第12話
今日も教室は地獄だった。
千夏と取り巻きたちが、笑い声を響かせながら美咲を囲む。誰も助けない。当たり前だ。助ける理由なんてない。美咲の性格も、過去の振る舞いも、皆知っている。だからこそ、面白がる者が大半だ。
「ね、ね、美咲。あの一発芸してよ!」
言葉は冷たく、挑発的だった。美咲は肩をすくめ、顔を下に向ける。声にならない声で「え……」と呟くが、それだけでは何も防げない。
「え、じゃねぇだろ」
千夏が机を蹴りあげ、金属の音が教室に響く。美咲の心臓が跳ねる。
「私たちが昨日教えた、芸だよ。あれ、めっちゃ面白くない?」
「え、分かる。私動画で保存しちゃったもん。滑稽だな〜と思ってさ」
取り巻きたちはニヤニヤとスマホを覗き込み、何度も再生して笑う。
美咲は小さく震えながら、どうすることもできずに俯いたままだ。
「わ、わん!」
美咲は小さく震えながら、千夏たちに強制されて恥ずかしいモノマネをする。声は掠れ、体はこわばっている。
「うっ……や、やめ……っ」
美咲の声は途切れ途切れで、涙もにじんでいる。笑い声と彼女の嗚咽が混ざる中、教室の空気は湿った鉄板の上に座らされているかのように重い。
「可愛い!!お犬さん、似合ってる」
「あはは、本当ね!!」
教室中に響く笑い声。取り巻きたちは声を揃えて美咲を揶揄う。
その姿を見て、俺の胸に懐かしい感覚が蘇った。
昔、俺も美咲に同じように無理やりやらされてたモノマネ。
そのときの羞恥、怒り、そして妙に心がくすぐられる感覚。
いや、正確には――あの頃の俺は「僕」だった。弱くて、怯えて、でも必死で笑いを取ろうとした「僕」。
今の俺は、そんな弱い自分を隠すために「俺」と呼ぶ。
胸の奥で、当時の「僕」がまだ生きている気がして、どうしようもなくざわつく。
違う、違うだろ。
助ける必要は、俺にはない。
教室のざわめきの中、千夏の声が響く。
「ね、美咲。スカート持ち上げて、パンツの色教えてくれない?」
美咲は一瞬、息が止まったように固まる。
「……え?」
取り巻きのひとりもにやりと笑いながら言葉を重ねる。
「それ、賛成。どんなパンツ履いてるか気になるし、見てみよう」
教室の空気が一気に重くなる。笑い声は高まるが、同時に美咲の肩が小刻みに震えているのが見える。
俺の視線は自然と彼女に向くが、助ける気はない。
「でも……」
小さな声が震えて漏れる。
「「「「早く!」」」」
周囲の男子たちも、当初は目を背けていたのに、欲には忠実らしく、徐々に美咲に視線を向け始める。
笑い声やコールが渦巻く中、教室は重く、息苦しい空気に包まれる。
美咲は震える手をスカートにかける。
指先のわずかな動きで、彼女の肩が小刻みに揺れる。
その光景を見ながら、俺の胸の奥はざわついた。
怒りでも哀れみでもなく、ただ、昔の自分――「僕」の羞恥と屈辱の記憶が、焼き付くように蘇る。
「はぁ〜、とろいわね。私が手伝うよ」
千夏が立ち上がり、鋭い視線を美咲に向ける。
その一挙手一投足に、教室全体が息を呑むような圧力を感じる。
「やめ……」
美咲の声はか細く、震えて消え入りそうだった。
「反抗すんじゃねぇよ!!」
千夏の声には、圧倒的な覇気と力が宿る。
取り巻きの女子たちでさえ、微かに戦慄し、手が止まる。
教室の空気が一瞬、張り詰めた緊張に支配される。
美咲は完全に萎縮し、視線は床に釘付け。
その小さな体が、千夏の前で消え入りそうに縮こまる。
「じゃ、いきます!!」
千夏の声が響き、空気が張り詰めるその瞬間ガラガラ、と教室の扉が開いた。
先生が入ってきたのだ。
いくらいじめを黙認していたとしても、この状況を無視して続けることは不可能だろう。
千夏は舌打ちをして、ため息混じりに席へ戻る。
取り巻きたちも、ちらりとこちらを見て小さく身を震わせる。
先生は特に注意を払わず、淡々と授業を始める。しかし、教室に漂う緊張感は簡単には消えかった。




