5:兄の迎え
数日後母が居なくなるのを待っていたかの様に隣国へ留学していた兄がやってきた。
兄は私の5つ上でもうすぐ18歳なるはずだ。
この国で18歳と言えば成人とみなされる年齢となるので帰国したのだろうか。
5年ぶりに見る兄の姿からは幼さが抜け、大人びた青年になっていて驚いた。
短かった髪は伸ばして後ろで1つに纏めて結ばれており、背も伸びて体格も良くなっている。
後ろ姿を見ただけならば兄だと解らないかもしれない。
でもその眼差しは昔と同じで優しいままだった。
「ファレグ。なんて事だ、こんな状態になっていたなんて。
もっと早く足を運ぶべきだった。
母上の手紙を鵜呑みにするのではなかった。
すまない」
兄の目は涙で潤んでいた。
「お兄さま、謝らないで下さい。
こうして会えたのですから…
そう言えばお兄さま、よく私が此処に居ると解りましたね」
「ああ、それはね」
兄は王都の屋敷に勤める執事とメイド長から手紙を貰ったらしい。
2人からの手紙には両親には気付かれない様に私を隣国へ連れ出して欲しいと書かれていたそうだ。
2度に渡る第二王子からの仕打ち。
それに対する陛下と妃殿下の対応と両親の対応。
私の体の状態。
その他にも自分達が見聞きした事などが綴られており、このままでは私は弱り切って死んでしまうのではないかと心配でならないが自分達では助け出す事が出来ないのだとも書かれていたそうだ。
両親、特に母に見つかればどんな目にあわされるか解らないのに、それでも私の事を心配してくれて兄に手紙を出してくれた執事とメイド長の優しさに私は私は泣いてしまった。
時折家へと手紙は出していたものの、帰って来る返事は皆元気なので心配せず勉学に励めとしか書かれておらずそれを鵜呑みにしていた自分に後悔していると兄も泣いていた。
でもお兄さま、それだけでは無いのです。
そう告げて先日の蛇の件を伝えれば、兄はなんとも言えない表情で固まってしまった。
「ファレグはこの国と両親に未練はあるかい?」
大きく深呼吸した兄に聞かれ私は首を横に振る。
興味本位で毒殺を試みている第二王子。
それを子供の悪戯だからと諫めない国王夫妻と臣下達。
娘の命を狙われたと言うのに抗議する事も無い父。
母に至っては第二王子をかばい手助けまでする始末。
その上おとぎ話の可哀そうな主人公を演じる自分に酔って私に良からぬ物まで飲ませてもいる。
こんな状況下でどう未練を持てと言うのかと逆に兄に聞いてみた。
「すまないファレグ。聞いた私が愚かだったよ…」
兄は溜息と同時にガクリと項垂れてしまった。
「以前から時折両親の言動が理解出来ない事はあったんだ。
でもまさかここまでだとは…
嘆いても仕方がないか。
よし、ファレグ。どうしても持って行きたい大切な物はあるかい?
それらを鞄に詰めたらすぐに此処を出よう」
どうしても持って行きたい大切な物…
思い当たる物は1つしかなかった。
老夫婦から貰ったあの図鑑、あれだけは持って行きたいと隠してある場所を兄に伝えた。
「他には無いのかい?」
少しの間考えて見たけど何も無かった。
「そうか、生活に必要な物は向こうで揃えればいい。
ファレグが大切に思える物もこれからは増えていくだろう。
本当なら馬車の方がいいんだろうけどね、急ぐから馬で移動するよ」
両親に気付かれる前にこの国を出てしまいたいのだと兄は言った。
私は老夫婦の事が気になり兄に聞いてみた。
老夫婦は兄が此処に到着してすぐ、事情を話しこれまでお世話になったお礼と路賃にとお金を渡してあるらしい。
すぐにこの家から離れて遠くに行くようにとも言ってくれたらしく、老夫婦は私達の為に日持ちのする食べ物を小さな鞄に用意してくれた後旅立ったようだ。
それを聞いて私はほっと安心した。
「これをファレグに渡してくれと頼まれている」
そう言って手渡されたのは端切れで作られたクマの人形と雑紙に書かれたメッセージ。
『 おじょうさま、13さいのおたんじょうびおめでとうございます 』
ああ、私の誕生日を祝ってくれる人がいた。
絵本の中で見た事があるクマの人形、初めて手で触れる事が出来る人形だ。
キュッと抱きしめればあの老夫婦と同じ匂いがした。
「お兄さま、どうしても持って行きたい大切な物がさっそく増えました」
そう言って微笑んだ私だけど、少し泣きそうになっていた。
「そのまま抱きしめて行くかい?」
「そうしたいけど、落としたら嫌なので図鑑と一緒に鞄へお願いします」
「解ったよ」
兄は添えられていたメッセージも皺にならないよう図鑑に挟んでくれた。
そうして私達は最小限の物だけ持ってこの日の内に小さな別荘を後にした。
馬を飛ばせば2日で国境を越える事が出来る。
でも残念ながら私の体調が万全ではなかった為、国境を越えるまでに3日掛かってしまった。
それでも馬車よりは早かったらしい。
国境の大きな門で兄は馬から降りて何かの手続きをしていた。
私も馬から降ろして貰い待っている間少し離れた場所で手足を伸ばしながら待つ事にした。
ずっと馬に乗っていたからなのか歩き方が少し変になった…
誰も見ていないだろうし大丈夫よね。
手渡された紙を見ていた騎士のお兄さんと目が合ってしまいお兄さんは眉を下げてしまった。
私の変な歩き方見られてしまったかしら…
そう言えば髪の毛も服もボサボサだったし見苦しかったのかもしれない。
そう思ったら少し恥ずかしくなってしまった。
騎士のお兄さんは私の近くまでやって来て頭をポンポンと撫でた後
「この先は道も悪くないからもう少し楽になると思うぞ」
と声を掛けてくれた。
なんの事だろうと思ったのだけど、騎士のお兄さんが自分のお尻をポンと叩くのを見て「あ!」と思った。
毎日馬に乗っているのでお尻が少し痛かったのだ。
私は騎士のお兄さんにありがとうとお礼を言った。
門を抜けるとそこは小さな町になっていた。
私は初めて町という景色を目にする。
絵本に出て来る様な可愛らしい家がズラッと並んで、あちこちからいい匂いがして沢山の人が動いている。
「お兄さま、私初めて町と言う物を見ます。
凄いですね、王都のお屋敷よりも沢山の人がいます!」
「え? あぁ、うん。そうだね。
でも私達が今日泊まる町はここよりももっと多くの人がいるよ」
「そうなのですか!」
私は初めて見る物ばかりですこしはしゃいでしまった。
「ファレグ、あまりはしゃぐとまた熱が出てしまうよ?
これからはゆっくりと町へ出掛ける事も出来る様になるから
今は落ち着いてね?」
「私が町へ出掛けてもよいのですか!」
またもやはしゃぐ私に兄はくしゃりと頭を撫でて落ち着くようにと言った。
そうよね、また熱が出たら大変だもの。
落ち着かなければとは思うのだけど、私の目は右を見たり左を見たりと忙しかった。
小さな町を抜ければ草花が広がり緑の絨毯みたいになっていた。
その緑の絨毯の真ん中が道になっていた。
絵本で見た草原はこんな感じなのだろうと思い深呼吸をしてみる。
これが草の匂いなのだろうか、ちょっと苦手な緑のお野菜と似た匂いがした。
兄は国境を越えてしまえばひとまず安心だからと言い
私達は少し大きな町まで移動した後2,3日ゆっくり休息する事にした。
読んで下さりありがとうございます。