幕間 お忍びの少年たち
時は戻って中央街西、職人通りの工房。
本来は俺もコイツもこの様な場所に来る事はない。俺は時々お忍びをするが、俺とコイツは違う。
ディリィは俺に跡取り息子が一人歩きするなといったけれど、俺としては俺が一人歩きをするよりもやんごとなきお方を一人で歩かせる方が余程怖い。何せ市井の事を殆ど知らない彼は明らかに浮くだろうから。
……まぁ、結果的に浮くどころか騒ぎに大きく関わったんだけど。
人、花売りとディリィ以外いなくてよかった。本当に。
倒したゴロツキは隠れて俺に付いてきていた家の連中に任せた。
こんなゴロツキに会うなんてツイてない。お陰で雷撃魔術なんて使う事になってしまったのだ。魔術自体に心配があるわけではないが、万が一にも的が外れたらと思うといつもより精度を相当高めなければいけない。それが花売り一人ならともかく、連れの馬鹿が飛び出すのは想定外だ。しっかりしてくれ。
お陰で俺とコイツの変化を保つ魔力が限界地に達してしまった。大人になれば魔力保有量も増えるのだろうけれど、いかんせん身体が小さい為にキャパが足りない。早く大人になりたいもんだ。
店に入った俺ら……いや、“ジル”が再び出てくるのを待っていたらしい花売りに“ジル”が礼を言われ、彼女が去るのを待ってから俺はヤツに声をかけた。
「今日はもう帰ろう。俺の術も解ける」
「もう、か?」
「誰のせいで短くなったと思ってんだよ。俺だってもうちょっと遊びたかったっての」
渋るジルに苦言を呈せば、やつは「悪かった」と肩をすくめて謝った。
素直なのは良い取り柄だと思う。……ただ素直すぎて飛びだしてしまったんだろうけど。
しかし帰るのを了承したように見せかけたにも関わらず、ジルは店の方をちらちらと気にしている。
何で気にしてるかなんて俺にも分かる。間違いなくディリィが中に居るからだろう。
「……ディリィなら暫く出てこないと思うぞ」
そう言ってやればヤツは少し面白い面白くないような顔で俺を見た。
不服そうな顔を見ていると、奴はディリィが出てこない事もそうっだけど俺に指摘される方が面白くないといった様子だった。……まるで年上のようでは無いな、この人。
しかし不機嫌なままこの人を連れ帰るのも帰ったあとが面倒だ。
だから仰々しく俺はヤツの弱みに付け入る事にした。
「どうでしたか、シルヴェスター殿下。お話なさりたかったのでしょう?……まさかワタクシもここで彼女に会うなんて思いませんでしたが」
「……私が悪かった。だから街中でそれはよせ」
先程の砕けた調子を抜きヤツに対する言葉を普段通りに戻せば先に音を上げるのは殿下の方に決まっているのだ。しかし一歳年上の殿下に気疲れさせられた俺は、配下としては良くないのだろうが、何か対価が欲しかった。普通なら『王族相手にふざけるな』となるようなことかもしれないけれど、この人なら平気だと思う。
「では殿下、一つお願いを。――人前では言いませんから、街中だけでは無く基本的に殿下に対し先程の口調を保ってもよろしいですか?」
「先程の、というのは?」
「そうですね、『ジル、早く帰るぞ』っていう感じですかね」
「……好きにしてくれ」
殿下は『それ位もうどうでも良い』『それ以上何もいうな』というような微妙な声色と表情で俺に言った。
しかしどんな声であろうと俺は了承をもらったという事実さえあれば後は比較的どうでもいい。別に王族と対等に話がしたいとかそういう事ではない。殿下はともかく例えば陛下や妃殿下にこんな事言うだ何て恐れ多いとも思う。でもシルヴェスター殿下は別だ。これから長く仕える相手だし、また『何かしでかした』時には堂々と意見出来る方が助かる。……何だか手のかかる兄貴を持った気分で有る。
(……しかしあの花売り、ジルに惚れて無ければいいけど)
惚れていたら……いや、多分惚れたと思う。そんな顔だった。だとすれば大概可哀そうな初恋になる気がする。成就すれば親父の言う『大恋愛』になろうが、殿下と街娘の恋なんてこの国で成就するには思いより何より“運”が必要だとしか思えないのだから。