷く驚いた。よくよく考えれば魔力量や素質は遺伝要素であるのだから、高い魔力を保持するイコール貴族ということは明白だった。だから庶民育ちの俺は割とすぐに浮いてしまった。有名にもなった。規則には無い貴族の暗黙ルールなんて俺に分かるはずもない。だから何が原因で浮いているのかなかなか理解できなかったのだが――幸いにも正面から苛められると言う事もないし(咳払いをされるくらいの事は有った)、授業は面白かったので気にする必要もなかった。
ただ全寮制で外出も制限がある学院だから浮いているという事実を除いても俺にとっては堅苦しくて窮屈な学校ではあった。
だがら二年でようやく軍への入隊が前提とされていると知った時、俺は焦った。
こんな窮屈な生活をまだ10年も!……到底受け入れる事は出来ない。刺激を求めて王都に来たと言うのに何たることか!
そう思った俺は担当教官に正当な抜け道はないのかと大真面目に滑稽な事を尋ねた。
普通はそんなものが有ればそもそも制度が崩壊してしまう。
だが――あったのだ。というか、これも周囲には当然の知識ではあったらしい。
「どうしても軍へ行くのが困るのであれば、貴族に仕える道を選べば良い」
そう、担当教官は眉を下げて俺に言った。
この国にはどうやら一部の有力貴族が学院を卒業してすぐの魔術師を雇い入れる事を許されているらしい。雇われた者はその貴族の家に就職出来れば学費は払ってもらえるし、おまけに雇い主が魔術師が何かをした際には責任を負うとの事で監視の目も付かない。元々は『お貴族様の素養』……つまり子に魔術を覚えさせたいが軍役には就かせたくないと考えた“偉い人による偉い人の為の制度”であったようで、その名残でそういう制度があるらしい。ちなみにその家というのは学院の設立時に非常に尽力した貴族ばかり約10家だ。まぁ、今となっては各家で秘伝を含め色々と教えるからわざわざ学院に入学させる事はないと認識されているらしいけど。だから制度の形だけそのままになって、ただ雇い入れるための制度になってるみたいだけどね。
だが実情や経緯は俺には関係ない。ただの良い知らせだ。
早速俺は魔術師の募集のカードを見た。許された貴族の家が10程あろうとも、各家毎年募集している訳ではない。だから応募はなかなか熾烈な争いが予想されるそうな。だが、負けるわけにはいかない。格式ある貴族の家というのも実に格堅苦しそうだが、軍よりはマシだろう。それに下働きとなるならお貴族様に会う事も早々ないだろうし、そんなに恐れる事はないはずだ。そう思った俺だが――リストに目を落として一旦絶望した。
なんせ、その年の募集はたった2名しかなかったのだから。
後から聞いた話だと2枠も有ったのだから当たり年だと言う事なのだが、その時の俺には衝撃的だった。
一つはクライドレイヌという伯爵家。メインは調剤学に関する仕事だが何でも出来るオールラウンダーな魔術師を募集しているらしい。専攻は違うが、一応総合でもそれなりの成績なのでオールラウンダーと言う所なら俺も対応していると思う。出来ない事はないかもしれない。
もう一つはパメラディアという伯爵家。職種に解析術と書いてある。そしてそれ以外には『採用試験:面接』と、後は試験日と受付時間しか書いてない。分かりやすいのか分かりにくいのか分からない募集カードだ。
俺は悩んだ。両家とも名前しか聞いたことが無い。
片方は昨年末の馬上試合で優勝した人の家名だった気もするが――はて、それもどちらで有ったか良く分からなくなってきた。面接は面接をするんだろうけど、解析って何するの。
これは両方応募してみて受かった方に行くべきか?そう俺は思ったが、パメラディアの募集期限が今日までになっていた事に気付いてしまった。え、今日?!しかも場所が学院の裏庭だと言うから驚いた。受付終了あと少ししか時間がない……!
余りに急な事で俺の気は動転したが、カードには詳しい事は何も書いてないし、とりあえず行ってみるか……?と、おろおろとしながらも考えた。何も準備してないけれど、恐らく行けば受ける事は出来るのだろう。もし応募できないと言う状態で有っても、もう一つの所を受験するための参考になるかもしれない。
そうだ、落ちて元々なんだ!
そんな軽い気持ちでそこに向かって――絶句した。
会場の裏庭にひょっこり顔を出すと、そこにはやたら気迫が凄く体格の良い男性と、学院の生徒が剣を交えていた。え、剣?なんで?
俺は訳が分からず、しかし動く事も出来ずに呆然とそれを見ていた。
生徒は応戦しようとしているが、相手はその場から一歩も動かずに、ただ左手に構える剣を多少動く程度で……そしてそれ程時間が立つ前に学生の剣を弾き飛ばした。
「修行不足だな」
男性にそう言われた生徒は深く礼をとると、そのままその場を去って行った。あいつ確か総合1位のヤツじゃなかったっけ。専攻が違うから名前は忘れたけど。
そんな事を考えている俺に男性は声をかけた。
「お前も就労希望者か?」
「え、あ、はい!」
……どうやら、彼がパメラディアの面接官らしい。まじかよ。赤い目をしてるこの人は強いとかそんなレベルを超えている。蛇に睨まれているってこんな感じなのだろうか。
男性は俺を一瞥すると、先程生徒が弾き飛ばされた剣を拾い上げ、俺に投げ寄こした。
へ?
「面接だ。構えろ」
「はい!?」
なにこれ武術!?驚く俺に対して説明する事もなく男性は俺に切りかかる。なんで!?
しかし俺の思いなんて関係なく男性が説明をくれるなんて事はなかった。冗談も休み休み言ってくれ!魔術学院で剣術なんかやらないからな!!
子供のころにしかやった事の無い木の棒装備の遊びの剣術でこんな気迫のあるオッサンの相手をするって……無理があるよな!絶対!!
そう思いながらも俺はオッサンの剣技を紙一重でよけたり受け止めたりしてるけど、こんなの反撃の余地が全くみつからない。
(ってコレやばいじり貧だろ!!何かしないと……!!)
しかしそこでひとつ気がついた。
え、俺何で考える余裕あるの?と。
(いや、何でも何もコレ間違いなくこのオッサンが手を抜いてるってことだよな……?)
気迫は凄いし、気を抜けば殺されそう。そう思うのに、どこか『師が弟子の鍛錬を見るときはこんな感じなんだろうか』と頭をよぎるのだ。
これは面接。戦闘ではない。そして交わせる程度の余裕を与える意味。
(ってことはコレだろ!!)
俺は渾身の一撃で何とか後ろに飛びのいて一度距離をとった。
解析魔術師を欲しているなら――そう思った俺は一気に自分の中の魔力を全身に纏わせた。
どうせもったいぶった所で長くは持たない。短期決戦で終わらせないとこちらが不利だ。だから全力で魔力を使いこみ――そして気付いた。
(……なんだ、これだと学院の実技試験より簡単じゃねぇか)
気付いた俺は魔力を全て剣に流し込み、そして男性との距離を再び詰めた。
振り下ろされる剣は恐ろしく早いし、俺が自分の剣で受け止める事はできないかもしれない。でも、剣先がオッサンの剣にかすればそれだけで俺の勝ちだ。
「うおらっ!!」
全身で薙いだその剣で、オッサンの剣は光を纏って喪失した。
そしてオッサンは驚くことなく無表情で「正解だ」と言った。俺は脱力した。
「まさかタダの編んだツタに初級の幻術と魔力纏わせてるだけとか……反則ですよそれ」
そもそも俺が持っていた剣も金属ではなく、竹に魔術の擬態を施しただけのものであった。
本気で編まれた魔力ならともかく、こんな目くらまし程度の初級魔術に悪戦苦闘したのかと思うと溜息しか出てこない。
「何ですか今日“うそつきの日”じゃないんですからドッキリとかしかけないで下さいよ。悪戯小僧ですか」
「面接と言っただろう」
「実技試験とか聞いてないですって。しかもすげー怖いし……」
思い出しただけでも身震いしそうになる。何ていうか獅子を背負っていそうだとか地獄の門番をしていそうとか恐ろしい事しか思い浮かばない。何を言っても全く動じ無さそうな人である。
「お前の専門は」
「解析魔術ですよ。ああ、もうまだ心臓がバクバク言ってる」
「……随分変わった言葉遣いだな」
「ああ、俺貴族じゃないんですー」
「それは見ていたら分かる」
「え、分かるの?!……って、こんな話し方してたら分からない訳ないですよね」
冷静に切り返すオッサンに俺は改めて向き直った。
貴族様の面接官だから庶民を馬鹿にする――なんて様子は無さそうだ。
ただ物珍しそうに俺を見ている。……何かこれはこれで居心地が悪い。そう俺が思っている所にオッサンはまた尋ねてくる。
「寧ろお前は俺を見て分からないのか」
「へ?面接官さんでしょう?」
「俺の名はエルヴィス・パメラディアだ」
なんか聞いたこと有る名前……いや、家名だ。
エルヴィスは誰か知らないが、パメラディア。え?俺どこの面接うけてるんだっけ?
っていうか……この人それなりに年重ねてそうだよな。ってことは、あれ?
「………伯爵?」
「ああ」
「え、マジですか!」
面接官が御当主様とか聞いてないぞ!!
いや、まぁ、凄いお金かかるから当たり前といえば当たり前かもしれないけれど!!
しかし驚き叫んだ俺は慌てて口に手をやった。この流れで嘘言わないだろ……!
「いや、すみません。いきなり!」
「……お前の名は」
「すいませんスミマセン名乗ってもらってて名乗って無かったですね……!俺、いや、自分はロニー・エリスと申します……!」
「別に取って食いはしない。怯えるな」
呆れた様子の伯爵に、俺は背中の汗が止まらなかった。
やべえ実技試験より簡単な面接だとか思った俺何処に行った、俺、カムバック。
しかし困った事に平常心は戻って来ない。……ぶっちゃけ仕方ないと思う。学院の若手ならともかく俺だって重鎮の前では猫かぶるくらいの事はしたいです。しかも相手面接官だし。けど……まぁ俺のそんな焦りなんて伯爵には関係ないものだたたみたいだけど。
「お前は西……いや、南の方の人間か?」
「え?ええ……えっと?」
「すまんな、珍しい発音だったから気になっただけだ」
「はい……?」
確かに王都に居るなら珍しい発音だと思う。パメラディアの領地はどこかしらないけど、南にはなかったもんな。そしてさっき言ってた言葉遣いというのはそういう事なのかと俺は少し驚いた。貴族様ってのは基本的に綺麗な言葉を使ってる。だから訛りなんて滅多に聞く事がないだろう。なのに伯爵って訛り聞き分けられるんだ。俺のなまりだって此処の生活で大分薄れてるのに。そう驚いたのだ。
「任務に就けば領地に赴く事もある。問題無いか?」
「それは特に」
「そうか」
伯爵はそういうとくいっと指を動かし――傍に控えていたらしい使用人?を呼び寄せた。
「書類だ」
「はぁ」
「あとは本だ」
「うわっ、重……」
伯爵は軽々と俺に寄こしたが、辞書みたいな三冊の本は思った以上に重みが有る。
なんか表紙からして字が細かいんですけど、コレ。しかも題名が『危険薬解説書』『自然毒・合成』って……もう一つはみえないけど、多分にたようなものなんだろう。
え、なにこれ!?内容でも重ッ!!
「卒業するまでに読んでおけ」
「読んでおけって……え、俺合格!?」
「……いらんのか?」
「いえいえいえ、行きます!!行きます……けど、俺、こんなんでいいんですか?普通にいつもこんなんですけど」
今更すぎる質問だが、何で合格したのか俺には分からない。
いや、確かに実技は何とかクリアできたけど!だが俺が今更と思った事は伯爵にとってはもっと今更かということだったらしい。
「長年のクセを今更気を付けて直せるのか?見た所お前は相当思った事をそのまま口に出すタイプのようだが」
「……反論の余地ございません」
「少なくとも俺は魔術師の言葉遣いは気にしない。暗殺者の気配と魔力に気付き解析術に長けていればそれでいい」
「え、あんさ……つ……?」
非常に不穏な言葉が聞こえてきた。手に持っている物騒な題名の本と合わせて、俺には「え、なんか俺どうなるの?」という妙な不安が押し寄せてきた。
でも、まぁ、パメラディアの家に仕える事になったからには軍へ所属すると言う心配はなくなった訳であり。初めは受ける事も考えたクライドレイヌの応募カードは結局捨てた。片方に決まっているのに片方を受けるなんて後が怖い。最初の併願だって片方は落ちること前提だったし。……俺が両方受かるとか考えられないしな。ていうかパメラディア受かった時点で良いのかこれでと本気で言いたい。
家族には軍属でなく伯爵家に仕える事になったと卒業直前に伝えた。
両親からは入学時以上に喜ばれた。何かあれば商売に関わる事を是非教えろといわれたが……両親よ、守秘義務以前に俺に商才がないのを忘れていまいか。ちなみに総合3位で卒業したと言ったが、その事に対しては「ふーん」という言葉だけしか帰って来なかった。専攻別1位というのにも。金に関わらなかったら興味ない家族だなマジで……!
結局卒業するまで読む課題図書は3冊では済まなくて、俺の部屋にはあの時の本が2年経った今でも40冊くらい鎮座している。……これ、渡された当初は題名にしか目が行かずに気付かなかったんだけど、相当高いし貴重なものだ。そして一部は違うが、やはり大半が毒に関するものだ。
そして実際に就職して分かったのが、――本当に毒殺って存在するんだなと言うことだった。
「お屋敷に毒物投げ込もうなんてねぇ……無差別殺人ですかハイ」
「ロニー、アンタここは良いからリンダとアメル呼んできて」
「はぁい」
俺は屋敷の裏で取り押さえた男をお姉サマに渡すと、そのまま別のお姉サマを呼びに行った。うん、ここに就職するまではあんな本渡された事にビビって、内心伯爵が毒殺とか人に仕掛けたりするのかと疑いかけたこともありました。すみません伯爵。でも説明なしにあんな本渡してくる伯爵もは伯爵だと思うんです。説明不足ですよ伯爵!!就職してからは殆どお顔見てないですけど伯爵ってお忙しそうですね……じゃなくて!!
ぶっちゃけ現在の俺の仕事は何かの解析を行うよりは不審者の気配を察知してその取り押さえを行ったり、既にやばい物が投げ込まれていたらそれを遠距離から解析して魔術で分解する事が仕事になってる。『失敗したら死にますよ、貴方が生き延びても貴方のミスで別の人間が死んだら殺しますよ』と初日に魔術師長に脅されたが、俺は何とか今日も生きてる。死にそうになった時は何回か遭ったけど。デンジャラスな職場である。
でも不審者退治は大事だし、軍属回避を得た以上こんな事で音をあげたりするつもりはない。よくあることだけど毎日じゃないしね。大体襲撃を受けようが何をされようが、パメラディアの家は悪事を働く貴族には見えない。だからその護衛役の解析師として不審者を割り出す仕事を嫌いだなんて思わない。
一応卒業前に仕える家なのだからとパメラディアについて調べたが、変な噂は特にない。かなり歴史が深い……それこそ建国に一役買ったような騎士の家系で、魔術能力も優秀。魔術系統は恐らく対象物の魔力の増幅させるものだろう。試験の時に使われていた竹……もとい剣には見破るのも容易い簡素な幻術が掛けてあったが、それにしてはあれほど振り回しても撓ることなく、また伯爵の打撃にも耐えていたのは木の固さを増強していたからに違いない。……と、俺は推測していたのだけど、実際仕え始めてからどうやら本来パメラディアの魔力の本質は自身の筋力増大や自分の魔力を魔術を以って一時的に増大させるなんて荒業である事を知った。他の物体に対して魔術を利用すると言うのは副産物のようなものらしい。……副産物と言っても稀に御子息達が解析依頼に持ってくる毒薬の試作品なんて有りえないくらい有毒度が上昇しているんですけどね。魔力を纏いまくったこの毒物を何に使うのか――聞きたくても聞けない。そうだきっと魔物の討伐に出かけるから要るんだ、そう思う事にしてる。人に使ったら即死だぞコレという解析結果が毎回出てくるくらい強烈な薬なのだから。――でもまぁ、なんというかこれが名門の実力かと恐れおののいた。
ちなみに卒業までにちょっとは貴族様の前でも話せる言葉は身に付けようとしたが、やはり俺には合わなかったらしく未だ俺は適当な敬語を使っている。構わないと俺に直接言った伯爵ならともかく、一応御子息にはきちんとした敬語を使おうとしたが――ハイ。無理でした。なんて言えばいいか分からないんだ。学生時代よりはちょっとはマシになったと思うけど、どうやら言わなくていい事まで言っている様子だ。その事で魔術師長には咎められるけど、伯爵の御子息には淡々と用件を言われるだけで気にする様子はなさそうだし(どちらもかなり忙しそうだ。多分俺にかまってる暇なんてないんだと思う)、年頃の御令嬢に会う事はない。だから言葉遣いを根本的に直すきっかけもないまま――何故か幼少の御令嬢が俺を解析師として指名していると魔術師長から聞いて驚いた。いや、お兄様方の解析は担当したことあるけど、あれは別に俺に持ち込んだ訳では無くその時に居たのがたまたま俺だったからであり……学院の同期内では優秀な俺もここではまだまだ新米だ。って、驚いてたのに理由というかオチが「一番若いから」と言われたらがっくりしたんだけどな。もっとも『俺の素質を見たから』なんて言われる訳ないのに。しかも8歳児に何を期待していたんだ俺。
だがこのお嬢様、俺の想定を超えるしっかりさんだ。
俺の8歳児の時なんて積荷の空箱で遊んで怒られたりしていたのに、何このお嬢様。本の山すごい。地理学の本なんて大量に読んでどうするの。はじめてお嬢様の温室に招かれた時、そのテーブルの上に広げられた本の数に驚いた。
庶民じゃ到底持てない専門書の数々だけど、庶民じゃ到底読めない年齢で読んでいるのだから。
お嬢様は草花から香油を作りたいらしく、今は精油の精製に励んでおられる。
俺はそのお手伝いをしている。俺は正直香りとか興味無くて純粋に新しい事に興味があるだけだけど、ちょっと楽しいと思う。毒物じゃないものの仕事は珍しいし。あと、ちょっと手のかかる年の離れた妹が出来たみたいにも感じられるし。
でも、コーデリアお嬢様。
一つだけ言わせてください。
「ロニー。小さな子供が街でパメラディアの魔術要素に良く似た魔術を使用したらしいという話があるのだが、どう思う?」
はい、コーデリア様。俺、めっちゃ言いたいです。
凄い楽しい毎日だけどお願いだから一つだけ言わせてください。
今俺の目の前にいる伯爵、あの日の面接のときより数倍怖いですよ……!!助けてお嬢様!!!マジで助けて下さいお嬢様!!
お嬢様が俺の言う事聞かないと俺しんじゃうから!!!
だから振り回すのはいいけどあくまで良い子でお願いします!!!
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【ロニー・エリス】
そろそろ彼女が欲しい、けど同僚見てたら女って怖いと思う19歳(本編時)。
魔術学院入学が15歳、就職が17歳。基本的にしんどい事が嫌い。でも解析術は好き。
在学時専攻別1位で総合3位だったのは連携魔術の実技成績が少し凹んでいた為。
(貴族様とのコミュニケーションが難しかった為)