20:諦めも肝心
お土産のお守りは、祖父、兄、アイダ、ばあや、モルトじい、ジャック、陛下、皇后陛下、皇太子殿下へと渡した。
とは言っても陛下達3人には祖父から渡して貰ったのだけど。
陛下達はとても喜んで下さったのだとか。
祖父と兄なんかは箱に入れて取っておくなどと言い出すので身に着けてくれとお願いした。
お守りなのだから仕舞い込んでは意味がないと思うのだ。
あれから数日。
私は今家庭教師に人物画を習っている。
草花と違って難しい…
眼や耳などを左右対称にというのがまず難しいのだ。
それに頭と体のバランスも難しかったし、手足も意外と難しい…
ならば左右対称に慣れる為、図鑑の犬を見ながら描いてみた。
あれ?…
犬は上手に描けている…
では猫や小鳥は?
あれあれ?…
やっぱり上手く描けているし家庭教師も褒めてくれる。
ならばともう一度人物に挑戦してみれば・・・
「 …… 」
「 … 」
家庭教師と2人で頭を傾げる。
「何故こうなるのでしょう」
「不思議ですね、絵が苦手な人と言うのは犬猫でも苦手な人が多いのですが」
「不思議ですよね」
「ええ、不思議です」
家庭教師のアドバイスに沿って下線を十字に入れてバランスが解かり易いようにして描いても、左右対称にならないのだ。
何故に…
後日家庭教師が教えてくれたのだけど、どうやら人に対しての苦手意識が無意識下にあるのではないかと知り合いの医師に言われたそうだ。
無意識下の苦手意識…
それってどうすればいいのだろうかと悩んでしまったけど、家庭教師が無意識下なのだからどうしようもないと言った。
これはこまった。
私の家族が揃った絵を描いてみたいという願いは叶いそうにない。
「お嬢様、生きていく上では諦めが肝心な時もございます。
いっその事そこのクマの人形のように
全員をクマの人形として描いてみてはいかがでしょう」
「左様でございますね。
お嬢様は人物以外でしたらお上手に描けるのですから」
「なるほど、それは良いかもしれませんね」
家庭教師の提案にアイダやばあやも賛成している。
そうよね、人物画でなくてもクマの人形家族でもいいわよね。
クマの毛色をそれぞれの髪の色にして、眼の色も合わせて…
うん、それなら描けそうな気がしてきた。
「今から取り掛かればお祖父さまの誕生日に間に合うかしら」
「ええ、間に合いますとも」
「良かった」
そう、2か月後には祖父の誕生日がある。
だから私はプレゼントとして家族の絵を描きたかったのだ。
そしてもう1つ、祖父の誕生日に作りたいものがあった。
ケーキは難しいとの事だったので私でも作れそうな簡単なクッキーを料理長が教えてくれる事になった。
材料は4つだけ、お菓子用の小麦粉、バター、ミルク、蜂蜜。
それらを混ぜ合わせて一纏まりになったら手でクルクルと伸ばして包丁で切ってオーブンで焼くだけ。
オーブンで焼くのは料理長がやってくれると言った。
高温で危ないからと言われたのだ。
まずはとやってみる事にした。
教えられた手順通りにやっていく。
これならきっと失敗はしないはず…
包丁はばあやが持ち方を教えてくれ、ゆっくりと手を切らないように気を付けた。
初めてにしてはいいのではないかしら。
焼き上がりを待つ間にお茶を飲みながら休憩する。
徐々に香ばしい匂いがして来た。
「美味しそうな匂いよね」
「ええお嬢様。これは期待してもよろしいのでは」
「楽しみでございますね」
お茶を飲み終わる頃には焼き上がり、少し冷めるのを待ってから皆で1つずつ食べてみる事にした。
「 … 」
「うっ…」
「これは…」
「携帯食?…」
携帯食と言うのは水分を飛ばして日持ちを良くした冒険者や騎士達が遠出の際に持って行くものだ。
おかしいと思うのよ…
だって材料の分量は調理長と一緒に確認しながら量ったし、焼き上げるのは料理長がやってくれた。
私がやったのは混ぜてこねて切るだけだ。
それが何故にこうなったのだろう。
味は悪くないと思う。
ほんのりとした甘さがあってバターの風味もちゃんとする。
なのに硬い…
祖父やばあやだと歯が欠けてしまうのではないかと言うくらい硬い…
私やアイダ、料理長はまぁなんとか…
「料理長、私の何がいけなかったのかしら」
「おかしいですな、分量も焼き上げの温度も時間も間違ってはいないのに」
「不思議よね…」
「ええ、不思議ですな…」
残ったクッキーは騎士達に保存食と言う事で渡す事にした。
そして後日、もう少しバターとミルクの量を増やして試してみる事になった。
そしてあのクッキーを1枚だけ残しておいて家庭教師にもアドバイスを求めた。
「確かに少し硬いですが味は悪くないですね。
むしろ私好みです。
分量も焼き時間も温度も間違っている訳では無くこの硬さですか…
不思議ですが、これはあれですね。
少しばかり体力が必要ですがそこは料理人に手伝って貰えばいいでしょうし。
メレンゲクッキーと言う手もございますよ?」
そう言ってメレンゲクッキーの作り方を教えてくれた。
確かに卵白を泡立ててメレンゲにするのに体力が必要そうだった。
私の腕、大丈夫かしら。
全てを料理人任せにするのではなく、私も少しくらいは泡立てたいのだ。
後日改良版クッキーを作る時にメレンゲクッキーも試したいと料理長に伝えたら了承してもらえた。
今度は納得できる物に仕上がればいいなと思う。
数日後、再び挑戦したクッキーの結果はバターとミルクの量を増やして柔らかめの生地にしたにもかかわらず、前回と同じ硬さの仕上がりになっていた…
これには一緒に来ていた家庭教師も首をかしげていた。
メレンゲクッキーも料理人と交代で泡立てて、料理長に確認もして貰ったのに硬くなっていた。
クッキーと同じ様に私達はなんとかなっても祖父やばあやには無理だろうと言う結果になった。
「クッキーだから駄目なのでは?
クレープでしたらいかがでしょう」
家庭教師の提案にすぐさま試してみる。
勿論材料は料理長と一緒に慎重に計った。
お菓子用の小麦粉、砂糖、ミルク、卵。
くるくるとかき混ぜて、フライパンで薄く焼く。
ドキドキ…
「ど、どうでしょうか…」
ナイフで切り分けた感触は柔らかい。
皆で1口ずつ食べてみる。
「ふぉっ…」
「お嬢様これは!」
「しっとりと柔らかく成功ですな」
「ええ、間違いなくクレープですよ」
「よ… よかった~」
私はヘナヘナと座り込んでしまった。
これで祖父の誕生日に食べて貰える。
「当日はクリームや果物で飾り付ければよいでしょう」
「はい、皆さん協力して頂きましてありがとうございます」
「お嬢様の頑張った結果でございますよ」
「ええ、ようございました」
残っていた生地も全部焼いて、皆に好きな果物やクリームを挟んで食べて貰った。
焼き方も少しは上手になってきたと思う。
私は安心して、当日には何を挟んで飾ろうかと思いを巡らせるのだった。
読んで下さりありがとうございます。




