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異世界ガチャで“初期装備”だけ当たったけど最強だった件 ――運だけは最低、でも世界一ツイてる男。  作者: 妙原奇天


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第14話 バルド帰還。筋肉が友情を語るとき、世界が揺れる

 昼下がりのギルドは、パンと鉄と汗の匂いが混ざっていて、帰ってきたな、という気持ちにやさしく手を置いてくれる。入口の柱に背中を預け、俺は新着依頼の紙を一枚ずつ指で撫でた。どれもやれそうで、どれも面倒くさそうで、こっそり楽しそうだ。

「よぉぉぉぉぉ――カイル!」

 床板が鳴る。壁が震える。空気が筋肉の圧で押し広げられ、見覚えのある巨体がドアをくぐってきた。黒いタンク、無駄に白い歯、そして馬車みたいな大胸筋。

「見ろ、この筋肉!」

「見せなくていい!」

 抱きつかれた。肋骨が悲鳴を上げ、背骨がきしむ。だが、笑ってしまう。こういう無茶な抱擁は、嫌いじゃない。

「バルド。生きてたか」

「生きてるどころか、心まで生まれ変わってきた!」

「何があった」

「俺、勇者試験、落ちた!」

「なんで笑ってんだよ」

「落ちて気づいた。力はあっても、心が弱かったら勇者じゃないんだとさ。だから俺、心を鍛えに来た!」

 棒――ルートロッドが、俺の肩で乾いた声を漏らす。

「脳まで筋肉にしてどうする」

「おい棒、聞こえてるぞ」

「聞かせるために言った」

 周りの冒険者が「バルド帰還だ!」と口々に言い、笑いが広がる。ルミナが駆け寄り、腕をぶんぶん振った。

「おかえり! 筋肉枠、空席だった!」

「その枠なんだ」

 メリアが控えめに手を上げる。

「前より、がたい、増えた?」

「成長期だ!」

「成人してたよね」

 ノワは尻尾をぱたりと揺らし、半歩近づいて匂いを嗅ぐ。

「汗の匂い、健康。たぶん善良」

「善良は匂いで決めないでほしい」

 そんな再会の最中、ギルドの鐘が一度だけ深く鳴った。胸に響く低音。緊急の合図だ。受付嬢が書簡を掲げる。

「北の村が魔獣に襲われています! 近隣隊、即時出発を!」

 バルドの笑顔が、歯を見せたまま締まる。俺は棒を握り直し、仲間の顔を順に見た。うなずきが四つ。言葉は要らない。

「行くぞ、“バグチーム”」

「誰がバグ?」

「愛称だ。かわいいやつ」

「かわいくはない」

 バルドが大剣を肩に担ぎ、胸を張って叫ぶ。

「出撃! 走って心臓を温めろ!」

「お前の心臓、常に熱いだろ」

 石畳を蹴ってギルドを飛び出す。街門を抜け、麦畑を横に見て、森の手前で足を緩める。息が上がるより先に、鼻に刺さる獣の匂い。風が運ぶ金属の味。嫌な、音。

「いる」

 ノワが指さす先、村の広場で黒い影が低く走った。狼より一回り大きい。肩の棘が立ち、背の毛が逆立っている。目は燃えていないのに、燃えているみたいな熱がある。足が速い。間合いを測る暇はない。

「分担」

 短く言う。俺が看板の支柱へ棒を伸ばし、支点を作る。「伸」。メリアが両手を広げ、風を薄く持ち上げる。ルミナが短く祈り、「すべらない空気」を俺たちの足へ貼る。ノワは影を踏んで、獣の背後へ。バルドは――笑うだけで、広場の真ん中へ出た。

「おい、でかい狼! 俺の胸筋、左右で独立して動くぞ!」

「挑発の方向性が独特」

 ガキン、と大剣が石畳に軽く触れ、火花が散る。獣の耳がぴくりと動いた瞬間、地が沈む。バルドが踏み切り、獣が飛ぶ。空中で交錯。剣と牙がすれ違い、甲高い音が耳を刺した。

「硬い!」

「速い!」

 同時に叫ぶ。バルドは押し負けない。けれど、押し勝てもしない。力だけでは足りない時、男子は連携に賭ける。

「技名でいく。五人合わせる。叫んだら、決める」

「了解!」

 俺は棒の先を地面に軽く打ち込む。ぺち。音を合図に、声が重なる。

「“五重衝爆ペチクラッシュ”!」

 まず、バルドの「衝」。全体重を一瞬で前へ載せ、剣の面で獣の頭を押す。押すだけ。斬らない。勢いだけずらす。次に俺の「爆」。爆発ではない。爆ぜる直前の空気を棒で撫で、力の向きだけを散らす。ぺち。見えないパチンコ玉が当たったように、獣の肩が一拍遅れる。三つ目、メリアの「火」。火といっても焦がさない。星火を目の端に散らして、突進の視界を奪う。四つ目、ノワの「影」。足元の影を先に動かして、体の動きをわずかに遅らせる。最後、ルミナの「祝」。足裏の“すべらない”を一瞬解除して、次の瞬間だけ粘らせる。踏み切るタイミングがズレた突進は、ただの重いジャンプになる。

 そこへ、バルドの追撃。

「“胸筋ドロップ・心の右!”」

「技名の意味が不明!」

 空中で身体を捻り、胸でぶつかるのかと錯覚したが、実際は肩だった。肩で押し、剣で支え、膝で軌道を曲げる。獣は石畳に叩きつけられ、肺の空気が一度に抜ける音がした。死なない。終わらない。でも、倒れた。

「今!」

 俺は棒を縮め、一歩で距離を詰める。鼻先でぺち。弾くのではなく、嗅覚の芯にだけ響くように軽く当てる。獣の目が泳いだ。メリアの指先が空気に小さな輪を描く。「一点凍結」――鼻先に薄霜が花みたいに咲いて、獣がくしゃみをした。くしゃみの瞬間は、誰でも弱い。

「“五重衝爆ペチクラッシュ・終止”!」

 声と一緒に、俺たちの骨が同じ方向へ向く。バルドの剣が縁だけで打ち、ノワの尻尾が足首を払う。メリアの風が背を押し、ルミナの祝福が踏ん張りをくれる。俺の棒が、心臓じゃなく、心の上にそっと触れる。押さない。撫でる。止まり方を、選ばせる。

 獣はわずかに痙攣し、そのまま沈んだ。空が白く弾けたはずなのに、爆音はなかった。俺たちは爆発しないで、決めた。広場に、遅れて歓声。誰かが泣き、誰かが笑う。男子の心が好きな“全員で決める瞬間”が、うまく形になった。

「ふぅ……」

 膝に手を置いて息を継いだところへ、ドン、と背中にでかい手のひら。肺の空気がまた入れ替わる。

「お前、弱くてもいいチーム持ってんな!」

「強いのか弱いのかどっちだよ!」

「弱いところを全員で補って、強いところで押す。これが一番強い!」

「珍しくまともなこと言う」

 バカみたいに笑い合い、額と額を軽くぶつける。こういう調子のいい瞬間が、男子の心拍数のドン、ドドン、を気持ちよく刻む。

 村の長が駆け寄って、俺たちの手を握り、何度も頭を下げた。傷の手当て、倒れた柵の修理、散らかった倉を片付ける。戦いよりも、この後片付けの段取りでチームの上手さが出る。メリアが小さな火で釘を温め、ノワが素早く打ち、ルミナが泥の地面を固める。「すべらない地面」。俺は棒で荷車の車輪を一度だけ叩き、芯の位置を戻す。ぺち。ガタつきが消える。バルドは丸太を二本、肩に担いだ。

「筋肉、便利!」

「誇るのはそこか」

 ひと段落ついたころ、村の子どもが恐る恐る近づいてきた。目の高さで見るバルドは壁みたいだ。子どもは首をそらし、ぽつりと言った。

「おっきいお兄ちゃん、こわい」

 バルドは一瞬だけ固まって、それから膝をついた。目線を合わせ、声を落とす。

「こわくていい。こわいのは、強そうに見えるから。でも、俺はみんなの味方。こわいの、こわい方へ向ける。だから、ここにいる」

 子どもは少し考え、指を伸ばして、バルドの腕をつついた。固い、と笑う。バルドも笑う。筋肉が友情を語るとき、ほんとに世界が少し揺れる。揺れて、落ち着く。

 夕方、村のはずれで荷車に腰をかけ、干し草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。日差しが橙で、影が長い。風が汗を塩に変えていく。

「で、バルド。勇者試験、何をどう落ちた」

「簡単だ。“仲間と引く勇気がない”って言われた」

「引く勇気」

「俺は押すことしか知らなかった。押して、押して、押し負けたらもっと押す。そこにしか誇りがなかった。けど、試験官が言ったんだ。『勇者は退くときに、いちばん勇気を使う』って」

 棒が小さく鳴る。

「良い試験官だ」

「ムカついたけどな。で、俺は笑った。俺、退く勇気、持ってない。だから、取りに来た。ここに」

「うちの連携は、よく退く。退いて、笑って、また前に出る」

「そう。お前ら、退くのが上手い。だから、今日みたいに“決め”が美しい」

 メリアが帽子のつばをいじりながら、嬉しそうに目を細めた。

「バルド、うちに来る?」

「筋肉枠、空いてるよ」

 ルミナが即答し、ノワが肩をすくめる。

「うるさくなりそう。でも、悪くない」

「確認させてくれ」

 俺は棒を立て、地面に小さな円を描く。輪っかはただの線だけど、儀式っぽいものは何でも心が整う。

「うちは“叫んだ技は必ず決める”。“名乗れば、守る”。“退くときは全員で退く”。“笑えない終わりは作らない”。このルール、守れるか」

「当たり前だ」

 バルドはまっすぐ円を踏み越え、俺の手を取った。握手は破壊力があるのに、痛くない。力はあるのに、相手を壊さない握り方。勇者試験に落ちたやつの手は、勇者の手に近かった。

「俺、お前らのパーティに入っていいか」

「入れ」

 握手の上から、ルミナが両手を乗せる。「祝福・筋肉加入」。何がどう祝福されたのかはわからないが、笑いが起きた。ノワは尻尾で俺たちの手を二度、ぺしぺしと叩いた。メリアは胸の前で小さくガッツポーズ。棒は肩で軽く鳴る。

「新人教育は誰がやる」

「俺だろ」

 バルドが胸を張る前に、俺は手を上げた。

「いや、俺だ。お前は教える時、全部筋肉で解決しようとする」

「図星」

 村の外れで見守っていたレイが、いつの間にか近づいていた。外套の襟を軽く合わせ、短く言う。

「筋肉は裏切らない。だが、筋肉は迷う」

「どういうことだ」

「腹筋は固い。だが、決断は柔らかくなければならない」

「名言を筋肉で言うな」

 レイは薄く笑い、鉄札を一枚バルドに渡した。

「混成連絡票だ。食堂のコロッケは一人一つまで。筋肉は二つではない」

「一つで足りるか」

「足りないなら、半分こしろ」

 その“半分こ”という言葉は、橋の上の握手を思い出させてくれる。半分なら、笑える。全部は笑えない。だから、分ける。

 帰り道、空は紫に濃くなっていく。街の塔に初めの星。鐘楼が一度だけ短く鳴り、また黙る。音が街の骨を鳴らし、みんなの背筋がほんの少し伸びた。

「なあカイル」

 背中にかかったバルドの声は、いつになく低い。

「俺、勇者試験に落ちてから、ずっと片方が空洞だった。胸筋じゃない、心の方。今日、半分埋まった気がする。もう半分は……」

「明日働け。笑って、退いて、また前に出ろ。埋まる」

「了解」

 ルミナが腕を組み、真剣な顔で付け加える。

「明日から、“退く練習”するよ。三歩下がる、五回。すべらない靴、使いすぎ注意」

「退く練習って、前に出るより難しそう」

「難しいから、勇気を使う。勇気を使うと、筋肉が育つ」

「また筋肉に帰る」

 メリアが小さく笑い、ノワが星を見上げる。棒は肩の上で静かに立ち、木目の奥で何かを聴いている。世界の根の向こうで、まだ遠い音が小さく鳴った気がした。遠いけれど、届く。届かせるために、叫ぶ。叫んで、決める。叫ばないで決める、その日まで。

 ギルドの扉を押すと、夜の灯りがこぼれてきた。受付嬢が新しい依頼の束を差し出す。俺は一番上の紙をつまみ上げ、仲間の顔を見た。うなずきが五つ。音がそろう。

「行こう」

 男子中高生の心拍数がいちばん上がるのは、仲間が増えた夜だ。肩がぶつかって、笑いが重なって、明日の段取りを口に出して、眠る直前にふと胸の奥が熱くなる。俺たちは今、その真ん中にいる。筋肉が友情を語り、笑いが段取りを磨き、名乗りが夜を支える。世界は揺れる。揺れて、少し強くなる。そんな夜だった。

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