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第十六幕 フラントヘイム家の夜会

 時は少し遡る。


 コーデリアはニルパマの見立てたドレスに袖を通し、エミーナに髪を整えてもらい、そしてバラの香りを自身に纏わせた。唯一テスターを使わず、そして自力で解析した(……が、後にロニーが解析したのも知っている)バラの精油を使用した香水に、コーデリアはふっと息を落ち着かせる。これなら、きっと大丈夫。

 コーデリアの周囲の侍女達はまるで春の庭園にいるよう等と口々に感想を述べた。


「用意は順調そうね、コーデリア」

「はい、ニルパマ叔母様の素敵なドレスのお蔭です」


 そうコーデリアが返せば、既に支度を終えたニルパマも満足したように頷き笑った。そして「フフフ」と笑い、肩から黒いオーラを纏う勢いで「天使を見せてやるわ……」と、呪いでも唱えるよう口にしていた。コーデリアはそれを見ない振りをした。なぜならニルパマはそれ以外は完璧な姿なのであるのだから。


 ニルパマの若草色のドレスはコーデリアの桃色のドレスと合わせた型で新調したものだ。比較的落ち着いたデザインであるものの、なぜかニルパマが着ると色気が加算されていた。着こなしが上手いのだろう。そんな彼女はふんわりとオレンジの香りを纏っていた。


 両者が近づくとに香りが混じる――ということが無いように、コーデリアは魔力である程度調節していた。一定距離を近づくと両者の香りが緩やかに混じるよう、決して濃すぎることが無いよう工夫しているのだ。相手の香りをほのかに感じることはできるものの、不快感は無い。


 ニルパマはコーデリアをもう一度見ながら、満足げに呟いた。


「しかし、やっぱりコーデリアは可愛いわね。困ったことがあったら、いつでも伯母を頼って良いのよ?」

「はい、ありがとうございます」

「だから、また新しい香油が出来たら私にも試させて頂戴。宣伝はしてあげられるわ」


 ウインクしながら言うニルパマのセリフは、コーデリアが一番望むものである。だからコーデリアも自然と笑顔になってしまう。それを見てニルパマも笑う。


「あぁ、忘れてたわ。サイラスがとっくに用意できてるみたいなの。コーデリアも準備ができているなら行きましょう」

「はい」

「しかしあの甥っ子は見た目はいいのに、愛想がないんだから……全くねぇ」


 ニルパマは文句を言っているが、待たせているのはこちらである。コーデリアは慌ててニルパマの手を取り「行きましょう、叔母様」とせかした。コーデリアにとっては本気の、けれど周囲にとっては稀にしか見れないコーデリアの年相応の仕草に空気が和んだ。


 しかし結局ニルパマが急ぐということは無く、優雅な歩みを以てエントランスで待つサイラスのもとに向かった。サイラスはいつもより若いエルヴィス、という言葉が似合うほど父親に似ている。


「お待たせしたわね、サイラス」

「いえ、大して待っていません」

「そう?じゃあ気にしないわ」


 元々気にされたところで気にしないだろうニルパマは、そういうと「では参りましょうか」と二人に声をかけた。馬車内でもニルパマは色々な菓子や服飾の話をしていたが、サイラスは「はい」か「いいえ」で応える質問以外はほとんど答えていなかった。だからほとんどニルパマ一人がしゃべる馬車内の空気だが、最後にはニルパマがサイラスに「ほんと愛想がないわねぇ」と少し怒った風にいうと、サイラスはしばらく考えた後「今日もお綺麗ですね、伯母上」と今更な事を真顔で言った。あまりに真顔過ぎ、ニルパマも「それは普段と同じって言ってるのよね!」と突っ込むことを忘れていた。コーデリアもなぜか赤面してしまった。そして思った。


 愛想云々よりも、兄は言葉が端的すぎるのではないか、と。


 そんなことを考えているうちに三人を乗せた馬車はフラントヘイム家へと到着した。


 フラントヘイム家は白い豪邸で、城の一部を切り取ったような佇まいをしていた。パメラディアの家も大きいが、フラントヘイム家はそれよりも一回り大きかった。人々の騒めきを聞きながらコーデリアは伯母と兄に続き、初めて訪れ、そして見るフラントヘイム家の広間に緊張を高めた。


「まあ、ウェルトリア女伯だわ。相変わらずお綺麗なこと」

「サイラス様がいらっしゃるのは珍しいわね」

「あの小さな子供は、サイラス様の妹君かな?」

「王子と年齢が近いな」


 歩くだけで噂される状況にコーデリアの緊張はさらに高まった。しかし何事もないかのように表情を動かさないサイラスに加え、自信ありげに微笑むニルパマを見えると腰が引けるなどとは言っていられない。そう思うと背筋は自然と伸びた。


「おや、これは珍しい組み合わせだね」


 どうやら主催者にもかかわらず会場内を気ままに歩いていたフラントヘイム侯爵から声を駆けられたのはその時だった。


「ご無沙汰いたしておりますわ、フラントヘイム侯爵」

「「お久しぶりでございます」」


 ニルパマの優雅な言葉と、パメラディア兄妹の重なった言葉にフラントヘイム侯爵は「うん」と満足したように頷いた。


「こちらこそ。相変わらずウェルトリア伯は御美しい。後でサーラに会ってやってくれ、久しぶりに会えることを喜んでいたからね」


 そう言いながら侯爵が向けた視線の先には、ヴェルノーを連れた美しい女性が客人からの挨拶を受けていた。その栗毛の美しい女性こそサーラ・フラントヘイム、ヴェルノーの母であり、侯爵の妻である。彼女を見たニルパマは侯爵に向かい遠慮なく尋ねた。


「奥方に任せて侯爵はサボりですの?」

「いやだな。私は特に親しい友には自ら挨拶に出向きたいと思っているだけだよ」


 ニルパマの容赦のない言葉にもフラントヘイムは余裕をもって返事をする。ニルパマは「またご都合のよいことを……」と少し呆れているようだったが、侯爵は「おっと、新たな友人のお出ましだ。君たちも楽しんでくれたまえ。ああ、そうだ。今日は君たちいい匂いがするね」とその場をさっと離れてしまう。ニルパマはそんな侯爵に「相変わらずね。エルヴィスが苦労するのが分かるわ」と肩をすくめた。


「では、改めてご挨拶に出向きましょう……とはいえ、堅苦しい挨拶は私もできないけれど」


 そう言いながら侯爵夫人から客人が離れた瞬間を狙った、ニルパマはサーラに向かって声をかけた。


「サーラ、久しぶり」

「ニルパマ!本当に久しぶりね、今日はかわいい子たちを二人もつれてきてくれたのね」


 そうして目が合ったサーラに、サイラスは「お招きありがとうございます」と言い、コーデリアは「初めまして、コーデリア・エナ・パメラディアと申します」と一礼した。

 サーラはくすくすと笑った。


「招いただなんて、大げさだわ。来て下さらなければ夫は拗ねてしまいますもの」


 そう冗談交じりに言うサーラはふと目を細めながらコーデリアを見つめた。


「けれどコーデリアさん、貴女に会えたのは嬉しいわ。夫やヴェルノーからよく話は聞いて居るの。ヴェルノーと仲良くしてくれてありがとう」

「……母上。その言い方はちょっと」

「あら、照れてるのかしら?」


 息子の抗議も全く通じず、サーラは変わらず笑み続ける。


「それにしても、不思議ね。ニルパマもコーデリアさんも、とてもいい香りがするの。いったいどうして?」


 小首を傾げ、まるで少女のように尋ねるサーラの声は、決して大きいものではなかった。

 けれど会場内の人々は、特に五人の周囲にいた人々はその声を拾っていた。実は三人が通ってきた道の周囲の人々は、その残り香が珍しいものであると気づいていた。そしてそれを気にしていた。だから声を落とし、サーラへの回答を伺おうとしていた。そして周りが声を落としたことで、それは自然と伝染するかのように会場に広がっていく。

 勿論そんなことに気づかないコーデリアでも、ニルパマでもない。ニルパマはほんの少しだけ口角を上げた。そして笑みを浮かべサーラに言った。


「秘密よ」


 と、ただ短く。サーラがその回答に目を丸くした途端「でも」と続けた。


「コーデリアがサーラに教えても良いというなら、話しは別よ?この子、とても賢くて将来有望な姪っ子なの。こんなに幼いのに美容にも詳しいのよ?」


 そのニルパマの答えに、周囲は、特に女性は一瞬動きを止めた。

 ニルパマの答えは、コーデリアが全てを掴んでいると言っているも同然だ。美容に詳しいかはともかく、少なくとも香りについてはコーデリアが秘密を持っていると言っているのだ。


「……おばさまは意地悪ですわ」


 コーデリアはふっと表情を和らげて言った。


「私がヴェルノー様のお母様に内緒だなんて、言えません。でも、まだ頑張っている最中なので、私と侯爵夫人の秘密でよければ、是非」


 コーデリアがニルパマに言った『意地悪』はもちろん自分に対するものではない。周囲に対する牽制についてだ。要はコンタクトをとるなら幼いコーデリアに自ら出向け、それが嫌ならニルパマかサーラに頼むよう言っているのだ。

 しかし当のコーデリアは侯爵夫人との秘密と言っているので、簡単に教えたりはしないだろう。パメラディアの者が一筋縄ではいかないことは貴族の間では有名だ。もちろんサーラはコーデリアとの約束を守るだろう。だとすればニルパマに口利きを頼む、もしくは一筋縄ではいかないコーデリアとの間にどうにかして信頼関係を作れと言っているのだ。


 これはニルパマにとってもコーデリアにとっても都合がいい。コーデリアにとっては関係を持って良い相手であるかどうかニルパマが判断してくれる事はとても助かる。ある程度のことはわかっても大人の世界のことが全て分かる訳では無い。ニルパマの判断を仰ぐことで情報収集が楽になるのだ。ニルパマにとっても新しい人脈を築く事ができるチャンスである。悪い話ではない。

 香りの一つや二つ、と、排除することもできるだろう。しかし既に王家にも親しい侯爵夫人が興味を持っている。それはいつかは流行の、そして普遍のものになる可能性が強い。それは流行を追う貴族たちには見過ごせない事となる。


 まったく、どこまで計算高い人なんだか。コーデリアは自分のことを棚に上げ、ニルパマに対し心の中で息をついた。


「では、後ほどお茶会の約束をしましょう?私、こんなに可愛いらしい女の子とのお茶会は楽しみで仕方がないわ」


 お茶菓子もいっぱい用意するわね、と、楽しそうなサーラはどこまでも無垢そうであったが、彼女も侯爵夫人。恐らく周囲が何を考えているかは理解しているのだろう。事実、微笑みながらも周囲の様子には気を配っている。


 しかし何がともあれ、一つ目の目標は達成した。だからコーデリアは二つ目の目的に向かうことにした。――そう、むしろ本題と言うべきヴェルノーの誕生日祝いだ。


 コーデリアはやり取りを聞いてはいるものの、少し退屈そうにしているヴェルノーに「お誕生日おめでとうございます」と笑いかけた。そして「こちらお祝いの品です」と、右手に宝石のような種をたくさん乗せてヴェルノーに差し出した。ヴェルノーが何だ、と、覗き込もうとするとも、はっきり彼がはっきりとそれを見る前にコーデリアは種を宙に放り投げた。そして両手を掲げ、魔力を集中させる。するとポンッポンッと音を立てて種がはじけ、いくつもの花が宙を舞い始めた。花は落ちることをせず、けれど良い香りを辺りに添えていた。周囲から歓声が漏れた。


「これは」

「驚かれました?魔力を源に咲く、浮遊花を作ってみました」


 本来この花は大地に根差すツル性の植物であり浮遊する花ではない。けれどコーデリアの得意とする魔力で種を急激に成長させることにより、花に養分は魔力であると誤解させる。その上で解析魔法の応用の切り落としでツル部分を成長前に切り落とし、花だけを魔力が続く限り浮遊させているのだ。花に込められる魔力が限られているため、数日も浮遊させることはできないが、一日くらいなら枯れずに維持することができる。


「まあ、綺麗ね。それにいい香り」


 サーラはその一つをつんつんとつつきながら、楽しそうに言った。ヴェルノーも流石にこのプレゼントは想定外だったらしい。ぽかんとしばらくしていたが、やがて思い出したかのようにコーデリアの腕を掴んだ。


「少し話がある。いいか?」

「え?」


 コーデリアは戸惑いながら、ニルパマを見た。するとニルパマはウインクで了承の意を示した。サイラスは伯母に判断を全てゆだねているようだった。それを確認したコーデリア頷き、ヴェルノーの導く方向へ歩き出した。


「予想外のプレゼントだな。見たことなかった」

「ええ、オリジナルといえばオリジナルですから」


 他の花でも試したが、あの花が浮遊に一番相性がよかったんです。と、コーデリアが言うとヴェルノーは実に面白そうに「流石はディリィだな」と言う。先程は無反応に近いかと思ったが、どうやら喜んではも貰えたらしい。


「しかし、これを見れなかった奴はさぞかし悔しいだろうな?だよな、ジル?」


 バルコニーに到着したと同時、ヴェルノーはくくっと笑いながらそう言った。ジル?その言葉にバルコニーの端に目をやれば、すこし表情をとがらせているジルがそこにいた。ジルだと分かったのはヴェルノーが言ったからというだけではない。

 8歳の時の面影を残しつつ、成長した少年がそこにいた。あの時とまとう魔力もヴェルノーのものというところまで、一緒だった。


「ジル様?」

「久しいね、ディリィ」


 手紙のやり取りはしていたものの、会うのは実に四年ぶり。

 随分落ち着いた印象になったジルに、コーデリアは思わず「お綺麗になられましたね」と本音をこぼしてしまった。するとジルは目を丸くし、ヴェルノーは噴き出した。


「ジルが綺麗とはなあ……間違いじゃないが、くくッ……。じゃあ、俺は会場に戻るから。ジルもあんまり遅くなるなよ」


 そう言いながらヴェルノーは姿を消した。


「……」「……」


 久しい再開になったジルに、コーデリアは一瞬、まずは何から話すべきか迷った。けれど頭が整理されるごとにまずは言わなければいけないことを思い出した。バラのお礼だ。手紙には書いたが、直接言ったことは無い。言えるチャンスが来なかった。


「「あの」」


 しかし、その言葉は二人同時に重なってしまう。

 だが逆にそれで緊張は解けた。二人同時にくすりと笑い、コーデリアは肩の力を抜いた。


「お花、ありがとうございました」

「いや、役に立って、なおかつ成果も出ているなら嬉しい。それから……その、ずいぶん綺麗になったんだね」

「まあ、お上手ですこと。でも、ありがとうございます」


 コーデリアが先ほど言った言葉と同じ言葉を口にしたジルは「本心だけどな」と少し不服そうだった。だが、その言葉をコーデリアは正面から受け止めるには気恥ずかしかった。だから笑ってごまかした。そうしているうちに、緩やかな曲がホールから流れてきた。ダンス開始の合図だ。きっと今からフラントヘイム夫妻が踊るのだろう。


「ディリィ、お願いがあるんだ」

「どうされました?」

「ここで、一曲踊ってくれないか?」


 そう、照れくさそうに手を差し出すジルに、コーデリアは「足を踏んでも知りませんよ」と笑って応じた。迷わなかった。


 ジルは相当踊り慣れているのか、コーデリアが足を踏む余地などまったくなかった。そもそもコーデリアも本当に足を踏むほど踊りは下手ではない。けれど、先生のように上手いリードだなと思った。


「星空の下で踊るとは、夢にも思っていませんでした」

「私は本当にディリィと会えるかどうか心配だったから、誘うなんてこと思いもつかなかったけどね、さっきまで」

「あら。ヴェルノー様から聞いたのではなかったの?」


 私は驚かされましたよ、と、コーデリアは笑った。


「ディリィは星も好き?」

「え?ええ」

「なら、星降る丘にいつか行こう。案内する」

「星降る丘?」

「ああ。あまり知られていない場所だけれど、流れ星が落ちてくる、とてもきれいなところだよ。白い花が綺麗なんだ」


 そういうと、ジルはコーデリアから手を離した。

 そしてバルコニーに手をかける。そしてコーデリアが止める間もなくバルコニーから飛び降りた。


 コーデリアが驚いて下を見た時、すでにジルの姿はそこにはなかった。かわりに足元に便箋がひとつだけ。中身は「また連絡する」という短い言葉だけだ。

 もう少し喋りたかった。そう思いながら、コーデリアはしばらく外を眺めていた。けれどこういう会い方をしたのだから、またふらりと会えそうな気もしてき、コーデリアはその場からゆっくりとホールに戻ろうとした。長く離れているニルパマとサイラスのもとへ戻らなくてはならない。


 だもどってみるとサイラスは壁の花となろうとし、失敗し、令嬢に囲まれていた……ようだった。随分壁際で令嬢たちに囲まれている。ニルパマは踊っていた。


 さて、どうしよう。もう一つの目的である同年代の友人探しをしてみようか。

 一人でいると大人たちの視線も気になるので、コーデリアはふと辺りを見回した。ひとまずはヴェルノーを探そうかと思ってそうしただけだったのだが、ある一点を見、コーデリアは一瞬で固まった。


 なぜ、そこにいるはずのない人がいるのだ、と。


 黒い髪に金色の瞳。そして王家を示す紋章を胸に持つ、同じ年頃の少年。

 コーデリアは反射的にまずい、と思った。一人しかいない。殿下だ、と。同時に先ほどまでは居なかったはずなのに、いつの間に来たのだと内心冷汗をかいた。


 しかし見つけたからといって焦ることは無いはずだ。再びバルコニーに戻ってやり過ごそう。そう思ったが、それは「ああ、ディリィ」というヴェルノーの声に阻まれて失敗に終わる。……仕方がない。そう思ったコーデリアは初めて気が付いたかのように振る舞うことにした。そして、二人を見、ヴェルノーが頷くのを見てから恭しく一礼した。


「――初めまして、殿下。エルヴィスの娘、コーデリア・エナ・パメラディアと申します」


 しかし、本当にまさかこんなところでお目にかかるとは。

 いや、可能性だけならば十分想像できていたことだ。ヴェルノーは殿下の学友であり、侯爵家の跡取り息子。王子が夜会に顔を出すことは有り得る話だった。


 彼の周囲をよくよく見れば、コーデリアが来た時には居なかった数人の護衛であろう騎士も会場の警護にあたっていた。


(王子って、このあたり大変ね)


 そうは思いつつ、けれど深くかかわりたくないコーデリアは軽く一言二言でその場を離れようと画策した。挨拶だけで十分なはずだ。


「顔を上げてください。今日は私は王の子ではなく、ヴェルノーの友人としてやって来ています」


 そう言った王子に、コーデリアはゆっくりと顔を上げた。

 少し垂れた優しげな目をした王子とまっすぐに目が合う。これが、王子。コーデリアは失礼にならない程度にその顔をしっかり見つめた。


(……うん、大丈夫。彼が誰のものになっても、私嫉妬しそうにない)


 そう確認すると内心安堵の息をついた。確かに見目麗しいが、そう思う程度だ。仮に彼の”運命の相手”が現れた所で意地悪をしようなど、露程にも思わなかった。そもそも特に話が弾む令嬢にならなければ、むこうから求婚されることはないはずである。もちろんこちから願うことも……ないはずだ。


 その後コーデリアは何を言って下がろうかと考えたが、それは割とあっさり必要のないことへと変貌した。なぜなら二人の間にそれ以上の会話がなかったため、ひと段落ついたとばかりに別の令嬢が王子に挨拶をしにやってきたからだ。彼女はすでに何らかの形で王子と言葉を交わしたことがあるらしく、お久しぶりでございますと言っていた。


 二人が話している間にコーデリアはこれはチャンスとばかりに戦線を離脱した。王子に一言断りを入れるだけで下がることに成功し、心の荷が下りた気がした。


 その後はほぼ間を置かず年が近いらしい少女に「よければあちらでお話しませんか?」と誘われ、数人の令嬢の輪に入ることも成功した。だが、笑みながら話をしていても、どこか王子のことを気にかけてしまった。


(……ダメよ、考えても仕方ない。大丈夫、挨拶くらいこれからだってあることだもの)


 そう心の中で自分に言い聞かせ、今度こそコーデリアはまっすぐ前を見た。ちょっと縁起が悪いことがあっただけで、躓くほどではないはずだ、と。


 王子がその背を見ていることに気づかぬまま、ただ、まっすぐと前を向いた。




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