18:少しだけ気持ちが解かった
あれから毎日図鑑を片手に午前中は庭に来ている。
日によって図鑑の種類は違っていて、鳥だったり樹だったり花だったり虫だったり。
兄は飽きないのかと言うけど知らない事がいっぱいあって、それを知れることが嬉しいし楽しいのだ。
午後からは図書室で借りて来た礼儀作法の本を見ながらアイダやばあやと一緒に勉強している。
アイダやばあやは勉強しなくてもいいのではとも思うのだけど。
「王国と帝国では違う事もございますからね」
「お嬢様と一緒に勉強するのは私達にとってもよい事なのですよ」
そう言ってくれるのだ。
貴族が使う言葉や言い回しも勉強しようと思ったのだけど、言い回しはまだ覚えなくても良いと言われた。
「あんな狸と狐の化かし合いなどファレグはしなくてもいいんだよ」
「んむんむ、ファレグはそのまま純粋でいておくれ」
狸と狐の化かし合いってなんだろう。
後日こっそりと図書室で調べてみた。
『ずる賢い者同士がお互いを騙そうと悪知恵を働かせ、駆け引きをする事。
狸はずる賢い貴族男性の例えで、狐はずる賢い貴族女性の例え』
……
そう言えば狸も狐も絵本の中ではお爺さんやお婆さんを騙してたな…
なるほど、貴族にもそういう人が居るんだ、気をつけないとだね。
でも優しい狸や狐の話もあったのに、なんだかそんな例えに使われて狸と狐が可哀そうだなと思った。
そうして少しずつだけど、いろいろな事を覚えていく事が出来た。
毎日図鑑を持って庭を歩いたお陰か体力も付いて来た。
でも背はちょっとしか伸びていなかった。
兄は18歳になり学院を卒業して皇太子の側近として勤める様になった。
本来ならば私も貴族女子学院に通うらしいのだか、これまでの事から通うのは無理だと判断されたようで私の様子を見ながら家庭教師をつける事になったらしい。
自分でも他の令嬢よりも知識がないのは解っているのでありがたいし、正直他の同年代の子供に会うのが怖かったりもする。
私が唯一会った事があるのはあの第二王子…
またあのような事が繰り返されたら…と考えてしまうのだ。
そんなある日「陛下には内緒ね」と皇后陛下がやって来た。
陛下は私に素敵な刺繍の入ったリボンを渡してくれた。
「わたくしね、刺繍は得意なの。
ファレグ嬢は髪飾りをあまり付けていないでしょう?
リボンなら大丈夫だと叔父上様からお聞きしたの。
良かったら使ってくれるかしら」
そう言って刺繍の模様について説明してくれた。
この4輪の薔薇は祖父の家紋で、周りの小さな白い花は幸福・清らかな心・無邪気という意味合いがあるのだそうだ。
私をイメージしてこの模様を選び、刺して下さったらしい。
「ありがとうございます、大切に使います」
「そう言って貰えて嬉しいわ」
そして私が本宮殿まで通えるほど元気になれば刺繍を教えてくれると仰って下さった。
私は凄く嬉しくなって抱き着きたかったけど、さすがに皇后陛下に抱き着くのは我慢した。
でも皇后陛下はニコリと微笑んで両手を広げて待っていらした…
これは… チラリとアイダを見れば頷いているのでいいのだろう。
皇后陛下に近づいてそっと抱き着いた。
皇后陛下も抱きしめ返して下さって、花の様なフワッした香りがした。
「まだファレグ嬢は子供なのだから遠慮せずに甘えてくれると嬉しいわ」
そう仰って帰って行かれた。
この日から私は時々このリボンを着けている。
本当は毎日着けたかったのだけど、傷んでしまうのが嫌だった。
数日後、私が最近リボンを着けるようになったと聞いた皇太子殿下が薄い水色のレースのリボンを届けてくれた。
「あの皇太子、あれこれと寄越そうとして1つにさせるのが大変だったんだ。
つい嬉しくて話した私が悪いのだが、二度と報告しない…」
そしてその事を皇太子殿下がうっかり陛下に言ってしまったものだから、陛下からもリボンが1つ届いた。
黒いリボンに金色で可愛い小鳥が刺繍されていた。
とても綺麗だったからこのリボンは特別な日に着ける事にしようと思う。
そして私は14歳になった。
この頃になると午前中だけ家庭教師の先生が来る様になっていた。
本だけでは解らない事を教えて貰ったり帝国の歴史や地域ごとの特徴等、私が「何故?」「これはどういう意味?」と聞いても面倒臭がらずに解かり易く教えてくれる。
解かり易く教えてくれるものだから私は夢中になっていった。
今まで知らなかった事が知れると楽しくなるのだ。
でも残念な事に私は数字が苦手だった。
足し算や引き算、簡単な掛け算や割り算は何とかなっても、それ以上の計算式などになってくると頭の中が「??」で埋め尽くされてしまうのだ。
先生は「ご令嬢なのですから掛け算割り算が出来れば十分です、なかには足し算しか出来ない方もいらっしゃいますし」と言ってくれた。
ドレスだ宝石だとお洒落に関する事は熱心でもそれ以外はまったく興味を持たない令嬢もいるのだとか…
それでも女子学院には通えるんだ…と不思議に思った。
すると先生は、女子学院は主に上級の礼儀作法やお茶会の開き方、ダンスの練習や詩の朗読の練習などを習う場所なのだと教えてくれた。
なるほど、それなら私は行かなくて正解だったかも。
お茶会は1回しか行った事が無いしその上嫌な思い出しかない。
ダンスは出来る気がしないし、詩も興味がない・・・
それらを習う時間があるのなら庭で花や小鳥を見ているか、図鑑を見ている方がいいと言ったら先生は「ファレグ様らしくてよいかと思いますよ」と微笑んでくれた。
午後からはいつもなら図書室で本を読むか、図鑑を手に庭を散歩するかなのだけど今日はばあやにお直しを見せて貰っている。
予め大きめに作ってあるクマの人形の服をお直しして見せてくれるのだ。
「凄い!このお洋服もばあやが作ってくれたの?
ばあやの手も魔法みたいだね」
ばあやは嬉しそうにニコニコしている。
スカートの裾は長いとこうやって裏に織り込んで縫って行く。
肩はこうやって縫い込んで詰めていく。
袖はこうやって…
説明しながらチクチクと縫って行くばあやの手は本当に魔法のようだった。
「まぁ素晴らしい縫い目ですわね。表からでは解りませんね」
アイダも見入っていたようだった。
少し大き目だった服もばあやの手によってクマさんに丁度良くなっていた。
このワンピースなら帽子を被らせて足は短いブーツにして手に籠を持たせたら可愛いかも?
あ、皆が私にあれこれと着させたい気持ちが解かったかもしれない。
確かにクマさんに何を着させようか、何を持たせようかと考えるのは楽しかった。
クマさんの服、もっと欲しいかも・・・
「そうですね、お嬢様はお人形遊びもした事がないのでしたね。
解りました。
私とばあやでクマの服を作りましょう!」
え?…
どうやら目をキラキラさせていた私の姿から察してくれたらしいアイダが張り切ってしまった。
「えっと… 無理の無いようにお願いね?…」
「お任せください!」
「お嬢様は楽しみにお待ちくださいね!」
裁縫の妖精さんをも巻き込んで3人は暇な時間を見つけてはコツコツと作ってくれたらしい。
気が付けば、お爺さんクマとお兄さんクマが増えていたのは何故だろう。
ばあやもアイダも妖精さんも作っていないと言う。
不思議な事もあるものだ…
読んで下さりありがとうございます。




