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幕間 ―王子の望む力―

 シルヴェスターは13歳の誕生日を控えたある日、王である父に「何か欲しいものは無いか」と尋ねられた。この時期になると毎年尋ねられていることだが、シルヴェスターは未だかつてその問いに答えたことが無かった。


 だが、その年は違った。


「―――」


 それから月日が経ち。

 今、彼が望んだ状況が彼を襲っていた。


「立てますか、殿下」


 そう言いながら稽古用の剣を持つ、迫力ある男性はエルヴィス・パメラディアその人である。未だ国一番の剣の使い手と言われ続けている剣士は無表情にシルヴェスターを見下ろしている。シルヴェスターはつい先ほどの甘い踏み込みを突かれ、見事に尻餅をついていた。


 数日に一度でいい、パメラディア伯爵と手合せがしたい。


 そう、シルヴェスターは「欲しいもの」を求めた。

 幼いころより剣技を教えてくれる、自身の師の腕を疑ったわけではない。けれどコーデリアの理想の男性であるとされるエルヴィス……偶然イシュマと話をした時に偶然始めて知った――そしてヴェルノーの言っていた騎士がただの騎士でないことに思い至った……と自分が、今どれ程の差が有るのか知りたかった。だから彼と手合せが出来る時間を望んだのだ。エルヴィスがどういう人なのか、自身で確かめたいと思った。


 あくまで『手合せ』の任に徹しているエルヴィスはシルヴェスターに指導することは無い。ただ、シルヴェスターが一番苦手なところや、疎かになったところをとにかく突いてくる。しかし無理なことはさせない。これがサイラスとイシュマを送り出したパメラディア家の剣術かと、初めて対峙した時にシルヴェスターは目を見開かずにはいられなかった。


 エルヴィスは最低限の気遣いの程度しか口にしないので、シルヴェスターは彼が何を思っているか知ることはできない。そして今日も完膚なきまで弱点を突かれ、終わった。


「お疲れ様ですね、殿下」

「ああ……イシュマか」

「我が父の剣は今日も随分と好調だったようですね」


 手合せの後、シルヴェスターが中庭で休んでいると声をかけてきたのはパメラディア家の次男坊。彼はエルヴィスやサイラスと違い、時折こうしてシルヴェスターに話しかけていた。人の良い笑みはエルヴィスと似ていないが、彼が剣をとった時の空気は似ていることをシルヴェスターも知っている。


「……私も、この間よりは上手くできた」

「そうですか」

「なぜ笑う」

「いえ、失礼しました。私も幼い頃は殿下と同じ思いを致しましたので」


 少し距離は感じられるけれど、もしも兄がいたらこのように話しかけてくれたのだろうかとシルヴェスターは思った。少し眉を下げて笑う彼は指折りの実力者。彼の幼いころと似ているという事は喜ぶべきことだろうか。


「イシュマ」

「はい」

「私も強くなれると思うか?」


 それは真剣な問いであった。イシュマは困ったように笑う。


「殿下が、何を以てご自身を『強い』と定義なさるか、お決めになれば可能かと」

「……」

「御迷い下さい、殿下。そして、強いご自分を実現させて下さい」


 ああ、これが普段彼女が接している大人たちなのか。


(……まだまだ敵いそうにないな)


 そう思いながらシルヴェスターは静かに、けれど力強く頷いた。


「……ところで、イシュマ、その手にしているものは何だ?」

「これは妹から受け取った、湿布の材料です。水に混ぜ、布に含ませ使うのですが……お譲りはしませんよ?」

「……ああ」



 そして、今日も城の一日は暮れてゆく――。

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