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第七十一幕 アドバイスは唐突に

 夜会は盛況のうちに閉会を迎え、土産物を手にした招待客は皆一様に笑顔でパメラディア家を後にした。


 コーデリアも引きあげた後は早々にベッドに潜りこんだ。

 どれほどの人数が集まるのかはわかっていたが、実際に挨拶をして回ると疲労は予想以上になっていた。


 しかし、翌朝目が覚めたのはいつもより幾分か早い時間である。

 少しは疲れも取れたようだが、まだだるさは残っている。しかしそれでも目が冴えているのは、緊張がまだ続いているからだろう。


(お姉様と二人きりのお茶会なのに……うっかり、欠伸が出ないように気を付けなきゃ)


 マルヴィナとの仲はよくはないが、悪くもないので、気が重いというわけではない。単に昔のサイラスやイシュマたちと同じく、関わり合いがない相手というだけだ。マルヴィナは兄たちとは違い、早くに嫁いでしまっている上に帰省することもなかったので、仲良くなる機会もなくここまで来てしまっている。


(お姉様もお兄様たちと一緒で話せば仲良くなれるかもしれないし、お茶会の時間だけなら世間話だけでも終わってしまうわ)


 たとえ物静かな人であったとしても、話題に事欠くということもないだろう。姉がどういう人なのか知るためにも、ありがたい機会だ。ただ、だからといって緊張していないわけではない。眠れなかった原因の一つも、この緊張にあるのだろうと、ぼんやりコーデリアは思っていた。

 しかしよくよく考えれば不思議な気もした。

 社交界に出てから嫁ぐまでの間、マルヴィナは母親の代行をしていた。それなのに、結婚後は一度も顔も見せていないのだ。


(でも、誘っていただいたのだもの。あまり身構えることでもないはずよね)


 昨日出会った雰囲気だけで、優しい空気は伝わっていた。

 少なくともマルヴィナに嫌われていることもないはずだ。

 コーデリアはそう思い直し、軽く朝食を摂ったあとはせっかくだからと、温室でエミーナとマルヴィナを迎える用意をした。マルヴィナが嫁いだ時にはこの温室はまだなかったのだから、きっと楽しんでもらえることだろう。


 そして頃合いを見て、コーデリアは燦燦とした光が降り注ぐ温室にマルヴィナを案内した。

 マルヴィナは給仕をするエミーナを見て、少し困ったような表情を浮かべていた。


「久しぶりね、エミーナ。私が誘ったこととはいえ、なんだか貴女を働かせていることに、いまだ罪悪感が拭えないわ」

「何を仰るのですか、マルヴィナ様。昔から申しています通り、私は嬉しく思っていますよ。お給金も市場で働くよりずっといただいていますし」

「あら、貴女も言うようになったのね」


 そうして笑う二人のやり取りを見て、コーデリアはエミーナがマルヴィナの紹介でパメラディア家で働いていたのだと思い出した。コーデリアが思っていた以上に、二人の仲はよかったのだろう。

 しかし二人はそれ以上のやりとりはすることなく、にこやかに一礼するとエミーナはその場を離れた。


「エミーナは自分がいると私が貴女と話ができないのではないかと、気を遣ってくれたみたいね」


 苦笑するマルヴィナは、ゆったりとカップを手に取り、紅茶に口をつけた。


「お姉様。お忙しい中お越しくださったこと、改めてお礼申し上げます」

「そんなに気を遣わないでちょうだいな。私はお祝いとお礼を言いに来たのだから」

「お礼、ですか?」


 首を傾げたコーデリアにマルヴィナは苦笑していた。


「お父様のことよ」

「お父様の?」

「そう。私が嫁いでから一切こちらの顔を出さなかった原因の、お父様よ」


 マルヴィナの答えにコーデリアは目を瞬かせた。

 マルヴィナは構わず言葉を続けた。


「お母様が表に出ない以上、私が幼い貴女を見守るべきだとはわかっていたの。でも、私の知っているお父様は悪い意味で手段を選ばない、人を駒のように扱う人だったわ。だから、私が家に近づけばオーウェンズ家も利用されかねないと思って、近づかないことに決めたの。せめてものお父様への抗議ね」

「……」

「だって貴女の生まれたころ合いを考えれば、どう考えても貴女は王家へ嫁がせるために生まれた子だもの」

(ですよね)


 確かに姉の結婚が政略結婚だったのなら、巻きこまれる可能性は充分ある。

 しかもそれがコーデリアも知る当時のエルヴィスなら、不要な恨みまで一緒に買う羽目になりかねない。いや、嫁げと言われたときのことを思い出せば、絶対にそうなるとコーデリアも思わずにはいられない。


「もっとも、決められていた夫に私が恋をしてしまったのは想定外だったけど、それは結果論でしかないもの」


 姉の結婚生活については知らなかったが、エルヴィスの思考についてはコーデリアも知っていることだ。むしろエルヴィスがそのような性格を持っていなければ、コーデリアが生まれることもなかっただろう。

 エルヴィスの態度が軟化したのはコーデリアが三歳の時以降だが、その時マルヴィナはすでに十七歳。当たりが柔らかくなったといっても、その時はあくまでコーデリアに対してだけというものであったし、十九歳で嫁ぐまでの間でそれまでの印象を変えるというほどではなかったのだろう。

 しかし、いまのマルヴィナの表情にそれに恨めしさを抱く様子はなかった。

 むしろ、その表情はとても穏やかだった。


「貴女には悪いとは思ったけどね」

「いえ。お姉様に謝っていただくことはなにもございませんわ。それに、お父様にもよくしていただいていますから」

「でも本当に、お父様がずいぶん人間らしくなってっしゃるのを見て驚いたわ。一応貴女のおかげで丸くなったとは聞いてはいたのだけれど、お世辞だと思っていたもの」

「私はそのような大それたことはしておりませんわ」


 エルヴィスとフルビアの話をするわけにはいかない状態で、マルヴィナに詳しい説明を行うことはできない。しかし、マルヴィナも経緯を知りたがったわけではなかった。


「人が変化することもあるのだと知っているつもりだったけど、お父様だけはないって思っていたのでしょうね。私も、まだまだ子供だわ」

「そんなこと仰らないでくださいませ。お姉様が子供であるなら、昨日成人したばかりの私もまだまだ子供ということではないですか」

「あら、それだとせっかくお祝いしたのに、意味がなくなってしまうわね。おめでとう、コーデリア」


 軽く笑うマルヴィナにコーデリアも微笑み返した。


「貴女に渡すものがあるの。お母様から貴女への贈り物よ」

「お母様が私に、ですか?」

「ええ。貴女が一番これが似合うと思った子に渡してちょうだい、って受け取ったのだけど、きっとタイミングから考えても貴女に渡したかったとしか考えられないわ」


 それは小さな白い花のついたブレスレットだった。

 細い複数本のチェーンで作られたそれはパールや、恐らく小さなガーネットだと思われる石もあしらわれており、清楚な印象を与えるものになっている。


「ありがとうございます。とても驚きました」


 招待状の用意をしてもらえていただけでも嬉しかったのに、贈り物まで用意されていたことには目を見開かずにはいられなかった。


「お母様は素直になれない方だから、お礼を言えば意地になってしまわれるかもしれないわ。だからお礼の代わりに、使っているところを見せてあげて」

「はい、よろこんで」

「あなたなら赤や橙といった暖色系かと思うのだけど、お母様は白の花を選んだのね。でも、よく似合っているわ」


 それはきっと、届けている花がいつも白だからだとコーデリアは思った。

 しかしそれだけではなく、目と同じ赤い石がついているのはコーデリアに似合うものが選ばれたからだろう。


(本当は、コーデリアならドレスも赤が一番映えるはずなのよね)


 コーデリアもそれが分かっているからこそ、アクセサリーや薔薇は赤も好んで身につける。元々赤色自体は好きな色だ。しかし、どうしてもドレスだけは赤は忌避してしまう。


(だって、ゲームの『コーデリア』がいつも着ていた色なのよ)


 だからこそ似合うと分かっていても、どうしても赤のドレスの『コーデリア』イコール強気で傲慢で高飛車な令嬢を連想してしまい、躊躇われる。

 そんなことを思いながらも早速コーデリアはブレスレットを左手頸に付けた。するとマルヴィナはにこりと笑みを浮かべた。


「よく似合っているわ」

「ありがとうございます」

「私は少し配達しただけよ。それより、貴女も今度こちらへ遊びにいらっしゃいな。貴女も姪や甥も可愛らしいわよ」

「はい、ぜひ」


 姪や甥がいることは知っていたが、その姿は見たことがない。

 確か上の子は今は九歳くらいだったと思うが、マルヴィナの子ならきっと可愛いのだろうな……と思ったところで、コーデリアははっとした。


「どうしたの?」

「いえ、その……私とお姉様より、実は私と姪のほうが年が近いのだと気付きまして」

「そうね、私の子もきっとコーデリアのことをお姉さんができたみたいだと喜ぶと思うわ。……でも、その顔はそう言うことではなさそうね。コーデリアも十六歳だもの、結婚のお話とか気になるわよね?」

「え、ええ。ただ、縁談は全く聞きませんので、想像がつかなくて」


 もうすぐだ、とは成長するにつれ考えてしまっている。

 しかしもうすぐだとは思っても、具体的なイメージは全く想像できていない。その時がくればきっとわかると思って深く考えなかった……というよりは、考えれば考えるほど頬が火照って続きが考えられなくなるということもあったのだが、目の前の姉は十九歳で嫁いでいるのだ。十九歳まで、コーデリアはあと三年しかない。

 この国での貴族の婚姻時の年齢は幅が広く、男女問わず成人直後でも、二十台後半での結婚でも、特に驚かれることではない。だから焦るようなことではないとはわかっているが、早い人が多いことも事実なので、意識しないというほうが無理だった。


「実は私もそのことに関して言いたいことがあって、お茶に誘ったの」

「え?」

「コーデリアは私と違って、突然婚約者を紹介されることはないと思うわ。でも、出会いの場も提供されることはないと思うから、積極的に自分から外に出て相手をみつけなければいけないわ」

「それは、どういうことでしょうか?」


 突然婚約者を紹介されることはない。

 そのことはエルヴィスの様子をみていればコーデリアもなんとなく想像できてはいた。しかし、出会いの場を提供されないということは、お見合いはまずないということだ。名門伯爵家の娘となれば、本来見合い話が来ないとは思い難い。

 けれどマルヴィナの目にはからかう様子などなく、むしろ、真剣に困っている様子であった。


「コーデリアをお父様が可愛がっていることが、本当によくわかったお話なんだけど……お父様ったら、その辺りの男性じゃ貴女の夫は務まらないだろうと、いままで来た話を悉く蹴っているそうよ。こっそり、ハンスが教えてくれたわ」

「え?」

「そしてお父様だけではなくニルパマ伯母様まで非常に吟味なさっているご様子で……困った保護者たちだわ」


 その発言はコーデリアにとってはまありに衝撃が大きいものだった。


「あの、すでにお父様がお断りされているということは……今までに、私に打診があったということですよね?」

「ええ、そうよ」

「私はそのようなお話、一度もお聞きしていませんわ!」

「ええ、気づかれないようになさっているご様子だから」


 苦笑するマルヴィナに、コーデリアは愕然とした。


 確かに勝手に王子に嫁がされないよう画策したのは自分だが、逆に他の話が舞い込まないほどに可愛がられているとは、なんたることか!

 いや、今の自分がどのような将来を選ぶのか明確にしていないゆえにまだ先延ばしにされているというだけの可能性もある。しかし、それだとしても一言もかけられていないことは気にかかる。


(お姉様の懸念通りかもしれない……)


 そして強力すぎることになるだろう鉄壁ガードを前に思わずコーデリアは天を仰ぎ見た。


「あらあら、そこまで悲観しなくても大丈夫よ。話が来ないなら、コーデリアが自分で見つけに行けばいいのよ。夜会の招待状もたくさん届くし、それを禁止されることはないでしょう?」

「そう、ですよね」

「もしも跡継ぎの方に惚れてしまっても、ウェルトリア家の跡継ぎのことなら心配しなくても大丈夫よ。いざとなれば私の子が伯母様の跡目を継ぐわ。気丈で要領のいい子だから、親の欲目抜きにお薦めできるもの」


 夜会は情報収集の場であるはずだから、禁止されるはずもない。

 確かに将来を決めてから考えるという道もあるが、コーデリアの場合、好きな人に合わせて将来を選ぶことも可能なのだ。


「でも貴女と話していると、貴女はお見合いを勧められないほうがいいかもしれないとも私は思ったわ。なんだか、貴女なら大恋愛でも繰り広げられるかもしれないし」

「だ、大恋愛ですか……?」

「そう、劇の演目にもなりそうな、大恋愛よ」


 にこにことするマルヴィナを見て、書庫の恋愛小説はマルヴィナの好みのものであったことを思い出した。そしてあまりに期待の籠った眼差しに、コーデリアは苦笑を返した。


「私は大恋愛より、穏やかに過ごせる方と出会えれば幸せだと思います」

「あら、穏やかな方がお父様や伯母様の首を縦に振らせることができるのかしら?」

「それは私が誠心誠意お願いさせていただきますわ」

「そうね、いくらお父様や伯母様だって、可愛がっている子におねだりされたら結婚を認めないなんて……いえないかもしれないわ」


 途中までは断言するかの勢いだったにもかかわらず、最後はやや目を反らしながら言ったマルヴィナを見て、せめてこの場だけでも断言してほしかったという思いを抱いたのは仕方がないことであるはずだ。

 だが、現にそう思われる状況というのなら、なおさら自分でみつけなければいけないということだ。


「お姉様、貴重な情報をありがとうございます」

「いいえ。貴女が別に結婚に興味がないというのであれば話は別かなとも思ったのだけど、おせっかいにならなくてよかったわ」

「私にとっては、大変重要なお話でした」

「ふふ、でも、楽しみにしているわ。私、本当に恋物語って大好きだもの。いつだって相談してくれても構わないし、ほら、フラントヘイム侯爵家のご子息様なんて年頃は釣り合うんじゃない」

「残念ながらヴェルノー様だけはございませんから。お互い「ない」の一言で済ませてしまいますわ」

「うーん、恥かしがってくれたら照れ隠しだと思ったけれど、そうでないことは残念ね」


 しかしマルヴィナにも本当に残念がる様子はなかった。

 まるで観劇の傍観者という様子でコーデリアを見つめていた。


「そうだわ、それこそ王子様なんていかがかしら。お父様も、さすがに絶対にダメだとは言えない相手だわ」

「ご冗談を仰らないでくださいな」


 確かにそれだとエルヴィスでも突っぱることは難しいことだが、それを避けるためにここまで頑張ったのだ。


「でも、恋愛物語には女同士の戦いもつきものよ。そうなっても、頑張りなさいね」

「いえ、お姉様。私は穏やかな恋愛を望みますので、できればその応援ではなく、一緒にそちらを願ってくださいませんか?」

「あら、そうね。でも、苦難も絆が深まっていいと思うんですけどね」

「では……お父様に反発しつつも旦那様と仲良くなられたお姉様のお話を聞かせていただかないといけませんわね。そこに苦難や葛藤やロマンスがございましたか?」


 そんなコーデリアの言葉で、それまで向けられていた姉の笑顔は横に九十度背けられた。


「それは、ちょっと内緒にさせていただくお話ね」


 口の端を不自然に吊り上げ何とか笑みを保つ様子で、しかし耳だけは赤くしていたマルヴィナを見て、コーデリアは小さく声を出して笑った。

 この様子だけだとマルヴィナのところまでシェリーの話が届いているのかはわからない。

 ただ、コーデリアとしてはそれ以外の修羅場もない、穏やかな恋愛を経験したいと思うのは、仕方がないことだと苦笑した。

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