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第16話

 あれから、俺たちは特に問題もなく授業を受けていた。


 とはいえ、美咲はいまだにいじめの対象だ。先生の目をかいくぐるように、紙くずが彼女に投げつけられる。しかし、不思議なことに、俺には一つも飛んでこない。おそらく、あいつらは俺に対して劣等感を刺激しようとは思わないのだろう。


 奴らは、俺と美咲が付き合っていると信じ込んでいる。そのせいで、俺に「彼女を守れない彼氏」という役割を押し付けているのだ。皮肉なことに、俺はその役目をやらなくても問題がない。



 俺は美咲も捨てるつもりだ。


 昼休みになり、教室のざわめきの中、千夏が美咲に駆け寄った。


「おい、豚。来いよ。動画、ばらまかれたくないだろ?」

「は、はい……」


 美咲は小さく俯き、無言で従う。周囲の視線が痛いほど突き刺さるが、俺は何もせず、ただ眺めていた。



「おい、美咲。

 お前調子乗ってるんじゃねぇよ」


 早速千夏が体育会の倉庫裏で美咲を蹴りあげる、あんまりいい反応しない美咲にムカついていたのだ。


「良いざま。中学の時の女王様が今じゃこれだもんね」


 千夏の背後には、彼氏や男数人、そしていつもの女子メンバーが取り囲む。


「あんたのこの動画、ばらまかれたくないでしょ?」


 その言葉に美咲の顔が青ざめる。そう、それは美咲の下着の動画だった。


「それに、あんたの大事な彼氏もいじめるよ?」

「うぅ……」


 千夏は冷ややかに笑みを浮かべながら続ける。


「ね、脱いでよ……裸になりなさい」

「お、おい、それは不味いんじゃないか」


 男の一人が抗議するが、千夏の鋭い視線に黙り込む。


「こいつ身体はいいし、確か処女だから、あんたらにも楽しませてあげる、そうね、一時間3万で」


 美咲は小さく震え、言葉を失う。その場の圧力に押し潰されそうだ。


「んじゃ早速……脱いでもらうか」

「チョコレート1個 幸せ1個──わ、私を好きにしていいからいっくんには手を出さないで」

「わかった、わかった。」


 美咲はゆっくりと制服を脱ぐ。白いブラジャーが顕になる。


 ♢♢♢


『美咲視点』


 もう、全部どうでもいい。もう、何もかも投げ出してしまいたい。このまま、楽になれたら――胸の奥でそんな願いがざわつく。

 でも、わかっている。これから何が起きるか。男たちに好き勝手に弄られ、身体を物のように扱われる。いや、もう“物”にされるんだろう。さらに、援交まですることになるかもしれない。すべて、私の身に降りかかることだと、嫌というほど理解している。


 それでも、いいのだと思う。いや、いいのだと自分に言い聞かせる。

 だって、私が、あのいっくんをいじめたのだ。あの頃のことを、私はまだ許せない。これは、私に与えられた罰なんだ。痛みも屈辱も、私が背負うべきものだ。


 ごめんね……いっくん。全部、私のせいで。私なんて、いなければよかったのに……どうしてこんな風になっちゃったんだろう。もう、自分でも分からない。


 死にたい。けど、死んだらお父さんが悲しむだろう。お父さんは、私が毎日いじめられてることも、知らないままだ。会社は倒産して、少ない稼ぎで必死に私を学校に通わせてくれてる。だから私は、泣きながらも学校に行く……。


 それに、いっくんに会いたいのもある。だけど、いっくんはどう思うんだろう。悲しんでくれるかな……? 助けてくれるかな?きっと──


 私は服装を直す。できれば、いっくん以外には見せたくなかったなぁ……


 きぃぃぃ──扉が開いた音に、全員の目が一斉に向く。


 え、、、そこに居たのは、私が心の底から大好きで、愛しくて、どうしようもなく想ってしまう、いっくんの姿だった。


 胸がぎゅうっと締め付けられる。目が合うだけで、心臓が飛び出しそうになる。私は必死に自分を抑え、息を整えようとするけれど、無理だった。


(いっくん……なんでここに……?)


「は、彼女を助けに来たのね。健気だわ。

 ね、先輩、やって」


「ッチ」


 壁にによりかかってる千夏の彼氏がいっくんの方に向く。彼は学年最強の男で、誰も逆らえない存在だ。


「今は取り込み中だ、痛い思いしたくないなら、消えろ」

「……前にも言ったよな?俺の場所で揉め事起こすなって、邪魔だ消えろ」

「ッハ、後輩のくせに生意気だな、教育してやる」


 ダメ……いっくん……逃げて……勝てないから、そう思う間もなく、先輩は右ストレートを振り下ろす。


 しかし、いっくんは瞼を閉じることなく、素早く身をかわした。拳は空を切り、風だけが彼の周囲を震わせる。


「て、てめ……あの動き……!」


 千夏の彼氏の目が見開かれる。学年最強と謳われた男が、一瞬、動揺の色を浮かべたのだ。その横で千夏は苛立ちと焦りを隠せない。


「何してるのよ!早くそんな男ボコしなさいよ」

「うるせぇ、分かってる。本気で行くぞ」

「早くしろよ」


 千夏の彼氏の視線が鋭く光る。先輩はいっくんに向けて再度拳を繰り出す。だが、いっくんは冷静だった。視線を微動だにせず、体をしなやかに躱すと同時に、カウンターの拳を鋭く突き出す。


「ぐっ……!」


 先輩の顔面をかすめる風圧に、周囲の空気が一瞬止まった。学年最強と恐れられた男が、一歩後退する。千夏の顔が青ざめ、取り巻きたちは息を呑む。



 嘘……でしょ。いっくん、あんなに強かったの……。だって、昔のいっくんはおどおどしてて、泣き虫で、すぐに怖がってたのに……。


 でも今のいっくんの身体を見ると、筋肉がついていて、力強くて、全然別人みたい。あの時、裸を見たこともあったけど……その時とは全然違う。


 そうか……もう、あの弱い時のいっくんじゃないんだ……。


 いじめられて、でも強くなったんだ……ごめんね、いっくん。


「最後の警告だ、消えろ。お前ら」

「ッチ、あんたらもやりさないよ!」


 学年最強の先輩が倒れ、男たちは慌てて逃げ出した。残されたのは、千夏たち女子メンバーだけだった。


「さっきの動画、取ってあるぞ?お前らが美咲を虐めてた動画な」

「おい、お前、それ消さなきゃ、あんたの彼女の裸の写真も全部流すぞ」

「おう、いいよ。じゃあ一緒に流そうぜ」

「は……あんた、それで本当にいいの?」

「いいよな、美咲?」


 私はいっくんの目を見た。冷たくて、感情のない瞳。怖い、震えるほど恐ろしい。でも、あの目にしたのは私自身。私がしたんだ、私がいっくんをああさせたんだ。


 だから、私は何だってする。いっくんのためなら、身体を売れと言われれば売る。死んでほしいと言われれば死ぬ。何だってする。離したくない。一度離した手、もう二度と離したくない。嫌われたくない。


「……いいよ、いっくんがそう望むなら」


 答えはもう決まっていた。いっくんの言うことには、すべて「はい」と答える。何だってする。どんなことでも。


「あんた……」

「はぁ〜きも。それで、どうするつもり?私の身体?」

「要らねぇよ。条件は美咲の写真も動画も、全部消す。念のため俺が消す」

「……分かったわよ」


 千夏たちはスマホをいっくんに差し出す。いっくんはそれを見事に木っ端微塵に壊した。


「な、何するのよ!」

「うるせぇな。逆らうなら、いじめの動画

流すぞ?でもな、あんた有名なインフルエンサーだろ?流したら大炎上だぜ」

「お前……ガチで殺してやるよ。行こ」


 千夏がその場を去った。


「ま、もう流したけどな、ざまぁみろ」


 いっくんは私の方を見る、私は制服を脱いでいた。


「早く服着ろ、帰るぞ」

「う、うん。行こ」


 制服を着る、なんだろうなこの感覚暖かい。分かってるいっくんは私を都合がいい存在だということも、でも、それでもいい。捨ててもいい。少しでも長くいっくんの傍に入れれば私はそれでいいの。


「あ、ありがとう……」

「え?今なんて言った?それより金貸してくんない?パチンコ行くから、今日は多分勝てる気がするわ」


 だから、私はこれからもこれまでもいっくんの為に人生をかける──。


♢♢♢


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