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友人A  作者: HRK
二〇一三年
3/12

3.



 二〇一三年七月二〇日土曜日。本日の空模様は晴れ。

 大学のゼミでたまたま知り合った石田龍人いしだたつととは話が合う。他より雰囲気が落ち着いていることもあってすぐに打ち解けた。後から聞いた話で浪人して入ったと知った。同学年ではあるが年齢が二つ上だ。

 周囲とはモノの捉え方が少し違う。変わっているとも言う。

 中でも特別、興味深い話があった。

 今でこそ落ち着き払っている龍人は、高校生の頃は学校一の不良で他学年から恐れられていたらしい。

 龍人はテンションが上がるとオネェっぽい口調で話す節がある。

 『マヂ無理じゃない?ひどくなぁい?』

 普段のトーンからは想像つかないような変貌ぶりなわけだが、そんな人が学校一の不良とは、人は見かけによらないものだ。つるんでいる仲間同士でモノマネするのが流行っている。

 ⬛︎⬛︎の調子がいい時は家に帰ってから龍人の話をすることもある。

 「見た目は確かにピアスの穴がたくさんあって、それなりにやんちゃだったんだろうなって感じなんだけどさ、仙人みたいに静かに喋んの。かと思えば急にギャル語全開でオネェになんだよ。変だろ」

 「愉快な人だね」

 「あれは多分、素がオネェなんだろうな。猫被ってる」

 自信作の激辛麻婆春雨を啜りながら⬛︎⬛︎が微笑む。龍人も辛いものが好きだと言っていたから⬛︎⬛︎と話が合うかもしれない。体調がいい時に家に呼びたいと密かに思っている。

 「うち呼んだら?」

 心の中を読まれたのかと思った。そんな特殊能力を持っていたんだっけ?

 驚いて返答に困っていると⬛︎⬛︎は笑った。

 「広太が俺の知らない人について話すの珍しくない?気になってるんでしょ」

 「読心術…?」

 「広太って結構分かりやすいよ。良くも悪くも全部顔に出る」

 呆れられている気がする。

 「そんなに分かりやすいか。優にもよく言われる」

 「自覚がない方が不思議かもね」

 爽やかに小さく笑った。


 二〇一三年七月二十二日月曜日。本日の空模様は晴れ時々雨。

 龍人と空きコマが被った日には⬛︎⬛︎の話をした。

 高校生の頃から一緒に住んでいることや性格など他愛もないことだった。

 「一緒に住むきっかけはなんだったの?」

 「きっかけは……」

 自然な疑問なのに、なぜ一緒に住むようになったのかを思い出せない。

 「なんで、だっけ」

 「高校生ってことは、その場のノリだけじゃ同居できなさそうだけど。そんなに大した理由じゃなかったのかね」

 「いや……」

 大した理由だったはずだ。どうしても救い出さなければいけないと強く思った。だから一緒に住めると決まった時は心の底から安堵した。その理由をいくら考えても思い出せない。

 そもそも、⬛︎⬛︎はどうして、大学にいないんだろう。一緒に勉強して、優と三人で合格の瞬間を喜び合った。

 どうして、引きこもっているんだっけ。

 「どうかした?」

 「…いや、なんか、いろんなことを忘れてる気がして」

 「へぇ、珍しいこともあるもんだ。会ってみたいな。広太と同居できるってことは、もれなく変人だろ」

 思索する様子を見兼ねてか、わずかに話を逸らしてくれた。冗談として流せるよう気遣いを感じたけれど返答できなかった。

 ⬛︎⬛︎の名前を思い出せない。俺は今までどうやって、龍人に⬛︎⬛︎の話をしていたんだっけ。⬛︎⬛︎と会話するときにはなんて呼んでいたんだっけ。⬛︎⬛︎とはいつ、仲良くなったんだっけ。


 帰りにたまたま優と鉢合わせた。駅構内を歩いているところで声を掛けられ顔を上げた。

 「何をそんなに考え込むことがあるの」

 優はいつもの調子で一定のトーンで話す。その横顔は何も考えていなさそうな無表情。

 「どうかした」

 俺の表情を映した瞳からはなんの感情も読み取れない。

 「疲れた。座る」

 大学から十分も歩いていないにも関わらず、優が大袈裟に音を立てて座った。いくら夏でも疲れる訳がない。ホームに設置された椅子に、たった今座ったばかりの優が一度立ち上がり、今度は俺を座らせた。何をしているんだ、こいつ。俺は早く帰らないといけないのに。乗る予定の電車が発車してしまった。

 座ると言った本人は座らずに自動販売機で飲料を買っている。視界の隅に映る優がズイズイと寄ってきたかと思えば、急にペットボトルを首に充ててきた。

 「冷たっ。何!?」

 「いつから考え込んでるんだか知らないけど、汗やばい。飲めば。ついでに言うと眉間の皺もやばい。目力やばい」

 やばいやばいって、それしかボキャブラリーないのかよ。

 「あのさ、高校の卒業式ってさ、俺ら出たよな」

 優が渡してくれた水を一気に半分、飲み下してから確認のため質問した。

 「うん」

 「だよな。式の前にクラスで杉田を散々いじって、単位取り消すって話してたもんな」

 昨日のことのように思い出される馴染みの風景。担任の杉田をいじるのはいつものことだった。

 「うん」

 「おかしいんだよ」

 「…」

 「卒業式の記憶が全く無いどころか、卒業してから大学入るまでのことが全然思い出せない。何してたっけ」

 「毎日お酒飲んでたから頭イカれてたんじゃない」

 「毎日?まじで?そうだっけ。いや、そもそもさ、未成年飲酒断固拒否派だったのに、今、普通にみねおかで買ってるのもよく考えれば意味わかんねーんだよな」

 「…」

 「お前ん家も厳しいじゃん、そういうの」

 「うん」

 「いつの間に平然と未成年飲酒するようになったんだっけ?」

 「覚えてない」

 「最初に飲んだのはいつだった?」

 「覚えてない」

 「だって、普通に犯罪だろ。なんで」

 「分からない」

 「俺はともかく、優まで覚えてないなんてことあるのか?俺ら、酒強いよな?」

 「…」

 「優は飲んだ後、家に帰ってるわけだし親が知らない訳ないだろ」

 「…」

 「知っててこっちに連絡来ないなんてありえなくね?」

 「…」

 「俺さ、あいつの名前も思い出せねーの」

 「あいつって、⬛︎⬛︎のこと」

 「…聞こえねーの。ぼやけて、分かんねーの」

 「…」

 「おかしくね?一緒に住んでるヤツの名前が分かんないって」

 「…」

 パニックだった。何も言わない優にも、思い出せない記憶にも焦燥感が止まらない。俺が俺じゃなくなっていくようで、居ても立っても居られず、優の肩を鷲掴んだ。

 「俺は、何を忘れた?なんで忘れた?」

 「…」

 「なんで何も言わねーんだよ」

 「…」

 詰まりそうな呼吸を整えようと息を吐いた。落ち着け。八つ当たりするなんて俺らしくない。

 焦る俺を落ち着かせようとしてか、何かを決心したのか、一つ息を吐いてから優が静かに語った。

 「…人にはどうしても正気じゃなくなりたくなる時がある。人に縋っても、物を壊しても満たされなかったら、自分を壊したくなるかもしれない。俺たちは間違ったことはしてないよ。いつだって、その時にできる最大限を不器用なりにやってきた。その結果がどうであれ、絶対に間違いはない。だから、俺も忘れた。広太も俺も、忘れたの」

 

 目がまわった。優の言っている意味が最初から最後まで分からなかった。言い返す余力もなかった。

 駅からどうやって帰ってきたのか分からない。気が付いたら布団に寝ていて、朝五時を知らせる静音アラームが鳴っていた。

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