第五十三話 噂話と届いたお菓子
『ドロップ!! ~香りの令嬢物語~③』
2017年5月12日(金)発売します。
詳細等は活動報告にて(書影も掲載させていただいています)
帰宅途中、コーデリアは菓子店で手土産を購入した。
今日のドレスアップのお礼にとエミーナに渡そうと購入したのだが、あまりにおいしそうだったのでロニーやララの分も買ってしまった。もちろん自分の分も、だ。
ロニーには許可証も渡さなければいけないので、コーデリアは帰宅後まっすぐ温室へ向かった。
温室ではララとロニーがお茶の時間を楽しんでいた。
「あ、お嬢様、お帰りなさい! そのドレスすごく綺麗、素敵だわ!」
「ああ、おかえりなさい、お嬢様」
「ただいま、ララ。それからロニー。お茶会をしていたの?」
「ええ、お嬢様もどうかしら?」
そう言いながら立ち上がったララは、コーデリアがいつも座っている場所の椅子を引いた。
しかしコーデリアは苦笑しつつ、首を横に振った。
「ありがたい申し出だけど、これを渡しにきただけなの。お土産よ」
「やったぁ!」
「やった!」
ララとロニーがほぼ同時に歓喜の声を上げた。
この師弟の、こういうところは本当にそっくりだ。
コーデリアから菓子の包みを受け取ったララは、そのままコーデリアの正面でうっとりとしていた。
「でも、本当に素敵だわ。ドレスもだけど、髪も綺麗。私もお嬢様の髪を綺麗に結えるようになりたいわ。いつものお嬢様も好きだけど、たまには変えるのも素敵よね」
エミーナさんに教えてもらおうかしら、と付け加えながらララはコーデリアの背後に回り、更にじっくりと髪を見ている様子である。
しかし一方で大した興味を持たないロニーは、ララから菓子の包みを取り上げると早速それを開けていた。
「そんなに髪に興味があるなら、ララも伸ばしたらいいんじゃないか? そしたら自分で練習できるだろ?」
「ロニー、知らないの? 自分で結うのと人のを結うのって、全然違うのよ」
「……知らないっていうか、俺が自分の結ったことあったら怖いだろ。あー、もう、お嬢様も笑わないでくださいよ」
「ごめんなさい、あまりに面白くて」
一瞬想像してしまった髪を結ったロニーの姿を頭からか消しながら、コーデリアは咳払いをひとつした。
「それより、はい。これが大書架への許可証よ」
「ああ、これがそうなんですね」
コーデリアから許可証を受け取ったロニーは、それを宙にかざしたり、眼前に持ってきた利しながら眺めていた。
「紛失にはご注意を、だそうよ」
「あはは、さすがに解ってますよー」
「そう。一応これ、王子様が言ってた言葉、そのままだから」
「……留意しときます。改めて思ったら、大変なものですね」
言わずともなくしはしないだろうが、先程よりも慎重そうに許可証を持つロニーの様子は実にわかりやすかった。このまま部屋に持って帰ったら、即鍵付きの引き出しにしまうだろう。
「大書架への入場の方法も聞いてきたから、一度一緒に行きましょう。明日はどうかしら?」
「明日ですか? ええ、俺は特に問題ないですよ」
「あと、今日中途半端にしか事務所に寄れなかったから、そっちもいくつもり。大書架に行ったあと、寄りましょう」
「了解です。予定入れときます」
よし、これで今日届かなかった本はロニーにとってもらえるだろう。
そして明日は書物を探すのに都合が良さそうな格好を考えよう……などとコーデリアが考えていたら、ララがため息をついた。
「私もお嬢様とお出掛けしたいのに、ロニーばっかりずるいわ。私も、もっと勉強してたらお手伝いできたのに。そしたらそれ、貰えたのかもしれないのに」
「別にララも何か作ればいいんだから、焦る必要もないだろ」
「そんな簡単に何か見つかると思うの?」
不機嫌そうに睨むララがいうことはもっともで、そう簡単に手に入るものではない。
それでもロニーが「見つかったら俺も手伝うからさ」というと、難易度が大幅に下がる気がするのは、彼の実力のおかげだろう。
「ララがあったら便利だって思うもの、考えたらいいだろ」
「もうっ! ロニーがびっくりするようなものを考えて、驚かせてみせるんだから! 約束よ!」
「はいはい。ところで、昨日出した課題は終わったのか?」
「……あれ明後日まででしょ」
「なら、それ終わらすのが先決だな」
視線を逃がしたララに、ロニーは肩をすくめた。
先ほどまでの威勢が嘘のようだ――と、コーデリアが思うと、ララは急に立ち上がった。
「今日、もう私のお仕事終わってるわよね? ちょっと書庫いってきます!」
そして慌ただしく温室を後にした。
おそらくロニーからの課題を終わらせ、何か考えようとしているのだろう。先ほどまで紅茶を楽しみまったりしていた様子からは一転している。
「ずいぶん気合い入れるの上手じゃないの。すっかり先生も板についてる様子ね?」
「あはは。でも、俺、ちょっと後悔してます。……とんでもないものを思いつかないように、願っておきます」
「あら、それはそれで私は楽しみだわ」
ロニーの本気とも冗談ともつかない言葉に笑っていると、ロニーは肩を落とした。
「他人事だと思って」
「私、ロニーもララのことも他人だと思ってないわよ?」
「しってますよ。……で、どうでした? 行きたくなさそうだったお城を訪ねた感想は」
からかっていたツケというのだろうか。
思わぬ質問にコーデリアは思わず笑顔を固まらせた。
「……まぁ、これがもらえたからいいんじゃないかしら。大書架はいいところだったわ、大書架は」
だから以降は大書架に限っては問題ない――はずだ。
クライヴもシルヴェスターは大書架には来ないと言っていた。安心だ。
「何とも微妙なお言葉ですね。あぁ、でも殿下のところにはイームズ家のご子息もいらっしゃるし、お嬢様にとっては気も進みませんよね」
「え? どうして?」
「え? どうしてって、イームズ侯爵様とうちの旦那様、すごく仲悪いって噂じゃないですか。違うんですか?」
「え、そうなの?」
初耳だと、コーデリアは目を丸くした。
しかしその反応にロニーは首を傾げた。
「少なくとも学院の中では有名でしたよ。あの冷静沈着な侯爵様に声を荒げさせるのは伯爵様しかいないって」
「……ご子息のほうは相当お元気な様子だったわよ」
「まあ、俺も直接侯爵様見たことないですし、単なる噂ですしね。そもそも旦那様ってあんまり仲いい御友人いらっしゃる感じしませんしね」
そう言うロニーも学生時代の友人は少なかったはずなのだが、そのロニーでも聞いたことがあるというのは、相当に有名な噂だったのだろう。
しかしそれよりも一つ気になることがある。
「軽い調子にでも、お父様には言わないでね? 最後のこと」
「わかっていますよ、っていうか言えませんよ。怖い怖い」
御友人少ないですよね? なんて絶対にブリザードが巻き起こる。
青い顔をしたロニーを見る限り口を滑らすこともないとは思うが、一応エルヴィスにだって領主代行を任せるジークや、義姉のニルパマや、フラントヘイム侯爵という友人もいるのだ。その他はほとんどが知人で、友人とは呼べないかもしれないが……一応、きっとフラントヘイム侯爵のことをエルヴィスも友人だと思っているはずだ。たぶん。
「まぁ、御友人が多かろうが少なかろうが、俺旦那様いい人だと思いますしね」
「そう思ってもらえてるなら、娘としても嬉しいわ。さて、私もドレスを汚す前に自室に戻るわ。ロニーも……お茶会の片付けしたら今日はもういいわよ。暇ならララの課題、解説してあげてちょうだいな」
「ありがとうございます」
そうしてロニーと別れ自室に戻ろうとすると、コーデリアはエントランスでエミーナと顔を合わせた。エミーナはコーデリアを待っていたというよりは、ちょうど呼びに行こうとしていた様子だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。イシュマ様がお戻りになられたのですが、お嬢様をお呼びされています」
「お兄様が? ありがとう、すぐに行くわ」
確かに今日はイシュマの帰宅予定ではあったが、それにしては随分早い時間だ。
珍しいなと思いつつ、コーデリアはエミーナに土産を手渡し、そのままイシュマの部屋へと向かった。
そして彼の部屋のドアをノックし、許可を得たコーデリアは部屋に入った。
「お待たせいたしました、お兄様」
「悪いね、帰ってきたところなのに」
「それはお兄様もですよね? お勤め、いつもお疲れ様です」
コーデリアの言葉に、イシュマは目を細めて笑った。
「ありがとう。それにしても、今日はまた一段と素敵な格好だね。かわいいよ」
「ありがとうございます」
「気合いを入れて城に向かったんだね」
「あら、ご存じでしたの?」
エルヴィスにしか伝えたつもりはなかったのだが、エルヴィスからイシュマに伝わったのだろうか? しかし、登城だけでエルヴィスがわざわざイシュマに伝えるとは思わないし、そんな時間もなかったのではないだろうか?
そうコーデリアが首を傾げると、イシュマは少し困ったような表情を浮かべた。
「殿下の使いが来てね。怪我したんだって?」
「……いえ、ちょっと人とぶつかったんですが、怪我はしておりませんわ。殿下もご存じだと、思うのですが……」
「私も話を聞く限り大丈夫そうだなとは思ったんだけどね」
「あの……もしかしてとは思いますが……それで、お早いお帰りに……?」
そうだとすれば、あの場から逃げるためだけのつもりがとんだ迷惑になったものだ!
一瞬焦りと反省がコーデリアの中で交錯したが、イシュマは軽く首を振った。
「気にしなくて大丈夫だよ。元々代休をいただいていたから、今日も家にいるつもりだったくらいだし。帰るきっかけができてよかったくらいだよ」
「そうなのですか?」
「ああ。片付けておきたい仕事も、目途がついたところだったし」
それならば問題はないのだが……思った以上に、転んだと伝わるだけでも多方面に影響が出かねないと知ったコーデリアは以降の行動にはより慎重にならねばならないと、少し襟を正すような気分になった。
いや、本当にイシュマも忙しければ転んだくらいで帰宅するとは思わないのだが、いちいちそんな情報が入ってきても煩わしいだろう。あと、単純に格好が悪い。
しかし、イシュマにわざわざ使いが行っているとすれば、もう一つ気になることがある。
「お兄様、それ、お父様もご存じだったり……」
クライヴには冗談まがいに言ったが、本当に伝わっていたらあまりよろしくない。
そう思いながらコーデリアはイシュマに尋ねると、イシュマは苦笑していた。大体の想いは伝わったらしい。
「心配しなくてもいいよ。父上は幸いにも街に視察に出ていたみたいだし、私も父上にまだ伝わっていないのなら伝えないでほしいとお願いしておいたよ」
「よかったですわ」
「コーデリアが怪我したって聞いたら、父上も大変心配なさるからね。とても、ね」
念押しのように告げられる言葉でイシュマは同じ認識を持っていることが確認でき、コーデリアはほっとした。心配し、一緒に登城してくれたエルヴィスに怪我をしたなど伝わったら……あまりに申し訳ないことになる。あと、やはり格好が悪いので、転んだということは伝わってほしくない。
「それで……これをコーデリアにと預かっている。殿下からの見舞いの品だそうだ」
「え? 殿下からの、ですか……?」
「ああ。焼き菓子だそうだよ」
大袈裟すぎる。それが、第一の感想だ。そして次に浮かぶ感想といえば、いらないのに、だ。
「お兄様、私、本当に一瞬痛んだだけで、怪我はないのですが……」
「でも、殿下からいただいたいたものを返すことはできないし。お菓子だし、殿下も『こっそりと渡してほしい』ということらしいから、ありがたくいただいておくべきだろう」
イシュマの言うことに反論できる余地はなかった。
(そりゃ、王子様からの贈り物を返すなんて……できないわよね……)
頭では理解している。けれど、やっぱり欲しくはない。
それでもここで駄駄をこねてもイシュマが困るだけで、結局手元にはやってきてしまう。
同じ贈り物でも、送り主でここまで差がでるものなのか――そう思うと気は重いが、受け取る以外に道はなかった。
「……では御礼状をお書きいたしますので、お兄様にお願いしてもよろしいでしょうか?」
いらないと思っているとはいえ、相手は気遣ってくれたからこその贈り物だ。無言で受け取っては失礼だろう。しかしコーデリアの言葉にイシュマは小さく首を振った。
「いや、それは私はしないほうがいいと思う。見舞いの品とはいえ、殿下があまり親しくないはずのご令嬢に贈り物をしたと話が広まる可能性もあるからね。それは殿下にとってもよくないだろうし、コーデリアも気になるだろう? あと、私が殿下と二人きりでお会いすることは、偶然以外ではないことだ」
だからこそ、こっそりって言っておられるんだよ、と、イシュマは笑って付け加えた。
礼が不要ということは、コーデリアにとってありがたい話である。
しかし、だ。
「ですが……それでは、礼を欠きませんか?」
関わりたくはないが、人としての礼儀は守りたい。
礼状の一つも出せないようでは『もらって当たり前』というような態度をとっているように思えてしまい、それは破滅の道を歩んだ『コーデリア』の性格とも重なるように思ってしまう。それはコーデリアにとって、王子の接触と同等に避けたい事柄だ。
コーデリアの言葉に、イシュマは顎に手を当てた。
「……どうしてもっていうなら、むしろフラントヘイム家のご子息にお願いしたほうが確実だろう。彼なら、二人で会っていることも多いだろうから」
「……」
ヴェルノーを頼るのは、できれば避けはしたい。
今もジルへの手紙を頼んでいるので今更という思いもあることにはあるが、またからかわれるネタを増やすことは極力避けたい。しかも、これは王子様関連だ。
しかし、確かにヴェルノーであれば人目を避けて渡してはくれるだろう。
特に心配なのはコーデリアを王子を誑かす悪女候補として警戒しているらしいクライヴに伝わることだが、その辺りも上手くやってくれることだろう。ヴェルノーだってがみがみと言われるのは嫌なはずである。
「……そうですね」
可能であれば他の返答をしたいものだったが、残念ながらここはイシュマの提案が一番現実的だろう。
しかし、手紙が届く方法を考えながらも、書かねばならないと思うと気は重い。
(いえ、御礼状を書くだけだもの。特にお返事をいただくようなものではないし、形式通りに書けば問題ないわ)
手紙を書くこと自体はジルのおかげで慣れている。
そのおかげで意識的に整えて書いていた文字も、今では無意識の状態でもどこに出しても恥ずかしくない文字を並べることができている。
だから、心を無にすれば……無難に、終えられるはずだ。
(……というか、本当に怪我はありませんでしたってかかないと、追撃のお見舞いきても困るし)
ヴェルノーだってその辺りは証言の協力してくれるだろう。
そう信じたコーデリアは、もう一つの問題である手元の菓子に目を落とした。
王子が食す、もしくは選ぶ菓子というのだから、美味しいものだろう。
ただ……やはりシルヴェスターからの贈り物だと思うと一人で食べるには気が重い。
「……お兄様、一緒に召しあがってくださいません?」
窺うようにイシュマを見上げれば、イシュマは笑った。
「いいよ。お茶はコーデリアが頼んでおいてくれるか? おすすめのものをお願いするよ」
「かしこまりました」
イシュマが優しい兄でよかった、と、コーデリアは心の中で息をついた。
イシュマは一緒に茶を楽しむときはいろいろな話を聞かせてくれるし、これで気も紛れるだろう。イシュマに断られればララやロニーもいるが、共に食べようと思えば、まずその菓子の出所をやたら隠さねばならなくなる。そうなれば転んだところから話す羽目になってしまうので、絶対避けたい。だからといって、ヴェルノーが来た時に茶菓子として出すのは無理がある。
(預かってきてくださったお兄様なら、セーフよね、セーフ)
しかしそこでヴェルノーのことをふと思い出し、連鎖でクライヴのことを思い出した。
「そういえばお兄様。イームズ様のご子息とお会いしたのですが、随分、その……元気な方ですね?」
「ああ……殿下の側にいらっしゃるから。何か言われた?」
聞いていいことなのか判断しきれずやんわりと尋ねてみれば、イシュマは既に心当たりがある様子だった。ただ、クライヴはコーデリアに対してあからさまな態度をとっていただっただけで、特に気に障ることを言われたわけではない――男性の趣味の心配をされたこと、以外はだが。
「いえ、ヴェルノー様とイームズ様が……その、非常に仲がよろしそうな……? ああ、あと殿下とも……」
「ああ……。真面目な子だよね」
濁したコーデリアの言葉には、イシュマも苦笑していた。
どうやらコーデリアが見聞きしたあれは、やはり日常のことらしい。
「そうだな……。一応言っておくと、コーデリアは侯爵様と父上が仲が悪いって噂、聞いたことある?」
「ちらりと耳にしたくらいは」
ついさっきですけど、とは言わずにさらりと返答すると、イシュマは小さく頷いた。
「結構、有名な話にはなってるけど、家と家の関係……というよりは、あの二人の関係だけだから、それほど気にしなくてもいいことではあるんだけどね。実際侯爵は私に当たりが強いわけじゃないし、ご子息も距離をとってはいるものの、何か仰るわけじゃない」
「……ご子息、も、ですか」
明らかに自身に対する扱いは初対面の相手に向ける態度ではなかったと思うのだが、彼がイシュマに対する態度がコーデリアへのそれと異なっているのか、それともイシュマの受け取り方がコーデリアと異なるのか……それを尋ねることはできなかった。
イシュマは特に気にした様子もなく言葉を続けた。
「うん。ただ、父上との関係が悪いのも、どちらが悪いという話じゃないよ。父上が陛下をお守りした際に負傷したのは知っているだろう? その時のことは多くの人が功績だというけれど、そもそも陛下を危険にさらしたことが問題だと、イームズ様はお怒りでね」
「……そうなんですね」
「まあ、それ以前から折り合いはよくなかったらしいけどね。知っての通り、父上はあまりお言葉が多い方でもないから。まあ、最近は前より指示も言葉に出されていることが多いようだけど……って、ああ、そうだ」
「どうかなさいました?」
軽い調子ではあったが、真面目な話をしていたイシュマが急に声色を変えたので、コーデリアは首を傾げた。もしかして、仕事でわすれていたことがあったのだろうか? そう思っていると、イシュマは眉を寄せた難しい表情を見せた。
「忘れないうちに言っておこう。コーデリア、城にはいろいろな人がいる。そのほとんどはとても真面目な人間ばかりだ」
「はい」
「ただ、例外もいなくはない。妙だと思う人間に声をかけられたら、遠慮なく私や兄上に相談してくれていいからね。父上……でも、まあ、いいけれど」
「はい……?」
一体何の話だろう。そうコーデリアは首を傾げ、それでも一応内容は考えた。
新たな知人が増える可能性は、確かにある。大書架の中だけではなく、通路ですれ違う人々もほとんどコーデリアにとっては初対面の人になるだろう。城にいるのだから不審者はいないと思うが、それでも兄達への相談しなければならなず、同時にエルヴィスにはあまり相談しないほうがいいような案件……そう思案しながら、イシュマの表情を再度確認して、はっとした。
(も、もしかして、これは……)
妙な男に誑かされないよう、注意されているのだろうか?
いや、しかしそんなはずは……。まだ、十四歳なのだから、と、コーデリアは思ったが、よくよく考えれば、サイラスのように幼い頃に婚約が成立していても普通であるのだから、年齢は関係ないかもしれない。
しかしイシュマはそんな心配はしなくても大丈夫……な、はずだ。
そもそも声をかけられることがあるかないかもわからないが、コーデリアは大人しいご令嬢ではない。それなりに口が達者である……とは思う。
(それはお兄様もご存じだと思うし、そもそもお父様にお伝えしなくても、お父様のお名前をだしてにっこりしただけでもすごく影響があると思うのだけど)
しかしそこまで考えて、そう答える前に大事なことに気付いてしまった。
そうだ、今までとは違い、いろいろな人と出会う可能性があるなら――
「お兄様、それは……素敵な出会いも期待しても大丈夫ということでしょうか?」
もしかすると、将来の伴侶にもであえる可能性もあるのではないのか――?
そう思うと、コーデリアは想わず口元を押さえてしまった。そんな機会などまだまだ先のことであると想像すらしていなかったが、まさか、そんなことも――
「……まあ、ロニーもいるなら平気だろうしな……」
一瞬舞い上がりかけた感情は、うっかり聞き逃してしまいそうになるほどの音で呟かれたイシュマの言葉によって現実に引き戻された。いけない、何をしに大書架へ通うつもりなんだ、と。
それでもその心配をされるような場所に出るようになったのだと思うと、また少し、大人の仲間入りをしたような気分にもなれる。
「さて、話の続きはお茶をいただきながらにしようか。コーデリア、頼んできてくれるか?」
「もちろんです」
「それから……そのドレス。父上が帰ってくるまで、そのままにしとくかい?」
「いえ、お父様にはもう見ていただきましたの。用意をお願いしましたら、私も着替えてこちらにお邪魔いたしますわ」
……父上、迎えに来たんだ……
にこにこと笑うイシュマからは、そんな心の声が聞こえた気がした。