第二十一幕 昨日の敵はなんとやら
ヘーゼルを祝ってから数日。
コーデリアは研究室にて、今日も今日とて届いた手紙にふっとため息をついてしまった。
真っ白で綺麗な封筒に、美しい文字。恐らくこの中には家紋が透かしで入った便箋が封入されているのだろう。
けれどそんなことなどコーデリアにはどうでもいい事だった。いや、届かなければ尚嬉しいとさえ思ってしまう。いくつかの茶会の誘いの中、この手紙だけはもう本当に勘弁願いたいというのがコーデリアの素直な感想だ。理由はただ一つ。
「……こうも毎日だと研究も進まないし心が休まらない」
ヘーゼルの誕生日以降、コーデリアにはヘーゼルからの決闘の申し込み……もとい挑戦状、いや、招待状が届けられていた。表面上は茶会の招待状といっても差しさわりは無い手紙ではある。しかしいざ行ってみれば客はコーデリア一人であり、ヘーゼルから様々な勝負事を挑まれるという非常に面倒な事態に陥っていた。
もちろん誘い全てを受けているわけではない。だが5日に1日くらいのペースではヘーゼルの誘いを受けていた。何せヘーゼルからのラブレターは毎日届くのだ。用事を理由に断っていても、さすがに毎日誘われると断り辛い。
前提から言えば、コーデリアはヘーゼルの誘いを断ることは難しくない。同じ伯爵家とはいえ、その中でもパメラディアは最も古い歴史を持つ。立ち位置的にも侯爵に準じている。だからコーデリアが嫌だと言えば済む話だと言えなくもない。そもそも同じ家格だったとしても、毎日手紙を送るヘーゼルは普通ではない。
しかし息巻く彼女がそれで納得するかと言えば別の話だ。
何か別の策を練られても面倒であるし、何よりヴェルノーとの仲を勘違いされている現状もハッキリ言えばよくないと思う。確かに極論を述べれば、ヘーゼルにどう思われても構わない。だが、あの彼女が仮にコーデリアとヴェルノーの仲について周囲に誤解を与えたら……と思うと恐ろしい。ヘーゼルが憤慨し続ける限り、誤解を与える可能性は捨てきれない。だからどうにか誤解を解くまでは捨て置けない。
「ヘーゼル様……ずいぶんお嬢様のことお気に入りですね」
「そうね」
ロニーが「やっとお嬢様にも同年代の御友人が」とのほほんと言っているのを受け流しながら、コーデリアはここ数日の彼女からの誘い……もとい真剣勝負を思い返していた。
初めはボードゲームだった。陣取りのゲームでコーデリアが勝ち、その次の時には相手の駒を減らすゲームでやはりコーデリアが勝った。その次は歴史の討論になったが、最後はヘーゼルが言葉に詰まり、うやむやな幕引きで終えた。ヘーゼルが悔しそうにしていたので、彼女の中ではこれもコーデリアの勝利となっているのだろう。
ほんわかとしたロニーとは対照的に、ララは仕事をする手を止めないまま憤慨して言葉を発した。
「何回も勝負を挑んでくるのでしょう?懲りないのよ。いつもお嬢様負けないんでしょう?」
「……ララ、それは違うわ」
しかしこれまでの勝利はあくまでコーデリアが有利な舞台であったからだ。
ボードゲームでも一度、コーデリアは自身がまだ触れた事のない種類のゲームの提案を受けた時、素直に「ルールを教えてくださいますか?」と尋ねてみた。拒否するわけではないが、ルールを知らねば負けることもできないと思ったからである。だがその反応を見たヘーゼルは瞬時に「気が変わったわ。別のゲームにしましょう」と言ったのだ。やはり乗馬の時と同じようにコーデリアが行ったことのないゲームは明らかに避けている。
多分、尖った言い方ではあったけどコーデリアに気を遣ったのだろう。そうでなければ周囲に気付かれぬようにでも、コーデリアに宣言してくることも無かっただろうから。
しかし同時にこのご令嬢の真意が全く見えないと、コーデリアは思う。
数度応じた誘いの場にヴェルノーはいなかったし、彼にヘーゼルと会ったという話をした時もヴェルノーは驚いていた。つまりヴェルノーは断っているわけではなく、そもそも誘われていないのだ。彼女はどうもヴェルノーに格好の良い所を見せたい訳では無いらしい。
だとすれば何の為の勝負なのだろう……?
(しかし本当になぜ、ヒロインでもないのに巻き込まれイベントに……)
出来ればスルーしたかったです。別にヴェルノー様をどうこうしたいと思ってないんです。
そう思いながらコーデリアは本日のラブレターを開封し、絶句した。その内容を要約すると、パメラディア家を訪問したいという旨が記されているのである。日付は本日である。コーデリアが忙しそうなのでという気遣いを見せる文章は、しかし「逃げないでくださいまし」とと言っているようであった。おまけに彼女が来ると言っている刻限はもうそこまで迫っており、もしも外出中の場合は日を改めるともあるが……非常に面倒だ。
「ロニー、悪いけど……今日は絶対にヴェルノー様をお通ししないでと、門番に伝えて頂戴」
「分かりました。ま、ヘーゼル様来てるんでっていったら坊ちゃんもお帰りなさるでしょう」
そういうとロニーはどこか楽しそうに、微笑ましいものを見る目をしながら部屋から出ていった。……どこが微笑ましいんだ!
一方ララはぶすっとした顔を隠そうともせず「給仕は私がやってお嬢様の援護をしますよ」と口を尖らせながら言ったので、コーデリアは丁重にお断りを入れた。……万が一にも彼女がヘーゼルに食って掛かってしまえば余計にややこしいことになる。そこまでいかずともララがヘーゼルを睨みつけていればコーデリアは落ち着かない。ここはエミーナに頼むしかないと思った。
そして数刻後、ヘーゼルはコーデリアの招きに応じたとでもいうような堂々とした登場で姿を現した。お呼びたて致して居りません。などとは一切言わせないような、堂々たる登場だった。
「……ごきげんよう、ヘーゼル様」
「ごきげんよう、コーデリア様。コーデリア様のお部屋にお招きいただけるなんて、感激ですわ」
……招いてい無いですけど他に部屋、ありませんよね。そうコーデリアは悪態をつくことなく、表面上にこにこと応じた。温室はまだ見せたい間柄ではないし、研究室は令嬢を招くには不適当だ。消去法でこの部屋になった」としか」言いようがない。
「このお部屋も、まるで花が咲いているような香りなのですね。侯爵家の夜会の時からずっと思っておりましたが、コーデリア様は本当に珍しい香りを纏ってらっしゃる」
もの珍しそうに言うヘーゼルは、この時ばかりは素直に感心している様子であった。コーデリアはエミーナには下がっていてほしいという旨を伝えた。せっかくのチャンスだ。二人きりになってはっきりとヴェルノーのことを言った方が良いと判断した。今までヘイル邸では二人きりになることが出来なかった。だから此処までずるずると来たという訳でもあるのだが……いざ話を始めようとすればヘーゼルはすでに勝負の準備を始めていた。
ヘーゼルによってテーブルセットの上に置かれたのはカードの束である。
「今回はカードゲームですか」
「ええ。いくつか種類はございますが、「読み札」の経験は御有りかしら」
「ええ、ございます」
読み札とはいわゆるポーカーのことである。この国のカードには色と数字、それから職業を示す絵柄とが入っているたのだが、数字よりも絵柄が重要となることからトランプとは少々ルールが異なっている。しかし大きなルールとしては変わりがない。
「甘いものを食べながらはいかがかしら」
「素敵ですわね。けれどそれは休憩の際にお願いいたしますわ」
「分かりましたわ。では、ディーラーはいかがいたしますか?人を呼びましょうか」
本当は人を呼べばまた話し辛くなるのだが、公平性という意味では人を呼ぶほかないだろう。とはいえ、パメラディアの家の者がディーラーを努めても何処まで信頼されるかという心配もあるのだが……けれどコーデリアの考えをよそに、ヘーゼルはしれっと言ってのけた。
「コーデリア様でかまいませんよ」
「……本当に?」
「ええ。貴女は卑怯な事はしない人だって、わたくしも見込んでおりますもの」
ヘーゼルは平然とカードをコーデリアの前に移動させる。それは新品で、背には繊細な柄が入っている。当然絵柄も丁寧に書かれており、相当高級な品なんだろうとコーデリアは感じた。あまりカードを切るのは得意ではないが、ある程度は慣れている。コーデリアはヘーゼルによく見えるように気を遣いながら互いの手元へ五枚ずつカードを配る。
「ルールは手持ちのコインは最初十枚。一回の駆け引きで出すコインの最低ラインは二枚。勝敗は互いの持ち分がなくなるまでで良いかしら」
「ええ」
まだカードには触れず、手元に置かれたコインから二枚をコーデリアとヘーゼルはそれぞれ中央に置く。四枚のコインが中央に置かれたところで、コーデリアは口を開いた。
「一つ提案があります」
「なにかしら」
「私達も大人の真似をして、賭けを致しませんか。負けた方は、勝った方の質問に一つ応える。これでどうでしょう」
「面白そうですわね」
乗ってきた。そうコーデリアは思いながら、けれど何事もないように「では」とカードに手を滑らせた。
(……背伸びしたいお年頃かしら)
ヘーゼルは観察していると言っても良いほどにコーデリアをよく見ている。少なくともコーデリアはそう感じた。コインを置く動作も、カードに視線を走らせるその様も、凄くよく見ている。それを悟られまいと視線が合わないようにしている様は愛らしくもある。子供が思う、大人の真似事……そう、駆け引きをしようとしている様が滲み出ている。
(ヘーゼル様はそう考えておられるかもしれないけれど、私は正攻法ね)
コーデリアは自分の手持ちから二枚のカードを伏せ、放り出した。ヘーゼルはそれもじっと見ている。コーデリアは、相手の表情などはこのゲームに於いて重要だとは思っていない。相手ではなく自分の手のうちを読み、自分のリズムをいかに保てるかが勝負のカギ握っていると考えている。勝てるか、勝てないか。重要なのは手配との呼吸だ。
「ヘーゼル様はどうなさいますか」
「私はこれでいいわ」
「では、遠慮なく」
コーデリアはカードを二枚引いた。手元に現れるのは騎士と王の絵柄だ。来るときは本当に来るんだな。そう思いながら「さあ、オープンと行きましょう」というヘーゼルの声に素直に従った。
「三人の騎士、王、王妃。”王宮の平和”ね」
「……商人、農夫、吟遊詩人。それから兵士が二枚。ワンペアよ。……私の負けね」
何事もないように言った一瞬ヘーゼルが息を飲んだのをコーデリアは見逃さなかった。コーデリアの手はかなり強い役だ。それこそコーデリア自身、驚きを隠すのがやっとだったというほどに。しかし表面上はなんて事の無いように、コーデリアは自分が出した分と合わせて4枚のコインを手元に寄せる。なるほど、ワンペアで勝負を仕掛けた……というよりは、コーデリアの手を見ようとしたのだろう。どのような構成を好むか観察しようとしたのだろうと思う……が、さて、どうするか。
「次はヘーゼル様がカードを切ってくださいますか?」
「え?ええ」
ひとまずはコーデリアはカードを全てヘーゼルに渡した。
初回の引きとしてはあまりに強すぎ、変な想像を買いたくないと思ったからだ。ヘーゼルは慣れた様子でカードを切った。コーデリアはその様子を見ながら、一つ尋ねた。
「今回はどうして運の要素が強いこのゲームをお選びに?」
「運を味方に付けられないようでは、私もまだまだだと思ったからですわ。それに――運に負けたくないとおもったからということもありますわ」
そうして配られたカードと交換で、コーデリアは二枚のコインを差し出した。そしてカードを再び開く。コーデリアは少し目を伏せ、そのカードを見、一つに束ねた。先程の勝ち分を使って、確かめようと思うことがひとつあったのだ。
「私はこのままで」
ヘーゼルの表情が一瞬強張った。
その時ヘーゼルの手元にあるカードは楽師が二枚、それから職人、教授、王の五枚だった。ヘーゼルはその手持ちを弱いと感じた。楽師は四枚揃えば強いカードだが、二枚では弱いカードに分類される。職人、教授、王の組み合わせは何の役にも立たない。それなのに先ほど大役を引き当てたコーデリアはカードを交換することなく、既に迎え撃つ体制を整えているらしい。
(……っ)
運に負けたくないと言っておきながら、運に見放されたのではないか。ヘーゼルはそういう心地で全てのカードを投げ捨て、手元に新たなカードを引き寄せる。投げ捨てたカードのかわりに新たにやってきたカードは農夫、狩人、教師、学者、王妃。教師と学者で、ワンペアよりも弱い”知識人”の役しか出来なかった。
(……ついてない)
そう言いながら、オープンの声をかける。そしてヘーゼルはコーデリアの方を見、ヘーゼルは気が付いた。コーデリアが広げたカードの中のワンペアは、同じワンペアの楽師よりも優先順位が低い吟遊詩人なのである。吟遊詩人は増えれば増える程力が弱まるカードだ。それに気づいたヘーゼルが思わず『しまった』という顔をみせたため、コーデリアは彼女が”読み”を優先させているのだと確信を持った。ならば話は早いではないか。コーデリアは「次もヘーゼル様にお配りいただいて結構です」と言う。ヘーゼルはそれに頷くのみでカードを再び混ぜ合わせる。ヘーゼルはカードに触り慣れているのだろう。コーデリアの目から見ても扱いが上手い。
(それなのに反応は初心者……緊張のし過ぎと、元々素直すぎる性格なんでしょうね)
本来コーデリアとて堅実な手を好む。大きな手を狙うことはあまりない。だが、だからといって先ほどのような勝ち目の薄い手も好まない。先程の手は単に試してみたかったのだ。ヘーゼルが何を狙っているのか、を。動揺を見る限り、コーデリアの手を何らかの大きいものだと想像したんだろう。そのせいで無茶をした。……それほど単純に相手の様子に合わせようとするのなら、例えばコーデリアが挑発すれば簡単に乗るのだろう。駆け引き以前の問題だ。紅茶で一息入れながら、コーデリアは次のカードを手元に寄せた。
「ねえ、ヘーゼル様。一つお聞きしたいの」
「何かしら……と、言いたいところですが、それは後ですわ」
「あら」
どうしてかしら?と尋ねようとすると、ヘーゼルは不服そうに口を開く。
「だって、お約束いたしましたから。質問は勝者の権利でしょう?」
「……では、こういたしましょう」
コーデリアは五枚のコインを差し出した。二枚ルールが敷かれている状態で二枚以上のコインの差出は無意味だ。その中でのわざわざ五枚のコインを差出すことは勝利宣言にも等しい。コーデリアの手元にまだ9枚のコインがあるとはいえ、そしてヘーゼルの手持ちが6枚であることを鑑みても少し気が早い宣言になるだろう。
「……これを私が手にした場合、わかってらっしゃる?逆転されますよわよ」
「ええ。私が9枚、ヘーゼル様が11枚になられますわね」
大して変化がない、そうコーデリアは思ったが、ヘーゼルはそのように思わなかったらしい。そう――何を思ったか、ヘーゼルは自分の持ち分から五枚のコインを差し出したのだ。
「……ヘーゼル様、本当によろしいので?」
「一度差し出したコインは引き下げれない。これがルールでしょう」
ヘーゼルの持ち分は六枚だ。うち五枚を使ってしまえば一枚残るとはいえ、勝負に差し出すコインが足りなくなり敗北が決定する。
コーデリアは自分の手持ちになるカードを見、そしてカードの山を見る。そして目をつむり、深呼吸をしてから二枚のカードを手をかける。
「……ならば私も舞台に上がらないといけませんね」
コーデリアは手元から二枚のカードを投げ捨てた。それも表を向けた状態で。表には王、王妃と、これだけで高い配役になるカードが重なっている。しかも二枚は同じ色で統一されていた。これはなかなか引くことができないだろう。捨てるなんて選択肢は普通は持ち合わせない。ヘーゼルは信じられないものを見る目でコーデリアを見た。
「引いてもよろしいかしら」
「え、ええ……」
動揺しないコーデリアに対し、ヘーゼルはひきつる声を隠せなかった。
口を引き結んで、コーデリアの指先を彼女は見た。その手が二枚のカードを新たに手中に加える様子を見守った。
「ヘーゼル様もご準備はよろしいかしら?」
「ええ。……むしろ、私は貴女の方が心配だわ。コーデリア様、実はルールをご存じでないのではなくて?」
そう言いながらヘーゼルが見せたカードはコーデリアが捨てた、王と王子、それに加え王妃が並んでいる。更には魔術師と騎士。見事に”王宮の安寧”の役を完成させていた。これ以上の手はない状態だ。コーデリアはそれを見てにっこり笑った。
「私の勝ちですわ、ヘーゼル様」
「何?」
怪訝な顔をするヘーゼルに、コーデリアは自らのカードをさらした。
「4枚の農夫と一枚の道化師。……革命の時間ですわ」
革命。
それは、強いカードと弱いカードの立場が逆転するルールである。この五枚自体に役は無い。けれど、役がない事こそ一番強いという役になってしまうのだ。通常このゲームを二人でするということは無いので、全ての価値が変わるこの瞬間は周囲にも重大な影響を与える。
もちろん今、たった二人で行っているゲームでもヘーゼルは顔色をなくしている。
なんで、どうして。そんな言葉にならない言葉がコーデリアにも聞こえた気がした。
流石にこれは可哀想か、と、コーデリアは小さく息をこぼした。
「実は私、これ、引けると分かっておりましたの」
「え?」
「ヘーゼル様はカードを手にした時に、癖があります。二回とも農夫のカードはオープンの時いつも端で、左手に押し付けるように持たれていたわ。そしてカードを強くにぎられたでしょう?端が少し波打っていますの」
コーデリアはそう指摘しながら自らの手の内に合ったカードのうち二枚を指さす。わずかであるが、カードの端は歪んでいた。ヘーゼルは一瞬で顔を真っ赤にした。
「ず、ずるい!」
「ずるい者が勝つゲームですわ。ここでお約束の、私からの質問ですが……いつも私に有利な舞台ばかり用意してくださるのはなぜなのかしら、と思って」
「……どういうこと?」
「勝負はイーブンの条件でなければ面白くありませんわ。ですのに、貴女はいつも私が得意とする勝負しかなさらない。それはどうしてですか?」
ヘーゼルの怒りが爆発する前にとコーデリアはさっさと言葉を続けた。
するとヘーゼルは何をくだらないことをと言わんばかりの表情で「それは私と貴女の趣向が違うからですわ」と言った。コーデリアには意味が分からなかった。むしろ趣向が違うならむしろなら勝負する必要ないですよね!!と言いたい勢いで理解ができなかった。しかしヘーゼルは尚も続けた。
「私は貴女が得意とするもので勝負をしたいの。ヴェルノー様は私に興味無いことは気づいているわ。でも、だったら気にかけている女性が得意とするものを私が身につければ……その人よりも得意なれば、興味を持ってくださるかもしれないからよ」
「……ヘーゼル様の言い方、どうも誤解されていると思うのですが」
気にかけているという事が、恋愛を含むという意味でなら確実に間違っているだろう。
いかんせんヴェルノーと出会って以来、コーデリアは幾度となくヴェルノーに「変わったヤツ」との扱いを受けている。無論友人としての気遣いは互いに多少あるつもりだが、ヘーゼルの言葉をそのまま受け取ると意味が変わってしまう。
しかしコーデリアの引きつった声などヘーゼルは気にしていなかった。それどころか「一つお答えしましたし、私も聞いてもいいかしら」と、話は終わったと言わんばかりの勢いだ。
「……聞くのは勝った方との条件ではございませんでした?」
コーデリアは一応そう言ってみたのだが、ヘーゼルが聞く耳を持つわけもなかった。
「いいのよ。コーデリア様はずるをされたのですから。……誤解と仰ったけれど、ヴェルノー様とはどのようなご関係なの?正直にお話し下さいませ」
「……私、何度か申し上げているのですが……ヴェルノー様は幼馴染ですわ」
「知ってるわよ!」
なら聞かないでくださいまし!!と思いながらコーデリアは平然と「そしてそれ以上の関係もございません」と応じた。だが熱烈なヘーゼルがそれで納得するわけもなく「けどヴェルノー様はよくこの屋敷に来られるじゃない!!噂は聞いて居るわ!」とさらに声を荒げた。
コーデリアは面倒だと思いながらも、今、二人のほかに誰もいないこの空間で言ってしまわねば次いつ言えるかわからないと思い、意を決した。
「……それはヴェルノー様の御友人と私が手紙のやり取りをしているからですわ。ヴェルノー様はいつもその方の代理で届けて下さいますの」
これは出来れば誰にも言いたくない事柄だった。けれどここまでくれば仕方がない。相手の恋心に踏み込んで話をしているのだ。自分のことの一つや二つ、離さなければフェアでもない気がした。……というより、納得させられないと判断した。
「……代理?侯爵家のヴェルノー様が、代理をなさるの?」
「ええ。私も詳しい事情は存じ上げませんが」
怪訝な表情をするヘーゼルに次の瞬間「侯爵家嫡男になんていうことを!」と言われるのも覚悟の上だ。コーデリアを前にヘーゼルは一瞬言葉を失い、だが次の瞬間には目を輝かせた。……輝かせた?
「お手紙を……なんて……なんと優しい方なのでしょう!ヴェルノー様……!」
「……そうですわね」
コーデリアからすればヴェルノーは優しさよりも計算高さが見える気がするが、一応同意は示しておいた。そもそもヘーゼルには絶対言えない。言えば余計な言い争いになりかねない。自分に突っ込みが来ないならそれも良いただどう言葉を続けるべきかはコーデリアの迷うところではあったのだが。もちろん幸せそうにしているヘーゼルをただ眺めておくのも悪くはない。このまま幸せ気分を味わってもらって時が過ぎるのを待つのもいいが……話を進めねばいつ戻ってしまうかわからない。
「ヴェルノー様が5歳の時に、私は彼に惚れましたの」
「………」
突如始まったヘーゼルの告白に、コーデリアは適度な相槌を打った。そして同時に長くなりそうだ友感じた。そうだ、よくよく考えればヴェルノーを持ち上げたヘーゼルの暴走が始まらない訳がなかった。
「私がはしゃいで転びそうになったのを、ヴェルノー様が支えて下ったのです。物語に出てくる王子様のように。もうあの時から私はヴェルノー様の視界にはいりたくなりました」
「……そうなのですか」
「けれどヴェルノー様はコーデリア様といらっしゃる事が多いと聞き、私は貴女にだけは負けられないと誓いました。……けれど、それがヴェルノー様の広い心ゆえの行動だったとは……私ったら恥ずかしいですわ」
頬を染めて乙女らしく言うヘーゼルは乙女モード全開である。
しかし散々戦いを演じてきた者同士の間では今更すぎる姿でもあったりする。……いや、そんなことを思ってはいけない。せっかくの分かり合えるかもしれないチャンスなのだ。この際誤解は綺麗に解いてしまいたい。
「……それで……ヴェルノー様の御友人と、コーデリア様は……どのようなご関係で?御友人様はもちろん男性なのですね?」
コーデリアはその質問に「男性ですわ」とすぐに応えた。女性と誤解されれば今度は何が起こるかわからない。会わせろと言われる気がしてならない。いや、言われるだろう。しかし口にしてから、男性というよりは少年だと思ったが、ここでは上手い言い回しは思い浮かばなかったのでそのまま返答した。あからさまにほっとした表情を見せたヘーゼルに、コーデリアは本当にヴェルノーが好きなのだなとぼんやり感じた。心身ともに疲れていない時であれば、きっと微笑ましく見えるのだろう。そう、疲れていなければ。今は脱力したという気分の方が近いと思う。とはいえコーデリアとは対照的に心休まったらしいヘーゼルは間をおかずコーデリアに続けて尋ねた。
「コーデリア様と……、その、御友人様とは想い合っていらっしゃるのですか?」
「ぐっ」
思わず吹き出しそうになったのを堪えたコーデリアはヘーゼルを見やる。
凄まじい。これが恋する乙女のこれが女子トークというものか……などと思いながら。しかし考えとは裏腹に、ニコニコするのは忘れず落ち着いたトーンでヘーゼルに返答する。
「……ジル様は御友人ですわ」
「まあ、ジル様とおっしゃるのね!」
両手を合わせ、食いついてくるヘーゼルにコーデリアは若干後ずさりたい気分でいっぱいだった。なぜならヘーゼルに話せるような話題は無い。期待されているような話題なんて持っていない。手紙のやり取りを言うのも変だと思うし、かといって……この間踊りましたなんて言おうものなら確実にヘーゼルは一人で暴走する。絶対。何とか逃げなくてはいけない……そうは思うのだが。
「これは、あれをするべきですわね!」
「な、何をですの?」
「小説で読んだことありますわ。その、仲の良い友人同士で夜通し恋を語り明かす……私は今それを欲しております。ですのでコーデリア様、ぜひとも我が家にお越しくださいな!」
「……え?」
全く想像していなかった誘いにコーデリアは固まった。お泊り会の、お誘いですか?
(……いえ、むしろいつ友人に認定されたの……かしら……?)
この際、そもそも貴族の子女の間にお泊り会が存在するのかはコーデリアも考えない。なぜなら無い誘いでも作ってしまうのがヘーゼルだ。今更何を言い出しても驚かない。……が、この認定には戸惑わずにはいられない。拒むつもりはないが……むしろこの状況で拒むことなどできないだろうが……
「昼は一緒に絵を書いたり刺繍をしたりしながら、ぜひとも楽しい時を過ごしましょうね」
「絵や刺繍……ですか」
「ええ、もちろん恋のお話も!コーデリア様の香りのお話も聞きたいわ」
ただ、一つだけ言えるのはやはりコーデリアの不得手な分野をヘーゼルは得意としていることが多いらしい、ということであった。




