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異世界ガチャで“初期装備”だけ当たったけど最強だった件 ――運だけは最低、でも世界一ツイてる男。  作者: 妙原奇天


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第二十一話 神々のパッチ会議。世界設定に“人間基準”をインストールせよ

 昼下がりのギルドに、空から付箋みたいに小さな光が落ちてきた。ふわふわと俺の頭上でくるくる回って、ぱちんと弾ける。そこから伸びた光の糸が床に模様を描き、あっという間に円形の魔法陣……いや、神法陣ってやつだろう。ルミナが椅子から飛び上がる。

「招集。神界の円卓。議題は“笑いと失敗の取り扱い”」

「取り扱いって、スーパーの特売みたいに言うなよ」

「でも、今日のはほんとに大事。世界の“基本設定”に関わるんだよ」

 基本設定。ゲームで言えば、難易度とか、復活回数とか、オプションのあれこれ。俺は腰の核——折れた棒の芯に指を当てた。脈がトンと返ってくる。行け、というより、行ける、って返事。こういうの、嫌いじゃない。

 ひと呼吸ののち、床の模様が階段に変わった。光の階段は雲の上に伸び、段差はやたら歩きやすい。気づけば、靴底がいつもより少しだけ弾む。たぶん“神界仕様”。サービスは良いけど、クセが強い。

     ◇

 神界。白い雲を丸めて磨いたみたいな床に、すべすべの柱。天井はどこにも見えず、空気は冷たく澄んでいる。中央には円卓。そこに、神々が半円を描いて座っていた。金の冠、銀の杖、羽をたたんだ背中。ルミナはいつもより背筋を伸ばし、少しだけ緊張の匂い。俺、メリア、ノワ、バルドも脇に並ぶ。レイは腕を組み、場を読む目つきで全体を見渡していた。

 審判神の一柱が、砂の色の瞳をこちらに向ける。

「人間界代表——誰だ」

「勝手に立候補。カイル。初期装備で踏ん張るタイプ」

 笑いが薄く走った。笑ってくれるのか。なら、話は早い。

「議題。“笑いと失敗を許容する世界パラメータ”。要するに、完璧にし過ぎると、人の出番が減る。余白がないと、手を伸ばす前に終わってしまう。だから——“余白”を残してほしい」

 円卓のあちこちで眉が動く。反対、賛成、保留、全部いそうな空気。主神らしき人物が裏表紙のない本をめくるみたいに指を動かし、静かに問う。

「余白はバグを生む。争いも悲しみも、そこから育つ。君はそれでも余白を残せと言うのか」

「便利は楽だ。でも、楽なだけだと、胸が覚えない。俺たち、人間って、うまくいかなかった日の帰り道に笑えるようになると、次はうまくいく。うまくいくと、誰かを助けたくなる。助けたら、昨日より世界を好きになる。だから、余白は“入口”なんだと思う」

 ルミナがこくりとうなずく。審判神はなおも難しい顔のまま。そこで俺は振り返り、仲間に目配せした。

「プレゼン、いこう」

「任されました」

 メリアが前に出る。手のひらで輪を作り、指輪に淡い力を通す。空中にぽっと光の板が出て、手描きみたいなゆるい図が浮かぶ。彼女は胸の前でふうっと息を整え、簡単に説明した。

「“笑い”を近くで観測すると、魔力はちょっとだけ揺れます。乱れじゃなくて、さざ波。さざ波があると、緊張がほどけて、詠唱のミスが減る。火も、水も、風も、やさしく曲がる。わたし、昨日それで救われました」

 図の周りには、子どもが描いたみたいな笑顔の落書きが並んでいる。議場の空気が、ほんの少し柔らかくなった気がした。

「魔族側からの追加。数字はやめる。肌感でいく」

 ノワが影からすっと進み出る。短いマントの裾がくぐもった光をほどき、彼女の尻尾が小さくリズムを作る。

「喧嘩が多い街は、夜に灯りが少ない。笑いが多い街は、夜の屋台が長い。人間と魔族の距離が近いほど、猫は警戒しない。こういう“ゆるい基準”、神様の目にも残して」

 言葉は短い。短いのに、情景がよく分かる。審判神の一柱が腕を組んで目を伏せた。考えている。たぶん、悪くない方向だ。

「筋肉からの報告」

 バルドが前に出る。机に拳を置く——置くだけで机が鳴る。やめろ、とルミナの目が泣いた。バルドは真顔で続ける。

「鍛錬で一番効いたのは、重いものをひたすら持ち上げることじゃない。みんなで笑って、限界の手前でやめることだ。次の日、前より上がる。それを何度も続ける。余白は、体にも必要だ」

「筋肉で語るの、意外と説得力あるな」

「当然だ!」

 最後、ルミナが前に立つ。いつもみたいに軽い言葉じゃなく、いくつか選んで、少し噛んで、そっと出す。

「“失敗値”が高い場所ほど、助け合いが増え、成長も増えました。これはわたしの見た街。あの子が火を弱め、あの子が橋を支え、この子が猫にミルクを置いた。失敗は、良くない。でも、許す余白があれば、誰かが一歩を踏み出せる。神様が全部やっちゃうと、その一歩は生まれない」

 ルミナの指が震える。核が、腰で小さく脈を打つ。俺は前に出て、核を掲げた。光なんて出ない。ただ、手のひらに静かな重み。それでも、俺には聞こえた。“届かせたい方へ伸びる”あの合図。

「完璧にするのは、たぶん簡単です。間違いが起きないように全部の道に柵をつけて、全部の橋に予備の橋をつけて、全部の心に鍵をつければいい。でも、それだと、俺は棒を伸ばす理由がなくなる」

 円卓の真ん中に沈黙が宿る。俺は息を吸い、淡々と言った。

「だから、完璧じゃないほうでお願いします。俺たちが手を伸ばせるように。届かなかった日は笑って帰れるように。誰かの失敗に肩を貸せるように。世界のどこかに、“余白”を」

 主神が、ふっと笑った。笑うと、床の色が少しだけ暖かくなる。気のせいかもしれない。でも、なぜかそう思えた。

「——よかろう」

 短い返事。短いぶん、重い。主神は翼をたたむ仕草で円卓を見渡し、指先で空をなぞる。神々の指が次々に追随して、透明な文字列が空にほどけた。文字列はやがて雪みたいになって、静かに降る。

「新しい基準を適用する。“余白”は神のミスではなく、人の余地とする。名をつけよう。“祝福補正”」

 どこかで鐘が鳴った。神界の高い空に虹が縦に走り、色の糸が下界へ向かってほどけていく。俺は核を握り、指先の震えを確かめた。これで、誰かの“次の手”が出しやすくなる。失敗を笑って終われるだけの余裕が、街にちょっとずつ増える。そういうことだ。

 ルミナが俺の袖を小さく引いた。目じりが少し赤い。

「……やったね」

「やった。ちゃんと、やった」

 背後で、メリアとノワが小さくハイタッチ。バルドはなぜか腕立てを始め、レイは咳払いひとつで場を締める。

「終わりじゃない。始まりだ」

「分かってる。だから——“動作確認”しよう」

     ◇

 降りる階段は、来た時よりも軽かった。足をついた街の空気が、ほんの少しだけ息をしやすい。空の青はいつも通りなのに、光の角度が一度だけ優しい。気のせいだ。けれど、こういう気のせいが積もると、世界は明るくなる。

 まずはパン屋。焼きたての湯気が道に流れ出して、鼻を連れていく。扉を開けると、おばちゃんが腕を組んで笑っていた。

「今日のはいつもより、ちょっとだけ膨らみがいいね」

「そう言われると、二個買いたくなる」

「二個買って、半分こ」

 ルミナが即座に財布を出して、すぐ首をかしげる。

「今月の財布、余白ない」

「じゃあ俺が——」

「僕が買う」

 レイが横からコインを滑らせた。珍しい。彼はふだん、きっちり割り勘派だ。レイはパンを受け取りながら、目だけで周囲を見た。

「子どもの喧嘩、さっきの角で収まってた。いつもの三分の一の時間で」

「祝福補正のせいか?」

「断言はしない。でも、空気が早くほぐれてる」

 メリアは道端の井戸で水を掬い、ぺろりと舌先に乗せる。

「冷たさ、ちょうどいい。前は朝方だけ冷たかったのに、昼も“ほどよい”が残ってる」

 ノワは影に足を入れて、心地よさそうに目を細める。

「影が、怖がらない。人の足音を、ちゃんと待ってくれる」

 バルドは鳥の糞を肩に受けて、なぜか胸を張った。

「俺の肩は世界の余白!」

「それはただのうっかりだ」

 笑っている間に、小さな騒ぎが一つ起きた。路地裏で、猫が板の隙間に首を挟んだらしい。前なら、慌てた誰かが板を壊して怒られて、そこで喧嘩が始まっていたかもしれない。今日は違う。通りがかりの老人が「待ちな」と言って、細い縄を二本、指でくるくる縒って輪にして、猫の首に当たらないように板を引いた。すっと抜ける。猫はあくびをして去る。肩をすくめて笑いが伝染する。完璧じゃない。完璧じゃないから、ちょっと工夫して、ちょっと助けて、ちょっと笑える。

 俺は核を撫でた。返ってくる脈は、町の拍子に合っている。レイが横目で俺を見る。

「君の棒——いや、核。動きは安定してるか」

「今のところ、いい。伸びろって思えば伸びる。戻れって思えば戻る。大事なのは、思い込み過ぎないことだな」

「同意」

 パン屋の角で、小さな屋台が開いていた。看板には“落ち葉すくい一回”。子どもが網で落ち葉をすくって、色ごとに分ける遊びだ。簡単。けれど、手を出さずにはいられない。ルミナが挑戦する。網の角度が下手で、葉っぱは逃げる。笑いが起きる。すると、屋台のじいさんがひっそりと網の縁を少しだけ曲げた。ルミナは二回目で上手にすくい、誇らしげに胸を張る。じいさんは何も言わない。小さな“補正”。こういうのが、きっと街じゅうに散るのだろう。

 神界の市場にも、一瞬だけ足を戻してみた。掲示板の端に、張り紙が一枚。達筆ではない、誰かの字。

 ——「迷ったら、笑える方へ」

 ルミナがそれを見て、目を細める。

「これ、誰が貼ったんだろ」

「貼ったやつ、良いやつだな」

「自作自演の線は?」

「わたしは貼ってない!」

 わたわたするルミナの肩を、核がこつんと叩く(気がした)。歩きながら、俺は彼女の横顔を見た。神界と人間界の間で、よく迷って、よく笑って、よく怒って、よく反省する顔。今日も少し疲れて、でも嬉しそうな顔。

「なあ、ルミナ」

「なに」

「お前、神様でよかったな」

「……そう? カイルといる時は、けっこう人間だけど」

「それがちょうどいい」

 男子の心は、こういう素直な会話でいちばん落ち着く。たぶん、女神の心も。

 夕方、広場に戻ると、レイが一歩前に出た。

「もうひと仕事。神々のパッチは通った。でも、運用するのは僕らだ。“余白”が悪用されないように、見張る目も必要になる」

「常識人の出番だな」

「出番だ」

 ノワが尻尾を振る。バルドが拳を鳴らす。メリアが指輪を光らせ、ルミナが胸を張る。俺は核を腰で叩き、短く言った。

「——“世界設定、適用確認。現場、開始”」

「はい、相棒」

 核の返事は短い。短いのに、やけに頼もしい。

 広場の太鼓が鳴り、鳩がちょうどいいタイミングで空へ散った。合図なんてしてない。けれど、鳩は知っていた。飛ぶのに良い風が出た瞬間を。人の手が届く場所と、届かない場所。その境目に“余白”が生まれ、そこへ笑いが流れ込む。

 俺たちは、その“境目”を今日も走る。強すぎないように、弱すぎないように。失敗したら笑い、笑えない時は肩を貸し、肩を借りる。世界のパッチは当たった。なら、ここからは俺たちの番だ。

 男子中高生にしか分からないかもしれないけれど、こういう“ルールをこっち側に引き寄せた日”は、最高の練習日だ。明日、もっと強くなれる。たぶんじゃなくて、ちゃんと。

 夕焼けの色が濃くなり、屋台の灯りが一つ、また一つとつく。俺たちはパンくずを分け合いながら、また笑った。笑いは軽い。軽いけれど、遠くまで届く。届いた先で誰かが手を振る。その手のために、もう一度、核を鳴らす。

「——行こう」

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