6:教授との出会い
少し大きめの町に着いたのは空がオレンジ色に染まった頃だった。
てっきり何処かの宿に泊まるのかと思ったのに、向かった先は小さなお屋敷だった。
「お兄さま、ここは?」
「ここは私の恩師の家だよ。
事情は伝えてあってね、寄って休んで行けと言われているんだ」
「そうなのですね」
馬から降り玄関へ向かうと、中から白髪の渋いおじ様が出て来た。
「教授、この度はお世話になります」
「気にせずともよい、さぁ疲れただろう。中に入りなさい」
「お邪魔します。えっと教授?宜しくお願いします」
「んむんむ、ようこそ我が家へ」
教授は家の中へと案内してくれソファに座るようにと言い、カップに入った温かいミルクを手渡してくれた。
ありがとうとお礼を言ってからミルクに口を付ける。
そのミルクは甘くて美味しかった。
ミルクから口を話し顔をあげれば教授がニコッと微笑んで私を見つめていた。
長い髪を後ろに束ねていて魔法使いみたいだなと思っていたら、本当に魔法使いだった。
絵本で見た魔法使いが目の前に居る。
凄い!と嬉しくなって飛び跳ねたい気分だった。
実際にはまだ少し麻痺があるから飛び跳ねる事は出来ないのだけれど。
でも杖があれば足を引き摺りながらでも歩く事は出来る様になっているので
その内飛び跳ねる事も出来るようになるのではないかなと思った。
教授とは留学先の学校で出会い、兄に魔法の手解きをしてくれたのだそうだ。
そうか、兄は魔法が扱えるようになったのか。
羨ましい、私も扱える様になるだろうか。
でもまずは元気になって体力も取り戻さないとね。
そんな事を思い気が付いた。
私、兄に逢ってから死にたいと思わなくなっている。
これは私にとって嬉しい変化かもしれない。
どれだけあの場所が嫌だったのだろうかと溜息が出る。
そんな私を見つめていた教授が呟いた。
「お嬢さんは中々やっかいな状態になっているようだね」
「と言いますと?」
「何処で手に入れたのか、お嬢さんに使われた毒は巫蠱が使われているようだね」
教授の説明によればありとあらゆる有毒生物を1か所に集めて戦わせ、残った1匹の毒を採取し使用する古い呪術のようなものらしい。
その毒は完全な解毒は不可能とかつては言われていたそうだ。
え?…
だとするとずっと私この変な声で、軽い麻痺も残ったままなのかしら。
軽い麻痺ならまだ我慢出来るけど、この声のままなのは嫌だなと顔を顰めてしまった。
「心配はいらないよお嬢さん。
かつては、と言っただろう?」
「では妹の毒は解毒可能と言う事ですか!完治出来るのですか!」
「勿論だとも、その為にもまずは体力を回復させないとだな。
しばらく此処に滞在するといい」
「でもご迷惑では…」
「お嬢さん、子供は子供らしくこの年寄りに甘えておけばよいのだよ」
教授はそう言って頭を撫でてくれた。
甘えていいの?
あまり甘えた経験の無い私は戸惑った。
「ファレグ。大丈夫だよ。
教授は信頼出来る優しい方だよ」
兄の言葉を聞いて私はコクリと頷いた。
魔法使いというのは凄い、私を見ただけなのにどんな状態なのかとか毒の種類まで解るんだね。
「ファレグ、教授は特別な魔法使いなんだよ。
誰もが教授みたいに解る訳ではないんだよ。
フフフ
そんなにキラキラした目で見つめていたら教授に穴が開いてしまうよ?」
「え? 見つめたら教授に穴が開いてしまうの? それは駄目!」
私は慌てて目を閉じた。
「これこれ、慌てなさんな。
それは比喩表現、物の例えじゃな。
じっくりと見つめられると恥ずかしいと言う事だよ」
「あ、そうなの? それなら目を開けても大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
「ああ、よかった」
私は安心して目を開けた。
目の前には教授の優しい笑顔があって少し恥ずかしくなった。
なるほど、こういう事なのかしら。
「さぁ、話はまた後にして夕飯にしよう」
そう言って教授は食事を用意してくれて、3人で食卓に着いた。
大丈夫だろうか。
老夫婦の作ってくれた物は大丈夫だったけど目の前の物は食べる事が出来るだろうか。
また体が拒絶反応を示したらどうしようとドキドキしてしまう。
でもそんな不安は無用だった。
教授が用意してくれた食事は温かなスープだったのだけど、ホンワリとした優しい光に包まれていたのだ。
その優しい光が安心感を与えてくれて私はスープを飲む事が出来た。
優しい光に包まれた不思議なスープ。
魔法使いが作ったからなのだろうか。
後から教授に聞いてみようと思いながら、3人で食べる夕食を楽しむ事が出来た。
残念ながらパンやお肉などはまだ無理だったけど、こんな楽しい夕食は何年ぶりだろうか。
うふふ、とニコニコしながらスープを飲んでいたはずなのに、気が付けば私はベッドの中で朝を迎えていた…
スープを飲みながら寝てしまったという事?
恥ずかしい…
この日兄は色々な手続きをしてくるからと王都へ向かった。
3,4日で戻って来るから教授と一緒に待っていてと言われた。
その間私は教授に本を見せて貰ったり魔法を見せて貰ったり
ゆっくりとお庭をお散歩しながら花の名前を教えて貰ったりと楽しい日々を過ごさせて貰っていた。
書庫には大量の本があり、難しい本だけではなく子供向けの本まであって驚いた。
私が気になる本を見つけると教授はそれを手にして読み聞かせてくれる。
解らない言葉が出て来た時は解るように説明もしてくれるしセリフに合わせて声色を変えてくれる。
「だって涙がでちゃう。女の子だもんっ」
ぶふっ…
教授は真面目な顔で読み聞かせてくれているつもりなのかもしれない。
でも声色を変えると表情まで変わっているので私は一人芝居を見ている気分になれた。
しかしながら上目遣いで可愛く首をかしげて喋るのは止めて頂きたい。
私の腹筋が大変な事になってしまう。
「なんじゃ、笑いたければ笑うとよい。
ここにはお嬢さんと私の2人キリだからな、遠慮はいらぬよ。
あぁ但し、私がこうやって読み聞かせをしているのは他言無用だよ?」
「お兄さまにも?」
「勿論だ、こうやって読み聞かせをするのは2人の秘密だな」
2人だけの秘密!なんて素敵な響きだろう。
悪い事を秘密にするのは駄目だけど、楽しい事ならいいわよね?
でもお兄さまが知ったら拗ねてしまうかしら。
「声色を変えているなどあまり知られたくないしな」
確かに、教授の格好良い印象が壊れてしまうかもしれない。
それは駄目ね。
「解りました教授。2人だけの素敵な秘密ですね!」
「何が素敵な秘密なのかな?」
「「 … 」」
お兄さま、何故このタイミングでお戻りに…
結局お兄さまに見つかってしまい、3人の秘密と言う事になってしまった。
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