表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

scene4 渡り廊下


「あ、桜奈(さくらな)ちゃん。どうしたの、こんなところで」

火売(ほのめ)どのこそ、どうしたんですか?」

「イヤ……、本来はこっちのセリフのハズなんだけどネ……」

 謁見の間に通じる渡り廊下で、桜奈と火売は偶然はち合わせた。

 桜奈は大神官付護衛、自分は(キング)付護衛。この場にいて当然なのは自分の方であるはずなのだが、先日のあの様子を見られたのでは仕方ないかと苦笑する。

「ボクらは定時報告。さっき狼牙(ろうが)が入っていったんだけど、会わなかったの?」

「ええ。おそらく別の扉を通ったのでしょう」

 桜奈は、以前会った時と同じ格好をしていた。

 明るい金の髪を頭頂で束ね、両脇にスリットの入った短めの袖なしの上衣に、膝丈の黒いズボン。腰のベルトの後ろに、横向きに短剣を収めている。そして両手足にさらしを巻いていた。

 首には、最近になって許されたという、カソレア教徒の証のコウモリ羽十字のペンダントをかけている。

 金の瞳をした黒猫で、紋は額と両頬。

 化猫(ケットシー)族の生き残りは、もはや彼女だけだと聞いていた。

「また陛下に呼ばれてたの?」

「いえ、(わたし)の方から出向いたのです。途中中庭にも寄ってみたのですが、お二人ともおられなかったようなので先にこちらに」

「あぁ、それは悪かったネ。この時間はいつも陛下にお目通りしているんだヨ。まぁ、もう少ししたら帰ってくるから、ちょっと待つ?」

「はい」

 火売は欄干にもたれかかると、改めて桜奈を見やる。

 まだずいぶんと若いと聞いていたが、落ち着いた物腰である。

 強さも申し分ない。

「年はだいたいいくつくらいなのかな?」

「ええと、陛下よりは下ですね」

「そうなの!? 上かと思ってたヨ」

「よく言われます」

 そんなたわいない話をしているうちに、奥の階段を降りてくる影があった。

「よう、嬢ちゃん。ん? 俺を待ってたのか?」

「はい。この間の話をしに」

「律儀だねえ」

 狼牙は苦笑する。

「道すがらでも構わねえか?」

「はい」

 桜奈の返事を聞くと、三人は謁見の間に背を向けた。


「はあ!? なんだそりゃ!」

 渡り廊下の途中、桜奈の簡単な話を聞くと、狼牙は呆れた声を出して立ち止まった。

 火売はやれやれという風に、桜奈はびっくりして、それぞれ足を止める。

「じゃあ何か? 嬢ちゃんは種族のために、会ったこともなければ好きでもない男と結婚するってのか?」

「まだ会ってもいないのに、好きか嫌いかなどわかりません」

 真面目に応えを返す桜奈に、火売は黙ってあさっての方角を向く。

「そうじゃねえだろ? 結婚てのは、まずお互いが好き同士なのが大前提だろ!」

「はあ」

 狼牙の熱弁は空回り気味だ。

 立っている価値観の場所が違う。火売は冷静に分析する。

「個人の自由を、種族なんかのために犠牲にするなって言ってんだ!」

「犠牲だとは思っていません。私にとっては、義務です!」

「結婚は義務じゃねえだろ!!」

「子孫を残すことは義務でしょう!!」

 このままでは平行線である。

 火売としては口出しすることは気が乗らなかったが、いつまでもこんなところで口論されるのもはた迷惑だろう。

 やれやれ、とため息をつくと、火売はあさっての方角を向いたまま、口だけはさむ。

「狼牙の価値観を桜奈ちゃんに押しつけちゃ悪いヨ。いーじゃないか別に。キミには婚約者がちゃんといるんだから」

「その話は今関係ねえだろ!!」

 こころもち顔を赤らめて、狼牙はどなる。

 桜奈は突然の話題転換に呆然としていた。

「婚約者がおいでだったのですか……」

 それなりの衝撃は受けたらしい。火売は二人の様子を横目で眺めて、にやりとする。

 そしてす、と桜奈に近づくと、わざとらしいまでの笑顔で話しかけた。

「そーなんだヨ。それもすっごくカワイイの。それなのにずっと街に置きっぱなしでサ。ニクいヤツだよネー」

「はあ……。お強いのですか?」

「強いよー。ウチに勧誘したいぐらい」

「それはうらやましいですね。なるほど、ご自分に身近な話なので一生懸命なのですね」

「うーん」

 火売は笑顔のまま固まる。これは見込みないかな、と狼牙に目をやれば、狼牙の方は、憤懣やるかたない様子でこちらを睨んでいる。

 狼牙の婚約者の話を振っても、桜奈には純粋な驚きと、好奇心しかない。

 火売はあっさりと見切りをつけると、二人を促して廊下を歩く。

「ま、そーゆーことにしておいてあげてヨ。狼牙にとっては、結婚話は他人(ひと)事じゃないからサ。決して桜奈ちゃんにケチつけてるワケじゃないから、許してネ」

「いえ、そんな。こちらこそ、そんな事情とは知らず、差し出口を……。すみません」

「いやだからちが…」

「ダマレ」

 笑顔のはずの火売から、恐ろしいまでの殺気を吹きつけられ、狼牙は口を閉じる。

「じゃあ、出発の日には見送りに行くからネ。東門だね」

「はい。ありがとうございます」

 桜奈は会釈すると、本神殿へと通じる道を歩いていった。

「……火売?」

「さぁさぁキミは、こっちこっち」

「おい!」

 火売は大柄な狼牙の腕を取ると、ずんずんと中庭への道を引きずっていった。


「キミ、フラれたんだよ」

 途中の欄干に片足をかけて、片肘をついた格好で火売が言う。

「なんだ、そりゃ」

 反対側の欄干にもたれかかって、狼牙が呆れた声を出した。

「やっぱね、異種族ってのは恋愛に向かないと思うんだよネ」

 狼牙の方は見ないで、火売はため息をつく。

「だったらおまえも嬢ちゃんを止めろよ。おかしいだろ?」

人間(ヒト)族が相手ならメリットがあるんだよ。だけど人狼(ワーウルフ)族じゃあねえ……」

 さらに、わざとらしいまでに大きなため息をつく。

人狼(ワーウルフ)? 俺は関係ないだろうが」

「ああっ!」

 急に火売はおおげさな仕草で天を仰ぐ。

 狼牙はびくっと身構えた。

「桜奈ちゃんにはその気がないし、狼牙ときたら自覚もない!」

「だからなんなんだ!」

「いいんだ。いいんだよ。キミには素晴らしい婚約者がいるんだから。だから桜奈ちゃんの決めたことにあれこれ文句は言わないの」

「ワケわかんねえ……」

 狼牙はしゃがみこんで頭を抱えた。

 火売とは長い付き合いになるが、いまだに理解の範疇を越えた奴である。

「あのね、一言でまとめてあげるヨ」

「ああ、頼む」

「甲斐性なし」

「……………………。なんだっ! そりゃあっっ!!」

 狼牙が雄叫びを上げたとき、すでに火売はその場にいなかった。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ