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異世界ガチャで“初期装備”だけ当たったけど最強だった件 ――運だけは最低、でも世界一ツイてる男。  作者: 妙原奇天


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第二十話 “再ガチャ”の誘惑。選ばない勇気、初期装備の矜持

 救出劇の翌朝、ギルドの天井に淡い光の輪が生まれた。輪は水面みたいに広がって、木の梁に虹色の影を落とす。光の中から羊皮紙がふわりと降り、受付嬢の前でくるんと回って静止した。封蝋には、神界の紋章。銀の枝に小鳥がとまっている、あの少し偉そうな印だ。

「特例告知。救済功績により“再ガチャ権”を付与——だってさ」

 受付嬢が読み上げると、フロアが一気にざわついた。椅子の脚が鳴り、杯がぶつかり、誰かの口笛が飛ぶ。伝説装備を引けるかもしれない。男の子の心臓に住んでいる小さな太鼓が、勝手にテンポを上げる。

 ……けれど俺の腰には、何も差さっていない。残っているのは、折れた棒の“柄”だけだ。握ってみると、そこに重さがある。ないはずの重さ。鏡界で砕けた破片は、仲間の中に宿っている。メリアの指先のきらめき、ノワの影のしなやかさ、ルミナの祈りの芯、バルドの拳の温度。俺の手元に戻ってきたのは、柄ひとつ。でも、柄で充分に感じる。あの“間合い”は、俺の胸に残っている。

「今日の昼、広場で特設ステージを出すそうだよ。神界の筐体、直送」

 受付嬢が楽しそうに目を細める。ルミナは俺の斜め後ろで、きゅっと拳を握った。嬉しそうでもあり、怖そうでもある顔だ。

「ねえ、カイル。……これ、ちゃんと喜んでいいやつかな」

「喜ぶのは得意だろ」

「得意だけど、たまに痛い」

 駄女神の言う“痛い”は、だいたい正しい。俺は柄を握り直し、窓の外を見た。風は明るい。街路には旗。人の声。今日が休日なのかと勘違いしそうな浮つきが、街じゅうをふわふわと包んでいた。

     ◇

 広場には、見たことのない機械が鎮座していた。巨大な箱。前面は透明で、中には光る球がいくつも泳いでいる。球がぶつかるたび、鐘みたいな音が鳴る。上部の横幕には、神界のゆるい筆跡でこう書かれていた。

 ——「特例再ガチャ 感謝とともに」

「感謝とともに、って書くあたりがズルいよな」

 バルドが腕を組んで唸る。腕は城壁みたいに太いのに、顔は子犬みたいに輝いている。こういう顔の時のバルドは、だいたい迷わない。案の定、彼は列の先頭に躍り出て、迷うという行為を忘れたみたいにレバーを握った。

「いざっ!」

 派手な音。箱の中で球が暴れ、光がひとつ、絵札の前で止まる。幻獣の刻印が赤く燃えあがり、眩しい眩しいと子どもが目を押さえる。箱から吐き出されたのは、黒鉄の手甲。拳を包む殻に稲妻の筋が走っている。バルドがそれを両手で掲げ、空に向かって吠えた。

「見たか! 筋肉が道具を呼んだ!」

「呼んでないよね」

 ノワが肩をすくめる。狐耳が揺れて、尻尾がふわっと笑った。バルドは手甲を装着して素振りをひとつ。空気が指の間で鳴る。似合っている。悔しいけれど、心からそう思う。

 次に進み出たのはメリアだ。白衣の裾を結び、膝の上で一呼吸。彼女はいつも、勝負の前に息を整える。真面目で、正直で、少しだけ不器用なやり方だ。レバーを引く小さな指が、ふるりと震える。出てきたのは、小さな指輪。薄い銀に、淡く跳ねる青い光。メリアはほっと笑った。

「……これ、魔力をなだめる。わたしの暴れん坊、眠ってくれる」

 指輪をはめた彼女の手は、湖面みたいに穏やかだった。あの夜の白光が、遠くに行った気がする。遠くに行って、ちゃんと繋がっている。彼女は強くなった。それが一番嬉しい。

 ノワもまた、列にすべるように入った。狐尾をひと振りして、レバーに手をかける。箱の奥で黒がほどけ、夜の布みたいな短いマントが滑り出てきた。織り目が影の方向へと自然に流れている。歩けば、布が影を呼ぶ。走れば、影が布を支える。ノワは肩に掛け、鏡みたいなガラスに自分の姿を映して、目を細めた。

「これ、いい。影と喧嘩しない」

 みんな、似合う。良すぎるくらいだ。広場の空気が甘くなっていく。甘い空気は油断を連れてくる。それでも、祭りの甘さに身を委ねたくなるのが人情だ。

 俺の番が来た。視線がいっせいに刺さる。横でルミナが、そっと声を落とす。

「……引く?」

 俺は柄を握り、機械の中をのぞいた。泳ぐ光の球。中には剣も槍も杖もある。どれも派手で、どれも強そうで、どれも魅力的。引けば何かを得る。たぶん、楽になる。たぶん、わかりやすくなる。だけど——。

 胸の奥で、青い灯りが小さくうなずいた気がした。鏡界で砕けて、仲間の中に散った“根”の光。俺の臆病にくっついて離れない気配。折れた棒の柄は、俺の手の中で、静かに黙っている。黙っているのに、言葉よりも強く語る。

「……やめとく」

 声が出た瞬間、会場のざわめきが一段濃くなった。

「バカなの?」「もったいない」「主人公なのに」

 好き放題、言われる。言われること自体は痛くない。でも、ざわめきの中に、仲間の息が混じっているのが分かった。バルドの息は熱くて、前のめり。メリアの息はまっすぐで、揺れていない。ノワの息は軽くて、警戒心の匂い。ルミナの息は甘くて、少し泣きそうな匂い。

「俺の最強は、もう“みんなの中”にあるから」

 口に出すまで、強がりだと思っていた。出した瞬間、胸の青がぐっと明るくなる。言葉が言葉になる。自分を追い越していく。広場のざわつきが、別の質のものに変わった。笑う者。あきれる者。黙る者。その全部が、今日は正しい。

「じゃあ、わたしの“再ガチャ”は——君に使う」

 ルミナが言った。冗談を言う時の声じゃない。仕事を引き受ける時の声でもない。もっと、近いところから出る声。彼女はステージの係員に何かを耳打ちし、軽く会釈をする。箱の上で、虹がほどけた。細く長い光の帯が、俺の手の“柄”に向かって降りてくる。柄は光を吸い、持ち手の空洞にぬくもりを満たしていく。光が落ち着いたところで、俺は息を呑んだ。

 ただの“核”だった。刃も、突起も、装飾もない。手のひらほどの楕円。表面には、細い根の紋が浮かんでいる。木の年輪を、枝道だけトレースしたみたいな模様。指先をあてがうと、心臓の鼓動と同じリズムで、かすかに震えた。

《再構築:ルートロッド(核)》

 神界の声が、今度は少しくすぐったそうに響く。俺は核を両手で包み、ゆっくりと息を吐いた。重さはほとんどないのに、手のひらがじんわり痺れる。痺れは、不安じゃない。繋がっている証拠だ。

「選ばない勇気、か。渋いな」

 レイが人混みの端で呟いた。いつの間にか来ていたらしい。外套の襟を指で整え、少しだけ顎を引いて俺を見る。褒め言葉に見えない褒め言葉は、彼の専売特許だ。

「核って、どう使うの?」

 メリアが目を丸くする。正直、俺も分からない。ルミナが胸を張る。

「使い方は、彼が決めるの。“根”は、伸びたい方向に伸びる」

「それっぽいことを言ってごまかすな」

 ノワのつっこみは的確だ。俺は苦笑して核を握り直し、心の中の輪郭を意識した。間合い。届かせたいもの。守りたい背中。ひとつずつ並べる。並べるたび、核の震えがほんの少しずつ強くなる。

「——試す?」

 ルミナが目配せをした。広場の中央に、祭りの屋台から借りた土台を組み、樽を三つ積む。人だかりが半円を作る。バルドが腕を組んで仁王立ち、メリアは指輪に指を添え、ノワは影に片足を浸して構える。レイは腕を後ろで組み、視線だけで準備完了を告げた。

「いくよ、カイル」

「ああ」

 俺は核に指を添え、言葉をひとつ落とす。

「“間合い——伸べ”」

 風が、手のひらから出た。目に見えない“棒”が、ぐん、と伸びる感覚。空気の中に一本の線が現れて、樽の上をなぞった。ぺち、という懐かしい音が耳の奥で跳ねる。樽は揺れただけだった。爆発はしない。かすかな震えが、樽の中の水面に波紋を作る。波紋が外へ外へと広がって、樽の縁まで来て、そこで止まった。

 拍手が起こる。期待していたほど派手ではない。でも、今はそれでいい。派手さが目的じゃない。確かめたいのは、別のことだ。

「次。——“分けろ”」

 核が軽く脈打ち、俺の胸から青い灯りが四方へ走った。見えない棒の欠片が、仲間へ向かって分かれる。ルミナの手のひらに、メリアの指先に、ノワの影に、バルドの拳に。欠片は火花じゃない。静かな息だ。吸えば、芯が少し太くなる。吐けば、迷いが少し薄くなる。

「“祝福・ほどよい雨”」

 ルミナが両手を上げて笑う。雨は降らない。かわりに、暑さがひとつ抜ける。誰かの肩の力が、すっと落ちる。

「“一点制御・ほぐし風”」

 メリアの指先から、ほんの少しだけ温度の違う風が流れる。風は樽の上で渦になって、波紋の端っこを優しく撫でた。

「“狐尾・絡め捕り”」

 ノワの影が、地面の線を無理なく辿る。影は人の足を邪魔せず、樽の台座の足元だけをそっと縛る。ぐらつきが止まる。

「“握り拳・胸張り押し”」

 バルドの拳が、空気を前に押し出す。拳は何も叩かない。押したのは空気だけ。でも、半歩下がろうとしていた子どもの足が、下がるのをやめた。

 広場が静かになった。拍手の手前。騒ぎの向こう。静けさが、音よりも厚い幕を降ろす。俺は核を胸に当て、ひとことだけ呟いた。

「——“戻れ”」

 欠片がするすると俺の胸に戻り、核の脈が穏やかになる。樽の水面の波紋が消え、広場の空気が軽く笑った。誰かが「地味」と言った。間違っていない。誰かが「格好いい」と言った。間違っていない。どちらも正しい。俺は、自分の頬が勝手に緩むのを止めなかった。

「派手さは、明日へ取っておこう」

 レイがそう言って、目だけで拍手をした。バルドは大声で笑い、肩を組んで俺の首を揺らす。

「やるじゃねえか、柄野郎!」

「誰が柄だ。核だ」

「核野郎! かっけえ!」

 褒められているのか分からないが、気分は悪くない。メリアは指輪を見下ろし、少し照れながら言った。

「“当たり”は、派手さじゃないんだね」

「当たりは、いま必要なほうに出る。きっと、そういうふうにできてる」

 ノワは肩をすくめ、短布の端を摘んで揺らした。

「選ばない勇気、か。……まあ、らしいね、君」

 彼女の目は、からかっているようで、少しだけ湿っていた。狐目は正直だ。俺はそれを見て、胸の奥の青を軽く叩いた。返事が来る。短い返事。短いのに、やたらと心強い。

 ルミナが、手をそっと差し出してきた。その掌に、俺の核の脈がぴたりと重なる。彼女は目を伏せ、申し訳なさそうに笑う。

「ごめん。わたしの勝手で、使っちゃった」

「ありがとう。わりと最高の使い方だった」

「……最高、って言われると、照れる」

 ルミナは神様なのに、こういう時だけ人間よりも人間っぽい。彼女の照れは、見ているこっちまで照れさせる。俺は核を腰にさげる場所を探し、革紐で簡単な鞘を作って括りつけた。工具も使ってないのに、妙に収まりがいい。まるでそこに戻るのが最初から決まっていたみたいに。

 人だかりが徐々に散っていく。箱の前には、まだ長い列。誰かは剣を、誰かは槍を、誰かは飾り羽のついた帽子を引き、跳ねたり転んだりしている。景気がいいのは悪くない。悪くないけれど、胸の奥の太鼓は、もう落ち着いた。

「行こうか」

 俺が言うと、仲間たちがそれぞれのやり方で応える。バルドは拳を小さく打ち合わせ、メリアは帽子のつばに指を添え、ノワは尻尾で背中をつつく。レイは「報告書は後で」とだけ言って踵を返す。ルミナは隣に並び、歩幅を合わせた。

「ねえカイル。……君の“美学”、好き」

「美学なんて大したものじゃない。ただ、俺が面白いほうを選んだだけだ」

「それが美学って言うんだよ」

 歩きながら、核の振動が腰骨に伝わってくる。歩調と一緒に脈が刻まれ、仲間の足音と混ざって、ひとつのリズムになる。前へ。前へ。前へ。

 曲がり角で、パン屋のおばちゃんが手を振った。焼きたての香り。バルドの目が一瞬で輝く。ルミナが財布を取り出して、空を見上げた。

「今日は、大丈夫」

「今日は、俺が出す」

「いいの?」

「たまには、筋肉じゃないほうの見栄も張っておきたい」

 みんなでパンをかじる。外はかりっと、中はふわっと。熱いのに、優しくて、少し甘い。俺は思わず笑ってしまう。笑いは、やっぱり力だ。神界がうっかり忘れそうになるくらい、分かりやすい力。

 再ガチャの誘惑は、派手で、軽くて、速い。選ばない勇気は、地味で、重くて、遅い。でも、重いものは、遠くへ飛ぶ。遅いものは、根を下ろす。俺はこの街に根を下ろし、仲間の中に根を伸ばす。核はその真ん中で、静かに脈を打つ。

 初期装備の矜持。口にしてみると、少し背筋が伸びる。伸びた背中に、ルミナの指がそっと触れる。触れたところが温かくなって、眠気みたいな安堵が肩に落ちた。

「行こう、初期装備」

 俺は核を軽く叩き、呼びかけるみたいに呟いた。胸の奥で、あの声が小さく笑った気がした。

「——うむ」

 返事は短い。短いぶん、何度でも聞き直せる。何度でも、同じように嬉しい。選ばなかった先で、選び直す。俺たちの冒険は、そういうふうに続いていく。

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