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友人A  作者: HRK
二〇一三年
7/12

7.




 二〇一四年三月十日月曜日。本日の空模様は曇り。

 ⬛︎⬛︎がバイトを始めた。今度はスーパーの品出し。同業のスーパーみねおかの大志にコツを聞いて、俊敏に動けるように特訓してもらっているらしい。

 週六、十一時間。またブラックな働き方をして、⬛︎⬛︎の見境のなさにひやひやする。ゼロか百じゃなくて、五十でやってほしいのに。

 たまに連絡をとっている翔也に話すと決まって、居酒屋バイトに戻るよう言われる。高校生の頃に少し働いていたところだけど、⬛︎⬛︎にとっては良くない記憶を思い出す場所らしく、断固拒否している。

 翔也は退学してからそこで正社員として働いている。そのためか、シフトも体調関連も融通が効くと親身になってくれているけれど、頑固な⬛︎⬛︎は首を縦に振らない。


 「掛け持ちしようと思って」

 「は?」

 バイトから帰って早々に求人サイトを眺めるものだから、転職でもするのかと思ったらまさかの返答に素っ頓狂な声が出た。

 「今のところは人も優しいし業務も苦じゃない。もっと効率よく稼いだら早く返せる」

 「えっと、なんで?」

 「だから、その方が早く返せるから」

 「いや、分からない。働きすぎてるじゃん。現時点で」

 「今、こうしてる時間も働けるじゃん。それに、必ずしも給料を払ってくれるとも限らないし」

 完全に感覚がバグっていてどうしようかと頭を抱えた。

 「あのさ、」

 お前頭おかしいよって、言ってしまいそうになる。すんでのところで口を結べたからいいものの、これ以上おかしなことを言われたら言葉の暴力を振り翳してしまうだろう。

 「深夜も働くとしたらやっぱりコンビニか。前とは違う種類にすれば、無能でもせめて半分くらいは払ってくれると嬉しいんだけど」

 「頭おかしいよ」

 言ってしまった。感情より先に言葉が出てしまった。

 「まぁね。おかしいから、ニートなんだろうね」

 なんの違和感なく肯定してしまうのがおかしい。間違ってる。

 「そうじゃなくて」

 「俺が普通の頭を持ってたら、キャッシュカードの期限切れくらい気付くだろうし、通帳とか印鑑とか、もっと早く気付くでしょうよ」

 平坦な抑揚で言ってのける。

 「キャッシュカード?通帳?印鑑?」

 「あぁそっか。忘れてるんだった」

 求人広告の画面をスクロールしながら無感情で話し続けるが、俺にはなんのこっちゃ分からなかった。

 「忘れたままでいいよ。俺の問題だし。一年で二千万稼ぐのって常人には不可能らしいけど、どうやって返していこうかな」

 二千万…?

 何も考えていないような『無』表情なのが怖いと感じる。

 あらゆる記憶が走馬灯のように駆け巡ったかと思ったら、途端に頭蓋骨が割れるような激痛が走った。

 「広太が辛いだろうから、思い出そうとしない方がいいよ。辛いっていうのは、頭痛の面で」

 

 『らっしゃせー。あ、有名人すね。客層が高いんで、身バレする心配は無さそうすけど、あんま早い時間に来るのはお勧めしないっすねー』

 思い出したのは大志の声だった。こんな会話をした覚えはない。

 想像よりも多くのことを忘れているということか?

 「なぁ、大志は俺が忘れた何かを知ってるのか?」

 「何を忘れたのか全部は把握してないから分からないけど、あそこには行ったら駄目だって言ってた本人が急に通い出した時は、まぁ、驚いたかな」

 スマホの画面から目を離さずに一定の抑揚で話す。やはり俺は複数の事を忘れている。今なら少しは思い出せるかもしれない。

 頭痛と耳鳴りに狂わされながら記憶を辿っていく。


 『しばらく来ないから身バレ防止かと思ってたすけど。あなたは有名人じゃないすもんね。まぁ誰かに言いふらしたりするつもりないんでそこは安心してほしいっす』


 『前に言ったっすよね?この時間に来たら学生が多いから身バレするっすよって。騒がれたくて来てるんすか?』


 大志の言葉が次々と流れてくる。少しずつ、映像が追いついてきて、みねおかに行かずにはいられなかった。

 「どうしたんすか?買い忘れ、ってわけじゃなさそうすけど」

 営業終了後の店先で戸締りしていた大志の肩を思い切り掴んでしまった。

 「ここじゃ補導されるんで、ウチ上がっていきます?」

 嫌な顔ひとつせず、人差し指を立てた大志はやはりかなりシゴデキだ。


 店のすぐ上の家に上がらせてもらい、大志の部屋へ通された。茶菓子を用意してくれている間に部屋を観察していると大志の意外な人物像が見えてきた。

 アニメや漫画になど一切興味を示さなさそうなイメージを勝手ながら抱いていたのだが、本棚が埋まる程の漫画が収納されていて、アニメDVDなんかも飾られている。

 「家に人呼ぶの初めてなんで何出したらいいか分からんすけど、かろうじてあった貰い物の饅頭でも食べながら、話聞くっすよ」

 戻ってきた大志は熱々の緑茶と大量の饅頭をおぼんに乗せていた。高校生とは思えないチョイスに若干笑いそうになるが、うまく笑える自信はなかった。

 「変なこと聞くけど、俺と大志の初対面って、どんなだった?」

 両手で湯呑みを持ち、ズズッと啜ってから更に一呼吸置いた大志はジッとこちらを見た。

 小さな机を挟んで床に座る俺らの関係は奇妙なものだ。

 「⬛︎⬛︎さんと来てた時っすね。変装も無しに有名人が来たんでよく覚えてるっす」

 俺には無い記憶だった。最初のうちは俺が一人で行っていた。そのうち⬛︎⬛︎も一緒に行くようになって、徐々に仲良くなった、というのが俺の記憶だ。

 「芸能人とか、興味無いんでそういうの疎かったんすけど、⬛︎⬛︎さんはニュースになってたから顔と名前は知ってたっす。シンプルに目立ってたのもあるっすけど、⬛︎⬛︎さんが気まずそうだったんで、客数が少ない夜に来た方がいいっすよって話しました。初対面はそんな感じすかね」

 腕を組み、考えるがやはりはっきりとは思い出せない。

 「二度目の来店で話しかけた時はシカトされたんで覚えてなくても仕方ないっす。なんか考え事してたんでしょ」

 次々と饅頭が消えていく。

 「三度目。また⬛︎⬛︎さんと来た時に、近くの女子高生が指差して会話してたんで、騒がれるっすよって助言したんすよ。そしたら広太さん慌てて、買い物せずに帰るかと思ったら、⬛︎⬛︎さんが戻って来たっす」

 急須の緑茶を注いでおかわりを楽しみながら話を続けた。

 「そん時言われたっす。広太さんは一時的なストレスで部分的に記憶が飛んじゃうから、話が噛み合わないと思ったら軽く流してくれって」

 軽く三個の饅頭を食べた大志はもう一つ、もう一つと食べ進める。

 「正直、半信半疑だったすけど、まじで覚えてないんすね。てか、早く食べないと無くなりますよ。ここの饅頭美味しいんで」

 よく行くスーパーの店員と客ってだけの関係で、シチュエーションはカオスを極めている。無限に饅頭を食べる高校生を前に、疑問が浮かび続けた。

 「あいつのことがニュースになってたのは知ってるんだけどさ、内容が分かんなくて。なんで大志が知るくらい有名なのか、ずっと考えてる」

 考えながらぽつぽつと話すと、大志は僅かに目を見張った。

 「俺の口から喋ってもいいなら教えるっすけど。ちょっと待ってくださいね。羊羹とってくるっす」

 既にたくさんの饅頭を平らげたというのに、まだ足りないらしい。そそくさと部屋を出て行く背中をぼんやり眺めた。


 「お茶、冷めちゃいましたよ。もしかして猫舌っすか」

 「違うけど」

 「入れ直しましょうか?」

 「いい」

 「じゃあ話しますけど、気分悪くなったらすぐ言うんすよ」

 これまた大量の羊羹を前に、茶葉と湯沸かしポットまで用意していた。

  

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