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第三幕 次兄・イシュマの独白

 俺の名前はイシュマ・イシュメル・パメラディア。パメラディア伯爵家の第三子で次男、第二近衛部隊に所属する騎士だ。生まれてから長らく末子だったのだが、8年前に妹が生まれてからは兄にもなった。ちなみに兄妹の中でミドルネームが有るのは俺と妹であるコーデリアだけだが、これには一応理由が有る。単に幼児期に死にかける大病にかかったからだ。子供が生死の境をさまよった時には守護神の名を名前につなげて病魔を祓うというまじないの習慣がこの国には有る。ちなみにその守護神は誕生日で決まる。昔は誰もが初めからミドルネームが入っていたらしいのだが『書類に書くのが面倒』という時代の流れで、現在では酷い病気にならない限り滅多にミドルネームが入っている者はいない。ゼロじゃないけど、少なくとも俺の友人にはいない。


 でもそんな理由でミドルネームが入っているものだからミドルネーム入りは大病経験者だと分かりやすい。だがそれで不利益を被る事はまず無いだろう。ミドルネームが入っている=病弱というイメージを持たれる事もない。寧ろ『病気に打ち勝った強い子』という印象が持たれる。特に、貴族の子の場合は大体そう思われる。

 例えば俺とコーデリア、四兄妹のうち二人がミドルネーム持ちという事は結構な確率で子供が死にそうになる家系な訳だが、世間的に見た場合は何ら不思議な事では無い。貴族の子は多量に魔力を持っているケースが多い。そして魔力が高い子供は病魔に襲われやすくなる。それは身体が魔力を抑えるので精一杯で病気の浸食を止められないからだ。だから病気にさえ打ち勝てば実際に強い魔術を使えるようになるケースが多い。……まぁ、病気にかからなくても兄上なんてとてつもなく強いのだけれど。兄上の場合は身体能力も只者じゃなかいからなんだろうけど。


 そのミドルネームを持つ妹、コーデリア・エナ・パメラディアが生まれた時、俺は12歳だった訳だが……正直に言うと俺は彼女を不憫に思った。

 お世辞にも仲が良いとは言えない両親から妹が生まれるなんて想像もしていなかったが、それでも彼女が生まれた理由なんて考えるまでもなく想像できた。半年ほど前に生まれた王子のお相手という具合だろう。男だったら学友になるだろうし、女なら妃になれる可能性がある。それ以外はあり得ないとさえ思った。何度でも言うが、両親の仲は良くないし。

 我ながら冷めた12歳だったと思うが、子供でもそれが理解できてしまうくらいの教育は受けているのだ。


 そうして生まれた妹に対し俺は『せめて男なら良かっただろうに』と同情した。男に生まれればまだ自分で選択する未来があっただろうに、女に生まれたために未来はもう決まっているのだろう。未来の王妃を目指しなさい、なれない筈が無いだろう。この言葉だけで育てられるのだろうなと予想し、彼女は随分つまらない人生を歩むんだろうなと思った。きっとなれなかったら酷く冷たく当たられるだけなんだろうな、って。


 まぁ、俺も当時は決して楽しい人生だとは思っていなかったんだけど。

 つまらないって感覚もまだ知らなかったけど、楽しいって感覚も知らなかったから。


 俺は次男な訳だが、明らかに兄と扱われ方が違っていた。表面的には同じ教育を受けているが、あくまで“スペア”とでも言う雰囲気だ。兄と同じように期待をされていると感じた事はない。ただそれも仕方が無いとは思っていた。兄は嫡男でその分俺より責任が重い。俺は責任ある立場になりたい訳ではない。だから兄の立場が羨ましいとは思わない。俺はその分ある程度の自由を享受しているのだから。――こんな風に気にしないようにしていたが、兄を恨めしいと思った事が無い訳ではない。父に瓜二つの兄は俺より随分体格が良いし、魔術センスも俺じゃ到底追いつけない。どちらかと言えば母に似た俺は、幼い頃こそ兄をいつかは倒すと意気込んでいたが、まぁ、あくまでも幼い頃は、だ。親父殿に瓜二つの兄上に勝てる訳がないって、早い段階で気づいてしまったからな。


 同じように『神童』なんて言われても次に続く言葉で『けれどサイラス様には敵わなさそうですわね』なんて兄と比較され、そうでなければ『エルヴィス様のお若い頃はもっと凄かったぞ』なんて親父殿と比べられる。なら神童じゃないだろうと言いたいが、世間の評価としてはこれが当たり前のようになっている。


 だからパメラディアの血を色濃く現したコーデリアが妹として生まれた時、俺は彼女を気の毒だと思う反面、勝手ながらも彼女が妹で俺としては助かったとも思ったのだ。彼女が仮に男なら俺は確実に劣等感の塊になっていたと思うから。……まあ、今でも劣等感はそれなりに持っているのだけれども、年下の弟までに劣等感を抱く兄にはなりたくない。ちっぽけなプライドだ。でもそんな劣等感も俺は基本的に本性は表に出さないようにしている。出すと余りにカッコ悪い。

 それは行動や発言が主だが――…そうだな、例えばこの口調もそうかもしれない。


 俺も元々子供の頃は貴族らしい貴族の作法や言葉遣いしか使わなかった。というよりそれしか知らなかった。だが情報収集に街に出たり国境沿いの勤務をしたりしているうちに言動や行動において俺は『楽』な自分を見つけてしまった。良く身体に染み付いた作法はなかなか抜けないと聞いた事もあったけど、『楽な俺』は割合あっさり俺に馴染んだ。それ程しっくりきたのである。しかしそれは表には出せない。ざっくばらんな近衛の騎士なんて正直体裁が悪い。世の中親しみやすさも大切かもしれないが、少なくともパメラディア出身の騎士に必要とされている要素ではない。俺は平穏に生きたい。親父殿の逆鱗に触れるなんてしたくはない。


 だから俺は『理想的な若手騎士』を普段は演じている。

 それは城では勿論、家でも決して崩さない。崩すのはパメラディアの自分を全て置き去りにして城下の酒場に居る時くらいだ。余りに普段と違うせいか、酒場で騎士様だなんて思われた事は無い。それどころか自分から言った訳でもないのに『流れギャンブラー』だとか『吟遊詩人』だと思われている。ギャンブラーどころかカードゲームですら酒場で覚えたレベルだというのに、あまりに現実離れした職業だと思われた時は本気で面白いと思ってしまった。本心を偽らない自分が此処に居ると思うと気が楽になる反面同時に本来貴族である俺を偽っているという矛盾に突っ込みたくなるのだが、こればかりは俺にもどうしようもなかった。両方の自分を壊す訳にはいかないのだから。


 ……と、まぁ俺の事はコレくらいにしておいて。


 妹が生まれたとほぼ同時、親父殿は彼女を将来王宮に嫁がせる為の教育を与えようとしていた。まあ手っ取り早く言えば新たに住み込みの家庭教師を雇ったのだ。その結果妹は言葉が喋れるようになるかという時から淑女の教育を受ける事になった。……早過ぎないか?と、俺は正直思った。


 まぁ、だから妹には幼いうちから俺以上に、ひょっとしたら兄上と同等に多くの制限があったが、妹本人はそれしか知らないので苦痛に感じている様子は無かった。こういう事を不幸中の幸いとでもいうのだろうか?幼いながら妹のもの覚えは早く、侍女や家庭教師は常に彼女がこの世の全てを圧倒するかの如く褒めちぎっていた。……けどそれを見た俺は正直褒めすぎは良くないと思った。確かに可愛い子供をみると褒めたくなるのは分かるし、実際に賢いので褒めないといけないだろう事も分かるが、褒めすぎは良くない。将来高飛車に育ちかねない。


 でもそれを止めるはずの両親は彼女を放って見向きもしないのだから、彼女の将来がどうなっても両親の責任だろう。せいぜい俺に火の粉が降りかからなければそれで良いと思っていた。


 何故俺が止めに入らないかって……だって俺もそれなりに暇なく勉学や鍛錬を行っていたのでわざわざ言うのも少し面倒だったし、如何せん親父殿が何も言わないのに親父殿に雇われた家庭教師に口出しする訳にもいかない。それに兄上だって無関心だし(そもそも兄上はコーデリアが1歳の時点で寮に入ったので殆ど顔を合わせていないのだが)、姉上も姉上で社交界デビューと同時に母の名代を務め始めただけの事もあり忙しそうで。


 まぁ俺も可哀そうな傀儡に同情した所で何かしてやれる訳でもないから、あえて近づかない方が良いって思ってたんだけど。そもそも妹が4歳になるかならないかの時に俺はに入隊し実家を離れたから何かできる訳もなかったんだけど。


 こんな状況だったものだから……まさか近衛隊入隊を期に実家に帰省した時、父親が娘にデレているなんて想像もしていなかった。


 親父殿はどうやらデレている事を隠しているつもりらしいが、正直に言ってコーデリアがそれを全て台無しにしてしまっている。コーデリアには悪気がなく、寧ろ好意100パーセントだから親父殿も強く言えないのだろうが、俺は親父殿に代わって言ってやりたい。コーデリア、お前のお父様は決して子供にみやげ物を買う人ではないんだよ。だから満面の笑みで俺の前で御礼を言ってはいけないよ。親父殿はそっけなく「ああ」と言っているけど、俺、そんなの貰った事無いからね?


 ……とりあえず何かあったのかは分かったのですぐに執事のベンジャミンに尋ねたのだが、どうやら俺が家を出た直後くらいにコーデリアが親父に対しいたく可愛らしい発言をした事がきっかけらしい。


 俺は妹を心配した。こいつ、将来小悪魔になるんじゃないか、と。

 無意識でやっているなら絶対そうに違いないと思うし、意識的に言ったのなら尚性質が悪い。本当に幼児なのかと疑いたくなる。


 だが俺の心配をよそに老齢執事で父親の雑事をこなすハンスがコーデリアの事を『大変好奇心旺盛で、特に書物がお好きなようでよく書庫に籠ってらっしゃいますよ』と教えてくれた。そしてよく家庭教師の専門外のジャンルから質問をするものだから、家庭教師を慌てさせているとの様子も伝えられた。……どうやら妹は我がままでは無くただの知識欲の塊となり育っているらしい。


 久しぶりに会った妹は小さな淑女としての礼儀を身につけ、幼い言い回しは残るものの俺ともほぼ対等に話が出来るほど聡い子供に育っていた。来客が「流石は伯爵に良く似た御令嬢ですな」と言っていたが、親父殿に似るとこういうことになるのか。末恐ろしい。税制の議論に混ざれる子供なんて早々居ないだろう。兄上もこうだったのだろうか。いずれにしても妹は既に普通の令嬢ではなくなっていた。


 でもそんな事をいってもやはりまだ幼い子供と言う訳で。


 本を好む妹も、許しが得られれば庭で植物を観察している。そしてその様子がなかなか面白い。目を丸くしながら蝶を観察していたり、きょろきょろと周りを見渡して誰も居ないか確認してから花弁を引っ張ってみたりと、普段の彼女には似合わない年相応な反応を見せるのだ。俺が二階から観察しているのを知らないのだろうが、小動物を眺めているような気分になった。


 他には俺が遠乗りに行こうとすると、羨ましそうに、でもそれを見せまいとした様子で見つめてくるのだ。だから思わず『お前も来るか?』なんて聞いてしまったのだが――言ったと同時に俺は後悔した。当日に誘っても妹が独断で判断できる事柄で無いし、そもそも予め言っておいたとしても親父殿がそう簡単に許可を出してくれるわけが無い。そう思って頷く事が出来無い、可哀そうな質問をしてしまったなと俺は反省したのだが―――まさか後々本当に妹を連れて遠乗りに行くことになるとは思いませんでした。ハイ。


 しかも親父殿からの『コーデリアに何かあったらただじゃ済まないから覚えておけ(意訳)』という手紙には『時間さえあれば自分が連れて行きたい』といった雰囲気漂いまくってたよ。怖い。本当に怖い。親父殿が忙しいっていうのは親父殿が優秀すぎるせいであり、全く俺のせいではないのに。


 親父殿って若い頃……それこそ結婚前に国王陛下を庇って右腕に怪我を負ったんだよね。それでそれまで通りの事が出来ないからって騎士辞めて文官に転身したんだけど(これも本人は城に残留するつもりがなかったようだけど、引きとめられた結果だと噂が有る)、その『腕が鈍った』っていっても正直今でも普通の人間じゃ手に負えないくらいのレベルは保ってるんだよね。それこそその辺りの騎士じゃ左腕一本で親父殿に倒されると思う。親父殿、右利きだぜ?信じられないだろ。でもそれくらい半端無い強さだ。加えてハンデを負ったのはあくまで武術のみで魔術は一向に衰えて無いんだから……わかるよな?そうだよ、若手有望株の俺でも正直勝算3割切るってくらい強いんだよ。本気で。まぁ……絶対そんな事親父殿にはそんな事考えてるなんて悟られたくないけどな。


 とまあ、そんな怖い親父殿からの手紙のこともあり、出来れば妹の気が変っていてくれないか等と僅かに期待していた所で俺は再び失言を放ってしまった。


 妹が母親に会っていない事等、少し頭を働かせれば分かっただろうに、と。


 俺は妹とは違い母上に会っている。そして彼女は俺を見て『貴方があの人に似なくて本当に良かったわ』と事あるごとに言ってくる。母上は俺と同じく母似の姉上にも会っているが、父似の兄上には会っていない。

 母上は父上の事が嫌い……ではないと思う。でも執着しているように見える。だから父に似た兄を見ても距離を置いている。親父殿がやはり連想されるからかな。廊下で兄上と会った時の顔はほんの僅かにだけど、顔色が変わるから。幼少期からそうであったけれど、青年期に入ると口もきかなくなっていた。だから妹にも同じ事が言えるのだろう。むしろ妹に関しては兄の成長を目にした分、幼少時から会話をかわしていなかったり……まぁ妹はそれ以上に母上や他の兄弟とも違って親父殿に可愛がられているから、だから母上としては非常に気に食わない可能性だってあるんだけど。

 気が引きたいなら自分でアプローチを掛ければ良いと思うけど、女性から掛けるのははしたないとでも思ってるんだろうか?……そんなの、おじい様に言って婚姻を成立させた母親が言う事じゃないよな。まぁ、恋愛に興味が無い父親が割とあっさり了承したのも問題だったんだろうけど。


 でもそれだけ自分の予備知識があるんだから普通に想像を働かせれば妹が母上に会っていない事が分かるはずなのに、俺は無表情な父上や兄上とは違い少し背伸びをしようとしている可愛らしい妹の姿にその事を照らし合わせる事が出来なかったのだ。


 俺は慌てて誤魔化してその場を後にしたわけだけど、母親に会いたいと妹が言ったらどうしてやろうかなと思った。会いたいなら会わせてやる事は出来るけど、その時の母親の反応が怖い。出来れば傷つくような事は起こしてやりたくない。だから何とか接触する気にならないようにしてやらなければいけない――


 そんな風に俺は考えていたが、翌朝出会った妹は全くそんな事は言わなかった。

 遠乗りが楽しみ、ここに行きたい、ここで植物を採取したいので家人に馬車も後で来るようにお願いしたい。そんな事を言うばかりで、昨日俺と母親の話をした事は無かった事にされているとさえ思えた。


 それは俺にはとても好都合なのだが、一方で違和感も覚える。

 だって経済学の話に混じれる妹が、すっかり忘れるなんて事、ないだろ?


 本当に気にしていないのであればそれでいいが、逆に気を使わせているような気がしたのだ。……幼子に気を遣わせてどうする、俺。


 まぁ、何れにしても俺からその話題を振る事はない。

 俺は好都合とばかりに出発しようと妹に声をかけた。


 黒鹿毛で白い鼻筋とソックスの俺の愛馬に妹は大興奮していた。賢そう、綺麗、と、妹は言う。綺麗という言葉は間違っていないが、俺の愛馬は賢そうなのではない。賢いのだ。もちろんこんな事は言わなかったが。


 初めて乗る馬に妹はその高さに驚いていたが、割と度胸は有るらしく怖いとは全く言わなかった。むしろ感動している様子だった。これは好都合だと思い、俺はある程度馬の速度を上げて見た。風を切るこの感覚が俺はとても好きなので、怖くないのなら妹にも味わわせてやりたいと思った。俺の愛馬もこうやって走るの、好きだしね。

 妹は初めこそ驚いた様子だったが、すぐに楽しみはじめたようだった。良かった。あと、この子、バランス感覚良いな。初めてだろうに、乗せていて全く邪魔にならなかった。


 妹が行きたいと言った山は王都からも比較的近く、山の割には魔物も滅多に出ない所だった。

 俺は愛馬の蔵と手綱を外してやり、そっとその背を撫でてやった。すると愛馬も遊びに出掛けた。指笛一つで戻ってくる愛馬も実は遊び好きだ。俺もその様子を観察する事もあるのだが、今日はひとまず妹の護衛役だ。離れるわけにはいかないし、目的があるらしい彼女を俺の行きたい方に連れて行くのも不可能そうだ。妹の初めてのお願いくらい聞いてやらなくては兄ではないと思いながら俺は妹の行動を眺めていた。


 妹は雑草を手に取り、匂いを嗅いだり首を傾げたり、覚えたてであろう魔術を発動させてみたりとせわしなかった。

 本人は意識していなさそうだが家人の目も俺以外は無いから、いつもより肩の力が抜けているようにも見えた。ま、慣れているとはいえ常に人の目があるのは少し窮屈だ。


「何か良いものでも見つけたかい?」


 不意に遠くを見て嬉しそうに笑った妹に、俺は声をかけてみた。

 すると妹はくるりと顔をこちらに向けた。


「ラベンダーが咲いているんです。あちらにはミント。家に届いたものよりずっと瑞々しいです。さすが朝の元気な時間ですね」


 そう言いながらコーデリアは「こっちはレモンバーム……メリッサですね。踏みつけると……ほら、お兄様、香りが凄く漂います!」と嬉しそうに報告してくれた。


「早朝は草に宿る魔力も一番多いからね。それにしてもコーデリアは植物に詳しいね。学者にでもなりたいの?」

「学者様に?恐れ多いですわ、学者様は賢き方がなられるものです」


 ――うん、コーデリア。お前、充分聡いよ。俺はそう思ったが、言わなかった。

 照れて謙遜しているようだったらもう少し言っても良いかもしれないが、コーデリアはとんでもないとばかりに手を振るのだからコレ以上何かを言うのは可哀そうだと思ったのだ。……あと焦ると可愛いな、我が妹は。普通でも可愛いけど。

 しかしまた少し離れた所で「お兄様、すごいです!こちらにはセージがあります!」と新たな草の名前を告げてくる。


 余程彼女は草が好きなのだろうと俺は思った。

 元々パメラディアの魔力は草花と相性が良いので興味を持つのも不思議ではない。しかし見目の派手な花……例えば薔薇やカサブランカのようなものではなく、単なる雑草に興味を持つ妹が少し不思議にも見えた。それこそミントやメリッサなんて芝と似たような単なる緑の草だ。毒草ならともかく、この草にどうして興味を持つのか俺には分からなかった。俺、普通に知ったかぶりしたけどメリッサなんて初めて知ったからな。


 ちなみに俺も毒草には非常に詳しい。親父殿や兄上程ではないにしても俺もパメラディアの植物と魔力の交錯魔術は使える。だからその力を最大限に利用した毒薬の精製は得意分野だ。本来なら問題が無いような雑草でもモノによってはそれなりの劇薬に仕立てることだって可能だ。悪用するつもりはないが、一門以外には絶対言わない事実である。――いや、一門にだって言わないし、口伝されたことでもなかったけど、普通に魔術が使えたら何となく気付くからな、この魔力。


 しかし、まぁここまで詳しい妹に対しても兄らしい所を見せておきたいと言う意地と年長なんだぞという見栄はある。

 俺だって毒草以外も全く知らない訳ではないし、この森はコーデリアよりずっと把握できている。


「おいで、コーデリア。珍しい、この山の花を見せてあげるよ」

「本当ですか?」

「ああ」


 俺はそういうと傍に寄って来たコーデリアを抱き上げ、その場から少しだけ離れた泉まで足を運んだ。太陽の光を受け水面がきらきらと光る園泉には俺の愛馬も遊びに来ている。


 そしてその周囲には――


「カレンデュラ?!お兄様、カレンデュラですね!!」


 そう、妹がはしゃぐ通りの花が泉を取り囲むように咲き乱れていた。

 この国では太陽の花と言われるカレンデュラは街中に持ち帰ると一定の季節にしか咲かないが、この山の中では年中咲き乱れている。恐らく魔力の波の関係だとは思うので、パメラディアが栽培しようとすれば通年も可能になるだろうが――

 そんな事よりもせっかくの隠し玉と言うべき光景を、そしてその花の名前をあっという間に言い当てられ俺は少しだけ気落ちした。お兄様すごいです、と、コーデリアは言っているが……出来れば花の名前を教える所まで言いたかった。

 まぁ喜んでくれるならそれが何よりなんだけど。


「お兄様凄いです、博士様みたいですね!」


 そもそもこんな事を言われるのだから、花の名前を知られていたくらいで悪い気をしろって言う方が無理なのだけど。

 どうやら兄の威厳も保てたようだし、結果オーライという訳だろう。


 けれど、妹よ。


 たった今到着した、荷運びに手配していた我が家の馬車に何故そんなに大量の草を積もうとするのか。そんなものを持ち帰ってどうするのか。

 しかも周囲の土ごと根ごとって……「まだまだ足りないから、何往復かお願いすることになると思います」って……一体何をするつもりなのか。

 この山の魔力だとコーデリアが指示した草を例え何往復か持ち帰ったとしてもすぐに再生する事だろう。如何せん雑草だ。かなり根性は有る。だから山的には問題が無いだろうし、魔力が少ない王都に持ち帰った所で勝手に増えたりはしないと思うが――何故持ち帰るのだろうか?


 だが俺が尋ねようとしてもコーデリアは新しく「もしかして、カモミール……?」と、新たに見つけたらしい草に引き寄せられるのだから俺の尋ねる暇なんて無い。


 でも、まぁ、良いとしよう。きっと何か面白い事をしているのだろうし、見る限り危険な草では無い。発想力の豊かな子供だからこそ思いつく何かが有るのかもしれない。それに。


「お兄様にも今日のお礼、絶対しますから楽しみにしていてくださいね」


 なんて可愛らしく言われたお兄様としてはにこやかに頷いて頭を撫でてやる以外に大人らしい対応なんて思い当たらなかったのだから。







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