第2話 初期装備がしゃべった件と、スライム畑の賠償問題
朝の光はやけに白かった。
ギルド前の広場には人だかり。真ん中に立つのは俺。そしてその背後には、半分耕された畑の写真パネルと、泣きそうな顔の農家のおじさん。
「……以上、昨日のスライム討伐における、畑の耕しすぎについて謝罪いたします」
マイク代わりの棒を握りしめ、俺は深々と頭を下げた。
横でルミナが神妙な顔をして原稿を読む。
「えー、当方の初期装備が爆発的な加減を誤りまして――」
いや、それ俺のせいじゃない。棒のせいだ。完全に棒の暴発。
俺はため息をつきながら、手の中の棒を見る。
棒――ルートロッドが小声で言った。
「頭を下げる角度は三十度、声は腹から、誠意は目に宿せ」
「うるさい、謝罪指導まですんな」
「見栄えって大事だぞ。誠意は演出だ」
棒に人間社会を教わる冒険者。もうこの世界だめかもしれない。
会場の端で誰かが「爆発の人だ!」と叫んだ。
ああ、あだ名がついた。早すぎる。
爆発一回であだ名ができるスピード感、SNSかよ。
賠償金は重い。財布は軽い。
でも、働けばいい。
ギルドの掲示板には、依頼の紙がぎっしり貼られていた。
「スライム退治」「狼の群れの追い払い」「薬草採取」──定番の冒険から、「祭りの屋台手伝い」「教会の窓拭き」「パン屋の配達」まで、生活感のある依頼がずらり。
俺は一番下に貼られた「パン屋の配達」に指を伸ばした。
「働く冒険者、推せる!」
ルミナが目を輝かせて言う。
推されても困る。アイドル活動じゃないんだぞ。
棒はくすりと笑った。
「パンの匂いは幸運を呼ぶらしい。ま、俺には鼻がないけどな」
「……その軽口、少しだけ好きになってきたのが悔しい」
パン屋の店主は丸太みたいな腕をしていた。
「おう兄ちゃん、昨日の畑の子だろ? いい度胸だ」
「す、すみません……」
「謝るな、働け。ほら、配達三軒分。道は簡単、気をつけてな!」
袋いっぱいのパンを渡される。焼きたての匂いが腹に刺さる。
空腹は正義。だが今は仕事だ。
最初の配達先へ走る途中、道いっぱいにチョークで絵を描く子どもたちに遭遇した。
「わー、爆発の人だ!」
「ほんとに木の棒だー!」
足元の絵を見て、俺は固まった。
地面に描かれているのは、棒を担いで土下座する俺。
再現度が高い。早い、風評被害。
パンを渡すと、子どもが笑顔で言った。
「がんばってね、爆発の人!」
……この世界のあだ名定着速度、光の速さか?
二軒目、教会の前。
白い壁の向こうから、柔らかい声がした。
「あなたがカイルさん? 昨日の件、神様にお祈りしておきました」
優しい言葉にほっとしたのも束の間、続いた。
「ついでに窓も拭いていってくださいね」
ついで、のスケールが神。
ルミナが胸を張る。
「窓拭きなら任せて。神界で百枚拭いたことがあるから!」
「お前、神界で何やってたんだよ」
棒を雑巾代わりにするな、と言う間もなく、ルミナが棒で窓を磨き始めた。
「痛っ、木目が摩擦熱を生むんだが」
棒が文句を言う。俺は笑いをこらえながら、ガラスを拭いた。
三軒目へ向かう途中、細い路地で「にゃっ」という悲鳴が聞こえた。
見ると、猫が小さな罠に足を取られている。
俺は迷わずしゃがみこみ、棒で罠をこじ開けた。
「痛くないように、そっとな」
棒が低い声で言う。
「力を一点に集めろ。木目を読むんだ」
「木目って、どこ情報だよ」
猫は無事に解放され、俺の膝の上で丸まった。
ルミナが柔らかく微笑む。
「優しいじゃない。ね、ヒーローみたい」
「ヒーローは爆発させない」
思わず、そう返した。ルミナがくすっと笑った。
パンの香りを残して街を駆ける。
日が傾く頃、ギルドの前がまたざわめいていた。
「新人お披露目会だってさ!」
どうやら、新人冒険者の紹介イベントらしい。俺も「出ろ」と言われた。
壇上に上がると、観客の視線が一斉に向く。
子どもたちは期待の目、農家のおじさんは腕を組んで見守る。
ルミナが舞台袖で親指を立てた。棒が小声で言う。
「軽く叩け」
深呼吸。狙いを定めて、俺は木箱に棒を振り下ろす。
──ぺち。
木箱がふわりと持ち上がり、そっと地面に戻った。
静寂。そして拍手。
爆発しなかった。やった。
調子に乗って、もう一度。
ぺち。
今度は木箱の中から金色の光があふれ、小さな鐘が鳴った。
「おおおおお……!」
観客がどよめく。
ルミナが目をまんまるにする。
「今の、奇跡?」
棒は平然と言った。
「いや、偶然だ」
「どっちでもいいよ!」
拍手が鳴りやまない。
農家のおじさんが笑いながら肩を叩く。
「お前さん、悪い奴じゃない。畑、また手伝いに来い」
ルミナが嬉しそうに財布を開く。
「今日の収入、焼きたてパン三個、窓拭き券一枚、笑顔ポイント二十!」
「笑顔ポイントってどこで使うんだよ」
「信仰心のアップデートに!」
……意味がわからないが、まあいい。
棒が肩を小突く。
「明日も働け。武器が強いと慢心する。お前はまだ、強くない」
「わかってるよ」
ルミナが満足そうに頷いた。
「偉い。働く爆発マン、推せる」
「だからその推し文化やめろって!」
夕日が街の屋根を金色に染めていく。
棒の先も、少しだけ光って見えた。
初期装備。サビた木の棒。
それでも、今はちょっとだけ誇らしい。
帰り道。
路地の角で、小さな影がこちらを覗いていた。
赤い瞳、尖った耳、ふわふわの尻尾。
魔族の少女だ。
彼女は棒をじっと見て、首をかしげた。
「それ、すごく変わった匂いがするね」
俺が警戒するより早く、ルミナがにこにこと手を振る。
「こんにちは。仲良くしようね。わたしたち、爆発少なめの平和主義だから!」
「信用ならねぇ自己紹介だな……」
少女は笑って、くるりと踵を返す。尻尾が夕日に揺れた。
たぶん、また会う。世界は案外狭い。いい意味で、コメディみたいに。
夜。
ベッドに倒れ込み、壁に立てかけた棒を見る。
「なぁ、ルートロッド」
「なんだ」
「お前が伝説じゃなくてもいい。俺、けっこうお前のこと気に入ってる」
少し間が空いて、棒がぼそっと言った。
「俺もだ」
ルミナがベッドの端で欠伸をした。
「ねぇカイル、明日は何する?」
「爆発しない仕事」
「高難度ね」
「だろ?」
三人の笑い声が、夜の部屋に小さく響いた。
今日、爆発は一度も起きなかった。
それだけで、最高の一日だった。
明日は、もっと面白くなる。
そういう気がする。




