7:兄の思い①
私には今の両親とは違う別の両親の記憶がある。
まだ幼かった頃の記憶なのでうろ覚えだが、私や妹と同じ髪色をして穏やかに微笑んで抱きしめてくれる両親の姿。
何がどうなったのかは定かではないが、次に覚えている古い記憶は泣いている幼い妹を抱きかかえて教会の入り口に佇んでいる自分だった。
月明りさえも無い真っ暗な夜でどうすればいいのか途方に暮れていた所を神父様が見つけて保護して下さったのだ。
それからしばらくの間は教会でお世話になりながら、読み書きや簡単な計算を教わったり掃除などの手伝いをして過ごして居た。
ある日偶然教会の前を通りかかったこの地の領主夫妻に私達兄弟の姿が目に止まったらしい。
領主夫妻は子に恵まれず私達兄弟を養子に迎えたいと教会に申し出た。
神父様は領主夫妻であれば子供達は不自由のない生活が送れるだろうと養子縁組を了承した。
この時私は6歳、妹は1歳を迎えたばかり。
当然ながら妹は元の両親の記憶など無い。
ならば私が元の両親の事を話さなければ、本当の親子として暮らして行けるのではないかと幼いながらに思ったのを覚えている。
私がこの両親に対して初めて違和感を覚えたのは10歳になり、貴族学校に通い始めてからだ。
学校に通い始め、友人が出来ると家族の話や兄弟姉妹の話などもするようになる。
すると今までなんとも思っていなかったような事が気になり始めた。
友人達の姉妹は3歳の頃から礼儀作法を習い始め刺繍やダンス、楽器の演奏に読み書きや計算なども習い始めるのだとか。
私の妹は5歳になったのにその様な習い事をしている様子は無かった。
不思議に思い父に聞けば不機嫌そうに解かったと言う返事が返って来た。
しばらくすると妹は礼儀作法を習い始めたらしい。
次に違和感を覚えたのは友人の誕生日パーティーに招待された時だった。
母は嫌そうな顔で不機嫌になり、父は仕事上の付き合いもあるから行ってくるようにと言った。
この時執事がこっそりと教えてくれなければ私は恥をかいていた事だろう。
主役となる誕生日本人への贈り物とお祝いのメッセージカードを用意する事。
それとは別に主催する家への手土産を用意する事。
相手側の家に到着したら主催者である当主とそのご婦人、主役となる本人へまず挨拶する事。
飲み物や軽食などは乾杯の後に口を付ける事。
これらは本来礼儀作法で習っている事柄らしい。
おかしい、私も一応はこの家で礼儀作法を習ったはずなのだが。
こうなってくると妹が習っていると言う礼儀作法も怪しくなってくる。
そう思い妹に確認しようとしたら母に見つかり余計な事はするなと怒られた。
その後も次々と現れる違和感に私は戸惑った。
母と妹が手を繋ぎ庭を散歩する姿を自室の窓から微笑ましく見ていたら、母は急に怒り出し妹の手を引っ張り引きずるようにして室内へと戻ってしまった。
翌日母が怒り始めた場所の花はただの芝生へと植え替えられていた。
蜂が飛んでいたとか何かあったのだろうかとメイド長に聞いてみれば、ただ妹が母に花の名前を聞いただけで特に蜂等は見当たらなかったという。
2人で首を傾げた。
他にもお茶の時間に妹へお茶菓子を出そうとしたメイドが首になったり。
良かれと思って妹の頭に花飾りを着けたメイドが首になったり。
妹が声を掛けただけのメイドまでもが首になったり。
それだけではない。
妹の服がみすぼらしい訳ではないのだが、良く言えば質素悪く言えば地味。
母が着飾るのは大人だからで子供はあんなものなのだろうと思っていた。
この考えも友人に招かれた誕生パーティーで打ち砕かれた。
どの令嬢も明るい色のフワリとしたドレスを纏い華やかだったのだ。
父にどう言えばよいのか悩み執事に相談した。
執事は今は口出ししない方が良いと答えた。
下手に口を挟めばお金を出し惜しんでいるかのように取られて悪い方向へと進んでしまうかもしれないと。
7歳になれば小さな令嬢同士のお茶会交流も始まるのでさすがにその頃にはもう少し子供らしいドレスが与えられるのではないかとも言っていた。
なるほどと思い様子を見る事にした。
その頃からだったろうか。
両親が夜会で居ない時を狙い、私は妹に絵本ではない本を読み聞かせるようになった。
メイド達の話では絵本以外を読ませて貰えないようだったのだ。
妹はとて嬉しそうに話を聞いている。
時々学校での出来事も話して聞かせた。
ただし私は妹と1つ約束をしている。
「いいかいファレグ。
お母さまやお父さまの前では決してこの事を言ってはいけないよ。
そして知っている事でも知らないふりをしておくんだよ」
「どうしてなの?」
「じゃないと僕とも会えなくなってしまうからね」
「会えなくなるのは嫌だから黙ってる!」
小さな手で口を押える妹を見て私はなんとも言えない気持ちになってしまった。
妹が7歳を迎えいよいよ小さな令嬢達のお茶会交流が始まるのかと期待していた。
だがこの頃から妹は体調を崩し寝込むようになってしまった。
妹が寝込むと母はいつも付き添って看病をしていた。
だから少し安心してしまったんだ、疎まれている訳ではないのだと。
私が12歳になった時、隣国の皇太子が1年間短期留学で貴族学校にやって来た。
「やあ、君がこの学年の主席なんだって?
国によって授業内容も違う事があるだろうし宜しく頼むよ」
そう言って話しかけて来た皇太子は人懐っこい人だった。
2つ上の学年に王太子が居るけど、王太子とは随分と性格が違うようだ。
彼は身分などを気にする様子も無く、また見栄を張る事も無く解らない事は解らないとハッキリ言い周囲に教えて貰っていた。
そのお陰か周囲ともすぐ打ち解けていた。
勿論私とも仲良くなり有難い事に親友と言って貰えるまでになった。
半年を過ぎる頃になると皇太子から留学の話を持ち掛けられた。
「君はいい素質を持って居るよね。
うーん、将来的に私の側近に欲しいくらいだよ。
どうだろう、私が留学を終えて帰国する際一緒に来ないか?」
それは思ってもみなかった言葉だった。
嬉しい反面、妹の事が気になったのでその事を素直に伝えて見た。
なぜそこまで気になるのかと聞かれたのでこれまでの事を全部話す事にした。
もしかしたら私が気付かなかった事や何かいい案があるかもしれないと思ったんだ。
話を聞き終えた皇太子は眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
「これは思ったよりも闇が深い気がするね。
恐らく妹さんは虐待を受けているよ」
「虐待? でも暴力を受けた痕跡はないのだが」
「暴力だけが虐待の手段ではないんだ。
まあそれについてはまたの機会に話そう。
この事については叔父上や姉上にも相談した方がいいかもしれないな。
私だけで考えるより良い知恵を出してくれるだろう。
取り敢えず君はやはり私が帰国する際に留学に来た方がいい。
このままこの国で君が成人してしまえば身動きが取れなくなって
妹さんを助ける事が出来なくなりそうだ。
留学についても義両親が邪魔出来ないようにこちらで手を廻すよ。
ああ、学費や生活費の費用なども心配は要らないから。
すべてこちらに任せてくれればいいよ」
何故そこまでしてくれるのかと聞けば
「親友が悩んでいるなら相談に乗るのはあたりまえじゃないか。
まして僕には使える権力もあるからね。
権力があるなら正しく使うべきだ。
困っている親友に手を差し伸べないなんてありえないだろ?
今権力を使わなくてどうする」
ニカッと皇族らしくない笑みを浮かべて肩をポンと叩いて来る。
まいったな、この優しくて腹の座った親友に
私は一生頭が上がらないかもしれない。
妹の為にも今はこの親友に甘える事にした。
読んで下さりありがとうございます。
ブックマーク、action、評価等もありがとうございます。