仮1
土曜の夜、久しぶりに田舎の母親から電話があった。
「そうそう、達也。同級生っていう女の子から電話があったんだけど……、電話来た?」
「誰?」
「えーと、誰だっけ?」
「誰だか聞かなかったの?」
「だって、親しそうだったからあ……」
「怪しすぎるだろ! ……って、携帯の電話番号教えちゃったの?」
「だって、教えてほしいっていうから……」
「ええっ! めんどくせえなあ! 絶対怪しい勧誘だろ?」
「だって、中学のクラスメートだって言ってたよ」
「なりすましだったらどうすんのよ。しかも、10年以上も前のクラスメートってだけで電話かけてくるのって、怪しい以外の何があるのよ!」
「ん、っっっもう! ホントに同級生かもしれないじゃないの、屁理屈言わないの! 全く……」
「屁理屈じゃないだろ? ケータイ教える前に、ひと言こっちに連絡しろっての!」
「ああ、これだから男の子は……。やっぱり女の子のがよかったわ……」
「20年以上育てといて、いまさら遅いっての!」
などと、ただ、母親と小さな口げんかしてその電話は終わった。うちの母親は危機感がない。世の中物騒だってのに。いずれ、怪しい電話がかかってくるだろうって思っていた。
しかし、実際にはそうじゃなかった。本当に女から電話がかかってきた。しかも、中学生時代、ちょっと心を寄せていた女の子だ。
まあ、電話を受ければ、
「懐かしいねえ」
「変わらないねえ」
「そういえばさあ……」
なんて、ひととおりの思い出話をする。そして、彼女は切り出した。
「ねえ、タッチンさあ……。明日、ヒマ!?」
(キターーーーー!)
と、思ったね。怪しい鍋買わされてもいいや、彼女の手料理食えるなら……。健康食品買わされてもいいや、彼女の笑顔が見られるなら……。あっ、でも、劣化してるかもしれないから、過度な期待はするのはやめよう。そう、俺が彼女をマルチ商法の呪縛から解放してやる。ふたりで手に手を取って、新しい生活を手に入れるんだ。女に縁のない人生に終止符を!!。
……なんてことを、わずか0・05秒のうちに頭に巡らせていたら、噛んじゃった。
「あっ、ああ、ヒマだけど……」
「じゃあさあ……。明日の10時、地下鉄の早宮駅に『1』っていう出口があるから、そこで待っててくれる? 迎えに行くから……」
「うん、わかった……」
いいとも、いいとも、いいともさ。喜んで行きますとも。お姫様。
地下鉄駅の階段を駆け上がる足も軽い。10分前に来ちゃったよ。入り口の明かりが見える。俺の新しい人生の明かりが見える。
……って、彼女が先に待っていたのはいいけど、他の男と話し手やがる。誰、誰よ? 彼女が気付いて俺に手を振る。
(おおおおおおお! 変わってねえええええ! かわいいいいいいい! 何これ、ナチュラルメイクってヤツ!? もお、だまされてもいいわ! どうなってもいいわ! ……でも誰よ、一緒に話しているヤツ!!)
手を振り返す俺。でも、彼女と話していた男も振り返って手を振る。しかも、にこやかに。
知らねえよ。お前なんか。誰よ。にこやかに手を振っちゃってさ。空々しいわ。いきなりマルチ的なヤツはじまるのか!?
「ごめんね。待った?」
と、お約束の台詞を言っておく。待ち合わせ時間前とはいえ、あとから来た者の礼儀だ。
「ううん……。今来たところ、そしたら、先にショウちゃんが来てたから……」
「ショウちゃん……。同じクラスじゃなかった? 2年生の時……」
「よっ! 元気?」
(『元気』じゃねえよ……。誰だよお前)
と、思いながら、会釈する。
「ほらっ、思い出さない? 田中翔平くん!」
「つれないなあ、高橋ぃ。俺のこと忘れちゃうなんてさあ……」
(ああ、はいはい……。クラスで人気だったお前な? お調子者だったお前だな? 何だよ、ぷっくりふくらんじゃってさ。丸いのが、目だけじゃなくて全体になってるよ……。だいたい、お前、そんなにあさ黒かったっけ? アンド、ほんのり茶髪入ってねえか? っつうか、なれなれしいよお前……。俺、お前とそんなに話さなかったし……)
と、思いながら、おざなりに返事しておく。
「あっ、そうそう。田中……。悪い悪い。久しぶり」
と、思わず本音と裏腹の満面の笑顔を出してしまう俺。お人好しすぎる。
「メグミ~ィ! 悪い、悪い、お待たせ!」
後ろから声がしてきた。
(俺の恵ちゃんに慣れ慣れしいんじゃゴルァ)
と、思って振り返ると、そこには『脳筋』木村がいた。中学時代のガチムチ体型がそのまま大きくなった感じ。
「よお、木村あ!」
と、田中が声をかける。しかも、恵ちゃんの前に挨拶って、おいおい! 恵ちゃんに寄りすぎだろお前。
「あっ、来てくれてありがとう。ダイちゃん! 変わってないね」
と、恵ちゃん。そうだね。フォトレタッチソフトでやや縦長にクイッと拡大したって感じだね。
恵ちゃんがマンションに案内する。下心丸出しでまんまと釣られたバカヤローども、3人がそれについていく。
途中、恵ちゃんが、俺たちに連絡してくれたわけを、説明してくれた。いろいろ当たったみたいだが、来たのは俺たち3人だけだったようだ。本当にバカヤローだよ。お前らは……。俺も含めてな。だいたい、みんなのこと、中学時代のあだ名で呼んだりして、少しビッチ臭も漂ってるだろが! お前ら、目を覚ませ! 俺は目を覚まさないから……。
まあいいや。とにかく恵ちゃんの話によると、お兄さんが大学の研究室に勤めていて、心拍数やら、発汗量やら、脳波やら、なんたらのセンサーを研究しているらしい。その装置を使ったゲームを趣味でつくったらしく、それをみんなに試してほしいというのだ。どうして中学生の同級生を考えたのって聞いたら、幅広くサンプルを取りたいらしい。大学の同級生だと、偏りが出るって……。はいはい、兄妹そろって良い大学を出ていらっしゃるようですね。
……と、俺が彼女に話したのは、そのくらい。あとは、あのへらへらお調子者の田中が一方的に恵ちゃんに話しちゃって。マンションに着くころには、うざがられていた。ザマぁ。
「おじゃましまあす……」
恵に促されて家に上がる俺たち3人のヤローども。兄妹で一緒に住んでいるだけあって広い。リビングにはいると、もうひとり女性がいる。〈ふくふく〉しい白ぽちゃお母さんだ。2~3歳の女の子を連れている。かわいい盛りといわれるが、俺の一番苦手な年齢だ。きっと、そのうち、突然ぐずり出すぞ。『ママ、帰ろ~~~~~~~!』って。『うぇっ、うぇっ、うえええええん!』って。きっと面倒くさいことになる。
「こちら、麻衣ちゃん。覚えてる?」
覚えているあ、覚えているとも……。いっとき、俺の隣になったことがある女の子だ。あれがもう、お母さんかよ……。こういうのってフツウのコが早いんだよなあ。結婚でも何でもさ。その前提条件もそろってない俺がいるんだけどさ。まあいいや。
「吉田麻衣です。旧姓は、山田だけど……、高橋君! 久しぶり!」
「久しぶり! お母さんになってるなんて驚いたよ。かわいい女の子だね」
営業トークさ。ダテに6年間社会人していない。ほら、娘の名前を紹介してきた。他人の子どもの名前なんて興味ない。俺なんか、いとこの子どもの名前だって覚えてないんだから。なんと、その年で6歳の男の子もいるのか? たいしたもんだ……。何がたいしたものなのかは、分からないけどね……。
「麻衣はね。旦那さんのご両親にお子さんを預けて、パートタイムでエレベーターガールをしている」
「へえええええ……。そうなんだ……」
……って、それしか言えねえ。高校卒業してすぐに東京の百貨店に勤めたって誰かが言っていたが、エレベーターガールとはね。しかも、今でも……。
リビングのテレビの前には、若いのに頭髪の寂しい男性が立っていた。あの、お調子者の田中が話しかけている。でも、男性は、あまりヨタ話が好きじゃないみたいだ。ザマー見ろ。お調子者め。僕の将来の〈お義兄さん〉に気安く話しかけるなっつうの! なあああんてね。
まあいいや。僕の〈お義兄さん〉、若ハゲ君が説明する。
どうやら、その、センサーとやらを着けて、1週間、いつものように働いてほしいらしい。ええと、なんだ? 分かりやすく言えば良いのに、ギジツテキな言葉つかって言うからよくわかんないんだけど、とにかく、心拍数や心拍速度、発汗状態、歩数、発する言葉などを分析して、ロボットのステータスとやらを設定し、ゲームで対決してほしいってことらしい。
オーケー了解! わかったよ。将来のお義兄さんの頼みだ。喜んで引き受けるぜ! そっち系のゲーム、大好きだしな。いつも酔っぱらい運転だけど。




