22:祖父の誕生日
あれから数日後、体調も戻った私は日課である庭の散歩をしていた。
手には勿論図鑑を持っている。
今日は庭の池にやって来る鳥を観察するのだ。
足が長くて頭は白く、胴は灰色。
ちょっと高い声で「グギャァ」と鳴く鳥なの。
その鳥とは別に真っ白で足の長い鳥もたまに見かける。
図鑑のページをパラパラと捲って、あった!
アオサギとコサギと言う名前みたい。
青くないのにアオサギなんだ、不思議だね。
地面に広げたラグに座って待っていると、アオサギがやってきた。
チャポンと池に降りて・・・
バシャッ パクッ
「 …… 」
池の魚を食べてしまった…
川や沼、池などで魚を捕まえて餌にしていると図鑑に載っていたけど、まさかこの池でも獲っているとは思わなかった。
えぇと、これはどうしたらいいのだろう。
池のお魚も生きているし、でもアオサギも生きる為に捕まえているのだし。
「私達だって肉や魚を食べる為に狩りや漁をするだろう?
アオサギだって同じだよ。
魚だって生きる為に虫を捕まえる事だってあるんだよ。
生きる為には必要な事でもあるからね。
だから私達は追い払ったりせずに見守っていればいいんだよ。
ほら、見てごらん。
魚だって深い場所へ逃げたり、水草の影へ隠れたりしているだろう?」
「わぁ、本当ですね。
あぁ!お祖父さま、あの魚凄いです。
アオサギの嘴を避けてスイスイ泳いでます。
凄い凄い! 頑張れお魚さん!
あ、でも捕まえられないとアオサギもお腹が空いてしまうのよね。
えぇと… どっちも頑張って?」
魚以外は何を食べるのだろう。
図鑑を見て見れば…
ごめんなさい、私には用意してあげる事が無理かも。
だってネズミとかカエルって書いてあるんだもの。
無理無理、触れないし!
しばらく観察した後は部屋に戻って休憩する事になった。
出されたお菓子はクッキーで作られた小さな家?
え、お菓子で家が作れるの?
凄く可愛いのだけれど。
可愛くて食べるのがもったいない気がする。
「これ、しばらく飾って眺めてたいな…」
「お嬢様でしたらそう仰ると思いまして、もう1つ用意してございますよ」
「はぅっ…」
もう1つは眺めても楽しめるようにとアイシングでカラフルに飾られていた。
こっちも可愛い。
このお菓子の家は「ヘクセンハウス」と呼ばれていて寒い時期に作る事が多いのだそうだ。
そして私は閃いた。
私が作るとどうやっても硬くなるあのクッキーも、こうやってお家にして飾ればいいのではないかしら。
いくら硬くても温かい季節は駄目だろうけど、寒い季節ならしばらく楽しめそうだし。
でも待って。
その為にクッキーを焼くの?
食べられないのに?
お菓子の家は見て楽しめて食べて楽しめるからいいのに。
飾るだけなら木片で作ってもいいわよね?
うん、私のクッキーで作るのは止めておこう。
そして意を決してお菓子の家の屋根を1つ、手に取って見る。
なんだか家を壊しているみたいで罪悪感が…
ふんわりとココアの匂いがして、思わずパクリと口の中へ。
美味しい。
どうやら私の罪悪感はそそくさと何処かへ出掛けてしまったようだった。
お茶とお菓子を楽しんだ後は自室に籠って絵を描いた。
明日には仕上がると思うから、祖父の誕生日には間に合いそうだ。
数日間寝込んでしまったので間に合うか心配だったけど、よかったなと思う。
祖父の誕生日当日。
朝から祖父の誕生日を祝いに来客が多い。
皆贈り物を渡して挨拶だけで帰って行く。
それと同時に贈り物を届けに配達人が次々とやって来る。
祖父は多くの人に慕われているのが解かる。
「今年は特に来客が多いのですよ。
皆様あわよくばお嬢様にお会いできるかもと思ってらっしゃるのでしょうね」
侍女長がコッソリと教えてくれたけど、私に会ってどうしたいのだろうか。
会った所で得をするわけでも無いし意味が無いと思うのだけども。
珍しい物見たさなのかしらね?…
昼食の時祖父はボヤいていた。
「まったく、暇人共め。
この齢になって茶会だの夜会だのと行く訳がないであろうに。
それにファレグを連れてなどもっと行く訳が無い」
「私も一緒にと言われていたのですか?」
「縁続きになりたいのだろうが、こちらとしてはいい迷惑だ」
訪問自体も本当ならば断わりたいのだそうだけど、まだ健在だと示すために断れないのだそうだ。
食後も祖父は来客の対応に追われている様だった。
せっかくの誕生日なのにゆっくりする事も出来ないのね。
やっぱり貴族って面倒臭いと思う…
私の方は部屋で最終確認をしていた。
絵は無事に仕上がって梱包も済んでいる。
カードも用意したし、クレープも焼き上がっている。
果物もカット済みだし、クリームは職人が泡立ててくれた。
料理長や料理人も張り切って料理を作ってくれていた。
兄も今日は早めに仕事を切り上げて帰って来ると言っていたし、あの医師の叔父も来るのだと言う。
うん、あの叔父ならば少しは慣れたし大丈夫だと思う。
たぶん準備は大丈夫よね、忘れている事はないよね。
「いいえ、ございますよお嬢様」
ばあやの声に驚いてしまう。
何か忘れているのだろうか。
「お嬢様の身支度がまだでございますよ」
あれ? このままじゃあ駄目なのだろうか。
そう思っている間にも、手際よくワンピースを脱がされてお風呂に放り込まれた。
え? えぇ? お風呂からなの?
いい匂いのする石鹸で髪や体を洗われて、オイルやクリームをたっぷりと塗り込まれて。
なんだか私が料理されている気分だ。
そして用意されていた薄い青色、ベビーブルーのドレスを身に纏った。
祖父や兄の眼の色で私が好きな色だった。
ワンピースではなくてドレスなのね…
上手く歩けるかしら。
髪は一部を結い上げてもらってリボンを付けた。
ドレスの色と合っていて丁度いいと思い王太子殿下に頂いたあのリボンにしたのだ。
「さあ仕上がりましたよ。これで完璧です」
鏡に映った私の姿は少しだけ母に似ているような気がして嬉しかった。
身支度が整えば、丁度夕食の時間になっていたので食事をする部屋へと移動する。
まだ誰も来ておらず、私は席について待つ。
次にやって来たのは兄だった。
兄も今日はお洒落な服装で格好良かった。
普段も勿論格好良いのだけれどね。
少しして叔父がやって来たので立ち上がり軽く挨拶を交わす。
そして最後に祖父が現れ、夕飯が始まる。
いつもよりも華やかな夕食だった。
前菜はエビを使った物で色鮮やかだったし、スープも野菜たっぷりのミネストローネだった。
お肉は鴨のコンフィ、サラダはオレンジが入っていてサッパリとしていた。
デザートのタイミングで、材料を乗せたワゴンを押して料理長が現れた。
私は椅子から離れてワゴンの前に立ち、アイダにエプロンを着けて貰う。
「まさかファレグが作るのかい?」
「はい、お兄さま」
練習はしたけど、こうやって人前で作るのは初めてだから少し緊張する。
大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。
深呼吸をしてクレープを1枚そっとお皿に乗せる。
カスタードクリームと果物を乗せて、クレープを折りたたんで…
仕上げに白いクリームと薄切りの苺で飾れば、出来た!
1つ完成させることが出来れば緊張も無くなって、残りの3つも落ち着いて仕上げる事が出来た。
失敗しなくてよかった。
出来上がったクレープはメイドが配膳してくれたので私も席に戻る。
「まさかファレグが作ってくれた物が食べられるなんて長生きはするものだな」
「私も今日、同席する事が出来て幸運でしたね」
「私はこのまま食べずに永久保存しておきたい…」
「お兄さま、ちゃんと食べて下さいね?」
皆が一口食べた後の反応を待つと、美味しいと言ってくれた。
よかった。
私1人で全部を作った訳では無いけれど、喜んで貰えたのは素直に嬉しい。
食後は場所をリビングに移して少しお喋りを楽しんだ。
しばらくすると叔父は満足そうに笑って帰って行った。
そして祖父にカードと絵を渡す。
「お祖父さま、お誕生日おめでとうございます。
これからもずっと元気で居て下さいね」
祖父は梱包を剥がし絵を見つめると、笑顔で墓の中まで持って行くと言い出した。
それはちょっとやめて頂きたい…
ともあれ、祖父への贈り物はとても喜んで貰えたようでよかったと幸せな気分になれた。
読んで下さりありがとうございます。




