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第五十七幕 夢見の少女(2)

「驚きました。コーデリア様は、街の子どもたちと仲良くされていらっしゃったのですね」


 クラリスに声をかけられたコーデリアは、はっとして振り返った。

 声をかけられるまで、閉まった扉を眺め続けていたことにも気づけなかった。


「先程の子供たちは、近隣の村の子供たちなのです。福祉事業を通して、知り合いました」

「そうなのですね。ずいぶん慕われていらっしゃるようで、素敵ですね」


 クラリスは納得したように微笑んだが、やがて少し目を伏せながら呟いた。


「コーデリア様も、夢見の少女の話はご存じだったのですね」

「ええ。あれほど元気な方だとは、思っていませんでしたが……」


 王都での噂をコーデリアが知っていても不自然ではないが、シェリー目当てに教会に来ているとは思われたくない。いや、確かに目当てはシェリーなのだが、目的は占いではなく彼女自身だ。肯定はしたもののコーデリアはその辺りを心配したのだが、幸いクラリスはそのようには捉えたなかった。


「私もまだシェリーさんとはお話したことが少ないですが、きっと彼女は純粋に人を喜ばせたいと思っているだけだと思うのです。ですが……少しだけその希有な力を不用意に使ってしまっているのではないかと、個人的には不安がございます。今の彼女が占えるのは天候などですが、彼女の元には私欲を満たそうとする者がくることもあります」

「やはり、当たるのですね」


 クラリスは無言で頷き、返答した。その顔には懸念の色が浮かんでいる。


「……彼女は自分の力を強めて名声を広め、いずれ殿下を支えられるようになりたいとよく言っています。それ自体は喜ばしく思いますが――ご年齢を差し引いても少し極端さが目立ち、毒にもなりかねないと思わされます」

「……」

「ただしこれは個人的な見解です。その力は国をより豊かにするための道しるべになると考えている者もおります」

「……難しいこと、ですね」

「はい。彼女の力がどれほど強くなるのか、まだ未知数です。ですから、これらも杞憂に終わることかもしれません」


 そう言いきると少しだけ肩の力を抜いたクラリスは、小さく笑みを浮かべた。


「ただ、現状でも非常に珍しい力であることにはかわりありません。今は騎士もすぐそばに待機していますし、まずは彼女が勝手に飛び出してしまわないよう、しっかり見守ろうと思います。私たちにとって大事なのは、国民が危険な目に遭わないようにすることですから」


 騎士としてシェリーの身を案じるクラリスの言葉にコーデリアも頷いた。

 コーデリアとしては色々疑問を持ってはいるが、多少問題を抱えていようともクラリスの言う通りであれば今のシェリーは他人に行動している。だからその懸念も心配も理解できる。


(でも、騎士様たちがここの様子を気に掛けてくださっているのは、とても大きいことだわ)


 このままクライドレイヌ伯爵からの迎えまで、平穏に日々が過ぎればいい。

 しかしそう思う反面、それならば自分がここに来た理由である幽霊の言葉が気掛かりだ。『騎士に守られているから平気』というのであれば、そもそもここにコーデリアが来た意味がない。


(いったい、何があるというの?)


 幽霊はコーデリアが『何か』を見落とす可能性を期待し、それも含めて楽しんでいるのだろうか? それとも本当になにもなく、幽霊の言葉に惑わされ右往左往する姿を見たいのだろうか? 単に酒云々という幽霊の主張を全面的に信用しているわけではない。もしも幽霊がコーデリアがシェリーを避けたがっていることを知っているのなら嫌がらせにもなるが、それは知るはずがない事柄だ。


「でも、最近は少し見通しのよいこともありますから」

「え?」


 その声につられてコーデリアは顔を上げ、そのままクラリスが見つめる方向へ視線を走らせた。するとこちらへ徐々に近づいてくる一台の馬車が目に入った。馬車は教会前に止まり、杖をついたやや痩身の男性が姿を現した。


「おや、これはキースリー殿。今日もお勤めご苦労様だね」

「ごきげんよう、ザハロフ伯爵様」

「いつ見ても凜々しいね。頼もしい限りだ」


 クラリスと挨拶を交わすザハロフ伯爵は柔和な笑みを浮かべていた。


(ザハロフ伯爵……? 確かお名前はボリス様だったかしら)


 コーデリアもその家名は聞いたことがあり、領地がどの辺にあるか地図上で示すことくらいはできるが、詳しく習った覚えはない。特色があったり関わり合いがある家であれば詳しく教えられるが、教えられていないということはパメラディア家とはあまり関係がない家であるはずだ。

 コーデリアはそんなことを考えながら挨拶のタイミングを窺っていたが、不意にザハロフ伯爵と目が合った。


「お嬢さんは……もしかしてパメラディア伯爵のご息女かな?」

「初めまして、ザハロフ伯爵様。私はコーデリア・エナ・パメラディアと申します」

「ああ、失礼した。私はボリス・ザハロフだよ。君の父上ほど有名ではないが、伯爵だ」


 おどけて言っているのかもしれないが、その返しはコーデリアにとって非常に返答がし辛いものだ。「そうなのですか」とは言えないし、「そんなことはございません」も、嘘くさい。しかし言葉に迷いつつも笑みを浮かべていれば、ザハロフ伯爵はそのまま話を続けた。


「慈善事業をフラントヘイム侯爵家のご子息と立ち上げたという、君の噂は聞いているよ。私もいろいろと支援を行っているが、機会があれば、意見交換を行ってみたいものだね」

「あ、ありがとうございます」


 突然の言葉に驚きつつコーデリアは礼をを伝えた。それに対してザハロフ伯爵は笑みを深めた後、再びクラリスに身体を向け直した。


「今日はあの子はいるのかな?」

「先ほどお見かけしましたよ」

「そうか、それは楽しみだ」


 そう言うとザハロフ伯爵はゆっくりと教会の中へと消えていった。杖をついているわりに足取りは軽く見えた。それを見送ったクラリスは優し気な表情で呟いた。


「ザハロフ伯爵様は、シェリーさんに亡くなられた奥様の面影を感じてらっしゃるそうです」

「奥様の……?」

「はい。血縁ではないかと、手がかりも探されているようです。無理にという風ではありませんので、教会の皆様も見守ってらっしゃいます。昔から伯爵様はこの教会にとても貢献されているため信頼も厚く、シェリーさんさえ同意すれば、養子でもよいのではないか、と」


 確かにザハロフ伯爵は一見すると穏やかそうな紳士に見えた。

 ザハロフ伯爵家にはコーデリアに近い年頃の子供はいないはずだ。しかしそれにも関わらず移動図書館の話を知っているのであれば、慈善事業の方面にも詳しいのも本当だろう。


(でも……縁者ではないはずじゃ……。ヒロインの性格が異なっているなら、それもあるかもしれないけど……)


 ゲームと違う可能性があることを考えても、ゲーム通りのことが多い現状ではひっかからずにはいられない。性格についてはシェリーがかなり異なる様子だが、名前については今のところゲームとの差は生じていない。


(そもそも、クライドレイヌ伯爵の迎えについても、伯爵があの子を娘だと判断した決め手は何だった……?)


 家紋が入っているものがあれば、すぐにわかることだろう。

 しかしそんなものを所持していれば、既に教会の誰かが見つけているとも思う。


(……ザハロフ伯爵のことは帰ったら少し調べさせていただきましょう)


 騎士の警戒がある以上、無断侵入はすぐに騒ぎになるだろう。クラリスの言葉から察するに、騎士は教会に対して気を配っている。だとすれば、ひとまず最初にコーデリアが想像していた状況よりは悪くない。


「けれど、これから雨ですか……。コーデリア様にはこの後、何かご予定はございますか?」

「はい、少しだけ……」

「でしたら、仕切り直しの意味を込めてご見学も後日というのはいかがでしょうか。私は明日は一日空いているのですが、コーデリア様はいかがですか?」

「ありがとうございます、お願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 クラリスの申し出は、コーデリアにとってとてもありがたい。


(いずれにしても、またここには来なくちゃいけないもの)


 やってくる理由を作ってもらえたことはこの上なく幸運だ。まずは明日までに調べるべきことは調べておこう。何が正しいのか、間違っているのか、今の段階では何も言えない。


 そう思いながら、コーデリアはクラリスと別れ、その場を後にした。



 ***



 教会から離れフルビアの自宅へ向かう途中、少し人通りが多くなったところでロニーが長い溜息をついた。


「凄く妙でしたね。あの女の子も、お嬢様のご様子も」

「私も?」

「落ち着きがなかったでしょう」

「それは否定できないわね。だって、珍しいタイプの子だと思ってしまったもの」


 本当は否定したかったが『そんなことないわ』などといえば動揺を無理に隠そうとしているようにも思え、コーデリアは肩をすくめて肯定した。ロニーが言うということは、そもそも本当に態度にでてしまっているのだろうから。


「まあ、だいぶ強気な子でしたね。お嬢様って強気な人に出会う確率が高くありませんか?」

「……。そうかもしれないわね。でも、強気自体は悪いことではないでしょう?」

「そりゃ、自信は成功につながることも多いですしね。でも失敗も多いですよ」

「……」


 確かにヘーゼルの時も初対面から人の話を聞いてくれないと悩まされたが、あれはヘーゼル自身に関わる事柄であったので、必死になる姿もなんとなく理解できないわけじゃない。

 それに対してシェリーは人のためではあったが、主張が聞き入れられないことに腹を立てていた。


(人のためにといいつつ、思い通りにならなくて癇癪を起こす、か。少なくとも私が知ってるヒロインとは様子が異なるのよね)


 シェリーがゲームと異なるのであれば、怖がらずとも自分の未来も心配いらないのかもしれない。そう期待が持てないわけではないが、あの様子では自分が関わるかどうかはさておき、別の問題を起こしそうだとも感じてしまう。


「でも、本当に夢を根拠にするお言葉かぁ。まるで神託ですね」

「そうね」

「一攫千金の方法とか夢で見れたら、凄く楽な生活送れそうなのに」

「……ロニーはそういう夢を見てみたいの?」

「いや、よく考えたらそれも面倒ですよね。一発当てると寄付をほしがる団体が一気に押し寄せるって聞いたこともありますし」


 その理由に納得してよいものなのかと考えながら、コーデリアは溜息をついた。


「まあ、あの子も自分自身がどうするって夢みたなんて話きかないし、そんなことはしないのかもしれませんね」

「ええ、そうね」


 ロニーの言うとおり、シェリーが自身に関する夢を見たという噂は聞いていないし、今日のシェリーもそんなことは言っていなかった。実際には見ている可能性もあるが、もしも見ているなら、信じない相手を説得する方法などの夢を見ていてもいいと思う。


(でも、そんな雰囲気だとは思わなかったのよね。自分自身のために力を使うことはない、というのはヒロインと同じ、なのかしら)


 単にまだ夢を見る力が足りていないだけという可能性も考えられるが、シェリーのことは守ると一度決めたのだ。彼女が安全なところに向かうまで見届けるか、それまでに誘拐に関する事柄が報告できるよう、何かを見つければいい。不確定要素が多すぎて気分は滅入るが、そのまま放置できないなら、やるしかない。


「ねえ……彼女が教会から侵入者に浚われる危険って、あると思う?」


 少し物騒かとも思いつつ、コーデリアはロニーに尋ねた。


「浚われる? 珍しい力だから、心配してるんですか?」

「ええ」

「……不可能なことではないと思いますが、難しいでしょうね。騎士の目があっても死角は多いし、教会は自由に出入りできるからセキュリティも高くない。だから、彼女と接触するだけなら容易でしょう」

「やっぱり……あくまで接触するところまで、よね」

「はい。少しの騒ぎでもすぐに状況が伝わり、逃走経路の確保が難しくなるでしょう。一人で逃げるならともかく、お嬢様くらいの子を抱えて騎士から逃げ切るとなれば難しいですよ」


 それでももし誘拐される危険があるとすれば、内部から何らかの手助けが行われるということだろうか? いや、そもそもシェリーが自ら飛び出すせいで、待っていればいずれチャンスは巡るだろうということかもしれない。


(……本当に頭が痛い問題だわ)


 特異な力という認識とともに、その危険性を察知していてくれればいいのだが……これだと将来貴族の世界に迎えられても、相当振る舞いに問題が生じるのではないかと人ごとながら心配になってしまう。


「あれ、コーデリアさん?」

「え? まぁ! 奇遇ですわね、マイルズ様」


 そんなことを考えていたところを呼び止められて振り返れば、そこには見知った顔の少年が立っていた。ヴェルノーとは違い付き人も一緒にいるため一人で散策しているというわけではなさそうだが、それにしても珍しい相手だ。


「ご機嫌よう、珍しいところでお出会いしましたね」

「コーデリアさんもお元気そうで何よりだよ。でも、びっくりした、こんなところで会うなんて、ヴェルノーくらいだと思っていたから」


 ヴェルノーがあちこちをうろついているのは共通認識なのかと苦笑しつつ、コーデリアも同じような感想を持っていたので、特にフォローはしなかった。待ち合わせをしたりもするジルやヴェルノーを除くと、街中でばったり……なんてことはない。


「品評会、いい結果が出たんだってね。おめでとう」

「ありがとうございます。これも、ご協力いただいたおかげです」

「あの海草がこんなことになるなんて思っていなかったから、驚かされたよ。計画初期に相談を受けてたなんて、父上に絶対知られないようにしなくちゃ。もっと上手に取引しろって怒られるからね」


 少しおどけた様子で言うマイルズは、それでも心からの祝福を伝えてくれた。

 多少の申し訳なさはあるものの、実利のことを考えれば話せなかったことには変わりがない。おそらくマイルズもそれを理解した上での祝辞だからこそ笑っているのだろう。


「今日はどこかに行っていたのかい? いや、それともこれからどこかへ?」

「先ほどまで大書架を尋ねていたのですが、今は薬師の元へ向かっています。その間、教会へ寄り道させていただきましたが」

「そうか、それは残念だ。少し面白い本を手に入れたから、時間があれば一緒に事務所に寄らないかと思ったんだけど……」


 その誘いはありがたいが、今のコーデリアには誘いに乗る気分にはなれなかった。

 幸いなことは、マイルズが強く主張を通すタイプではなかったことだ。またの機会だね、と、笑って引いてくれる友人はコーデリアの中では珍しい。


「でも、教会か。どこの教会に寄ったんだい?」

「ステンドグラスで有名なところなんですが……」

「ああ、ザハロフ伯爵がよく行ってらっしゃるところかな」

「あら、ご存じなのですか?」


 あっさりとでた言葉に、コーデリアは思わず目を丸くすると、マイルズは微笑んだまま言葉を続けた。


「ザハロフ伯爵もかつて海運業を手がけてらっしゃったからね」

「……かつて、ですか?」

「うん。僕たちが生まれる少し前に運悪く、一夏に二隻の船を失って廃業なさったそうだけど、慈善事業はそれまでと変わらずなさっているそうだよ。あまり表にたたれる方ではないけれど、慈善活動についてはかなりのキャリアをお持ちだし、お話をお聞かせいただければ参考になる部分はあるかもしれないね」


 マイルズからの意外な発言に驚きつつも「……なんて言っても、僕も直接お顔を拝見したことはないんだけどね」と付け足される辺り、やはり繋がりは薄いらしい。


「坊ちゃま、そろそろ」

「ああ、そうだね。……じゃあ、残念だけど、また今度」


 手を振りながらその場を後にするマイルズが「坊ちゃんはそろそろ止めてよね」と言っているのを聞きながら、コーデリアも「行きましょうか」とロニーに声を掛けた。


(……二隻の船を失う……どの程度の損害なのかわからないけど、確実に小さくはないわよね)


 人のよさそうな笑みを浮かべる男性ではあった。そしてクラリスやマイルズの話を聞く限り、教会との付き合いも相当長い。


(……そんな方を疑っているのは、どうかと思うけど……調べるための間口は広がった)


 手がかりのない今は、可能性を一つずつ当たるしかない。

 何かが見つかってくれればいいのにと思う反面、何も見つからず、すべてが幽霊の虚言であればいいのにと思わずにはいられなかった。





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