温かい足音
短編読んでいただきありがとうございます。
1話 見えない世界で
私は、入学前に事故で目が見えなくなった。
これまでとは違う学校。
知っている人もいない。
不安を抱えたまま、初めての登校日を迎えた。
「おはよー」
「おはよう!」
元気な声が飛び交う中、足を踏み出す。
その時だった。
「なんだあいつ、杖ついてる」
「おばちゃんじゃん」
「この学校におばちゃんいるぞ」
笑い声が、刺さる。
うつむきかけた、その時——
「……行こうよ」
小さな声。
次の瞬間、さっきまで近くにいたはずの気配が、ふっと消えた。
何が起きたのか分からないまま、私は教室へ向かった。
扉を開ける。
「……あのおばちゃんじゃん」
さっきと同じ声。
同じクラスだった。
先生が間に入り、事情を説明してくれた。
それでも——
いじめは、なくならなかった。
「お前、本当は見えてるだろ?」
「これ何本?」
「これ読んでみろよ」
笑いながら、近づいてくる気配。
怖い。
「この杖、借りるな?」
手から離される感触。
「……それは、ダメ」
思わず声が出た。
その直後——
沈黙。
さっきまであったはずの気配が、ぴたりと消える。
少しして、別の声。
「……ほら、ここに置くよ」
杖が、そっと手元に戻された。
安堵した、その瞬間。
カツ、コツ……
少しだけ変わった足音が、遠ざかっていく。——まただ。
それからも、同じことが何度もあった。
嫌な気配が近づくと、
決まって——
ふっと、消える。
代わりに残るのは、あの足音。
カツ、コツ……
不思議と、その音だけは怖くなかった。
むしろ——
その音があると、安心できた。
———
やがて、卒業の日が来た。
そして同時に、手術の日。
もう、あの人たちに会うことはないだろう。
でも、それでいいと思えた。
新しい場所で、新しい人生を始める。
そう決めたから。
———
退院後。
包帯が外れる。
ぼやけた光が、ゆっくりと形を持つ。
久しぶりに見る、自分の世界。
震える手で、合格発表の掲示板を見る。
自分の番号を探す。
——あった。
「……受かってる」
思わず、声が漏れた。
その時。
カツ、コツ……
背後から、あの足音。
振り返る。
そこにいたのは——
知らないはずの、男の子。
でも。
なぜか、分かる。
胸の奥が、温かくなる。
1歩、近づく。
「……あの」
声が震える。
それでも、ちゃんと伝えたかった。
「ずっと守ってくれてたよね?」
男の子が、目を見開く。
「……なんで」
小さく、零れる声。
私は、少しだけ笑った。
「見えなかったけど——」
1歩、踏み出す。
「分かるよ」
あの音も、
あの距離も、
あの優しさも——
全部、知ってる。
カツ、コツ……
温かい足音が、すぐ近くで止まった。
2話 届かない距離で
——変わらない日常。
学校が変わっても、それは同じだった。
場所が少し遠くなっただけ。
毎日同じことの繰り返し。
正直、つまらなかった。
登校すると、やけに騒がしい。
「おばちゃんじゃん」
「この学校におばちゃんいるぞ」
……なんの話だ?
少し気になって、声の方へ向かう。
そこにいたのは——
杖をついた女の子。
うつむいていて、顔はよく見えない。
でも、分かった。
可愛い、と思った。
それより——
止めないと。
いじめている奴らの前に出る。
何も言わない。
ただ、視線を合わせる。
それだけで、そいつらは舌打ちして離れていった。
——こんなもんか。
教室に向かう。
しばらくして、あの子が入ってきた。
「また来たよ、おばちゃん」
笑い声。
先生が間に入る。
でも、それだけだ。
先生がいなくなれば——また始まる。
「見えてんだろ?」
「これ何本?」
……くだらない。
その日。
誰かが、杖を奪った。
一瞬で分かった。
立ち上がる。
何も言わず、そいつの前に立つ。
進路を塞ぐ。
手を出す。
少しの沈黙。
やがて、そいつは舌打ちして——
杖を俺の手に置いた。
それを、そのまま彼女に返す。
「……ここ」
短く、それだけ。
これでいい。
別に、感謝なんていらない。
ただ——
あの子が困らなければ、それでいい。
——そう思った。
それからは、同じことの繰り返しだった。
何かが起きそうになると、間に入る。
ひどくなる前に止める。
それだけ。
名前も呼ばない。
話しかけもしない。
距離は、そのまま。
でも——
やめようとは思わなかった。
———
気づけば、卒業していた。
結局、何も変わらないまま。
でも、少しだけ——
退屈じゃなかった気がする。
———
合格発表の日。
掲示板の前で、自分の番号を探す。
……あった。
小さく息を吐く。
「よし」
それだけで、満足だった。
振り向いて、
帰ろうとした、その時。
「……あの」
声がした。
振り返る。
そこにいたのは——
あの子だった。
一瞬、思考が止まる。
なんで、ここに——
そう思うより先に。
彼女が、1歩近づいてきた。
まっすぐ、こっちを見る。
「ずっと守ってくれてたよね?」
心臓が、大きく跳ねる。
「……なんで?」
思わず、声が漏れる。
見えてなかったはずだ。
話したこともない。
なのに——
彼女は、少しだけ笑った。
「見えなかったけど」
その言葉に、息が詰まる。
「分かるよ…」
何も言えなかった。
ただ——
胸の奥が、熱くなった。
王道にはなりますが、少しでも心が温かくなってもらえたら幸いです。




