scene2 本神殿
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
桜奈が本神殿に入ると、祭壇の前に佇んでいた影が振り向いた。
大神官、雷姫。
王の双児の妹でもある彼女は、黒いローブに身を包み、白い帯を締めていた。
コウモリ羽の飾りのついた銀環を額に、コウモリ羽十字のペンダントを胸に、目をかたどった指輪を右手中指に、つけている。
銀糸の髪を肩までのばし、透明な瞳は穏やかに澄んでいる。額には、紋の代わりに紫水晶に輝く横開眼。
王とまったく同じ顔ながら、優しい雰囲気を持つその人物を前にして、桜奈はほっと気がゆるむのを感じる。
「陛下の御用は何だったの?」
近づく桜奈に、優しい声が降りかかる。
「魂どのが、予言をされたとのことでした」
桜奈が答えると、雷姫は少し顔つきを改めて考えた。
「ではこちらの部屋で聞きましょう。お茶でも飲みながら」
雷姫に促され、桜奈は大神官の部屋へと足を踏み入れた。
「それで、魂の予言とは?」
手づからお茶を淹れ、桜奈に椅子をすすめると自らも座る。
桜奈は、姿勢を正して話し始めた。
「化猫族は、復興するとのお話でした」
雷姫は無言で先を促す。
化猫族は、先代王、つまり雷姫の父親の命によって全滅させられ、桜奈以外は生き残りがいないという状態だった。
「私以外に化猫族が残っていないのは確かだそうです。しかし……、人間族と交われば、生まれてくる子供はかなりの確率で化猫になるそうです」
「異種族との交配は、合成獣を産むのではなくて?」
「普通はそうですが、相手が人間族の場合に限り、人間族の相手の種族の子供が生まれるのだそうです」
桜奈は自分が聞いたままの話を、真面目に続ける。
「東に旅に出るようにと言われました。そこで出会う人間族の男と交わり、多くの子を成せば、化猫族は復興すると。しかし私が望まぬのであれば、ずっとここにいれば良いともおっしゃって下さいました」
「あなたは、どちらを望むの?」
半ば答えのわかっている問いを、雷姫は発した。
「私は、化猫族の復興が成るのであれば、旅に出る許可をいただきたく思います」
やはり、と雷姫は息をつく。
「一族の為に我が身を犠牲にするようなことはやめて……、とは言っても、あなたは犠牲だとは考えていないのでしょうね」
「義務だと、思っています」
桜奈はうなずく。
「義務感で結婚するのは……、私は反対なのだけれど……。あなたの決心が固いこともわかっています」
雷姫は自らの父母を思い、桜奈の将来を憂い、ため息をついた。
しかし魂が視たものを、姉は全て理解しているはずであるし、姉もまた桜奈の幸せを願っているに違いないことを信じた。
「わかりました。旅に出ることを許しましょう。いつ出発しますか?」
「もう一度陛下にお目通りして……、それから……でしょうか」
ふと、狼牙の顔が頭をよぎる。
次に王と会うときが、おそらく出発の時だ。王と会う前に狼牙に話をするべきだろうか。
「でも桜奈。あなたの家はここなのだから。あなたの任を解くことはしません。いつでも気兼ねなく帰ってきていいのよ」
雷姫が微笑む。
「ありがとうございます」
桜奈は深く頭を垂れた。