19:初めての町
ある日の午後、兄の仕事が休みだと言う事で2人で街に出掛ける事になった。
宮殿から馬で30分の所にある城下町。
馬車だと目立つから馬で行く事になったのだ。
私は出掛ける為の身支度を整えながら、アイダやばあやから注意事項を教えて貰った。
兄の手を離さない事。
お店に並んでいる物は売り物だから勝手に手に取らない事。
欲しい物があったらまずは値段を確認する事。
可愛い犬や猫が居てもふらふらと着いて行かない事。
お金の使い方とおおよその物の値段は以前家庭教師に教えて貰った。
兄も居るのだしそこまで心配しなくても・・・
と思ったのだけど「お嬢様は初めての町ではしゃぎそうですから」と言われてしまった。
そう言われてしまえば自分でもそんな気がしてしまう。
祖父にもはしゃぎ過ぎると熱を出しそうだから心配だと言われてしまった。
はしゃがないように気を付けようと思う。
身支度が終わり玄関ホールへ向かえばすでに兄は待っていた。
「お待たせしました、お兄さま」
「やあファレグ。今日のワンピースも似合っているね」
「ありがとうございます、お兄さまも格好良くて似合っていますね」
「ふふっ、そうかい?ありがとう」
玄関の外には馬が用意されてあり、兄に乗せて貰う。
私も乗馬の練習をしたかったのだけど、もう少し大きくなってからと言われてしまった。
確かにまだ1人では乗る事も出来ないので残念だけど仕方がない。
馬に乗せて貰うのも久しぶりな気がする。
アイダやばあやに見送られて出発し、裏門から外に出れば道沿いに植えられている黄色いミモザの花が満開だった。
「お兄さま、ミモザの花が綺麗ですね」
「そうだね、ミモザを見れば春が来たなと実感するね」
兄とたわいもない話をしていればすぐに町に着いた。
町は人が多くて賑わっている。
乗って来た馬を預けて店の並ぶ大通りに向かう。
「ファレグはまず何処に行ってみたい?」
「そうですね、アイダやばあやに何かお土産をと思っているのだけど」
「お土産か、それなら先にお店を見て廻ろうか。
その中でよさそうな物を探せばいいね。
ファレグは何か欲しい物はないのかい?」
「うーん、そうですね。
あ、スケッチブックと鉛筆が欲しいです」
「それなら画材屋かな。そこも行ってみようか」
「はい」
兄と手を繋いで歩き出す。
毛糸を売っているお店、布を売っているお店、野菜を売っているお店
お肉を売っているお店、飴を売っているお店、帽子を売っているお店
靴を売っているお店、他にもいろいろなお店が並んでいる。
私はどれも見るのが初めてでワクワクしている。
いけないいけない、はしゃがないようにしなければ・・・
歩いていて1つ気になる事があった。
お店ではなく、道の端で地面に敷物を引いて品物を並べて売っている人達がいるのだ。
「お兄さま、あの人達は?」
「ああ、あれは露店と言ってね。
お店を構えていない人達がああやって物を売っているんだよ。
遠くから来ている旅商人なんかもそうだね。
見て見るかい?」
「見たいです」
私は恰幅のいいおばさんが居る露店が気になった。
なんだろうこれ。
凄く良い香りがする。
「いらっしゃい、どうぞゆっくり見て行ってね」
色とりどりの小さな巾着袋が並べられており、そこから匂いがしているようだった。
「あの、これは何でしょうか」
「ああ、お嬢さんは初めて見るのかい?
これは香袋と言ってね。
香りを楽しむ事が出来るのだけどお守りでもあるんだよ。
袋の色や、香りによって意味も違ってくるんだよ」
ほら、これだと学業、こっちだと健康なのだと教えてくれた。
「お兄さま、私これが欲しいかも。
皆にお土産で買いたい」
「ああ、それはいいね」
どういった願いを込めるのかを言ってくれればそれに合う様な香りを作ってくれるのだと言うのでお願いした。
皆の健康と幸せをと言えばおばさんは色々な柄の黄色い巾着袋を用意してくれて、いくつかの粉や葉っぱを混ぜて香りを作っていた。
匂いを嗅がせて貰ったらお日様みたいな匂いがした。
「お兄さま、この匂いだけで幸せな気分になれます!」
「本当だね、落ち着くようないい香りだね」
あ、お値段聞いてなかった・・・
慌てて値段を聞けば、小銅貨3枚と言う事だった。
お店で飲むお茶が1杯大銅貨1枚だと聞いたから、これは安いのではないだろうか。
でも買いすぎもよくないと思うので10個ほど買う事にした。
おばさんはちょっと驚いたみたいだけど、全部違う柄の袋にしてくれた。
お金を渡して商品を受け取る。
「沢山買ってくれたから、これはオマケだよ」
「わぁ、ありがとうございます」
そう言って紫色のお守りをくれた。お花の香りがする。
枕の近くに置いておくとよく眠れるようになるのだと教えてくれた。
その露店を後にして再び歩き出す。
「お兄さま、私ちゃんとお買い物出来ました。
うふふ、嬉しい」
「うん、そうだね。
今日はファレグの初めてのお買い物記念日だね」
「えっ? 記念日とか恥ずかしいです」
「大丈夫だよ、私だけの秘密だから」
「そ、それなら・・・まぁ」
皆のお土産を買う事が出来てよかったと思った。
けれど、それを記念日と言うのは少し恥ずかしい。
少し休憩しようかという事になって、小さなお茶屋さんに入る。
お店の中はふんわりとしたお茶の匂いが広がっていた。
「このお店は学生時代に友人と来た事があってね。
不思議なお茶があるんだ。
それをファレグに見せたくてね」
そう言って兄はそのお茶を2つ注文した。
そして目の前に出されたのは水色のお茶。
え? 水色? それだけでも珍しいのに。
「添えられているレモンを入れてごらん」
兄に言われてレモンスライスを入れてみる。
えぇぇぇ、色が紫色になった! なにこれ不思議。
かき混ぜるとまた色が変わると言うのでそっと混ぜてみる。
「ふぁぁぁ、お兄さまピンク!ピンクになりました」
凄い凄い、これこそ魔法見たいだ。
「お兄さま、これどこかに売ってないのでしょうか。
アイダやばやにも見せてあげたいです」
「そうだね、お店の人に聞いてみようか」
兄がお店の人に聞いてくれたけど、お土産としては売ってないらしい。
そうか、残念だけど仕方がない。
「次に来る時はアイダとばあやと一緒に来たいです」
「そうだね、お祖父様に伝えておくよ」
お店の人は南の方の国では美容と健康に良いと女性に人気のお茶なのだと教えてくれた。
やはりアイダとばあやを連れて来なければ。
お金を払って、また来ますと告げ店を後にした。
その後は兄が画材屋さんに連れて行ってくれ、スケッチブックと鉛筆を購入する事が出来た。
兄に何を描くのかと聞かれたので庭の花や木を描きたいのだと答えた。
まだまだ名前をしらない花や木があるので、それらの絵を描いておいて図書室の図鑑で調べてみたかったのだ。
それに、兄や祖父を描いてみたい気持ちもあった。
壁に飾られている両親の絵を見ながら家族が揃った絵があれば・・・
ただ私は人物画を描いた事はなかったので不安もある。
今度家庭教師に相談してみるのもいいかもしれない。
「そろそろ帰ろうか」
「はい、お兄さま」
「初めての町は楽しめたかい?」
「ええ、とても!お兄さま連れて来てくれてありがとうございます」
「それはよかった。また来よう」
「はい」
こうして私の初めて町へお出かけは終わったのだった。
読んで下さりありがとうございます。




