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とある喫茶店のマスターな僕

とある都市の喫茶店のマスターな僕

作者: さん太

 

 とある都市のはずれで、僕は喫茶店を営んでいる。

 お世辞にも大きいとか立派とかいえない、小さな喫茶店。席数は全部で14人席ほどしかないけど、小さいながらにも自分の城だった。

 しかしやはりというか、スペースは広くなく、客入りもそれほど多くないから、隅で話していたとしても、自分の元まで会話が届く。

 お客さんたちの何気ない日常。それをのぞくのは、僕のほんの小さな楽しみだった。





 今日も僕はカンコ鳥のなく店内を掃除していた。

 人がいないのはわりといつもの事で、特に今更落ち込む要素は何もなく。それにキレイな店内で楽しくおしゃべりをして欲しかったから、小さな汚れひとつ残さないつもりで掃除をいそしんでいた。

 あまりに真剣にやっていた為か、僕は小さなお客様の来店に気がつかなかった。


「ねえ。おじちゃん」


 ボーイソプラノの声。


「おや。いらっしゃい。小さなお客さん」


 僕は少年に向かって微笑んだ。

 5歳ほどの小さな男の子だ。


「今日はひとりかな?」

「後でママと待ち合わせしてるの。僕は先に1人できたんだよ? 僕おっきくなったから、1人で来れるんだい」


 少年は胸をおおきく突き出して、えへんと威張っていう。この年ぐらいの少年は、なんでも1人でやりたがる。そして出来た事を自慢したくなる。そういう年頃なのだな。

 僕はそう理解して、少年の頭を撫でた。

 少年は嬉しそうに目を細める。


「くすぐったいよ。おじちゃん」


 お兄さんって言って欲しい。僕は店主ではあるけど、まだまだ20代で気だけは若いつもりでいる。


「お母さんはどこに行ったんだい?」

「大人の人が集まって難しい話をするところだって。よく分からないんだけど、僕難しい話は好きじゃないから……」


 子供の時から難しい話が好きでも困る。

 僕は苦笑した。


「いずれ、難しい話もわかるようになるよ」


 僕は掃除を中断する事にして、少年をカウンターに座らせた。

 少年とはいえお客様だ。丁寧にもてなしをしなければならない。

 それに、子供はかわいい。自然と笑顔をもらってしまう。


「お母さんは好きかい?」

「うん。大好き。いつもね、僕がねいいつけをまもると“がんばったね”ってお菓子をくれるんだ」

「それはいいお母さんだね。少年は何が好きなんだい?」

「ケーキ! 苺がいっぱいのって、クリームがいっぱいのっているやつ」


 身振り手振りで、母の素敵さ。そしてケーキがいかに好きかを語ってくれる少年。

 素直な子供だ。

 たまにはこんな話し相手もいいだろう。


 寂しい店内だったのが、子供1人の存在でとたんに華やかになる。


「大人しく待っている少年に、ジュースを出してあげよう。何が好きかい? オレンジジュース? それともコーラ?」


 コップを片手に準備して、僕は少年に問う。

 本当はケーキを出してあげたいが、流石にそこまでするのは気が進まない。

 間食をあまり与えると晩御飯が食べれなくなると、嫌がられることも多いのだ。


 だが予想に反して少年の顔が沈んだ。


「ありがとう。おじちゃん。でも、ママが来てからにする。だって、きっと僕が大人しく待っていたらママが“がんばったね”ってご褒美くれるから……」


 驚いた。

 いまどきこんな子供も居るんだな。と。

 本当に母親が好きなのだろう。褒められる瞬間が幸せなのだろう。


 僕は、じゃあお母さんが来るまで待とうね。とコップを取り下げ、お話にいそしむ事にした。

 少年は語る。


「ママとパパはとっても仲良しでね。よくパパがママを抱きしてめているんだよ。パパとママに僕も抱きしめて。ってお願いすると、ぎゅーって抱きしめてくれるの」

「ママ大好きっていうと、ママも大好きって抱きしめてくれるんだ」

「ママね、とっても泣き虫なんだけど。僕が笑うとニコって笑ってくれるの。ママの笑顔大好き」


 などなど。話は尽きない。

 僕はうんうんと少年の話を聞き続けた。

 だいたいが母親の話で、将来マザコンにならなければいいけど。と危惧してしまうぐらいだったけれども。少年の顔があまりにも嬉しそうで、それでもいいのかもしれない。

 そう他人事ながらに感じた。




 1時間が経過した。

 少年の母親はまだ来ない。

 少々遅い。普通子供を先においておくとして、長くても30分が限度ではなかろうか?


 僕はさすがに首をかしげた。

 少年に、ママ遅いね。と声をかけると、少年は顔をうつむけ落ち込み始めた。

 しまった。禁句だったか!

 そう思ったけれども遅い。僕は子供が居るわけじゃなく、扱いになれていない。そんな事はいいわけにはならないが、少しぐらい慣れていればよかったと後悔する。


「僕ね、お薬嫌いなの。だけど我慢して飲むと、ママは喜んでくれるんだ。でもね、やっぱり嫌いだからお薬を昨日飲まなかったの。だからママ怒っちゃったかもしれない」


 少年はわんわん泣き出した。

 ママごめんなさい。と時々加えながら、泣き出した。


 僕はうろたえる事しかできない。

 子供をあやす方法を知らないから。

 必死にママは怒っていないよ。と言い続けるけど、なかなか聞き届けてくれない。


 その時。来訪を告げるベルが鳴った。


 チリン


 高く響く音が少年の鳴き声を打ち消す。

 少年もその音に気がつき、嗚咽はしているが、泣き喚くのをやめた。


 外から店内へと入ってきたのは、一組の男女。

 僕も見知っている常連の夫婦だった。


「ママ!!! パパ!!!!」


 少年は目を輝かし、カウンター席から飛び降りて夫婦の下へと駆け寄る。

 僕は驚いた。

 そして悟ってしまった。


 夫婦は硬い表情をしていた。

 その周りを少年は、両親に話しかけながら回る。

 頑張ってお留守番していたんだと。そう語る。

 褒めてっ!と、ひたすら言い続ける姿に僕は悲しくなった。

 何度少年が訴えても、両親は少年を褒めてあげない。


「ママ。僕がお薬飲まなかったから怒っているの? だから悲しい顔をしているの?」


 少年はポツリと呟く。

 そうじゃない。

 少年の姿を見ながら、僕はどうすればいいのか悩んでしまう。


 夫婦は少年を無視したいわけじゃないのだ。

 ただ、見えないだけ。


 あの夫婦はよくここに来ていた。

 近くの病院に息子が入院していて、帰り道に寄ってくれていた。

「いずれ息子をつれてこの喫茶店にきたい」

 それが口癖で、僕は約束ですよ。是非来てください。と返していたのだ。


 夫婦は僕の前の席に座る。

 丁度先ほど少年が座っていた位置に。


「マスター。約束を果たしに来ました」


 夫の男がそう切り出す。

 そして息子です。と差し出される位牌と骨壷。

 母の女性は悲しみを思い出したのか、ハンカチで目をおおった。

 店内はいつもどおり静かで。小さくて。

 だから彼女のつづる悲しみの歌はすぐに店内を満たし、とても悲しくなった。


 僕はただお悔やみの言葉を言うのが精一杯だった。


 夫婦の横に、僕しか見えていない少年が座る。

 ひたすら「ママ泣かないで」と繰り返している。

 そうか。少年は、夫婦が3人でここに来ようと言った台詞を聞いて先に来たんだね。

 僕は夫婦にコーヒーを。そして位牌の前にオレンジジュースを置いた。


 その少年も、父母。そして位牌と骨壷を見て。ようやく自分が幽霊なのだと悟ったようだった。


「そっか。そうだったんだ。ママごめん。パパごめん」


 少年はホロホロと泣き出す。母と一緒に泣き出す。


 僕は信じてもらえないかもしれないと思いながらも、ケーキを取り出した。

 少年が大好きだと言っていた、ショートケーキ。

 苺をのっけて、クリームを増量して。

 そして、母親の前へとおく。


 夫妻は首をかしげる。そして僕は言った。


「お母さんが泣くと、子供が悲しみます。笑ってください。そして、よく今まで頑張ったとご褒美をあげてください。この少年の大好きな、クリーム増量のショートケーキをね」


 信じてもらえないだろう。そう思ったけれど、2人は信じた。

 ただ、信じたかっただけかもしれない。

 母親は、僕が手渡したケーキ皿を、位牌の前のオレンジジュースの横へ置いた。


「産まれてきてくれてありがとう。病気でも頑張って生きてくれてありがとう。そして丈夫に生んであげられなかったママをゆるして」

「ママ、ママ! 謝らないで。僕は生まれて嬉しかった。ママとパパの子供で嬉しかった」


 母親は見えないかもしれない。だけど少年は抱きつき母に訴えた。

 子供なりの精一杯の愛情を態度でしめしていた。

 僕はそれを伝える。

 夫妻は涙をこぼして泣いた。


 その後、少年の頼みで「薬を飲めなくてごめんなさい」という謝罪をつたえ、それが許されると少年は消えた。

「ありがとう。おじちゃん」

 そう言って消えた。


 僕は心の中で、君の母の愛情を知れて嬉しかったよ。と告げた。

 少年には届くはずがないけれど。


 そして、夫妻と子供は家路へとついた。

 悲しいことに、別々の帰路になってしまったけれど。

 だけど。僕は思う。

 お互いに愛し、産まれたことに感謝し、お互いを思いやれたすばらしい親子だったのだから、つらい結果になってしまったけれど、悲しんではいけない。

 今まで過ごしてきた時間は失われたわけではなく、確かに存在し、輝いていたのだ。

 その記憶は今もなお、生きている。

 それはとても誇らしいことなのだ。






 とある都市の片隅に、僕の喫茶店はある。

 マスターは話を聞くのが趣味なだけで、平凡な僕。

 ちょっと霊感があるので、幽霊の話も時々聞いてしまう事もあるようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しいお話でした。 作者の人柄が透けて見えるようです。 [一言] 前作との差異がまた、この作品を際立たせていますねw この話はきっと、病気の子供を持つ人々の救いになるでしょうね。
[一言] 喫茶店シリーズになってるw コメディかと思って油断してたら・・・ 前作との落差にやられました
2011/10/21 23:11 退会済み
管理
[一言] 静かに、心の中がなんとも言えない感動で満たされました。物語の、幼い命が幸せであったことを喜びます。 ありがとうございます。
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