2:募る不安
その日の夜、帰宅した父は真っ直ぐに私の部屋へとやってきて事の顛末を話して聞かせてくれた。
「毒の効果を試してみたかった…ですか?」
「ああ、入手した毒がどれほどのものなのかを試してみたかったそうだ」
私は唖然とするしかなかった。
一国の王子がそう簡単に毒を入手出来、持ち歩けるのもいかがなものかと思うけど
それをいとも簡単に試してみたかったと実行するのもいかがなものか。
「陛下もたかが子供の悪戯に目くじらを立てる事でもあるまいと仰っている」
父の言葉に私は絶句する。
人一人の命を奪い掛けて子供の悪戯で済ませようとするの?
「お父さま、私の命とはそれほどまでに取るに足りない物なのでしょうか」
「そんな事はないと思うよ。
だが私も城に勤める臣下である以上何も言えないのだよ。
殿下もまだ子供だ、事を荒立てたくないと仰る陛下のお気持ちも判る。
こうやって命が助かったのだからお前も深く考えるのはやめなさい」
「そう、ですか…」
父の考えにも私は絶句する。
確かに臣下が王に意見する事は難しいかもしれない。
でも娘の命がかかわっているのに?
所詮子供のした事、たかが子供の悪戯。
そう考えるこの国の大人はどうなっているのだろう。
人の命をどう思って…
どうとも思っていないと言う事なのだろうか。
おかしいな。
私が読んだ本には命は尊いものであり大切にするべきだと書いてあったのに。
それとも私だからどうでもいいと思っているのだろうか。
でもその本には子供は国の将来を支える大切な宝だとも書いてあったと思うのだけど。
私の記憶違いなのだろうか。
それとも本に書いてあったのは他国の事で、この国では違うのだろうか。
よく解らない。
私が読む事が出来る本は制限されていて幼児向けの絵本や童話が多かった。
図鑑や歴史書などの難しい本は読ませて貰えなかったのだ。
絵本に出て来る可愛い動物や綺麗なお花。
童話に出て来る美味しそうな食べ物。
それらの名前が知りたくて図鑑を見ようとしたら取り上げられてしまった。
唯一読む事が許されていた難しい本は教会が配布している本だった。
難しい言葉使いや言い回しもあってすべてを理解する事は出来ていないけど、命は大切な物であって子供も大切にすべきなのは理解したつもりだった。
「知識なんて必要ないのよ、貴方は微笑むだけでいいの」
そんな母の言葉に不安を覚えたけどそれを誰かに伝える事も出来ず、かといってコッソリと本を読む事も出来ずにいた。
こんな時に兄が居てくれればと思わなくもないが兄は5年前から隣国へ留学している。
以前手紙を書いたのだけど母に「兄の勉強の邪魔をするな」と言われてからは書くのを止めている。
兄が居た頃は両親が夜会などで不在の時に、こっそりと色々な事を教えて貰っていた。
「いいかいファレグ。
お母さまやお父さまの前では決してこの事を言ってはいけないよ。
そして知っている事でも知らないふりをしておくんだよ」
じゃないと僕とも会えなくなってしまうからねと兄は寂しそうに言っていた。
その時はなんとなくでしか解らなかったけど、今なら解かる気がする。
両親、特に母は私が知識を身に着けるのを嫌っているようだった。
そんな事を考えていたからだろうか、私は熱を出した。
時々喉が渇いて目を覚ますけど、体の節々が痛いし力も入らなくて自分でコップを手にする事は出来なかった。
何度かは母がスプーンで何かの果汁を口に運んでくれたけどよく解らない味がした。
何日かしてやっと熱が下がった。
それでもまだ毒の影響が残っているのでベッドでの生活が続く。
食事はパン粥やスープ、すりおろした果物が用意され母がスプーンで口元に運んでくれるのだけどやっぱりよく判らない味がした。
そして「焦らずに治してまいりましょう」と言ってくれた医師の姿はあれから見る事はなかった。
どうしたのだろう。
それからも母は食事の度に甲斐甲斐しく世話をしてくれたけど、私の体は良くも悪くも変化が無かった。
だからなのか母は段々と来なくなり、食事の世話はメイドが交代で行ってくれるようになった。
不思議なものでメイド達が口元に運んでくれる物からはきちんとした普通の味がする。
食べ終わった後はお薬も飲ませてくれるのだけど、皆人差し指を口元に当てている。
なるほど、解ってしまった。
母は私に薬を飲ませてくれてはいなかったのだ。
そしてメイド達は母には内緒で私に薬を飲ませてくれているのだろう。
私はありがとうを伝える為に微笑んで見せる。
久々に微笑んだけど、上手く出来ただろうか。
それにしても、母の時は食べる物がよく判らない味だったのは何故だろう。
ある日私は部屋の外が賑やかな事に気が付いた。
時々母の大きな声が聞こえてくる。
「ああ、その花瓶はもっと大きな物に変えて頂戴」
「そのメニューだと△〇夫人は食べれないから変えて頂戴」
「ワインは□△産のを出して頂戴」
どうやらお客様がいらっしゃるらしい。
私には関係ない事だけど。
昔から我が家にお客様がいらっしゃる時、私は必ずと言っていいほど熱を出していた。
熱が出なかったとしても『病弱だから』と人前に出る事は許されなかった。
だからこそあのお茶会は連れて行って貰えて少し嬉しかったのだけど。
夕食は久々に母がスプーンで口元に運んでくれた。
相変わらずよく判らない味がする。
3口くらい飲み込んだ所で私は気分が悪くなり吐いてしまった。
母は無表情で部屋を出て行き、代わりにやって来たメイドが汚れてしまった所を綺麗にしてくれた。
申し訳なく思うも声を掛ける事は出来ず、私は再び熱を出してしまった。
さすがにこれはおかしいのではないか、私はそう感じた。
ずっとベッドでの生活なので風邪をひくのは考えにくい。
病気の知識に詳しい訳では無いけれど他に熱が出る原因もないと思う。
それに…
考えたくはなかったけど、幼い頃からこれまででも熱を出す時は必ずと言っていいほど母が何かを食べさせてくれた後だ。
もしかして毒?
毒では無かったとしても体に良く無い物が入っているのではないだろうか。
そう考えるとこの王都には居たくなかった。
王都というよりは母の近くにである。
また何をされるか分かったものではない。
このままではいつまでたっても私は元気になれないのではないだろうかと不安が募る。
お父さまに領地へ行きたいとお願いしてみようかしら。
駄目だと言われるかもしれないけど、言うだけ言ってみてもいいかもしれない。
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