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第15話

 アパートのベランダに出て、タバコに火をつける。やっぱり、タバコは気持ちいい。

 まあ、美咲との行為の方が気持ちよかったけどな。あいつ、無駄にいい体してる。性格はクソだけど。


「あの、ど、どうだった?」

「何が?」

「その、ほら、さっきの」

「普通」


 俺は素っ気なく答える。


「そ、そう……次は頑張るね……」


 美咲は小さく肩を落としながらも、必死に前向きな声を出そうとしていた。


「タバコ、やめた方がいいよ……身体に悪いし……」

「無理……」

「だって、そしたらいっくん……死んじゃうよ。いつか、いっくんも傷つくしさ、、だから、」

「それ、お前が言うの?」

「ご、ごめんなさい、そうだよね、いっくんを虐めたた私が言う権利なんてないよね……ごめんね。ごめんなさい、いっくん。」

「うるさい」


 俺の一言に、美咲はぴたりと黙り込む。そのまま肩を小さく震わせ、再び泣き出した。声はか細く、夜の空気に溶けていく。鬱陶しい声だ。

 泣き虫なのは僕だったろう。お前が泣くなよ。


「ご飯食べる?……つ、作るよ」

「飯作れんの?」

「う、うん……」


 俺は頼むと、美咲は台所に向かう。しばらくして、部屋に漂う香ばしい匂い。置かれたのはチャーハンと、俺の好きな唐揚げも添えられていた。


「どうかな……いっくんの為に奮発したの……頑張って作ったから、食べてくれると嬉しいな。残してもいいよ、私が食べるから……」


 俺は唐揚げを口に運ぶ。一口噛むと、予想以上に美味い、胸の奥がじんわりと暖かくなる。違う、これは今の俺じゃない、昔の“僕”の記憶だ。


「美味い」

「え?!美味いの……えへへ、良かった。頑張って作ったかいがあった、その、良かったら私の分も食べていいから、ね。」

「あっそ」


 適当に返事をすると嬉しそうに美咲は俯いた。





 あれから俺はしばらく美咲の家で過ごしていた、今日も夜やることをやって寝ていた、そして朝になる、最悪な目覚めだ。




「高槻さん、貴方ね、家賃とか滞納してるんだから。早く払いなさいよ。水道、電気もそのうち止まるわよ」

「す、すみません、すぐに払います……」

「はぁ〜、そればかり。本当にあんたって顔は酷いけど、身体は悪くないんだから、その体どうにか生かす努力くらいしなさいよ。売るとかさ」

「……す、すみません」

「それと、ここ数日、朝も夜もうるさいって苦情が入ってるのよ。いい?次に問題を起こすようなら、本当に追い出すから覚悟して」

「は、はい……気をつけます」


 美咲とあのババアの言い合いが、朝から耳障りに響く。ったく、面倒くさいな。

 あぁ、パチンコに行きたい、今すぐにでも。視線を下にやると、机の上に通帳が置かれているのを見つけた。ラッキーだ。ちょっと中身を覗いてみると、残高は『46501』。前に美咲から暗証番号を教えてもらっていたのを思い出す。


 よし……行くか。


 ちょうどババアとの言い合いが終わったのか美咲がこちらに気付いた。


「あ、おはよう。ご飯は、食べる?」

「要らない、それよりなんの話ししてたの?」

「な、なんでもないよ。」

「あっそ、んじゃ俺今から外出るから。」

「え、外……今日学校休みだよね……?それなのに、なんで……え、遠くには行かないって……?そ、そう…ちゃ、ちゃんと帰ってくるよね……?もし帰ってこなかったら、私……私、どうしたらいいのか分からないし……ほんとに、お願いだから……絶対帰ってきてよ……」

「うんうん」


 ふぅ、なんとか難関を突破した。そしてそのままパチンコ屋へ向かう。結果は、圧勝だ。これまでの負けのツケが、一気に跳ね返ってきたかのように、大金が手に入る。


 24万円の勝ち。ラッキーすぎる。銀玉(ダイヤモンド)が沢山出てくる。


 あ、もうこんな時間か。パチンコやってると、本当に早いな。そろそろ行くか。今日は高い定食でも食べて帰るか。


 俺は夕暮れ時に帰る。


 合鍵があるので鍵を開けると、そこに居たのはドタバタしている美咲だった、髪は荒れていて目の下は赤く染まっている。


「お、おかえり……遅かったね……う、うん、心配したんだから……その、ご飯、作ってみたんだけど……食べる? あ、え、もう食べてきたの……そ、そう……じゃ、私が……私が食べるね……うん……


 「で、その……あの、通帳のこと……使ったの…? そ、そうなんだ……う、うん、わ、わかった……そ、それで、お出かけ中……怪我とかしてないよね? 元気……だよね……よ、よかった……本当に……よ、よかった……」


 泣きながら、美咲は俺の体を確かめるように触ってくる。


「あぁ」


 短く返して、俺はそのまま横を通り過ぎた。布団に体を沈める。頭の中で銀玉の音がまだ響いている。今日は疲れた、ただ、それだけだ。






 通学路、まだ朝の冷たい空気が残っている。

 美咲は俺の横にぴったりとつき、チラチラとこちらを窺っては視線を逸らす。その挙動が目障りで、余計に意識してしまう。


「なんの用?」

「いや、わ、私と登校していいのかなって。いじめられてるし……」

「別に気にしない」

「う、うん……」


 美咲はそこで言葉を切り、頬を赤く染めたまま俯いた。歩きながらも、ちらりと横目で俺の反応をうかがっている。


 何を考えてんのか、本当にわからないやつだ。

 俺は足を止めることもなく、そのまま前だけを見て歩き続けた。



 学校に行くと、クラスメイト達がくすくすと笑っていた。


「あ、ごめんなさい」


 その時、美咲がちょうど謝った。

 視線をやると美咲の机は当たり前のように汚されている、それだけじゃない、俺まで汚されていた。どうやら美咲を助けた結果俺もいじめ対象になったらしい。


「ご、ごめんなさい……私のせいで、いっくんまで……虐められて……本当に……ごめんなさい……うぅ……私なんて……消えた方が……いいのかな……でも……いや……うぅ……」


「う、うぅ……どうして……こんなことになったの……私のせいで……いっくんまで……痛い思いを……うぅ……私……どうしたら……いいの……」


「ごめんなさい……ごめんなさい……私……もう……いっくんに迷惑かけないって……思ったのに……結局……うぅ……全部……私のせいで……うぅ……いや……もう……いや……」


「うるさい」


 美咲は泣きながら小さなハンカチを出して落書きを拭き取ろうとしている。泣くなよ、ムカつくな。その時だった。


「あらあら、熱々のカップルさん。暴力男に

惨めな女、お似合いね」


 教室に響く千夏の声に、俺たちは無言でそちらを見た。黒板には大きく、赤いチョークで「一樹♡美咲」と書かれている。


 美咲達の笑い声がクラス中に広がった。

 千夏達の視線は挑発的で、美咲の動揺を楽しんでいる。美咲は黙って耐えている、ッチめんどくせぇ。


「おい、お前かよ。もう1回殴らないと分からないのか?」


 俺が行こうとすると、美咲が俺の袖を使った。


「なんだよ……」

「大丈夫……大丈夫。ここは、我慢しよ、逆らってもいいことないよ……大丈夫……」


 なんで俺がこいつに指図されないと行けないのかわからない。


「あのさ、何話してるの?キモいんだけど。

ね、先輩もそう思うでしょ?」

「あぁ……」


 隣に立つのは、千夏の彼氏の先輩だ。

 筋肉がムキムキに盛り上がった体格、身長も俺と同じくらい。存在感が強く、教室の空気すら支配する。誰も逆らえない、男として圧倒的な強さを持つ、この学校で一番の喧嘩自慢だ。


「せんぱぁ〜い、あいつが私のこと殴った暴力男なの〜!」


千夏は自分の胸を先輩に押し付け、必死に訴える。


「あいつが、俺の女を殴ったのか……」


千夏の彼氏の声は低く震え、視線は俺に釘付けだった。そして、一歩、また一歩と、俺の方へ駆け寄る。


「悪ぃな、これも定めだ」


ドンッッ——!


右頬に衝撃が走り、思わず俺は後退した。

心臓が跳ね、頭の中が一瞬真っ白になる。


まさか、こんなクラスメイトがいる場所で殴ってくるとは思わなかった。

……俺も、まだまだ甘いな。

拳を握り直し、次の瞬間に備える。


「待って、いっくん!!」


俺が拳を振り上げようとした瞬間、背後から美咲の腕が俺の腕に絡みついた。


「ここは……我慢して。私が……何とかするから……だから、お願い、耐えて……」


美咲の体温と必死な声が、俺の理性を揺さぶる。拳を握りしめた手が、ほんの少しだけ緩む。


「離せよ……」

「ここでやり返したら、もっと悪化するよ」


俺たちがそんなやり取りをしている間に、千夏の彼氏は千夏の方へ戻っていった。


「これで、満足か?」

「最高!やっぱ、せんぱぁい強いね。また後でね、先輩。何かあったらすぐ呼ぶから」

「うぃ」


先輩はそれだけ言い残すと、淡々と教室を後にした。

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