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異世界ガチャで“初期装備”だけ当たったけど最強だった件 ――運だけは最低、でも世界一ツイてる男。  作者: 妙原奇天


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第4話 天才魔法少女メリア、盛大に暴発デビュー

朝、ギルドの掲示板に新しい紙が貼られた。

「魔法学院からの護衛要請 天才生徒の実地訓練」

受付嬢がこっちを見てにっこり。危険な笑みだ。

「カイルさん、ぴったりです」

「どのへんが」

「昨日の祭りで、爆発しなかったところ」

評価軸が独特すぎる。隣でルミナが手を叩いた。

「天才だって。こういうの、わくわくする」

棒――ルートロッドが肩で呟く。

「天才は大抵、爆発する」

「言霊やめてくれ」


依頼書の下には小さく但し書きがあった。

〈小規模火球の制御訓練。安全のため護衛を配置〉

小規模。信じたい言葉ナンバーワン。信じられない可能性ナンバーワンでもある。


学院は街外れ、小高い丘の上にあった。白い壁、青い屋根、やたら広い庭。門をくぐると、光の粒がふわふわ浮いている。魔法の練習なのか、誰かのいたずらなのか。俺の肘を小突いて、ルミナが得意顔で言った。

「懐かしい。神界の研修で来たことがある」

「研修って、神にもあるんだ」

「受講は自由、修了は強制」

自由の定義が壊れている。


名乗りもそこそこに、校舎から白衣の小さな影が走ってきた。銀の髪に大きな帽子。碧い目がきらきら。雀みたいに軽い足取りで、開口一番。

「あなたが実験台ね」

「違います」

「じゃあ護衛。でも実験台も兼任してくれると助かる」

「助かりません」

少女は帽子のつばを摘んで、胸を張った。

「メリア。学院の飛び級生。魔法は完璧。ただ、たまに世界がついてこないだけ」

世界のせいにするタイプ。嫌いじゃないけど、近くにいると危ない気がする。


指導教官らしい老人が、咳払いをして説明した。

「本日の課題は『小規模火球の制御』。火は文明、だが牙も持つ。丁寧に扱え」

短い言葉に重みがあった。俺はうなずき、ルミナは真顔でメモを取る。棒は黙って立っていたが、木肌がいつもより少し硬い気がした。


野外訓練場。麦の穂の色に似た草が一面に揺れている。遠くに見えるのは薪の山と水桶。準備はいい。問題は心の準備だ。

メリアは杖を肩で回し、片目をつぶって笑った。

「見てて。わたし、火と踊れるから」

その自信、嫌いじゃない。できれば事実であってほしい。


彼女が短く息を整え、呪文を紡いだ。口元は、驚くほど楽しそうだった。杖の先に、小さな光がぽっと灯る。光は赤に変わり、丸くふくらむ。火球だ。指先で糸を操るみたいに、彼女は火を動かした。するすると滑る。小さく、可愛い。

「おお」

俺は思わず声を漏らした。これならいける。いけるやつだ。

風が、そこでいたずらをした。

火がふらりと揺れ、メリアの帽子の縁をかすめ、次の瞬間、薪の山がぼうっと火を噴いた。

小規模って言ったよね。


「水!」

俺は水桶に走り、ルミナは両手を組んで祈る。棒が薪を崩しながら、短く指示を出した。

「広げるな。空気の道を断て」

「道?」

「火は空気を食う。食卓をひっくり返せ」

なるほど、とにかく燃え広がる前に形を崩す。俺は棒で薪を横から崩し、空気の通り道を潰した。その上からルミナの祈りが降る。地面に薄い雲が生まれて、ぽつぽつと水滴が落ちる。メリアは口を噛み、目を逸らさずに火を見ていた。

「ごめんなさい!」

「まだ謝るな。早い」

棒の声がいつもより低い。火は音を立て、煙が目に刺さる。額から汗が落ちた。


十分もしないうちに火は弱り、やがて白い煙だけが残った。教官が胸に手を当てて、深く息を吐く。

「命が燃え尽きる前に、火に勝ったな」

勝ったのか負けたのか、採点は置いといて、俺はその場に座り込んだ。膝が笑っている。笑ってるなら、まだいける。


メリアが帽子を握りしめ、俺の前に立った。

「……もう一回」

「おい」

「怖いのは、失敗したまま終わること」

逃げ道を自分で塞ぐタイプだ。俺は立ち上がり、距離を取り、頷いた。

「やれ。失敗したら、後始末は全力でやる」

ルミナが横で微笑む。

「わたしたち、後始末のプロ」

棒が小さく鳴った。乾いた木の音。

「火は怖い。怖いからこそ手綱を握れ」


二度目。メリアの指がわずかに震えていた。さっきより息が長い。火は小さく、丸く、ゆっくりと生まれた。彼女はそれを目で追いながら、ほんの少し肩を落とした。

風が、また、揺れた。

メリアは帽子を脱ぎ、片手で逆さにして掲げた。火は帽子の裏でころりと転がり、布に焦げ目をちょっと残しただけで、すうっと消えた。

「……できた」

沈黙のあと、拍手が起きた。教官の手のひらが一番大きな音を立てる。ルミナが嬉しそうに跳ねる。俺は胸の奥の固いものが少しほどけるのを感じた。

メリアが笑って、そして泣いた。

「ねえ、冒険って……楽しいかも」

火事を出した直後の台詞じゃない。でも、わかる。怖さを自分の手で越えた時、人は少し強くなる。


その後の訓練は、火を点けて消す、点けて消すの繰り返し。帽子はすでに穴が三つ空いた。彼女は笑って縫う。針の進みは早くない。器用さは魔法に全部振っているらしい。

休憩のとき、メリアは俺の棒をじっと見た。目つきが少しだけ真面目だ。

「それ、ただの初期装備じゃない。魔力の流れがくぐもってる。世界の縫い目に近いところを触ってる感じがする」

比喩が難しいけど、核心を踏んでる気がした。棒はすました声で答える。

「俺は木だ。木は風に吹かれて立っている。それだけだ」

「……背伸び、してる?」

「成長は木の宿命だ」

ルミナが棒の先をつつく。

「もっと自慢してもいいのに」

棒は黙った。黙るときほど、いろいろ喋ってる顔をしている。棒なのに。


午後の最後、教官が言った。

「よし、今日はここまで。よくやった」

メリアは肩を回し、帽子を被り直す。焦げ穴の位置がずれて、少し斜めになった。

「明日も来て。今度は水の魔法」

「水なら、火より安心だな」

「油が混ざると燃えるよ」

「混ぜないでくれ」


学院を出る頃には、太陽は斜面を半分下りていた。丘の草が風に倒れては戻る。遠くの街の屋根が光る。

ルミナがほっとした声で言う。

「小規模で済んでよかった」

「帽子三つ穴」

「三つは小規模の範囲」

「どこの基準だ」


帰り道、路地の角でノワが猫を抱えて座っていた。猫は昨日の子だ。足の怪我はもう見えない。

「どうだった」

「世界は、火に弱い」

「でも焼きそばは火がないと作れない」

ノワは猫の背を撫で、目を細めた。

「その子、強い? 危ない?」

「強くなりたいし、危なくないようにしたい子だ」

「いいね」

返事が軽い。軽いのに、芯がある。


宿に戻ると、俺は棒を壁に立てかけ、椅子に腰を落とした。全身がほどよく疲れている。踊ったあとの足みたいに、じんわり熱が残っている。

ルミナは机に腰かけ、針と糸を取り出した。メリアの帽子を思い出したのか、布切れを取り出して穴を縫い始める。

「穴、直しておくと、次に破けても少しだけまし」

「たとえ話?」

「ほんとに布の話」

「わかった」


窓の外から、紙がひらひらと舞い込んだ。白い三角形。窓枠に当たって、床に落ちる。拾い上げると、折り目のきれいな紙飛行機だった。先端に小さく文字。

〈明日もつきあって メリア〉

裏には丸い水玉のスタンプ。涙の跡かと思ったが、多分これは趣味。俺はふっと笑って、机の上に立てた。

「行くの?」

ルミナが針を止めてこっちを見る。

「行く。失敗の後始末は俺たちの特技だろ」

「特技と胸を張って言えるの、なかなかだよ」

「自慢することが見つかったんだ」

棒がこつんと床を叩く。

「明日は風の読みから教えよう。火も水も、先に風が通る」

「先生面」

「導き手だからな」

「家具ではない、もセットで言う?」

「言わなくても伝わると、なお良い」


寝る前、財布を数える。昨日もらった金貨一枚は、まだちゃんとある。小麦粉と砂糖は台所。ノワからもらった猫の毛は、ズボンの裾。生活の手触りが一個ずつ増えていく。

窓の外、夜風がカーテンを引っ張った。遠くで学院の鐘が鳴り、街の明かりが点々と続く。

ルミナがベッドの端であくびをした。

「カイル、明日の目標」

「爆発しない」

「それだと毎日同じで飽きない?」

「飽きるくらいが、丁度いい」

「高難度の退屈を目指すの、いいね」

「いい言い方だ」


布団に潜り込むと、棒が壁から小さく声を投げた。

「カイル」

「ん」

「お前、今日の昼、火の前で一瞬、笑ってた」

「笑ってない」

「目が笑ってた」

「……怖かったけど、メリアがちゃんと怖がって、それでも前に出たから」

「うむ」

棒はそれ以上何も言わない。けれど、木目の奥が、静かにあったかくなる。そんな気がした。


明日は水の魔法。今日より濡れて、今日より少しだけうまくいけばいい。

そしていつか、初期装備だけで遠くまで行けた、って胸を張って言えたら最高だ。

俺は紙飛行機をもう一度見て、目を閉じた。


夜は長い。けれど、朝は必ず来る。

天才の爆発も、失敗の後始末も、俺たちの歩幅の中におさまる。

そう思えるくらいには、この世界で息が合ってきた。


――いい一日だった。

そして、明日はもっといい一日にする。

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