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21:お茶の香り

毎日少しずつ、絵は描き進めている。

祖父は喜んでくれるだろうか。

クマの人形の絵になってしまったけど大人の、しかも男性に送っても変ではないだろうかという不安もある。

けれどもアイダもばあやも「お嬢様がお描きになってのですからきっとお喜びになられますよ」と言ってくれたので頑張って仕上げたいと思う。


そんなある日、兄がお見合いをする事になった。

兄はあまり乗り気ではなかったようだが陛下に勧められて断り切れなかったようだ。

お相手は宰相の姪にあたる侯爵令嬢だそうだ。


「まあ会うだけ会って見るよ。

 釣書を見た限りは問題はなさそうだったし

 こちらの釣書にはファレグの事も書いてあるしね。

 1回会っておけば陛下にも断りやすくなる」

「でもお兄さま、良さそうなご令嬢でしたらお話を進めてくださいね?」

「ああ、解かっているよ」


私としては兄に幸せになって欲しい。

私を気に掛けてくれるのはありがたいけど、私の為に自分の事を我慢して欲しくないのだ。

お見合いは本宮殿にある庭園で行われると言うので私は安心した。

もし、この離宮でやるとなって鉢合わせしてしまえばどうしていいのか困ってしまうからだ。



なのに何故今この様な状況になっているのだろうか。

離宮の庭にあるガゼボで第一皇女殿下とお見合い相手のご令嬢が目の前で座っているのだ。

お見合いは来週だと聞いていたし、場所もここではなく庭園で行うと聞いていたのに…


「ごめんなさいね、急に訪ねて来てしまって」

「申し訳ありません、私が殿下にお願いしましたの」

「そう、ですか…」


予め解っていたのであれば、まだ心の準備が出来る。

でも突然の出来事に対して私はまだ対応出来ないのだ。

嫌な緊張が走って体が強張ってしまう。


「どんな方なのかお会いしておきたかったのです」


それならそうと事前に都合などを問い合わせてくれればよかったのに…

相手を訪ねる時はまず先触れを出して伺いを立てるのだと習ったのだけどな。


侍女がお茶とお菓子を並べて下がる。

ふわりと香ったお茶の匂いで、あの光景が頭に蘇る。


王妃と母だった人の笑い声。

第二王子の薄ら笑い。

お茶を飲んだ時の…

あの香り…


体が震えて体温が下がって行く。

喉が焼ける様に熱くなって…

息が…

苦しい。


「この茶葉は隣国より取り寄せましたの。

 隣国でお育ちになったとかで…

 え、ファレグ様?…」

「ファレグ嬢? どうしたの?しっかりして。

 誰か! 医師と大叔父様に連絡を!」


ヒューヒューと喉から嫌な音が聞こえる。

上手く息が、出来ない。

体の震えが大きくなりグラリと体が傾いて行く。


嫌だ。

苦しい。

お兄さま、お祖父さま助けて。


叫びたくても、手を伸ばしたくても私の体がガタガタと震えるだけで動けないでいる。

やがてケホッと吐いた後、私はそのまま意識を失う。



どの位の時間が過ぎたのだろう。

私が目を覚ますとベッドの中に居て、窓から見える景色はすっかり夜になっていた。


「よかった、気が付いたかい。

 怖い思いをさせてしまったね、ごめんよ」


兄の手がそっと頭を撫でてくれる。

私はどうして…

そうだ、あのお茶の香りがして…

思い出すとまた吐きそうになってしまう。


「大丈夫、大丈夫だから。

 思い出さなくていいんだ」


そう言いながら兄は背中を撫で続けた。

少しして私は落ち着いた。


「お兄さま、ごめんなさい。

 私皇女殿下と侯爵令嬢の3人でガゼボに居て…」

「うん、皇女殿下から聞いたよ。

 先触れも無く押しかけて来たんだってね。

 お祖父様がかなり怒っていらしたよ。

 当然お見合いの話もお断りさせてもらったよ」

「ごめんなさい、私のせいで…」

「ファレグのせいではないから大丈夫だよ」


皇女殿下と侯爵令嬢はご学友だったそうで、令嬢に頼まれ自分も会いたかったからと押しかけてしまったらしいと兄が話してくれた。

私が今回倒れたのは心的外傷、トラウマと言うもので心に負った傷が大き過ぎた為お茶の香りがきっかけとなって原因となった出来事を思い出してしまったのだろうとの事だった。

まさかあのお茶の香りでこんな事になるとは思ってもみなかった。

今までこんな事は無かったのにと思ったけど

この離宮では皆が気を使ってくれていて隣国の茶葉は取り扱わない様にしていてくれたのだとか。

そこまで気を使ってくれていたなんて…

ありがたいような申し訳ない様な…


「気にする事はないよ、誰しも苦手な物はあるのだからね。

 私だって種類にもよるけどご婦人方の使っている香水の匂いは苦手だしね」


確かにそうかもしれない。

町で出掛けた時うわっと思うほどきつい香水の匂いがするご婦人がいた…


「あの茶葉も令嬢が取り寄せて持って来て、殿下の侍女が煎れたものだから

 皆気付けなかったらしいんだ。

 うちの侍女やメイドなら絶対に気付いたのだけどね」

「そうなのですね。

 皆にも心配かけてしまったわ…」

「そうだね。

 でも皆、次からは仮令皇女殿下であろうとも先触れがなければ追い返します!

 と息巻いていたよ。フフフ・・・」

「えぇ… それだと不敬になりませんか…」

「私もそう言ったのだけどね。

 お嬢様の方が大切ですから!と言われてしまったよ」

「まぁ…」


皆の気持ちは嬉しいけど、不敬になるから絶対に止めてほしかった。

そうよ、そうよね。

私が断れるようになればいいんだわ。

そうすれば皆が不敬に問われる事がなくなる。

その為にも早く元気にならなければ。


その後祖父が戻って来た。


「ファレグ、もう心配はいらぬからな。

 仕事なんぞ辞めてやったわい。

 これでずっと側に居てやれるからな。ふっはっはっはっ」

「お祖父さま?!」

「まさか…辞職されたのですか!

 えぇ… 私も辞めたかったのに…」

「お兄さま?!」

「何を言う、其方はまだ若いのだからしっかりと働くがよい」

「ぅぐぅ…」


祖父が仕事である教授職を辞めて来てしまった。

元々年齢の事もあってのんびりしたいと言っていたのを学院側が引き止めていたのだそうだ。

そうか、祖父がずっと離宮に居てくれるのか。

ついさっき私が断れるようにならなければと決心したばかりなのに、安心してしまった。


「大丈夫だ、焦らなくていい。

 ゆっくりでいいんだよ」


祖父はそう言って抱きしめてくれた。

そうだね、トラウマと言うのは中々消えなくて難しいのだと兄も言っていたし、焦らずに行こうと思う。


そうしてスープを飲んで出されている薬も飲むのだけども…

うぅぅ… 物凄く苦い。

飲み込めずにいると兄が「そんなに苦いの?」と少し指ですくって舐めた。


「ぐっ…うぇ…」

「そんなにか…」


祖父の問いかけに兄は薬を差し出し、祖父も指ですくって舐めている。


「ゥ"ェェェ…  これはいかん。すぐ甥に言って薬を変えさせよう。

 こんなもの、飲めるか!」


祖父はすぐに水で口をゆすいでいた。

私もなんとか飲み込んで、すぐに水をゴクゴクと飲んだ。

良薬口に苦しと言うことわざがあるのだそうだけども、これは苦すぎるんじゃないかな…


読んで下さりありがとうございます。

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