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第17話

「ん……うぅ」


 今日も、美咲と寄り添って過ごした。毎日、毎日、それがもう習慣のようになっている。正直に言えば、美咲とは身体の相性が良い。


 それ以外のこと、性格だとか細かいことは、今の自分にはあまり気にならなかった。ただ、この時間さえあれば充分だと思ってしまう。


「俺、今から女とデート行くわ」


 そう言うと、俺はタバコをポイッと捨てる。燃えかすが灰皿をかすめて床に落ちた。


「え……女……?」

「おう、なんか問題でもある?」


 美咲は小さく息を呑む。


「う、ううん……なんでもない……あの、その、彼女さんと……楽しんでデートしてきてね……そ、その、ご飯とか……どうするの?もし、いるなら……作るし……えっと……あの、お金とか……足りなかったら、私ので……使ってもいいよ……バイト代あるから……そ、それに、今日……ちゃんと、帰ってくるよね……?」


「あの……あ、あのね、別に……私、気にしてない……けど、その……もし、困ったこととかあったら……遠慮しないで言ってね……えっと、無理はしないで……う、うん……」


「別に嫉妬とかしてないからね……でも、あの……ちょっとだけ……心配……してるかも……ごめん、変だよね、私……うぅ……」

「うるさい」


 いい加減、美咲の癖も直ってほしいところだ。美咲は病むと、決まってブツブツと独り言を呟く。今も「チョコレート1個、幸せ1個……」とかいう、意味不明な言葉を繰り返している。


 なんだ、それ。少なくとも、俺の記憶にはそんなことはない。いや、思い出す価値すらない話だ。


 目の前で独り言を言う美咲を、俺はただ無表情で見ている。いや、感情を注ぐ価値も、もう俺にはない。


 扉を開いて、その場を出ると、デート場所に向かった。


 そういえば、あの後俺が拡散した千夏の動画は、ネット上で本当に大炎上していた。


 人気インフルエンサーとして活動していた千夏顔は確かに可愛い、だからこそ色々な活動をしていた、だからこそ、火種は大きくなる一方だった。


 さらに、千夏を嫌っていた高校の同級生たちや、可愛いから嫉妬していた若い子、そしておばさんたちまで巻き込まれ、炎上は収まる気配を見せなかった。


 千夏は家族構成も、本名も、さらには家まで晒されていた。多分、友達や取り巻きが便乗して拡散したのだろう。


 あの後、千夏は学校に姿を現さなくなった。自宅も特定され、家には落書きがある始末。家から出れないらしい。


 そして、俺は学年最強と言われた男を倒し、今では周囲から称賛されている。舎弟も何人かでき、あの学年最強の男も、今では俺に付き添ってくれている。


 そして、美咲のいじめも、すっかりなくなった。


「やっほ、いつきくん」


 茶髪のボブの女が笑顔で近づいてくる。こいつも俺と同じ高校だ。噂では、どうやら俺に惚れたらしい。まぁ、都合のいい存在が増えるなら、それも悪くない。そう思って、デートに行くことを頷いた。


「おっす……行こうか」

「うん、どこ行く?」

「どこでも」

「そっか、じゃ今日は私のおすすめスポットへ!いざ、れっご!!」


 そう言うと、彼女は笑顔で先に歩き出した。俺はその後ろをのんびりとついていく。水族館、艦これスポット、色んな場所を巡った。どこも彼女の笑顔が映える場所だった。


 日が沈みかけ、空は橙色に染まっている。俺たちはベンチに腰を下ろした。潮風が少し肌寒いけれど、どこか心地よい。周りには人々の笑い声、波の音、淡い光が照らす。


「あのさ、前に告白してくれたじゃん?」


 俺がそう言うと女は俺の目を見る。


「うん……」

「付き合ってもいいよ」


 俺がそう言うと女は考え込み口を開けた。


「あのさ、今日楽しかった?」

「あ、うん」

「………嘘だね。」


 彼女はじっと俺の目を見つめる。視線の奥に、問いかけるような、揺れる感情があるのがわかる。


「ね、一樹くんって、気になる人いるでしょ? 好きな人とか?」


 その言葉で、一瞬だけ心がざわつく。美咲を思い出す。でも、違う、あいつはもう、単なる都合のいい存在だ。


「そう、言われて、今思い出した女……それが大切な人だよ」

「──ッッ」

「……今日はデートありがとう、それと、前に私が告白した事は無かったことにしよ!」


 言葉は淡々としていた。彼女はしばらく黙り込む。


 彼女が息を吸って吐いた出した言葉、ふと横を見ると泣きそうな目をしている。それがキラキラと夜景に当てられ綺麗になっていた。


「一樹くんはイケメンで、かっこよくて、誰からも好かれる。だから付き合えたときの喜びは計り知れなかった。

 ……だからこそ、未練を抱えたまま他の人と付き合おうとするなんて最低の行いだと思う。本当に大切な人がいるなら、その気持ちを精算してからじゃないと、新しい愛は成立しない。

 好きな人が、自分をまだ元カノや元恋人と重ねていると知ったら、誰だっていい気はしないはずだから──

 だからこそ、相手と真っ直ぐ向き合うこと。それが愛の礼儀だと思う。」


 彼女はゆっくりと立ち上がる。


「またね。さようなら、山本君」


 そう言うと、彼女は静かにその場を去った。残されたのは、俺一人。


 美咲か……。

 俺はあいつのことが本当に好きなのか、分からない。いや、分かりたくもない。




 頭が痛い。

 タバコと酒が必要だ。

 もう、帰ろう──。





 扉を開けると、かすかな物音がした。

 そこにいたのは、泣いている美咲の姿だった。


「おかえり……どうだったの? 早かったね。お泊まりとかしたの?」

「うるさい、タバコと酒はあるか」


「うん、あるよ。でもダメだよ。飲んだら、いっくんの身体持たないよ……死んだら、私、嫌だし」

「うるせぇ……早く寄越せよ。」


 イラつく、今は何も考えたくない。快感に寄りかかりたい。そうじゃないと俺じゃいられなくなる。


「1回ご飯食べよ、ね?1回落ち着いて」

「ッチ、じゃあ早く飯を寄越せ。」


 なんでもいい、なんでもいいからとにかく何かを口に入れたかった。


「うん、用意してるよ」


 リビングに行くと、色とりどりの料理が並んでいた。


「作ったのか……?」

「う、うん。好きでしょ、唐揚げとか。喜んで貰いたくて……さ」

「あ、ありがとう」

「え……うん、えへへ。食べよ」


 それから、俺たちは言葉少なに食卓を囲んだ。美咲は時折、控えめに「美味しい?」と問いかける。俺は頷き、声少なく応えるだけだ。


 美咲の料理は相変わらず非の打ちどころがない。そういえば昔も、彼女は手作りのクッキーをくれたな……。

 昔……。

 どうして今、かつての記憶が胸をよぎるのか。

 別れの痛みも、残された怨嗟も、すべては俺自身の記憶のせいだ。俺が引き継いだのはその根底にあるのは、憎悪だ。


「ご飯食べ終わったら、お風呂入ろ?ほら、たまには一緒に入ってもいいかな?ほら、たまには身体とか流したいし……その、ダメかな?あ、別に嫌なら無理して──」

「好きにしろ」

「え……やった」


 と、美咲は小さく呟いた。それから美咲はまた口を開ける。


「あの、今日女の子とのデートは」

「別れたし、もう、大丈夫」

「え……そ、そうなんだ、そっか。う、うん。そうだよね。」


 嬉しそうに、美咲はご飯を口に運ぶ。

 その様子をじっと見つめると、傷は少しずつ癒え、確実に回復していることが分かる。

 綺麗になっていくな……。


 俺たちはそのまま浴室へ向かった。

 狭い浴室には二人で入るとぎゅうぎゅうになるくらいの広さしかない。

 湯気に包まれた空間で、互いの距離の近さを、自然と感じてしまう。


「あのさ、いっくん。タバコとかお酒はやめ、よ、、、」

「なんで」

「だって、身体に悪いし

「いっくんが死んだら、私生きていけないよ……いっくんをいじめた私が言うのも変だけど……その代わり私何でもするよ……その、タバコの代わりに、お、お、お、おっぱい吸う?」

「……は?」

「いや、ほ、ほ、ら。私、大きいじゃん……だから、その、いいのかな……でも、その、ほら。いや、ダメならいいんだよ、うん」


 慌てて取り巻く美咲の姿に、俺は思わず声をあげた。笑ってしまった。その光景があまりにも面白くて。美咲は目を見開き、驚きの色を浮かべている。


「なんか、いっくんが笑ったの久しぶりだね。

 昔のように戻った気がする」

「あ、いや。それは違うけどな。もう出るわ、俺」


 思い出すな、僕が出てこないように、必死で蓋をする。

 大丈夫だ。今の僕は、俺を演じられているはずだ。

 弱い僕が顔を出さないよう、俺がしっかりと出ている。

 その時、美咲がそっと俺に抱きついた。


「大好き……いじめた私が言うのも変だけど、本当に好きなの……

 離れないでね……捨てないで……」


 泣いている、嘘のように見えないその音色。今日は変な気分なのか、そのままにしてしまった。


 ♢♢♢


 残り2話で終了します!!


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