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第十五幕 考える令嬢

 初対面のイメージは大切だ。それは良くも悪くも後々修正することが難しい。

 もちろんそれは”普通”と思われてしまったとしても同じことで。


「ただの可愛いご令嬢……というだけでは、むしろ今後マイナスになりかねないわ」


 優秀な父、そして兄姉を持つパメラディアの家名に負けてしまう。そうコーデリアは感じながらため息をついた。さて、どうするべきか。夜も更け、部屋は魔法のランプが一つ灯されているだけの静かな部屋。しかしそんな中で考えているにも関わらず、考えはなかなか纏まらない。


 それは如何にしてフラントヘイム家の夜会に挑むかということだ。


 夜会への誘いは断れないし、断る選択肢も持ち合わせてはいない。いずれ16歳になればコーデリア自身にお披露目の舞台はやって来る。だが、それより早く、今の成果の一部を周囲に知らせることができるなら願ってもないことだ。今から三年の間に噂を成熟させ、その後お披露目に挑めるならば人々の興味をより惹けると感じたからだ。それに伯母の言う通り、見分を広げる事は今のコーデリアに必要なことでもある。なぜならコーデリアの弱点は同年代の友人が極端に少ない事であるからだ。むしろ友人と呼べるのはヴェルノーしかいない自覚はある。ジルも友人だとは思っているが、手紙のやり取りはあるものの、4年間で会ったのはあの一回だけだ。だから、今後香油を売り込むことを考えても、知人・友人を増やすことは必要だ。あとは……友人になれなかったとしても、出来れば強く印象も残したい。


「視覚的に言えば私の容姿は悪くない。聴覚も……声も悪くはないわ。じゃあ、やっぱり残るのは――」


 嗅覚、か。

 コーデリアはふっと息を吐き、天井を見上げた。嗅覚なら、今の自分の得意分野だ。

 しかし問題はどの香りにするかである。既に完成している香油や香水でも悪くはない。けれど、やはりコーデリアはバラの精油をどうしても手に入れたかった。自分の香りとして印象付けるのはバラが良い。しかし……だとすれば問題がある。本当にバラから強い精油を集めるのであれば現在行っている蒸留法ではなく、より香りが強くなる有機溶剤を使う抽出法……通称アブソリュートで行いたいという事だ。


 だがコーデリアは、未だ使用できるバラの量が限られていることもありこの抽出法には挑戦できていなかった。


「蒸留法も素敵だわ。副産物の芳香蒸留水も化粧品になる」


 それはわかっている。それでも「けれど」と思ってしまう。きっとあのバラでアブソリュートの仕上がりに自分自身の興味がある。とても良い精油が出来るだろうという予想もある。


「……」


 コーデリアは迷った。

 迷って、迷って、そして一つの結論にたどり着く。


「欲はだめだわ。……今回は、お披露目。出来ることをやる。まずは蒸留法で一度精製し、私の16歳のお披露目でアブソリュートを成功させてればいいんだわ」


 今回の目標は、噂のきっかけを作ることだ。本番に噂以上のものを見せるなら、この方法が一番いいのかもしれない。もちろんコーデリアは蒸留法のバラの香りも好きであるので問題は無いはずだ。


「ひとまずは、決まりね」


 ただ、今後の研究対象として最適な有機溶剤は探し続ける。そもそも蒸留法で花を扱うにしても、早朝に摘まねば精油が気化してしまう。もっと言えばコーデリアのバラが香りが強いと言っても、本当に精油に合うのかもはっきりしない。本来蒸留法……通常ローズオットーと呼ばれる種類と、ローズアブソリュートと呼ばれる精油は使用するバラの種類が違う。だからコーデリアのバラが共用できるのかはまだコーデリアにはわからない。幸い今は花が咲く季節であり、決めたのであれば明日の朝にでも取り掛からないといけないなとコーデリアは考えた。花が咲くとはいえ、採油率の低いバラはたくさん植わっていても一回の使用量程度しかない。失敗はできないな、とコーデリアは思った。……まあ、失敗しても他の方法を考える予備の時間を持つために明日の朝に取り掛かるのだが。

 それと、今、もう一つ決めた事がある。それは伯母にも何らかの香りを纏ってもらうという事だ。

 その香りとして考えているのはすっきりとしたオレンジの香水だ。皮を遠心分離機を用いて圧搾したオレンジの精油は、すっきりした伯母の印象によく似合っている。外に出る際は紫外線に注意が必要な精油であるが、夜会の時なら大丈夫だろう。そもそも叔母は無防備に肌に刺激を与えるタイプではない。リラックス効果もある精油なので相手に与える印象も悪いことは少ないはずだ。

 流行が好きで詳しい伯母だ。新しいものにたいする抵抗感も少ないはずであるし、流行を作ることだって充分に可能だろう。


「よし、ニルパマ叔母様に掴みを作ってもらおう」


 ようやく決めた、と、コーデリアは軽く背を伸ばした。

 そして次の問題に取り掛かる。ヴェルノーへの誕生日プレゼントだ。


「これもどうせなら派手な方が良いわね」


 ヴェルノーに、そして皆に喜んでもらえるような目立つもの――これは、ある程度目途が立っていた。コーデリアは立ち上がると引き出しから宝石のような種をいくつか取り出した。そしてくすりと笑った。


「覚悟してくださいね、ヴェルノー様。驚かせて差し上げますから」


 そう、コーデリアは意気込み、当日を迎えたのだが――まさか、逆にヴェルノーに驚かされるとは思ってはいなかった。


 いや、可能性ならそれまでに十分考えられていた。

 ただ、コーデリアがうっかり、ヴェルノーが誰の学友であるかを忘れていただけで。


 コーデリアはその時、黒い髪で黄金色の目の少年を前に、引き攣る顔を必死で抑えながら最上級の礼をとっていた。


「――初めまして、殿下。エルヴィスの娘、コーデリア・エナ・パメラディアと申します」


 そう、王子との対面を果たすとは、まだ、夢にも思っていなかった。



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