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エピローグ

 扉を開けると、美咲が帰ってきていた。


「おかえり……なさい。怪我はない? 大丈夫?」


 その声にある自然な優しさが俺の胸の奥がじんわりと包む。

 美咲は軽く身体に触れ、容体を確認する。

 その仕草は優しいけれど、少し過保護すぎる気もした。


「美咲、話があるんだ」

「え……うん。」


 僕がそう告げると、美咲は涙をこらえるかのように俯いた。おそらく、僕が別れ話を切り出すのだと予想しているのだろう。

 やがて僕達はベッドに腰を下ろす。すると美咲はそっと隣に寄り添い、最後の温もりを確かめるかのように身体を預けてきた。


 部屋には気まずい沈黙が満ちる。その空気を破るように、ようやく僕は口を開いた。


「あのさ、美咲……僕と結婚してくれ!」

「え……」


 美咲の目が大きく見開いた。


「どうして、私、、だって、私があんなに酷いことしたんだよ……傷つけたのに、私なんて幸せになる資格なんてない……」


「なんで、私なの……私が全部悪いのに、あんなに苦しめたのに……私なんて、愛される価値なんてないよ……」


「…私、あんたにあんなひどいことして……もう取り返しつかないのに、私なんて幸せになれないよ……」


「美咲、落ち着いて。僕は君が好きなんだ。

 いじめてたとかもう関係ないし、僕だって酷いことをしてきた、お互い様だ……それとも、僕と結婚するの嫌なのか?」


「そ、そんな……ううん、でも……でも私……私なんかと……本当にいいの……?

 だって、私、あんたを……あんなに傷つけたのに……私なんて……結婚する資格なんて……うぅ……」


 美咲は涙をこぼしながら僕に抱きついた。その髪からは柔らかな香りが漂ってくる。


 その後、僕たちが深い関係へと進んだ話は、また別の機会に語ろう。






 あの日を境に、全てが変わった。美咲は高校を辞めたらしい。今までの話を美咲のお義父さんに伝えたそうで、彼は泣きながら「美咲を頼む」と言った、何というか、少し恥ずかしくも温かい光景だった。


 美咲のお腹は日に日に大きくなり、今では立派な妊婦になっている。


 僕も高校を辞めて、働き始めた、とはいえ中卒の僕が働ける場所なんて限られると思ったけど、美咲のお父さんの会社に誘われた、僕が副社長なるぐらいだからだ、最初は2人だった、給料は当然少ない、最低賃金以下だった、それでも元々やっていた株もあり何とか生活は出来ていた。


 美咲も時折手伝ってくれるし、お義父さん稀には安い居酒屋を奢ってくれる、いい環境だった。


 それから、子どもが生まれた。名前は「花恵かなえ」にした。


 女の子だった。


「おんぎゃあ!」

「頑張ったな、美咲!」

「はぁ……本当に可愛らしい……」

「そうだな……美咲にそっくりだ」


 会社の方も徐々に軌道に乗り始め、ビジネスは順調に回り出した。そのおかげで、会社はぐんぐん成長していった。

 株の方も同時に好調で、結果としてそれなりの家に住めるようになった


「会社に行ってくる」


 同時に出張も増えてきた。僕は今日も美咲に見送られる。またお腹は膨らんでいた──。


「行ってらっしゃい……でも、浮気なんて考えたら、覚悟しなさいよ?私は黙って見てる女じゃないから。やったら絶対に後悔させるんだから。」


「それに、私以外の誰かに気持ちを向けるなんて、絶対に許さないんだから……分かってる?」


「だから、今日どこに行くか、誰と話すか、全部報告しなさい。逃げようとしても無駄よ、私はちゃんと見てるから。」

「わかった、わかった。」


 美咲の顔はすっかり元通りになり、今では本当に美しい奥さんだ。自慢の存在でもある。


 美しく、可愛らしく、そしてあの強気な性格も少しずつ戻ってきている。悪い気はしない――むしろ、嬉しいくらいだ。



「待って……キスは?してないでしょ」

「あ、ごめん」

「……バカ、忘れないで、私の生き甲斐なんだから」


 美咲とキスをかわし、僕は会社に行った。


 会社の今後について話し合い、会議は無事に終わった。飲み会などにも誘われるが、僕は行かない。商談がうまくいき、心は少しウキウキしていた。

 そのタイミングで、美咲のお父さんから通達があった。

「会社を引き継いでもらえないか」とのことだった。もう歳だから休みたいという気持ちもあったのだろう。会社は大きくなっていたが、不安だったけれど、僕は頷いた。


 それから、あっという間に年月は過ぎていった。花恵もすっかり成長し、保育園に通うようになっていた。


 その間に、美咲は第二子を出産した。今度は男の子で、名前は「はなき」と名付けた。


「頑張ったな美咲」

「可愛い……」

「当たり前だろ、美咲の子だもん」

「ふふ、貴方の子でもあるでしょ」


幸せだった、本当に幸せだった。


しかし、喜びの裏で思わぬ知らせが届く。美咲の病が発覚したのだ、癌だった。ステージは4で、現代の医学では治癒が難しいとされる部類である。医師からは余命がおよそ3年と告げられ、言葉を失った。



 医師からは、余命が3年ほどと告げられた。信じがたい現実に、胸が締め付けられる。


 それでも美咲は強く振る舞った。花恵や樹の前では決して弱音を吐かず、笑顔を絶やさない。僕もまた、彼女の隣で支えるしかなかった。


 日々は以前よりも早く過ぎていき、時間の重みをひしひしと感じながら、僕たちは家族としての時間を一瞬一瞬、大切に紡いでいった。


 美咲は泣いていた。その姿を見て、僕も涙が溢れた。


「やっぱり、罰なのかな……」


 僕はそっと彼女を抱きしめる。


「大丈夫、治る。僕が許してるから」


 会社は順調に成長し続けていた。しかし、美咲の病状は容赦なく進行していく。


 それから1年が経つと、美咲は自力で歩くことができなくなり、車椅子の生活を余儀なくされていた。


 今日は結婚記念日だ。子どもたちは親友の新塚家に預けてある。


 僕は、あの彼との縁も続いていた。中学を卒業して以来、疎遠になっていたが、会社で偶然再会し、再び仲を深めることができたのだ。


 そして、僕たちはいつもの喫茶店に足を運んだ。あれ以来、結婚記念日はここで過ごすと決めていたのだ。


「マスター、来たよ」

「おっ、いらっしゃい」


 マスターは相変わらず落ち着いた雰囲気だ。


「いつもので」

「かしこまりました」


 僕は席に座り、隣に美咲を迎え入れた。


「ね、浮気はダメだよ……私が死んでも、子どもたちのことお願いね……」

「わかってる、任せろ。それに、治るかもしれないだろ。諦めんな」

「う、うん……そうだね」


 美咲はまた泣いていた。やめてくれ……こっちまで涙がこぼれそうになる。


 それから、僕たちは喫茶店でいつもの時間を過ごした。静かに流れるジャズの調べ、カップから立ち上る湯気の香り、そして口に含んだ瞬間に広がるコーヒーの深い味わい、やはり、この店のコーヒーは世界一だと心の底から思う。




「マスター、ありがとう。お代は……」

「いいよ、今回は奢りでいい。だから、また来てください」


茂は二人を見送り出した、彼らは結婚記念日の時必ずこちらやってくるのだ、今では立派な常連さんだ。二人の背中を見て茂は微笑む。


「しげちゃん!!洗濯物ちゃんと入れてよ!!」

「あぁ〜すまんすまん!!」


その声が聞こえる茂は元気よく答えた。






 美咲は入院することになり、僕は毎日仕事帰りに通った。


「私、離れたくないな」


 初めて弱さを見せる美咲。その姿を見て、胸が締め付けられ、何かできないかと涙が溢れた。


「美咲・・・」

「子供たちと離れたくない、いっくんとずっと一緒に居たい。私はまだ許されてないのかな」


 過去の自分が僕をいじめていたことが、美咲の心に影を落としているのだろう。


「そんなことないよ、僕は許しているんだから。それに、君が地獄行こうが天国に行こうが、僕は必ず君を迎えに行く。来世でも沢山愛し合おう、出来なかったことを沢山しよう」


 美咲は僕の胸で泣きじゃくった。僕は美咲の頭を優しく撫でながら、美咲の悲しみを少しでも和らげたいと願った。


 それから(はなき)が保育園を卒業する頃には、美咲は車椅子で生活していた。美咲の病気は徐々に悪化していった。


「お母さん!お父さん!」


 花恵を抱え、僕は幼稚園に迎えに行き、樹も一緒に連れて帰った。樹の成長を目の当たりにし、胸の奥から喜びが湧き上がる。


 美咲も車椅子で迎えに来ている。家族4人で行けるのも少ないからということだった。




 それから美咲の病状はさらに悪化し、ついには歩けなくなってしまった。


「具合いはどう?」


 病室に入ると、髪の毛が抜け落ち、顔が痩せこけた美咲がベッドに横たわっていた。その姿に心が痛むが、笑顔を作って話しかけた。


「少しは良くなったかな」


 美咲は窓の外の桜の木を見ながら、弱々しく答えた。僕は彼女の隣に座り、同じように桜の木を見た。


「そうか、無理はしないでね」


 僕の声は、自分でも驚くほど震えていた。


「うん・・・」


 美咲の声もかすかに震え、桜の花びらが風に揺れて散るのを眺めながら、僕たちは静かな時間を共有した。


「子供たちは元気?」

「うん、元気だよ。(はなき)は幼稚園でも上手くやってるみたいだよ」


 この前は泥団子を作っていた、と話すと、美咲の顔に微笑みが浮かんだ。


花恵(はなえ)の方は、お父さんって喋れるようになったんだ!」


 僕の話を美咲は天使のような笑顔で聞いてくれた。その笑顔が、僕にとって何よりの癒しだった。


 それから数日が経過した、


「お母さん来たよ!」


 (はなき)と花恵は力いっぱい扉を開けた。そこには美咲の姿があった。


「樹、花恵、大きくなったわね」


 かすれた声で力を振り絞る美咲。手も動かせないほど衰弱していたが、母としての愛情はまだあふれていた。樹に視線を向けるその目に、わずかに輝きが戻るのを見て、胸が締め付けられ、涙があふれそうになった。


「私は弟を守らないと行けないからね!」

「僕もお姉ちゃんを守るよ!」


 花恵と(はなき)は嬉しそうに返事をし、美咲に向かって笑顔を見せた。その笑顔に、美咲も微笑んだ。


 (はなき)は、どんなことをしたのか、何を学んだのか、幼稚園での日々を一生懸命に語り始めた。美咲はその話に耳を傾け、時折微笑みながら相槌を打つ。その姿は、まるで何も変わらない普通の日常を取り戻したかのようだった。


 花恵(はなえ)も同じように喋る。


 その微笑ましい光景を見守っていた。美咲の体調が日に日に悪化していることを知りながらも、こうして家族と過ごせる時間がどれほど貴重で、かけがえのないものだ。


(はなき)が小学生に上がるまで生きなくちゃね」


 美咲はそう呟いた。彼女の目には決意が宿っていた。彼女の声はかすかだったが、その中に込められた強い意志が伝わってきた。


「そうだね」


 それから美咲は本当に(はなき)が小学生に上がるまで生きて見せたのだ、医者は驚いていたとっくに余命の時過ぎているのにそれよりも数年長く生きて見せたのだ。


「まさかこんな時が来るなんて、出来ればずっと見ていなかったな」

「大丈夫だよ、生きられるよ、きっと」


 僕は励ますように言ったが、自分の言葉とは裏腹に、美咲の病状は更に悪化していった。


 病院に行くと、美咲はもう身体が動かなくなっていた。医者からは、外に出ることは不可能だと言われた。


「美咲・・・」


 僕は美咲の手を強く握った。その手は冷たく、か細かった。


「美咲、ありがとう。君が居てくれたおかげで、僕はここまで来れた。来世もその次も、僕と結婚してください」


 僕は涙を堪えながら、彼女に語りかけた。


「駄目・・・」


 美咲の声は弱々しかったが、彼女の目には強い意志が宿っていた。


「え?」


 僕は驚きで目を見開いた。


「その先も、その次も、ずっと私の傍に居て」


 美咲のその言葉に、僕は微笑んで頷いた。


「わかった」


 僕たちは静かに見つめ合った。長い沈黙の後、美咲は再び口を開いた。


「あの子たちを頼むよ」

「うん」


 僕は力強く頷いた。


「もし、寂しくなったら。

 チョコレート1つ 幸せ1つ、そう唱えてね大好きだよ、いっくん」


 その言葉が美咲の最後の言葉となり、彼女は息を引き取った。


 美咲のお葬式には数多くの人々が参列した。中にはお父さんもいた。「なんで私よりも先に行くんだよ」と、終始泣き崩れていた。


 でも一番泣いたのは僕だった。僕は人目も気にせず、ただただ涙を流し続けた。美咲との思い出が次々と胸に溢れ、涙が止まらなかった。


 花恵も(はなき)も一緒に泣いてくれた。



 美咲がいなくなった現実は厳しく、心に大きな穴が開いたような気がした。家事と育児を両立するのは思っていた以上に難しい。僕は仕事もあり、挫けそうになることも多かった。しかし、ご両親たちの支えがあったおかげで、なんとか日々を乗り越えることができた。


 時が経ち、(はなき)は中学生に、花恵(はなえ)は高校生に上がった。二人とも学園で騒がれるほどの美少女と美男子に成長し、その姿を見るたびに鼻が高くなった。元々美咲も美少女だったからこそ、二人ともそのDNAを強く引き継いでいた。


 心の底で、僕は時々、自分のDNAが強くなくてよかったなと思ったり思わなかったりしていた。


 だけどこの時に反抗期が来た、特に酷かったのは(はなき)だった。


 花恵(はなえ)の方はまだ可愛いもんだけど(はなき)は立派な反抗期だった。


「お弁当作ったよ」


 僕が言うと、(はなき)は「要らない」と一言だけ言い残して、中学に行ってしまった。


 時々、僕たちは激しく喧嘩をし、衝突することがあった。そのたびに、僕は美咲のことを思い出し、彼女ならどう対応しただろうと考えた。美咲の温かい微笑みと優しさが頭をよぎり、それが僕の支えとなった。


 だけど、直ぐに仲良くなった。今日も三人で食卓を囲っている時だった。


「親父、お母さんってどんな人だったの?」


 そう聞いたのは樹だった、最後にあったのは小学生1年生だった、その間も美咲はほとんど家にいなかった。


 入院しとる時間が大きいからな。


「そうだね……芯があって、強くて、僕じゃ敵わないわない人だったよ」

「あのさ、聞かせてよ。私たちに昔してた()!!」


 花恵も興味津々で聞いてくる。


「また聞きたいのか」

「おうよ!」

「うん!」

「じゃあ、話そうか、僕と美咲の出会いを。





「昔僕をいじめていた女の子と結婚する話」





〜数百年後〜



「ね、ね、久しぶり!?あ、いや、はじめましてかな〜、でもなんだか…なんだか前にも会った気がするの、不思議だよね、ふふっ。」


「ねぇ、名前は何ていうの?あ、いつき……?じゃあ、いっくんって呼ぶ!うん、いい名前だね〜!じゃあ、いっくんは何が好きなの?私はね、チョコレートが大好き、甘くて幸せな気分になれるんだよね。いっくんは何が好きなの?え、幸せ……?なにそれ、ぷぷっ、面白いい〜。」


「あっ、ごめん、自己紹介してなかったね。私はね、美咲、美咲だよ!よろしくね、いっくん♪」



『〜昔僕をいじめていた女の子と結婚する話〜完』




♢♢♢


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


ヒロインをあえて多く登場させなかったのは、タイトルからもわかる通り、結婚相手が誰かを明確にするためです。無駄に読者の感情移入を散らしたくなかったという意図もあります。


自分なりに恋愛小説を書き上げました。もしかしたら不自然に感じる部分や違和感もあるかもしれませんが、どうか暖かい目で見ていただけると嬉しいです。


とはいえ僕も初めの恋愛小説だったので、至らない所や、不安もあると思い、大目に見てくださると嬉しい限りです!!


きっと、今の美咲と一樹なら、壁にぶつかろうと必ずまた手を取り合うでしょう……。


是非他の作品である『AIと共に行く俺の異世界転生』『アルセリオンの神話』もご朗読してくれると嬉しいです!


今も新たな恋愛小説を作成しています!!


改めてになりますが、ここまで朗読してくださりありがとうございます!!!

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