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第七十二幕 令嬢たちのお茶会にて

 成人を祝う宴から数日後の天気のよい昼下がり。

 ヘイル伯爵家では明るく楽し気な声が響いていた。


「コーデリア様、改めましてご成人おめでとうございますわ」

「両親からとても華やかな夜会だったと聞いております。参加できなかったのが残念でたまりませんわ」

「ありがとうございますヘーゼル様、そしてダリア様」


 ヘイル姉妹から祝福され、コーデリアは微笑んだ。

 今日は二人に誘われ、ヘイル伯爵家にやってきている。テーブルには柑橘類を使用した菓子がたくさん用意されていた。食べるのを楽しみにしながら、コーデリアはまずはと二人に小さな木箱を差し出した。


「こちら、お土産です。夜会でお配りしたものをお持ちすることも考えたのですが、こちらのほうがいいかと思いまして」

「まあ、ありがとうございます! 中を拝見してもよろしいですか?」

「もちろんです」


 小箱はパメラディア領が誇る特産の木を使用し、中にはベルベット地を使い宝石箱になるよう作っている。ヘイル姉妹は中を見るなり揃ってて驚きの声をあげた。


「とても可愛らしいペンダントですね!」

「ありがとうございます、コーデリア様!」


 コーデリアは小箱の中に筒状で周囲に彫刻を施したペンダントを入れていた。


「そちらのペンダントは内部が空洞になっております。上部を回せば蓋が外れますから、布に精油を垂らして入れてください。そうすれば、一日香りを楽しんでいただくことができます」

「ありがとうございます、コーデリア様。大事にさせていただきますね」

「彫刻も素敵ですね。これだけを見ていても、とても楽しく飽きません」


 両手で大事そうに持つヘーゼルと箱ごと大事そうに目元に近づけているダリアに、コーデリアもほっとした。色々考えて決断したプレゼントで喜んでもらえることは、やはり嬉しい。


「そういえば、夜会でコーデリア様はイシュマ様と躍られたのですよね。とても絵になる兄妹はあちらこちらでご婦人方の目の癒しとなったと聞いています」

「それは私というより、お兄様が癒しになっているような気がしますね」

「あら、お二人だから余計に輝かれたのですわ」


 そうヘーゼルから言われ、コーデリアは苦笑した。

 確かに幼い頃から美しさを目指してきているが、面と向かって褒められれば少しだけ恥ずかしくもなってしまう。その様子を見ていたダリアも、ほう、と、息をついた。


「私もいつかイシュマ様の部下になって働いてみたいですわ。パメラディア家でコーデリア様とイシュマ様に秘蔵の品を見せていただいたこと、いまだに昨日のことのように鮮明に覚えております。私もいつか誰かに言葉をかけられる騎士になりたいのです」


 二年前のダリアを誘った出来事は、彼女の勉学にとても好影響を与えたとヘーゼルから聞いている。しかし、ヘーゼルもそんなダリアをただただ微笑ましく見ているわけではなかった。むしろ、少し目が釣りあがっている。


「憧れるのはいいですが、時間がないからといって手すりから飛び降りるのは相変わらずで、淑女としてのマナーはまだまだ足りていませんよ」

「あら、お姉様。家では多少気を抜かないと、煮詰まってしまいます。外ではきちんとしていますから大丈夫ですし、運動にもなりますよ」

「まったく……油断していると素が出るものよ」


 しかし以前ほど強い反発ではないようで、良くも悪くもダリアは浮け流しているようだった。そしてヘーゼルもヘーゼルで、一応は小言を言うものの、以前よりはヘーゼルにもダリアに任せる余裕はでているようだった。


「そろそろ任用試験の時期でしょうか」

「はい。緊張と早く受けたいという思いが入り混じって複雑ですわ」

「平常心で受けられられるよう、お祈りさせていただきますね」

「はい、ありがとうございます!」


 コーデリアの言葉に、ダリアは両手をぐっと握りしめて元気よく答えた。気合いは充分といったところで、コーデリアは結果を聞くのが楽しみだと思ってしまった。そしてその間にヘーゼルは紅茶が注がれたカップに手を伸ばした。


「そういえば、コーデリア様のお姉様も夜会にいらっしゃっていたのですよね。お姉様もとてもお綺麗な方だと、お聞きしています」

「はい。姉は私が幼い頃に嫁いだため話すのも久しぶりで緊張しましたが、一緒にお茶を楽しんであっという間に打ちとけました」


 その言葉を聞いたヘイル姉妹は嬉しそうだった。

 やはり二人の仲がよいからなのだろう。コーデリアも釣られて笑い、言葉を続けた。


「実は、お姉様には、とてつもなく大事で驚かされるお話をお聞かせいただきました」

「大事で驚かされるお話、ですか?」


 コーデリアの言葉にまずはダリアが首を傾げた。

 だが、対照的にヘーゼルは口元に手を寄せて明るい声を上げた。


「まさか、ご縁のお話でしょうか?」

「え、え、……え!? 本当ですの、コーデリア様!?」


 どうやら顔を真っ赤にさせているダリアにとっては、慣れない話であったらしいが、興味深々といった具合だ。コーデリアは緩く首を振った。


「残念ながら、実は逆です。姉は私に来る縁談……もといお見合いを、父が私に知らせずにお断りなさっていることを教えてくれたのです。私、そのようなお話が来ているなど一度も聞いたことありませんでしたもの」


 その言葉にはヘイル姉妹は揃って虚を突かれたような顔をした。

 しかししばらくすると二人はおかしそうに吹きだした。


「あらあら、コーデリア様とお父様は仲良くなさっているとお聞きしていましたけど、そこまで大事に思われていらっしゃるのですね」

「笑い事ではありませんよ、ヘーゼル様」

「ですが、とても微笑ましいですわ」

「もう、ダリア様まで。伯母まで父に同調しておりますから、大変なのですよ」


 確かに、コーデリアもヘーゼルからそのような話を聞けばきっと同じような感想を抱いたことだろう。しかし、当事者になってみればなんとも言い難い思いもあるのだ。

 これくらいのことでエルヴィスのことを嫌いになったりなどもちろんしないし、そもそもヘーゼルとダリアに笑われることは想定内ではあったが、少しは愚痴も言いたい気分であったのだ。


「お姉様曰く、私は自分で運命の人を見つけてお父様を説得しない限り、婚姻は難しいのでは、とのことですわ」

「でも、コーデリア様はこれからどんどん出会いの場を広げていかれるのですね。私、応援していますわ」

「ええ、そのつもりです」


 ダリアにコーデリアは笑いながら頷いた。

 数がなければ出会いなど見つからないと、昔フラントヘイム侯爵は言っていた。だから幼少のヴェルノーは連れまわされていたわけだが、その大切さがいまのコーデリアにはひしひしと感じられる。シャットアウトされてしまっていれば、出会いもなにもないのである。

 しかし、ヘーゼルは微笑み合うコーデリアとダリアを見ながらやがて首を傾げた。


「けれど、コーデリア様には手紙の君がいらっしゃるのではないですか? もうやりとりはなさってないのですか? 確か、ジル様と仰いましたでしょうか?」

「手紙の君? コーデリア様、どういうお話ですの?」

「へ、ヘーゼル様……」


 過去に確かに話したことはあるが、それもヘーゼルと出会ったばかりのことだ。ジルとも面識がないだろうヘーゼルが名前まで覚えていたことにコーデリアは少したじろいだ。まさか、ここで名前が出てくるとは思っていなかった。

 しかし疑問を浮かべるダリアをよそに、コーデリアは話を進めた。コーデリアもコーデリアで、ダリアにジルの説明をするのは恥ずかしい。しかしかといって、ヘーゼルの質問を放置するわけにはいかない。


「ジル様は、いいお友達ではいらっしゃるのですが、実は王都に戻ってきてから一度もお顔を拝見できてはいないのです。お忙しくしていらっしゃるようですから」


 一応、会いはしたはずなのだが、顔は見ていない。

 あの場でヴェルノーがコーデリアを騙すようなことはしないだうし、会っているといえば会っていると言えなくはないはずだが、それを言うのも憚られた。なにより、ジルの本名も知らないということをヘーゼルにも言ったことはない。


(……困ったことがないから一度もなにも言わなかったけど……名前以外なにも知らないって、友人にも言い辛いものよね)


 それで言いのかと問われれば、それで問題なかったとはっきり言える。

 けれど、いままでの状況がそれだけ妙な状態だったのだと思い知らされるようでもあった。


(ジルさまがどこの誰でも、別に気にするというわけではないんだけど)


 しかしそれでもヘーゼルの言うように、長年手紙のやり取りをしている異性の友人をそういう対象だと一度も考えたことがないのも、それも理由の一つなのかもしれな――。


(って、そんなこと関係ないわよね……!!)


 素性をハッキリと知っていてもヴェルノーのことをそういう風に考えたこともないのだ。きっとジルだって知っていても同じだろうし、そもそもジルだってそのようなことは考えていないはずだ――そう、コーデリアは思い直していたが、ふと正面を見るとヘーゼルがわなわなと震えていた。


「へ……ヘーゼル様?」

「そんな……まったくなっていませんわ! ジル様はコーデリア様が久しぶりに戻られてもお会いにもなっていないなんて……! 好きならば、そのようなことはきっとないはずですわ!」

「あ、あの、ヘーゼル様!」


 ヘーゼルに伝えた情報だけでは、コーデリアも自分から会っていないように聞こえるはずだ。だからジルだけを一方的に責めるのも、ましてや『好きならば』など、話がとんでいるように思ってしまう。しかしヘーゼルを止めようとしても、ヘーゼルは立ち上がるとコーデリアの元まで歩みを進め、コーデリアの手を両手で取った。


「コーデリア様! ぜひ、素敵な殿方に出会えるようにたくさんの場に出ていきましょうね!」

「あ、は、はい」

「安心してくださいませ、コーデリア様。私がコーデリア様は幸せなご結婚をなさると断言させていただきますわ! もしも不幸にするような殿方でしたら、私が殴り飛ばして差し上げますから」

「あ、あの、落ち着いてくださいませヘーゼル様!」


 そこまでの未来を考えていない――そうコーデリアは焦り、それから小さく咳払いをした。


「あの、ヘーゼル様。私、もし結婚できるのでしたら、できればいただいた幸せとおなじだけ、もしくはそれ以上の幸せをお返しできるように努めたいとおもっていますの」


 しかしそうコーデリアは言ったのだが、口にした後に現在の状況ではまったく関係のないものだったことに気が付いた。


(焦りすぎた! ここは『そのような殿方とは結婚しませんから』だった……!!)


 しかし、そんなコーデリアの想いなどヘーゼルには全く関係なかった。


「素敵ですわ、コーデリア様! やっぱり共に幸せな家庭を築くことを考えてしまいますよね」

「お姉様。お姉様がお一人で暴走なさるからコーデリア様がお困りになっていらっしゃいますわ」

「まったく、ダリアは淡泊すぎるのよ! いつもこういう話は聞いてくれないし!」


 コーデリアとしてはダリアも先ほどは興味を示していたと思うが、ヘーゼルの勢いはダリアにとっても強過ぎるということなのだろうか。もしくは『自分のほうにそんな話がきてはたまったものではない』とでも思っているのだろうか? しかしいずれにせよダリアの言葉でヘーゼルは一旦自分の席へと戻った。コーデリアとしてもダリアのタイミングのよい突っ込みに感謝した。


「そういえば、ダリア。貴女そろそろお稽古じゃなくて?」

「あ、そうですね。コーデリア様、お誘いしているのに申し訳ございません。私、そろそろお稽古がございますので、失礼させていただきますね。姉のことを、よろしくお願い致します」

「お気になさらないでください。それより、お稽古頑張って下さいね。お時間を割いてくださり、ありがとうございました」

「とんでもございません。では、失礼いたします」


 そうしてダリアが去って行くのを見ながら、ヘーゼルはコーデリアに向かって申し訳なさそうに笑った。


「本当は、もっとおもてなしをさせていただきたいと、ダリアも言っていたのですが、任用試験が近くて先生がお稽古を詰めてくださっているのです」

「いえ、本当に気になさらないでください。そのような忙しい中でもお誘いいただき、お時間をつくって下さったことはとても嬉しく思いますもの」

「そう言っていただけると姉としてもありがたいですわ。このお菓子、全部ダリアの選んだものなのです。是非、たくさん召し上がってくださいね。お茶の御変わりはいかがでしょう?」

「いただきます」


 そしてヘーゼルが呼んだ侍女が紅茶を淹れて再び下がる。コーデリアが改めて香りを楽しみつつ紅茶を飲むと、ヘーゼルが少し真剣な表情を浮かべていた。


「どうなさいましたか?」


 様子のかわったヘーゼルにコーデリアが問いかけると、ヘーゼルは真面目な声色でコーデリアに尋ねた。


「コーデリア様。つかぬことをお聞きしますが……もうすぐ香りを扱うお店を開かれますよね?」

「はい。来月上旬の予定です」

「そこで……もしも可能であるなら、一人、お店で働けるかどうか、会って判断していただきたい方がいらっしゃるのです。できれば、裏方で」

「従業員を、ということでしょうか?」

「もちろん、不十分と判断なさった場合はお断りいただきたいと思っております。ただ、チャンスを与えていただけないかと思うのです」


 断っても構わないと言いつつ普段なら頼まないだろうことを口にしたヘーゼルに、コーデリアは驚きながら首を傾げた。


「どのような方なのですか?」

「ファインズ子爵家のケイリー様ですわ。コーデリア様が王都を発たれたあと、移動図書館のお手伝いに一年間来てくださっていました。ご聡明で、的確で早く事務処理を行ってくださっていました」


 てっきりヘイル家の使用人の転職先を求められたのかと思ったコーデリアは、予想とは裏腹に令嬢の名前が出てきたことに驚いた。そして、その家名も聞き覚えはある。


「ファインズ子爵家といえば……昨年、水害で大きな被害が出ましたね」

「はい。数年前にも疫病で作物に甚大な被害を受けた領民へ税の免除だけではなく特別給付を行ったため財政事情はなかなか厳しかったのですが、ようやく落ち着き始めたところに……」

「再びの災害ですか」

「ええ。氾濫した河川に関する工事については融資は受けられたとのことなのですが、ケイリー様も少しでも働いて家計を助けたいとお思いなのです」

「それならば、家庭教師のほうがよろしいのではありませんか? 私のお店でお願いできることには力が必要な仕事もありますし、お給金も……ほかの方と同じ仕事であれば、差をつけてお支払いすることが難しくなります」


 家庭教師の仕事は令嬢が行う仕事としては一般的で、給金も悪くない。

 なかなか競争倍率は激しいと聞いているが、ヘーゼルが聡明だという令嬢ならば難しくないのではないかとコーデリアは思う。しかしヘーゼルは深刻そうに首を横に振った。


「実は私もそう思って、一番下の妹の家庭教師にと思ったのですが……彼女、人と話すことにかなり緊張なさるのと、あまりお話が得意ではない方でして、全く普段のパフォーマンスが発揮できなかったのです」

「それは……どのくらいなのですか?」

「なかなか、言葉でご説明するのが難しくなるほどです」

「それでも推薦なさるということは、とても素敵な方なのですね」


 だからこその裏方なのだろう。

 接客以外の雑務も当然予定はある。従業員については、店がある程度落ち着くまでパメラディア家の魔術師をはじめ女性使用人たちの申し出で、交代で店についてもらえることになっている。いわく、テスターの自分たちがきっちり伝えれることは伝えられるし、なにより開店までに店のことを外部にできるだけ漏らさないようにと気を使ってくれているようだった。だが、落ち着けばいずれ従業員は雇わなければいけないのでコーデリアも探している最中でもある。


「わかりました。一度、お会いさせていただきます」


 ヘーゼルの紹介であれば、心配することも少ないだろう。

 雇うかどうかは別として、一度会ってみても損はないはずである。


「ありがとうございます。ただ……一点だけ先にお伝えしておきたいことがございます。ファインズ子爵家はクライドレイヌ伯爵家から多額の融資を受けています。ケイリー様自身はシェリー様のことをあまりよろしく思っておらず交流もなさっていないようですし、クライドレイヌ嬢もケイリー様のことは存在を認識なさっているのかどうかも怪しい状況ではあるんですが」

「ヘーゼル様がご推薦くださる方ですもの。その辺りの心配はいたしておりませんし、心配せねばならない方でしたら、ご紹介いただいてないでしょう?」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かりますわ」


 コーデリアの言葉に今度こそヘーゼルもほっと息をついていた。

 シェリーの家の援助を受けているということは確かに少しひっかかることではあるが、あまりシェリーを良く思っていないというのであれば、むしろコーデリアにとって好都合になる可能性もある。シェリーの言葉を信じてもおかしくない立場の者が、コーデリアのほうにつくというのは対外的な意味でも心強い。


(もっとも、それでケイリー様が困らないのかどうかは気になるけれど……)


 しかし、それを判断するのはコーデリアではない。

 きっとよくないことであるのなら、ヘーゼルの誘いでもケイリー自身が断るだろう。


「では、お会いするのは明後日でいかがでしょうか? 私の時間はいつでもかまいません」

「かしこまりました。ケイリー様とお話をして、ご連絡させていただきます」


 一体どんな女性がやってくるのか。

 緊張具合とはどのようなレベルなのだろうか。いろいろ思うことはあるもののそのような内気だと思われる女性なら、紹介なしになかなか会うという機会は恵まれなかっただろう。そう思えば、少し楽しみが増えてしまった。




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