scene5 東門
「あれ? 桜奈ちゃん一人?」
約束の日に東門に来た火売と狼牙は、その場に桜奈しかいないことを意外に思う。
桜奈はいつもの格好に、小さな荷物を背に負っただけだった。
「陛下と猊下にはもう挨拶しましたし、お二方とも忙しい身ですから」
振り返ってこともなげに答える。
「他に知り合いいないの?」
火売の質問に、桜奈は軽く笑う。
「お二人が来てくださったではありませんか」
「……」
小さい頃に拾われてきてからずっと、姫たちの護衛をやっていると聞いた。
そんな身の上では、個人的な知り合いなどまずできないであろう。
「それではわざわざのお見送り、本当にありがとうございました。短い間ではありましたが、お二人と知り合いになれて、よかったです」
その金色に輝く強い瞳は、揺らぐことなく。
「こちらこそ。元気でネ。また会える日を、楽しみにしているヨ」
火売は笑って手を振る。
ずっと黙っていた狼牙は、ずい、と近づくと、桜奈の頭に手を置いて、顔を覗きこんだ。
「嬢ちゃんが決めたことに文句を言うつもりはないんだ。ただ、犠牲はもうごめんだと思った。
……無理はするな。神殿が嬢ちゃんの還る場所なんだから、嫌なことがあったらいつでも帰ってこい。陛下も、猊下も、絶対、迎え入れてくれる」
桜奈は目を見張る。
肩の荷が下りたような気分だった。
そっと頭に乗せられていた手を取ると、強く握り返す。
「……猊下と、同じことをおっしゃるのですね」
うつむきかげんだった顔を上げると、誇らしげに笑う。
「ありがとうございます。いってきます」
握手した手を離すと、背を向けて歩き出す。
「おう」
狼牙は小さく応えた。
森の入り口で、桜奈が振り返る。
桜奈はもう一度笑顔を見せると、大きく手を振り、歩き去った。
二度とは振り返らなかった。
「行っちゃったねー」
桜奈の姿が見えなくなるまで振り続けていた手を、火売が下ろす。
「強いコだねー」
ほう、と火売がため息をもらす。
「ああ」
目を細めて、狼牙はずっと森の奥を見つめていた。
「強いぜ」
口元には、笑み。
狼牙はきびすを返す。
だから――。
「そうだネ」
火売が一歩後ろをついてくる。
これから、訓練だ。
二人の顔は、隊長と副長の表情になっていた。
桜奈の歩みに迷いはなかった。
麗姫に希望を、雷姫に安らぎをもらった。
火売から強さを、狼牙から誇りを教わった。
胸のペンダントを握りしめる。
(神よ、すべてに感謝します)
桜奈はひたすらに東を目指す。
太陽の昇る、方角へ――。
―end―