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異世界ガチャで“初期装備”だけ当たったけど最強だった件 ――運だけは最低、でも世界一ツイてる男。  作者: 妙原奇天


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第11話 ノワ参戦!ライバルは“敵側の常識人”。路地裏バトル・テスト

 市場の真ん中で、値札が喧嘩の種になった。

 干し肉の札が一枚、いつの間にか隣の香辛料のかごに貼られていた。それだけの話なのに、額に太い血管を浮かべた男が、かごの向こう側で商品を選んでいたノワを睨みつけた。

「魔族は値札も読めないのか。いや、盗るつもりか」

 声は低かったが、まっすぐだった。人混みは低い音に敏感だ。周りの空気が固くなる。ノワは肩をすくめ、尻尾を一度だけ左右に振った。

「札、違う。貼り間違い。見る?」

 ノワは淡々と隅の店主に札を差し出した。店主は慌てて手を振る。

「す、すまない、おれがさっき……風が……」

 それで終わればよかった。けれど、男は引かない。

「魔族だから」で片付けられそうになった瞬間、俺の足は勝手に前へ出た。男子が燃えるのは、理不尽に筋を通す場面だ。肩で人混みを割ると、後ろからルミナが両手を振って追いかけてくる。

「やめてやめて! 喧嘩は嫌い!」

 メリアはノワの肩にくっついた。棒――ルートロッドは、俺の肩で静かに立ったまま、木目の奥でコツンと低く鳴る。

「落ち着け。順番を守れ」

 順番、つまり言葉→確認→判断、殴るは最後。俺は男に向き直り、できるだけフラットな声を探す。

「貼り間違いだそうです。今、店主が謝りました。ノワも確認した」

「だが、魔族だ」

「俺は“爆発の人”と呼ばれてた。でも今は“ちゃんと直す人”でもある。ラベルは増える。たぶん、ノワにも」

 男が口を開いた時だった。市場のざわめきの裏側みたいな静かな足音が、こちらへまっすぐ近づいてきた。

「失礼」

 黒い外套に銀の紐飾り。胸には魔王軍の紋章。けれど、纏っている空気は無闇に尖っていない。目が冷静で、声が整っている。

「彼女が街で問題を起こしていないか、確認に来た。人間側の“常識”と、魔族側の“常識”は、ズレるから」

 男は店主にも、さっきの怒り顔にも、きちんと会釈をした。それからノワに視線を移す。

「ノワ。記録上では“注意一回”。屋台の列に横入りした件」

「割り込みじゃない。列が二本あった。人間の列は蛇みたいで、魔族の列は猫みたい。猫のほうに並んだ」

「比喩の使用は慎め。——監察役として言う。君は“魔族”として見られる。君自身が正しくても、外から見える“ラベル”は消えない。だから、振る舞いを、強く、正しく」

 肩書きは、魔王軍・監察役。名はレイ。

 ノワがぷいと顔をそらした。

「また来たの、レイ。うっとうしい」

「仕事だ。うっとうしいのは認める」

 メリアがひくっと笑い、ルミナが小声で囁く。

「敵側の、常識人……」

 男子の大好物、ライバル枠の香りがした。俺は勢いの残った足で半歩前へ出たまま、レイに言う。

「“ラベルは増える”。俺はそう思う」

 レイは、まっすぐ俺を見た。

 短い沈黙が置かれ、次の瞬間、彼は小さく顎を引いた。

「……試すか」

     ◇

 市場から一本入った路地裏は、昼でも涼しい。木箱、古桶、空の樽、干した網。屋根と屋根の隙間から薄く光が落ちてくる。レイは周囲をぐるりと見渡すと、指先で三カ所を指した。

「即興で“テスト戦”をしよう。殺し合いではない。互いの常識をぶつける競技だ。条件は三つ。素早さ、判断、チーム連携」

 男子心が躍るやつだ。ルミナが手を挙げる。

「応援は入りますか」

「効くなら入れろ」

「入れる!」

 メリアは帽子をきゅっと下げ、ノワは靴紐を締め直した。棒が肩で低く言う。

「合図を待て」

 レイは路地の三方向、屋根の上、壁の向こう、樽の裏に小さな鈴を置くと、腕を組んだ。

「第一試験。“合図”で三つの鈴を同時に鳴らせ。ひとりで全部は無理だ。どう動く」

 息を合わせるだけなら練習済みだ。俺たちは顔を見合わせ、うなずきで合図を繋いだ。レイの片手が軽く下がる。

「始め」

 0.5。俺は棒を伸ばし、屋根の鈴をぺちと弾く。

 0.7。メリアは樽の裏へ風のスライドで滑り込み、指先で“チリン”。

 0.8。ノワは壁を二段蹴りで駆け上がって“チリリン”。

 同時。完璧。

 レイの目がわずかに細くなった。口元は動かないが、評価の針は上を向いた気がした。

「第二試験。煙の中から“赤い玉だけ”五つ拾え。青は拾うな」

 彼は足元で小さな火をともすと、香草の束を投げ入れた。白い煙が路地に広がる。目に沁みないが、見通しは悪い。俺は鼻で風の流れを確認し、棒を短くして横薙ぎに払う。市場で貰った布団たたきを先につけ、赤だけをピッキングする要領で。メリアは青い玉が転がる方向を風で押し戻し、ノワは尻尾で赤を受け取る。ルミナは路地の入口で、

「がんばれ、がんばれ、がんばれ!」

 声援の連打。意外と効く。心拍が上がりすぎず、手元がぶれない。五つ拾った時には、煙の向こうでレイが小さく頷いた。

「第三試験。“相手の背中を見ずに守れ”」

 意味を咀嚼する前に、足元で砂が跳ねた。レイが予告なしに砂を蹴り上げ、視界が一瞬白くなる。同時に、柔らかい打撃が三方向から飛んでくる。狙いは顔ではない。肩、肘、腰。崩すためのやさしい打ち。

 身体が考えるより先に動いた。棒を横薙ぎ、ノワの前を守り、足先で小さな石を蹴って、メリアの足元に仕掛けられていた木片の“罠”を外へ飛ばす。背中越しにルミナの袖を掴み、肩で受ける。砂の粒がまつ毛に触れて痛い。だが、仲間の位置は見なくてもわかる。昨日までの段取りが、骨の中に地図を作っている。

「大丈夫だ」

 肩越しにそれだけ言った。砂が落ちる。レイは腕を組んだまま、砂埃の向こうでうなずいた。

「合格。君たちは“背中を見ない”で、守れた」

 息を吐いた瞬間、路地の入口で小さく歓声が上がった。さっき市場にいた子どもが二人、壁から顔をのぞかせている。こういう観客は、ありがたい緊張をくれる。

「第四試験」

「三つと言った」

「監察役はときに規約を追加する。現場は変わる」

 レイが指をすっと立てた。

「“誤解をほどけ”。言葉は三つまで」

 市場での続きだ。目の前の“怒り顔”に、三つだけでどう刺すか。俺は短く息を吸った。言葉の数じゃなく、順番が勝負だ。

「貼り間違いだって、店主が言った。——一つ目。

 ノワは列を乱していない。——二つ目。

 あなたはこの町の人だ。俺もこの町の人だ。仲良くしたい。——三つ目」

 沈黙。男は鼻を鳴らした。すぐに笑わない顔だ。三つでは足りないかもしれない。そこでノワが一歩出た。尻尾が地面を一度だけ叩く。

「おじさん。おれ、ここの焼き芋好き。おじさんが好きな店、教えて」

 男が一瞬だけ目を泳がせ、口の端が緩む。

「市場角の、石窯の店だ」

「今度、一緒に買う」

 ルミナがぱんと手を打った。

「第三者の甘いもので、争いは八割方おさまる!」

「統計は怪しいが、経験は正しい」

 レイが僅かに笑った。魔王軍の外套に、無駄な力がない。監察役は、筋肉のつき方も理性的らしい。

     ◇

 路地裏テストのあと、レイは鉄製の小さな札を差し出した。片面に魔王軍の紋、もう片面に細い刻印。

「困ったら連絡しろ。敵でも、助けられる時は助ける」

 ノワは鼻を鳴らしながら、そっと札をポケットへ入れた。尻尾が一回ぶんぶん揺れたのを、俺は見逃さなかった。

「真面目すぎ。けど、嫌いじゃない」

「最高の褒め言葉だ」

 メリアがレイの肩越しに、彼の腰に吊った短い笛を見つけた。

「それ、合図用?」

「非常時の招集。音色で部隊が変わる」

「音に部隊の意味を載せるの、好き」

「君の魔法の輪にも、意味が載っていた。——乱れたが」

「次は乱さない」

 ふたりの視線が、一瞬だけ強くぶつかって、淡くほどけた。こういう瞬間に、未来の名場面の芽がある。男子はそういうのを見つけると、心の中で勝手に拍手する。

 レイが外套を翻しかけたとき、路地の入口に、さっきの“怒り顔”がまた立った。今度は両手に焼き芋。紙に包まれた熱が湯気をゆらす。

「……余った。一本、持ってけ」

 ノワは眉を上げ、受け取って匂いを嗅ぐ。ほお、と喉の奥で気の抜けた音がした。

「うまい。ありがとう」

「おう」

 会話はそれ以上増えない。けれど、増えすぎないのがちょうどいい。焼き芋は言葉よりゆっくり、腹に落ちる。

     ◇

 レイは帰り際、ふと立ち止まって空を見た。

「君たちに“敵”として出会う日が来るかもしれない」

「来ないに越したことはない」

「越したことはない。——だが、来たときは、今日みたいに“背中を見ないで守れ”。そして、必要なら俺も守る」

 言い切ってから、彼はほんの少しだけ口元を緩めた。

「この町の食堂、コロッケは一人一つまでだ。三つ頼むと怒られる。監察済みだ」

「監察の方向性」

「大事な生活情報だ」

 ルミナが小躍りした。

「今度、案内して!」

「勤務に支障がない範囲で」

「支障はだいたい起きるけど、笑って乗り越える」

「ならば、笑いの練度を上げておけ」

 別れ際の言葉が、妙に気に入った。笑いも鍛えられる。たしかに。

 外套の黒が路地の角で消えたあと、俺たちはしばらくその場に立ち尽くした。焼き芋を分け合い、指先に残った甘さを舐める。芋は人生の誤解を八割減らす、というルミナの統計は、あながち嘘でもないのかもしれない。

「なぁ、ノワ」

「ん」

「“ラベルは増える”って、うさんくさい理屈に聞こえるか」

「少し。けど、今日、増えた。おれ、“市場で焼き芋を半分こした魔族”。それ、悪くない」

 ノワの尻尾が、夕陽の色をひっかけて揺れる。メリアが帽子をくるんと回して、俺に被せてきた。

「カイル、今日の“路地裏王”」

「やめろ、恥ずかしい」

「王は照れる。かわいい」

「棒、助けて」

「王冠は落とさずに歩け」

「お前はたまに詩人だな」

 笑いながら歩き出すと、通りの端で子どもたちが即席の鈴を持って真似をしていた。紐に小さな金属片を結び、三人で「せーの」で鳴らす。三つ揃うまで何度もやり直し、揃うと、誰かが拍手する。揃わなくても、誰かが笑う。

 ギルドに戻る途中、筋肉のバルドに捕まった。

「聞いたぞ路地裏。三つ鳴らしたらしいな。筋肉も三つ同時に収縮させると強い」

「その理屈はどこにでも出没するな」

「どこにでも出没するから理屈だ」

「たまには黙って褒めて」

「すごい。鳩以来、いちばん揃ってた」

「素直に褒められると照れる」

「王は照れる」

「広めるな」

 ギルドの扉を押すと、受付嬢が顔を上げた。

「お帰りなさい。……市場の件、もう伝わってます。丸く収まったそうで」

「焼き芋で収まった」

「最強の円満剤」

 今日の依頼は軽い配達と記録整理。紙に書くべき“今日”が増えたのは嬉しい。メリアはペンを走らせ、ノワは棚の上の箱を軽やかに下ろし、ルミナは小さな間違い探しで歓声を上げ、俺は日付と時間を正確に書く。段取りの筋肉は、文字でも鍛えられる。

     ◇

 夜。宿の屋根から、町の灯りが星みたいに見えた。鐘楼には新しい瓦が光っている。昨日の焦げ跡は、もう目立たない。鳩は屋根の縁で三羽並び、少し離れて一羽。四羽目の距離は、依然として絶妙だ。

「カイル」

 棒が肩で低く鳴らした。

「今日、増えたな」

「ラベル?」

「それも。味方。敵側の常識人。路地裏の観客。市場の怒り顔。焼き芋の半分」

「半分は味方だな」

「半分は、いずれそうなる」

「強気」

「笑いの練度を上げろ、と言われただろう」

「言われたな」

「明日も働け。笑うために」

「了解」

 目を閉じる前、ポケットの中の鉄札を指でなぞった。ひんやりと固い。けれど、頼り切るには冷たすぎる温度だ。頼り切らず、頼られすぎず。背中を見ないで守る。そこで初期装備が活きる。伸び、縮み、支え、撫で、叩かずに変える。今日もそれで勝った。明日もそれで勝つ。

 眠りに落ちかけたところで、ルミナが布団の隣でむくりと起き上がり、真剣な声で言った。

「明日、食堂のコロッケは一人一つ」

「レイの監察情報な」

「二つ頼んだら、半分こ」

「それは許されるのか」

「笑いの練度でごまかす」

「練度、上げとけ」

 笑いが、小さく、長く続いた。

 男子が好きな“理不尽に筋を通す場面”は、今日ひとつ終わった。次は“理不尽に優しくする場面”を、いくつも積む。ラベルは増える。増やしてみせる。俺はそんなことを考えながら、屋根の鳩と距離を揃えるみたいに、目を閉じた。

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