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25:気が付けば厚くなっていた手紙

翌日からは 家庭教師、アイダ、ばあやの3人が私と一緒に移動動物園へと通ってくれた。

家庭教師は私がとても良い表情をしているからとスケッチをしていることが多かった。

それでも黄色いフワフワの雛達の前では相好を崩していた。


午前中は動物達を見て周り、昼食を挟んで午後からはふれあいコーナーを堪能した。

係のお兄さんやお姉さんに毎日来て飽きないのかと聞かれたけど、飽きるなんてとんでもない。

時間が足りないくらいだ。

幸い、今の所体調を崩す事も無く毎日来る事が出来ている。

展示終了まで後2日、このまま毎日来れればいいな。


なんて思ったのが悪かったのか、最後の2日間は雨だった…

残念だけどお天気ばかりはどうしようもない。

こんな事ならもっとウサギをモフモフとしておけばよかったかな。

雛達ももっと撫でておけばよかったかな。

あの真っ白なボールパイソンも触ってみればよかったかもしれない。


「お嬢様。さすがに本物は無理ですがウサギと雛でしたら人形を作りましょうか」

「え? 作れるの?」

「お嬢様が沢山描かれたスケッチを見ながらでしたら作れそうな気がします」

「わぁ、作れたらとても素敵ね。私毎日抱っこして寝るかも」

「でしたら早速

 あのメイドと相談してどの布が良いのか等を相談してまいりますね」

「ええ、お願いね」


そうして兄の誕生日まで後2か月となった頃、私は食欲が落ちて体調を崩してしまった。

叔父の見立てでは体の内側、色々な臓器の損傷が悪化しているらしい。

残念な事に、食べ過ぎや飲み過ぎと違って改善で出来るような薬は無いとの事だった。

つまりそれは、私に残された時間は少ないと言う事だろう。

祖父や兄には暑さのせいで食欲が落ちていると言う事にして貰った。


気落ちしている場合ではない。

私にはまだやらなければならない事がある。

家庭教師に絵も完成させて貰わなければならない。

それに祖父や兄へ、いかに私が幸せで楽しく過ごせていたかを伝える為に手紙も書かなければ。

叔父にも、私があの国で幼いころから感じていた体の不調やその時の症状なんかも思い出せる限り書き記しておかなければ。

こんな巫毒のような事二度とない方がよいけれど、絶対に無いとは言い切れないし皇族は狙われやすいだろう。

叔父ならば私の症状などからあの人や第二王子が使った毒なんかも探し出す事が出来るかもしれないし、対処方法や解毒剤を見つけ出せるかもしれない。

私の経験が役に立つのであれば、あの国での出来事も意味があったのではないかと思える。


「ばあや、アイダ。これからもっとお世話を掛けてしまうけどごめんね」

「お嬢様… 代われる物ならばこの年寄りが代わって差し上げますのに…」

「このアイダ、お嬢様の為でしたら寝る間も惜しんでお世話いたしますとも」

「あらそれは駄目よ。寝る時はちゃんと寝てくれないとアイダが倒れてしまうわ」


その後家庭教師にも話をして今までと変わらない態度で、決して祖父や兄に悟られないで欲しいとお願いした。

家庭教師には「お嬢様の聡明さが今日ばかりは恨めしいです」と言われてしまった。

そしてもし祖父や兄に何か聞かれたら「兄の誕生日までは内緒です」と誤魔化すようにして貰った。

そう言っておけば祖父も兄も私達がコソコソと兄の誕生日の贈り物の準備をしているのだと思ってくれるだろう。


体調が良い時はこれまで通り、庭の散歩も続けた。

食事は何度かに別けて少量ずつ食べるようにした。

敷地内にあると言う珍しい植物が集められた庭園にも祖父と行ったし、町にやって来た大道芸人の公演にも兄と行った。

なるべくいつもと同じように、を心掛けた。

幸い体力はまだ歩けるくらいにはあるので、そこまで落ちていないと思う。

いつもと変わらない毎日が私にとって1つ1つ大切な宝物となる。


食事の時も祖父や兄となるべく同席するようにした。

料理長が気を使って食べやすい物を少量ずつ用意してくれるので感謝しなければ。

祖父や兄も無理はするなと言ってくれるけど、私が2人と一緒に食べたいのだと言えば笑顔を見せてくれた。

夕食後に自室に戻ってから寝るまでの間が私の執筆時間となる。

勿論無理はしないように、体調が思わしくない日は素直に寝る事にしている。

少しずつでも書いておかないと、私の思いを伝えないと。


あの隣国での生活の中、兄の存在がどれだけ支えとなっていたのか。

あの人達の目を盗んで会いに来てくれ、本を読み聞かせてくれた事がどれだけ嬉しかったか。

あの別荘に迎えに来てくれた事も、アイダやジャック、アンクラブ夫婦を助け出してくれた事もどれだけ感謝しているのか。

帝国に来てから一緒に過ごす時間がなによりも大切で私は幸せだったのかを伝えたかった。


私に祖父と言う存在が出来た事。

温かく迎えて貰って嬉しかった事。

手作りの食事が心まで温かくなって美味しかった事。

抱きしめられた時おひげがくすぐったかった事。

祖父の大きな手としわくちゃな笑顔が大好きだった事。

私達を受け入れて、守ってくれて感謝している事。

祖父と出会えて私は幸せだった事も書き残して伝えないと。


あれも伝えたいこれも伝えたいと書き加えて行ったら厚くなってしまって、アイダに本にした方が良いのではないかと笑われてしまった。

そんな事はないと思ったのだけど、絵本くらいにはなりそうな厚さになっていて自分でも驚いてしまった。

これは読む方も大変そうだなと思ったけど、私からの感謝と愛情の現れなのだと諦めて貰おうと思う。

アイダやばあや、家庭教師にもこっそり手紙を書いておかないとね。

なるべく厚くならないように気を付けなければ。

と思ったのに、結局は1つの封筒に入りきらなくて3つに別けて番号を振っておいた。


叔父に当てた手紙はもはや手紙とは呼べず、分厚い何かになっていた。

思い出せる限りどんな症状だったか、口にした時どんな味だったか、あの投げつけられた花や蛇はどんな形と色だったかなどを細かく書き記したからだ。

どう考えても封筒には無理なので箱に入れる事にした。


急激に体調が悪化する事も無く、穏やかな日々が過ぎていく。

薬のお陰で痛みも抑える事が出来ている。

そして兄の誕生日前日、贈り物である手のひらサイズの私の肖像画が完成した。

家庭教師が何回も描き直しては完成させてくれた1枚で、絵の中の私は健康的でほんのりとバラ色の頬をして最高の笑顔をしていた。

鏡を見ているのではないかと思ったくらいだ。

もっともこんなに健康的ではないのだけど。


「何を仰るのですか、私達の目にはこの様に素敵な笑顔に映っておりましたよ」

「そ、そうなの。ありがとう」


そう言われて照れ臭くなってしまう。


時々手足が強張ったり息苦しくなる事はあるけれど、あの国に居た頃に比べればどうという事は無い。

量は少なくても食べたいという意欲はあるしまだ歩く事も出来るし、ぱっと見にはやせ細っても居ない。

叔父に言わせればやせ細っているけど体が浮腫んでいるのでそう見えないだけなのだそうだ。

それでもいい、祖父や兄に解らなければいいのだ。

明日は兄の誕生日なのだから、心配させてはいけない。

ずっと笑顔で居て貰う為にも、私も笑顔で過ごさないとね。



読んで下さりありがとうございます。

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