第七十三幕 人見知りのご令嬢
翌々日、コーデリアはヘーゼルとファインズ子爵令嬢のケイリーをパメラディア家に迎えていた。
内気だと聞いていたケイリーも緑に囲まれていれば少しはリラックスできるかもしれないと、面談の場所は温室を選んだのだが、コーデリアはケイリーを前にどうしたものかと少々困っていた。
ヘーゼルと共にやってきたケイリーが背負う空気は、見るからに緊張というレベルでは収まっておらず、緑の効果などまったくなかった。
(初対面ということを差し引いても、これは思った以上ね……)
おまけに少しうつむいただけでも目を隠してしまうほどの長く黒い前髪のせいで、その表情は見え辛い。だが、言葉をかけなければ始まらない。
「はじめまして、ケイリー様。私、コーデリア・エナ・パメラディアと申します。よろしくお願いいたしますね」
「ケイリー・ファインズと、申します。以後、お見知りおきを……」
辛うじて聞き取れる小さな声に、コーデリアは表情に出さないように気を付けながらも、どう会話を続けようかと悩み続けた。周囲にいる女性は元気なタイプの方が多いが、義姉のように大人しい女性もいる。しかし、ここまで人見知りする相手にはまだ出会ったことがなかった。
彼女の緊張をほぐすことができれば話も進むのだろうが、気軽な話題といえばなにがあるだろうか……?
「……やっぱり、だめでしたね」
「え? ヘーゼル様?」
思いがけない言葉に、コーデリアは思わずヘーゼルを見てしまった。
けれどヘーゼルは小さく笑いながら、紅茶に手を伸ばしていた。
「失礼、コーデリア様。悪い意味ではないのです。ただ――彼女、コーデリア様にずっと憧れてらしたから、いつもより緊張するんじゃないかって心配していたら、あまりに予想通りで」
「え?」
「ケイリー様は、四年前にコーデリア様をお見掛けなさっているのですわ。さ、ケイリー様。ここからはご自分で言ってくださいませ」
コーデリアはケイリーに視線を移すと、ケイリーはおずおずと口を開いた。
「私は、両親に連れられてお邪魔したフラントヘイム家の夜会で、コーデリア様をお見掛けしたことがあります。その、とても、お綺麗で堂々となさっていて……」
徐々に小さくなる声を聞きながら、コーデリアはその時のことを思い出した。
エルヴィスとニルパマと向かった夜会は、コーデリアの中では予定外に出会ってしまったシルヴェスターに動揺してしまっていたとんでもないイベントだ。ただ、それでもできた同性の知り合いについてはきちんと覚えているつもりだが、その中にはケイリーは含まれていない。ただ、この様子の人物と出会っているのであれば、忘れることのほうが難しいとは思うのだが――。
「私は、コーデリア様とはお話できていません。その、……少し遠いところから眺めていて……。たくさんの方が、いらっしゃいましたから」
確かに、シルヴェスターの前から下がるためにご令嬢の集団に誘われるまま移動したことは覚えている。そしてそのような中で話してもいなかったというのなら、顔を覚えていなくても無理はない。
コーデリアがそのときの状況を思い出していると、ケイリーはどんどん視線を下げていった。
「その……たくさんの中でも、コーデリア様はとても華やいでいらっしゃいまして……とてもいい香りがして、たくさんの花を、その、咲かされて……まるで花の妖精で、あれから、ずっと憧れて……そのままご成長なさっていることに、その、本当に……」
コーデリアは耳まで赤くさせて言葉を紡ぐケイリーの様子が自分にも移ってくるように感じた。ここまで懸命に勇気を振り絞るように褒められるのは、まるで告白を受けているようだ。そして香りに興味を持ってもらうためにも注目されることは狙っていたが、ここまで深く印象に刻み付けてることもあったのだとは想像していなかった。
「ね? なかなか熱いお言葉でしょう? コーデリア様」
「え、ええ。その、とてもよく思っていただけていることは、私も嬉しくありますわ」
「でも、憧れとお仕事は別のことですもの。いろいろお尋ねなさってくださいませ」
ヘーゼルの言葉に平常心を取り戻しつつ、コーデリアはじっとケイリーを見た。
長めの前髪から、ケイリーはコーデリアをじっと見ている。ケイリーも緊張の理由をコーデリア本人に告げたことで、少々落ち着きを取り戻したようだった。
「ヘーゼル様からお聞きされているかもしれませんが、裏方でのお仕事となると、荷物を運ぶなどの力仕事もでてくるかもしれません」
「は、はい。私はお掃除もよくしますので、荷物の移動などは慣れて……」
そう言いながらも、ケイリーは再び俯いた。
コーデリアは一瞬だけ何かあったのかと考えたが、そもそも令嬢が自ら掃除をするということは珍しい。コーデリアも身の回りの物を片付けることはするが、荷物の移動が必要になるような掃除は自分ではすることはない。それでは使用人の職域を侵害してしまう。コーデリアにその気がなくとも、仕事にケチをつけるように映りかねない空気がある。
しかし、あえてケイリーが自ら掃除しているのであれば――それは、ファインズ子爵家に余裕のなさが原因なのだろう。庶民でも裕福層になれば人目を気にして表の掃除だけを頼むケースもあるのだから、貴族であれば自身での掃除をすると告げることは好ましくなく、ケイリーの表情にも納得がいく。
だが、それはコーデリアにとっては別に気にすることでもない。コーデリアもよくというほど掃除はせずとも、掃除に役立つ道具は作っている。一般の令嬢がやらないということならば、似たようなものなのだ。
それに……。
「では、ケイリー様がいてくださったら私のお店もより綺麗に保てますね」
「そ、そこまででは……!!」
ケイリーは即座に首を横に振ったが、何が得意なのかわからない中で、できることがわかるというのはありがたい。掃除を常にお願いするというわけではないが、気になるところがあれば言ってもらえればありがたいというものだ。
そこでコーデリアとケイリーのやり取りを見ていたヘーゼルは笑った。
「ケイリー様、そこは見栄でも「そうです」って言っておくところですよ。正直者すぎます」
「で、ですが」
「もっとも、そこがケイリー様の素敵なところでいらっしゃいますけど」
どうやらヘーゼルがケイリーを気に掛けるゆえんもそのような性格ゆえなのだろうと思いつつ、コーデリアは息をついた。
「では、ケイリー様。まずは“お試し期間”でいらっしゃいませんか?」
「お試し、ですか?」
「ええ。賃金と労働が見合うかどうかもケイリー様に確認していただかなければいけませ」んし、私も、ケイリー様がどのようなことを得意になさっているのか、まだまだわかりませんし」
なにより、もう少し緊張していない状態のケイリーを見てみたいとコーデリアは思っていた。悪い人ではないのは伝わるが、実際この緊張具合であれば頼んだ仕事になじめるのかも想像できない。幸いにも現状では人手に困っているわけではないのだから、慌てて今決めてしまわなければいけないことでもない。
コーデリアの言葉に、ケイリーは目を丸くし、次の瞬間には頭を下げていた。
「ありがとうございます、コーデリア様……!! よろしく、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
まとまったのはあくまでお試しということでも心からの感謝を伝えるケイリーにコーデリアは苦笑した。おそらくケイリーは断られると思っていたのだろうと、コーデリアは想像していた。
(まだ、お願いできると判断できるところまでは来てないけれど――)
それでもその様子を見たコーデリアは、ケイリーと働けるだけの、お願いできる理由を見つけられたらいいなと思ってしまった。