表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

26:とびきりの笑顔を

朝からゆったりとお風呂に入って、肌が健康に見える様にたっぷりとオイルとクリームを塗り込んで貰った。

血色が良く見える様にほんのりと化粧もして貰った。

ドレスは少し大人っぽく見える黒を基調とした物にして貰い、リボンは陛下に貰ったあの綺麗な金の刺繍が入った黒いリボン。

鏡の中の私は相変わらず小さいけれど、それでも少しは大人っぽくなったように見える。

私なりに精一杯背伸びをした姿だ。

きっと今日という日は特別な日になると思うから。


コンコンッ と扉を叩く音が聞こえて祖父が顔を覗かせる。


「これは驚いたな。すっかりレディじゃないか」


祖父が驚いているので私はフフフと笑う。


「お兄さまも驚いてくれるでしょうか」

「ああ、間違いなく驚いて喜ぶだろう」

「それならサプライズの成功ですね」

「なるほど、サプライズか。私も驚いたよ」


アイダやばあやと顔を見合わせて(成功ね)と微笑む。

今日は家庭教師や叔父も招いているし、皇太子殿下まで来るのだと聞いている。

兄にとっては恩人であり親友なのだから当然かもしれないけど、仕事は大丈夫なのかしら。

先日の移動動物園にも来てらっしゃったし。

皇太子殿下と言うのは忙しいのだと思っていたのだけど。


「さぁ素敵なレディ、お手をどうぞ」


祖父のエスコートを受けて、晩餐室へと向かう。

今日は王太子殿下も来るから晩餐室を使うのだそうだ。


家庭教師と叔父はすでに席に着いていた。

私と祖父も侍従に案内されて席に着く。

最後に現れた兄と王太子殿下は文字通りの王子様みたいだった。

2人共黒の礼装で、施された刺繍の色が違うだけだった。

兄弟と言われてもいいくらいに似ていて格好良く、思わず見惚れてしまった。


「お兄さま、格好良い。とても素敵です」

「ファレグにそう言われると嬉しいな、ありがとう」

「おや、私も負けていないと思うんだけどな」

「殿下もお兄さまとお祖父さまの次に格好良いです」

「私は3番目か…」


まぁまぁと祖父に促されて、2人も席に着きお祝いの乾杯をする。

色とりどりの料理が順番に運ばれて来てどれも美味しそうだ。

私の分は少量にして貰ってあるし料理長も心得たもので、食べやすいように工夫が凝らされてあった。


「ファレグ嬢は相変わらず食が細いのだね、それで足りるのかい?」

「はい殿下。1回の量は少ないですけど

 これでも毎日6回に分けて食べているので大丈夫ですよ。

 それにちゃんとおやつも食べていますし」

「6回?! それなら大丈夫そうだね」


殿下は驚いてらっしゃるようだけど、スープだけの時もあったりするので実際はそれでも普通の人の量には追い付かないのだ。

叔父は食べられているだけ良いのだと言っていた。


皆で楽しく食事をして、デザートになった。

今回もデザートをコッソリと用意していた。

図書室で毒について調べていた時、擬装用に置いていたお菓子の本に載っていたミルクレープと言う物を作ったのだ。

クレープにクリームを挟んで何層にも重ねたケーキ。

これなら失敗もなく簡単に作れたのだ。

仕上げは切り分けたミルクレープに粉砂糖を振りかけて桃と苺をスライスして乗せた。


「ファレグ嬢が作ったのかい?」

「そうだよ、お祖父様の時もデザ-トはファレグが作ってくれたんだ」

「え?それ私は呼ばれてないよね?」

「呼ぶ必要もあるまい」

「えぇ、伯父上酷いっ」


殿下は不満を漏らしながらも美味しそうにミルクレープを食べていた。

兄はやっぱり「このまま永久保存して飾っておきたい」と言っていた。

そんな兄を見て祖父は「食べないのなら私が食べるが?」などと言って笑っていた。

家庭教師も叔父も美味しそうに目を細めて食べてくれている。

そんな皆の笑顔を見ながら、私は幸せだなぁと思ったのだった。


食後のお茶を飲みながら、少しの間歓談して兄の誕生日会は終わりとなった。

私は少し疲れてしまったので明日の朝贈り物を渡すと兄に伝えた。

兄は楽しみにしていると言ってくれた。


自室に戻りドレスを脱いで部屋着に着替えた。

疲れたのでこのまま寝るからと、アイダやばあやにも下がって休んでくれる様に伝えた。

2人が下がって私1人になったのを確認すると、テーブルの上に皆へ宛てた手紙を並べる。

兄の分には梱包した小さな姿絵も一緒に。


実を言うと午後から息苦しさとお腹の上部と胸の痛みがあったのだ。

叔父が前もって渡しておいてくれた痛み止めの薬のお陰でなんとか晩餐会を乗り切れた。

私はきっと明日の朝を迎える事が出来ない気がする。

晩餐では上手く笑えていただろうか。

皆の記憶に私は笑顔で残る事が出来ただろうか。

そう考えればズキリと痛みが走り息苦しさが増した。

まだ、倒れる訳には行かない。

ベッドに辿り着かなくては。

穏やかな顔で寝ているように見せなければ…

その為に私の手元には1つの薬があるのだから。

叔父がいよいよ最後だと感じた時や、痛みに耐えられなくなったら飲むようにと芥子で作られた強い痛み止めを用意してくれたのだ。


「無力な私を許して欲しい。

 このくらいしかしてやれなくてすまない」


そう言って叔父は涙を流した。

そんな事は言わないで欲しい、叔父の協力があったからこそ私はこの日を笑顔で迎えられたのだから。


立ち上がればよろめいてしまいそうだから、ゆっくりと四つ這いで移動する。

音を立てないように、倒れてしまわないように、ゆっくりゆっくりと。

少し動いただけでも息が上がってしまう。

それでも、まだ…

あと少しだけ頑張らなくては。

ベッドに辿り着くとサイドテーブルに置いてある水に手を伸ばして掴む。

薬を口の中へ運び水で流し込み、グラスを元の位置に戻す。

落としてしまわないように、ゆっくりと慎重に。

そしてベッドの中に潜り込み目を閉じて、これまでの事を思い出す。

幼かった兄が夜こっそりとホットミルクを持って来てくれたのに、間違えて塩を入れたみたいでしょっぱかった事。

夜中にこっそり2人で食べた少し湿気ていたクッキーが美味しかった事。

ばあやに貰った図鑑とクマの人形が凄く嬉しかった事。

祖父が声色を変えて本を読み聞かせてくれて楽しかった事。

この離宮に来て、たくさんの温かい笑顔に囲まれて過ごせた事。

美味しい食事に美味しいお菓子。

ここで過ごして沢山の初めてを経験させて貰えた。

私は凄く幸せだった。

だから皆には私の幸せそうな笑顔を覚えていて欲しい。

そう思い大好きな人達の顔を思い浮かべれば、私の顔は自然と笑みを浮かべて深い息を1つついた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「お嬢様、おはようございます。

 そろそろお着換えなさいませんとお兄様のお見送りが…

 お嬢様?…

 アイダ様、アイダ様来てくださいませ…」

「どうしました?

 まさか… そんな…  お嬢様……」


お見送りもさせて下さらないなんてと静かに泣くばあやことカナディ。

最後のご挨拶位させて欲しかったと涙を溜めるアイダ。

2人はベッドの中で幸せそうに微笑んだまま眠るファレグを見つめて思う。

お嬢様はきっと解っていたから昨夜早くに自分達を下がらせたのだろうと。

いつも「私の笑顔を覚えていて欲しいの」と言っていたから一瞬でも苦痛に歪む顔をみせたくないと気を使ったのだろうと。


「私は旦那様にお知らせしてまいります。

 カナディ、貴方はお嬢様に薄化粧を施して差し上げて」

「承知いたしました」


知らせに来たアイダの顔を見て祖父は言葉を聞く前に部屋を飛び出した。

そのただ事ならぬ様子の祖父の姿を見た兄もまたすぐに走り出し後を追う。

2人共、いや離宮の全員がファレグの体調が思わしくは無い事を知っていた。

知った上でファレグが知られたくないと願うのであればと知らないフリを続けていたのだ。

ファレグが皆に自分の笑顔を見せたいと願ったように、皆もファレグに自分達の笑顔だけを見せたかったのだ。


ベッドに横たわるファレグはまるで楽しい夢でも見ているかのように、とびきりの笑顔を浮かべていた。

テーブルに並べられた大量の手紙はいったいいつの間に書いたのか。

この厚さはまるで冊子ではないか。

それぞれが手紙を受け取って胸に抱きしめる。


「さぁ皆の者。まだ泣いてはならぬぞ。

 ファレグの望み通り、笑顔で見送ってやらねばな」


祖父の声に皆が頷き動き始める。


葬儀は両陛下と離宮の者のみでしめやかに行われ、敷地内の墓所で両親の隣に埋葬された。





(ファレグ、君は幸せだったのかい。無理をさせていたのではないかな。

 余りにも君の人生は短くて、私は兄らしい事が出来ていたのだろうか)

小さな肖像画に語り掛ける。


『あらお兄さま、私のこの笑顔が偽りだと言うの?私は幸せよ。ふふっ』

そう笑うファレグの声が聞こえた気がした。

これにて完結となります。

長年巫毒に侵されていたあげく義母達に毒を盛られていたなんて設定にしたが為長生きさせるには無理がありましたが、短いながらもファレグは自分が幸せだったと思える人生を過ごしました。

ご愛読いただきまして有難うございました。

多くのアクションや評価、ブックマークや誤字報告を頂けました事感謝申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ