第1章 第1話 異世界ヴァルアス
契約が無事終了し渡と雅はフィオレミーナからこれから行く異世界の説明を受けた。
女神のの管理する世界の名前はヴァルアス。渡達を送り出す場所は最前線ということであった。現在、魔族の指揮を執っているのが魔族の王子ブロス。ヒトの連合軍の指揮を執っているのは戦姫シルヴィア。この2名が代表である。二人の力によって前線がこれ以上下がる事は避けられたが、今現在も硬直状態にある。度重なる戦いのために多くのヒト・魔族が死亡した。生き残っているのは全盛期の10分の1であり、各軍勢を束ねるだけの能力を持った人間はほとんど残っていない。どちらかが死亡した場合、死亡した側の陣営が壊滅し大幅に戦力が減退することになる。渡達に課せられたのは2名を守りながら前線を押し上げることである。
「いきなり最前線に出るのね。腕が鳴るわ。」
「いやいや、おかしくね?危険なことは反対だったんじゃねーの?」
肩を回しながらもの凄くやる気になっている雅に渡は突っ込まざるを得なかった。
「あの時は若かったのよ。」
「まだ5日しかたってねーよ。何で立場が逆転してんだよ。」
「いいじゃない、あんたもあんなに行きたがってたでしょうが。力も付けたし、危険もかなり減った。あとはなるようになる。」
「実は、お前も行きたかったんだろ。憂いが無くなって抑えてたものがあふれ出てきてるな。」
「だって仕方ないじゃない。剣と魔法の世界だよ。ラノベとかマンガみたいな世界が広がってるんだよ。あんたほどじゃないけどこっちの世界に浸かってる自覚はあるもの。夢が叶うのに喜ばずにはいられないわ。」
自分以上に目を輝かせる雅を見て渡は逆に冷静になっていく。冷静になったことでふと気が付いたことがある。
「そういえば、俺たちこの格好のまま行くのか?」
今の2人の格好は学校の体操着である。動きやすい格好を考えてこれを着ていたのである。
「服装に関してはこちらで準備してあります。冒険者として動きやすいものを準備しています。」
フィオレミーナが手をかざし表れた魔法陣から2着の服が現れた。どちらも布地のシャツとズボンに皮の防具が付いたものであるのは共通だが、片方は黒のローブと先端部分に宝石があしらわれた杖がもう片方には黒色の金属製の籠手と靴が付属されている。
「これはドラゴンの髭で編まれた服と、ドラゴンの皮でできた防具です。これ単体でも並の斬撃では切れもしませんが、魔力を通すことでより強固な防具となります。このローブと杖は渡さんに、魔法の発動を補助する役割を持っています。雅さんにはこの籠手と靴を。これはオリハルコンで作られています。そのまま殴っても大抵のものを粉砕しても傷一つ付きません。魔力を流すことにより様々な付属効果が得られます。触れた相手を麻痺させたり、切り刻んだり、爆発させたりなどと様々なことができます。色々と試して感覚を掴んでください。属性魔法を使えない貴女の助けになるでしょう。」
籠手を着けて色々実験し始める雅を見ながら渡も杖を持って魔法を発動させる。何もない状態で使うときの何倍も簡単に発動する事にとても驚いた。
「使用魔力は4分の1、いや5分の1か。速度も3倍以上速い、すごいなこの杖。」
「杖の効果ではそこまで劇的な変化はありませんよ。その変化は杖を持ったことによるものです。本来、魔法を触媒なしで発動させることは大変難しいのです。魔法を発動させるために必要な魔力を大量と必要とするためです。今貴方が簡単に発動させた魔法ですが、あちらでは上級魔法に匹敵します。貴方の魔力が多いからこそ苦になりませんが普通は無理です。杖を使って長時間魔力を練って発動させるような魔力を触媒なしで数秒で発動しなおかつ連射することができるのは、あなたの多量の魔力で強引にやっているからなのです。」
「なるほど、今まではただの力技だったわけか。これからはもっと色々できそうだな。よし、雅そっちはど「ドガン」・・・え?」
感触を確かめ雅の様子を見ようとした渡の耳に何やら爆発した音が聞こえる。恐る恐る爆音の方向に顔を向けると木端微塵になった岩塊の目の前で拳を振り上げる雅の姿があった。こちらを向いている渡の姿に気づいた雅が笑顔で近づいてくる。
「見てみて渡。これすごいんだよ。岩殴ったらドカーンで爆発するの。」
「分かってるから。だから近づくな!」
「大丈夫だよ。ちゃんとコントロールしてるから。」
あの拳に触れて自分もああなったら嫌だと必死になって逃げ回っている渡を悪い笑い方をしながら雅が追いかけまわしていた。
二人が落ち着いた後、これからの流れを確認することになった。
「出発は明日の朝になります。各々準備をしておいてください。しっかりと休養して万全のコンディションを保つように。それでは渡さんの部屋に戻しますね。」
二人を光が包み、渡の部屋へと戻ってくる。
「とうとう明日だね。緊張してきた。」
「そうだな。でも夏休みに忘れない思い出が出来そうだ。」
「ねえ、今日ここに泊まってもいい?」
「え?」
雅の申し出に一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。するとクスッと笑った雅が抱き着いてきた。耳元に顔を近づけつぶやく。
「これが最後になるかもしれないから。」
そう言った雅の体は緊張で震えていた。雅は顔を赤くして更に続ける。
「思い出が欲しいの。忘れられない思い出が。」
そして渡は雅に押し倒された。そのあとは色々とやった。そう、色々と。
夕方2人はフィオレミーナに呼び出された。
「あら?渡さん随分とお疲れですね、大丈夫ですか?雅さんのほうは随分と元気そうですけど。」
「「まあ、色々とありまして。」」
片方は力強く、片方は弱々しく答える。二人の様子に思うことはあるがそれよりも差し迫った問題を片付けることにする。
「少し問題が発生しました。色々と大変かもしれませんが今からあちらに行ってもらうことになります。」
「何が起こったんですか?」
「今朝黒い軍団が動きを見せました。あちらでは戦いが始まっています。予断を許さない状況になってしまいました。」
瞬間、二人に緊張が走る。
「これが異世界転移の魔法陣です。座標入力は私がやります。渡さんは同じものを発動させてください。」
言われた通り同じ魔法陣を発動させる。
「それではその魔法陣に入れば転移が開始します。準備はよろしいですか?」
「「はい。」」
「私には応援することしかできませんが、よろしくお願いします。」
そうして2人は魔法陣に入った。
~side シルヴィア~
最前線の平原から5キロほど離れたところに張られた豪華な天幕の中で肩までのブロンドの美しい髪に豊満な体をした一人の女性が眠っていた。天幕の中には彼女以外存在しない。連日の疲れからぐっすりと眠っていた彼女だが突如爆発の音で目が覚める。
「一体何事だ。誰か居ないか!」
状況を把握するために声を張り上げて人を呼びつける。そこに一人の女性騎士が天幕に入ってくる。
「報告します。黒い軍団の襲撃です。現在、此処より東4kmの地点でで交戦状態となっております。」
「よりにもよって東側か・・・魔族側はどうしている。」
「戦闘に参加しようとしているのですがフォヴィア将軍が抑えています。」
「何故だ。」
「魔族ごときの力を借りずとも撃退できる。人間の陣営の魔族が入り込むなど認めないと。」
「無能め。」
シルヴィアは吐き捨てるように言う。現在魔族はヒトの陣営の西側に陣をひいている。魔族が参戦するためにはヒトの陣営を横切らなければならない。ならばすぐに通せばいいのだが簡単にいかない。原因はフォヴィア将軍である。彼は魔族が嫌いだった。今でこそ人類と魔族が協力しているが1年前まで戦争をしていたのだ。共通の敵が現れたからと言ってその禍根がなくなる訳ではない。しかし、今の状況でそんなものに拘っているのは無能と言わざるを得ない。ヒトと魔族では魔族のほうが圧倒的に個々の能力が高い。魔族陣営をすぐに向かわせれば1人でも多くのヒトを救うことができるというのに。
「私が出る。時間を稼ぐからお前はフォヴィアを抑えて魔族を誘導しろ。邪魔ならばフォヴィアを縛っても構わん。」
「了解しました。」
女騎士は速やかに行動を開始する。シルヴィアはすぐに準備をすると馬に乗り前線へと赴いた。
「遅かったか・・・」
シルヴィアの視界に写るものは悲惨な戦場だった。辺りは死体であふれ10体の黒いモノがうろついている。生き残りは少なく、端から殺されている。蠢く黒いモノがシルヴィアにターゲットを移す。
「これは簡単に逃げられそうにないな。魔族が来るまでに死なないようにしよう。」
黒いモノの1体がシルヴィアに襲い掛かる。腕を鞭のように伸ばして攻撃してくる。シルヴィアは冷静に剣を抜き迫りくる腕を切り飛ばす。切り飛ばされた腕は空気中で散乱し粒子となる。黒い粒子は本体の元へと飛んでいきまた一つになる。
「相変わらず面倒な相手だ。切っても切っても意味がない。それでいて魔法も聞かない。これで数が増えないことが救いか。」
黒いモノ達の数は100。1年前から増えも減りもしていない。魔法をぶつけようが剣で切り伏せようが一度粒子になると元の形に戻る。何故か夜に攻撃してこないことと数が増えないことで辛うじて全滅を防いでいる状況である。決して死なず生き物を悉く殺して回るこいつ等と何度も相対しているシルヴィアだが一切の弱点が見えない。現状では日のあるうちは死なないように戦い、夜は休息する。この繰り返しであった。
黒いモノの攻撃を捌き続けて1時間は経過しただろうか。彼女の限界も迫ってきていた。
「まだ来ないのか。いい加減一人で抑えるのも限界だぞ。」
黒いモノ達から放たれる攻撃を次々と捌いていく。上下左右様々な方向から伸びてくる触手を躱し、躱し切れないものは剣で切り飛ばす。危なげなく10体の黒いモノと相対しているシルヴィアだが限界は近い。一時間全力で動き続けているのだ。その疲労は計り知れない。その時1体の攻撃を捌ききれず右肩くらってしまった。刹那、シルヴィアに隙が生まれる。その一瞬の隙を黒いモノは見逃さなかった。
「しまっ・・・」
体勢を崩したところに一斉に触手が迫ってくる。防御が間に合わないのは分かっていた。シルヴィアが死を覚悟した瞬間、差し迫る触手が一斉に切り飛ばされた。
「遅くなったな。間に合ったようだ。」
「ブロス!」
触手を切り飛ばしたのは魔族の王子ブロスであった。2メートルもの巨体にヤギの角、背中には黒い羽、長い尻尾の先は矢じりのようになっている。指から生える鋭い爪で黒い触手を薙ぎ払ったのである。
「どうやら軍団も追いついたようだ。」
多くの足音が聞こえてくる。魔族1000体にヒト3000人からなる連合軍が駆けつけてきていた。2人は足音のするほうに一斉に駆け出す。
「随分と時間が掛かったな。」
「フォヴィアを捕まえるのに手間取った。間に合ってよっかたよ。さあ軍団に合流して反撃開始といこう。」
2人が軍団に合流した瞬間それは起きた。連合軍を取り囲むように黒いモノが現れた。
「どうやら罠だったようだな。相手の数は分かるか?」
「確認しました。数100です。」
ブロスの副官の悪魔が報告する。
「全戦力をぶつけてくるか、本気だな。どうやら敵さんは此処で俺たちの命を奪うつもりらしい。」
「そのようだ。しかし、夜まで耐えれば我々の勝ちだ。」
「そうだな。それでは全力で抵抗させてもらおう。」
連合軍と黒い軍団の戦争が始まった。
どれだけの時間戦ったのか、やっと日が傾き始めていた。連合軍4000が1000までに減っていた。それでいて向こうの損害は0である。
「もうひと踏ん張りだ、あと1時間ほどで日が暮れる。そうすれば我々の勝ちだ。」
シルヴィアが生き残った者達に向かって叫ぶ。軍団員たちは最後の力を振り絞り何としてでも生き残るために奮闘する。しかし、その時問題が起こった。ヒト側の一部の陣営が決壊し、黒いモノ20体がシルヴィアを取り囲む。他の者たちは手がいっぱいで誰も助けに行くことができない。20体のの一斉攻撃がシルヴィアに迫りくる。疲労しているシルヴィアには回避することも迎撃することもできなかった。
「これが最後か・・・すまない先に逝く、あとは頼んだ。」
「クソ、邪魔だ。退けろ!」
シルヴィアは抵抗を止め目を閉じる。ブロスは駆けつけようとするが黒いモノ達によって邪魔され思うように進むことができない。シルヴィアに触手が触れる瞬間、空中に複数の魔法陣が現れ、そこから発生した光の矢によって触手が消滅した。
「間に合った。大丈夫ですか?」
少年の声に瞑っていた目を開ける。そこには黒いローブを着た黒髪黒目の少年が立っていた。
~side end~