プロローグ 第2話 訓練
それでは、魔法の使い方を教えたいと思います。この世界で普通に暮らしていて魔力を感じることなどないでしょうから、まずは魔力を感じ取っていただきます。手を出してください」
言われた通りに手を前に出す。すると、フィオレミーナが渡の手を握る。彼女いない歴=年齢の渡にとって美人の女性に手を握られる事は刺激が強すぎる。顔を赤くしながらおろおろしていると、手を伝わって何かが流れ込んでくるのが分かった。暖かい力が手から全身に伝わるのがわかる。体中の血管を通して体中に染み渡っていくような感覚がする。そして自分の心臓の辺りに同じ力の塊がある事に気が付いた。
「自分の体の中に存在する魔力がわかりましたか?」
「心臓の辺りに大きな力の塊を感じます」
「それがあなたの魔力です。手を離すので今度は自分だけで魔力の流れを見極めてください」
フィオレミーナが手を放す。少し名残惜しかったが今は魔力の流れを感じることに集中する。少し感じ方が弱かったが、確かに感じられるようになった。すると突然何かの扉が開いたような感覚がした。それと同時に自分の周囲に魔力が渦巻き始める。
「なんじゃあこりゃあ」
「自分の魔力を把握しましたね。それは長年使われなかった魔力が一気に噴き出している状態です。塞き止められていたものが溢れ出しただけですから、通常の流れになれば落ち着きます」
おろおろしている渡に向かってフィオレミーナは優しく微笑む。渡が安心して深呼吸をしていると渦巻く魔力が落ち着いてきた。
「どんな感じですか?」
「不思議な感覚です。少し体が軽くなったような・・・」
「問題はなさそうですね。それでは噴出している魔力の強弱は付けれますか?魔力をあなたのイメージ通りに操ってみてください」
周りの魔力を体内に押し込むようにイメージをしてみる。すると周りのオーラが弱くなった。今度は放出するようにイメージをする。今度はオーラが大きくなる。面白くなって拡大縮小を繰り返しているとフィオレミーナが驚いたような顔をした。
「随分と簡単にしていますね。1時間くらいは掛かると思っていたのですが・・・」
「某ハンターのオーラをイメージしてみたら結構簡単にできたんですが・・・」
オーラといったらあれだろうと思ってやっていると直ぐにできてしまった。ネタが分からないフィオレミーナが首を傾げているが説明も面倒である。
「基本的には魔力を外に出さないようにコントロールしてください。垂れ流しにしても良いことはありませんから。それでは身体強化の魔法からやりましょうか。これは魔力で直接体を強化するもので、魔法陣や詠唱を必要としないものです。一番原始的なものですね」
某ハンターをイメージして体に魔力を纏わせる。地面を軽く蹴ってジャンプすると3m近くジャンプしてしまった。予想以上に飛んでしまったことに驚いて空中でバランスを崩しお尻から地面に落ちる。しかし、身体強化のおかげなのか痛みは感じなかった。何事もなかったように起き上がると、白い空間の中を強化した状態で飛んだり跳ねたりして具合を確かめる。これまた面白くなって30分近く遊びまわっていると急に体が怠くなって魔法が解ける。不思議に思っているとフィオレミーナが話しかけてきた。
「魔力が枯渇したのですよ。その状態を覚えておいてください。枯渇状態の時に無理に魔法を使うと命を削ることになりかねませんから」
「分かりました、気を付けます。それでこれからどうすればいいですか?」
遊びすぎた自分のミスだが魔力が枯渇しているならこれ以上訓練できない。
「今日のとこはこれ位にしておきましょう。休んでいれば魔力は回復するので続きは明日に。訓練は1週間を考えています。これを持っておいてください」
「これは?」
フィオレミーナの手には何の装飾もない銀色の指輪があった。
「これを身に着けていれば何時でも私と話ができます。明日都合のいい時間に連絡していただければまたこの空間に呼び出しますので」
そう言ってフィオレミーナは渡に指輪を渡す。
「それでは元の世界に帰します。場所はあなたの部屋でよろしいですか?」
「構いません」
「それではまた明日」
渡は再び光に包まれる。あまりの眩しさにめを閉じる。目を開くと自分の部屋にたっていた。そして目の前で幼馴染が漫画を手にもって驚いた表情でこちらを見ていた。
~side 天野雅~
私は幼馴染の渡が心配だ。高校生になってようやく治った厨二病が再発しないか心配でたまらない。昔の渡はカッコよかったのに(今もカッコいいけど)あの中学3年間だけは許容できない。町内では知らない人がいないほど有名人になってしまった、ある意味伝説の厨二病患者である。いまだにオタク趣味にどっぷり浸かっているけど、あの頃の痛々しい言動より遥かにましである。まあ私もこの漫画やラノベの豊富さには感謝している。暇を潰すには持ってこいだ。それにお金が掛からない・・・これは素晴らしい。渡の家に行くと、渡は週刊誌を買いに行っていないと言われた。どうせ私も読むのだからと勝手に渡の部屋に入って時間を潰すことにする。渡の部屋はいい匂いがする。枕に顔を埋めたくなる衝動に駆られるが、いつ帰ってくるか分からないので我慢する。漫画を手に取り時間を潰すことにした。しかし、何時まで経っても帰ってこない。漫画を読みだして2時間近く時間が経っている。近くのコンビニまでは自転車で10分も掛からない。往復で2時間はかかりすぎである。立ち読みしているとしても掛かりすぎだ。心配になって探しに行こうかと考えていると、部屋が急に輝きだした。あまりの眩しさに目を閉じ、光が納まったので目を開くと、目の前に渡が立っていた。驚きのあまり口が開いたままになってしまったが、すぐに気を取り戻す。危惧していたことが起こってしまった。光と共に登場?あれが再発したとしか考えられない。今すぐ矯正しなければ、説得(物理)するしかない。そこで問答無用に顔面をグーで殴り飛ばした。
~side end~
渡は気づけば顔面を殴られ派手に部屋を転がっていた。顔面を殴られた痛みと壁にぶつけた後頭部の痛みに悶えていると、上から冷ややかな声が聞こえてきた。
「渡、あんた厨二病は辞めるって言ったわよね。あたしの前で照明まで使ってあんな登場するなんて覚悟はできてるんでしょうね?」
見れば幼馴染の雅が拳を振り上げている。腰まで伸びた綺麗な黒髪をポニーテールにしている見た目も綺麗で可愛いはずの幼馴染が般若のような相貌で2撃目を迫ってくる。それを必死に躱し、雅に向き合う。
「まて、これは違うんだ。複雑な訳があってだな」
「わけぇ?言ってみなさいよ。内容によちゃあパンチ一発に抑えてあげる」
「一発は確定なのかよ・・・」
渡は今日起こったことをすべて雅に説明した。すると雅は無言で立ち上がり右の拳を振り上げた。
「まて、説明はしただろう。何故本気の構えなんだ!」
「重症ね、まさかここまで重症とは・・・とうとう現実と妄想の区別が付かなくなったのね。大丈夫、私が渡を真人間にしてあげるから」
そう言って雅から洒落にならない右ストレートが飛んでくる。彼女は幼少の頃のある事件が切っ掛けで護身術を習っている。有段者でもある彼女の大人の男性をも簡単にノックアウトできるほどの威力を持ったパンチに、渡はとっさに身体強化の魔法を発動させる。彼女の右手を掴み取り、更に追撃が来ないように手と足を抑える。
「ちょっと、渡!いきなりこんな・・・まだ心の準備ができてないのに。下着もかわいくないし。ああでも、強引な渡もいいかも・・・」
雅が何か言っているが気にしていられない。気を抜けば拳か蹴りが飛んでくる。雅が大人しくなった事を確認すると話しかける。
「落ち着いたか?」
「さ、最初から落ち着いてるわよ!緊張なんてしてないもん!」
「緊張?まあいい、おかしいとは思わないのか?」
「おかしい事なんてないわよ。ちょっと強引だけどこれはこれで・・・」
「何の話をしているんだよ。俺が雅を抑えている事に疑問を感じないのかってきいてるんだ。」
そうして雅は、はっと驚いたような顔をする。雅は幼少のころから護身術を習っているが、渡は一切武術というものを齧っていない。有段者と素人の力の差は歴然、まして雅は今まで一度たりとも渡に抑え込まれた事などありはしなかった。
「手、動かないだろ。俺は嘘を言っていない。実際に今魔法を使っている。俺自身さっきまでのは夢じゃないかとも思っていたんだが、これで現実だと証明できそうだ。」
「・・・・・・」
雅は拘束を解こうと手足に力を入れているがびくともしない。暫く続けていたが、諦めてため息をついた。
「その女神様とやらと話をさせなさい。そうすれば信じてあげる。
渡がポケットから指輪を取り出すと、雅は指輪を奪い取り指に嵌めた。
「聞えますか?」
『はい・・・えっと、渡さんじゃあありませんよね?』
雅の頭の中に綺麗な女性の声が直接響いてくる。
「貴方が渡を誑かした女神様ですか・・・私は渡の幼馴染です。女神様、私は認めません。渡を危険な目に合わせるだなんて、本人が了承したとしても私が認めません!」
『・・・・・・』
渡にはフィオレミーナの声は聞こえないが、雅が言っている事は聞こえているので慌てて反論する。
「何言ってんだよ、雅。俺はやるって決めたんだ。絶対にやるからな。」
「五月蠅い!あんたはどうしてそうやっていつもいつも危険に身を突っ込むのよ!あの時だって私を守るために怪我して、私はもう二度とあんな思いをしたくない!しかも、今回は死んじゃうかもしれないのよ!」
「・・・・・・」
雅は顔を下に背け小刻みに震えている。雅がここまで動揺する姿を見るのはいつ以来だろうか。どう声をかけるべきか悩んでいると雅から微かに声が聞こえてくる。
「・・・・・く、わ・・も行く。」
「え?」
「私も行く!」
「は?お前何考えてんの?」
「渡が危険な事しないように監視する。危険な目に合いそうになったら助ける。」
予想外の発言に思わず絶句してしまった。口をぽかんと開け、固まっている様子はさぞかし間抜けだろう。しかしそんなことを気にしている場合ではなかった。
「いやいや、無理だから。」
「何で!」
「そもそもの前提条件で特異点である事が重要であって、俺以外でできないから俺に役目が回ってきたわけで・・・」
「それでも行く、行くったら行く!」
子供のような我が儘を言い始めた雅にどう対応すべきか悩んでいると雅が急にごねるのを止めた。コロコロ変わる行動に訝しんでいると、雅が指輪をはずし突きつけてきた。
「付けて、女神様が話があるって。」
指輪を受け取り右手の人差指にはめる。
『渡さん、聞えていますか?』
「はい、大丈夫です。」
『彼女の気持ちはわかりました。彼女の願いを叶える方法が無いわけではありません。とりあえずそのことを彼女に伝えました。どうするかは明日こちらに来てからもう一度話しましょう。』
雅を見ると無言で頷き返してきた。
「分かりました。ではまた明日に。」
そう言って女神との会話を終了させる。
「渡、明日ちゃんと連れて行きなさいよ。除け者にしたらただじゃおかないからね。」
雅はそういって部屋から出ていく。今後の展開を考えて胃が痛くなりそうだった。