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二〇一三年七月二日火曜日。本日の空模様は晴れのち曇り。
大学の授業が四限で終わるから、と優と幼馴染で同居人の⬛︎⬛︎を誘い、最寄り駅のカラオケ店へ来た。優は二限で帰宅していたらしい。空きコマを挟んで四限に講義があったはずだが、まぁ、優はそういう奴だ。
学割の激安コースを三人分。いつも贔屓にしてくれる青山という店員が、ニートの⬛︎⬛︎の分まで学生の区分で会員カードを作ってくれたおかげでお安く利用できている。間違いなんかではない。高卒でニートだからって社会人と同じ扱いなんてできない、と青山さんが進んでやってくれたのだ。スーパーみねおかといい、カラオケ店といい、地元の恩恵をこれでもかと受けまくって悠々自適に生活させてもらっている。
ドリンクバーもついて、最新機種を使えて、フリータイムでお一人様ワンコイン以下。こんな贅沢が許されていいのか?いいや、いいのだ。何故なら俺たちは若いから!若さこそが財産!大学生万歳!
「早起きするとダメだな。広太の馬鹿でかい声でさえ子守歌になる」
「早起きって、それでも昼過ぎてたんだろ?十分遅い!」
「マイク通して叫ばないで。うるさい」
俺の美声にウトウトする⬛︎⬛︎とは裏腹に、優は露骨に嫌な顔をする。今からクライマックスだってのにおちおち寝られてたまるか。たたき起こすつもりで歌うんだ。
「うるさい声でかい耳障り。広太の短所だよ、今すぐ直して」
「お前の鼓膜破ってやろうか!!」
「絶交。二度と関わらないで」
三人でお札一枚でも小銭が返ってくる素敵な遊びに満足した俺の機嫌を損ねようとする優に、渾身の大声をプレゼントした。我ながら地面が揺れたのではないかと思うくらい大きな声だった。ストレス発散完了。
「こんなうるさいのによく寝れるね」
「なんかね、全部シャットアウトしちゃうっぽい」
「才能だよ」
「俺の声は心地良いってことだろ」
「うるさい喋るな話しかけるな」
「この後どうする?」
「無視すんな」
「みんなでみねおか行って大志をおちょくる?」
話しかけるなと言ったり、無視するなと言ったり、なんだかんだかまってちゃんな優をフルシカトした。
「で、わざわざ年下をいじめに来たんすか。悪趣味っすねー」
「まだ何もしてねーだろ」
「見え見えなんすよねー。大学生は時間に余裕があるからカラオケなんか行っちゃったりして人生楽しんでますよーって雰囲気。正直、他人の歌聞くのに金払う気が知れないっすねー」
「カラオケ行ったって言ってないのにお前、やっぱり、俺が好きすぎて尾行してんじゃねえの?」
今日も変わらず無気力な大志はじとーと効果音が付きそうな目付で俺を見ている。
「俺の名誉のために否定しとくっすけど、皆さんが今舐めている飴は駅前のカラオケ屋で無料配布してるミントキャンディーじゃないっすか。広太さんって早稲田行ってるくせにあったま悪いっすよねー。あ、これ悪口じゃないっすからね。あくまでも一般論」
「俺こいつ嫌い!」
日頃のノンデリカシーをちょっと懲らしめようと思っただけなのに何故か返り討ちに遭っている。ヒドイ。
「大志くんのが賢そう」
優の余計な一言にも腹が立つ。
「お前も嫌い!」
「どうぞご自由に~」
「今日はお酒売れないっすねー」
ふいに大志が余所見した。嫌いと言ったのを本気にしたのだろうか。酒を買いに来たわけではないから別に良いんだけど。
「あの人、私服警官なんすよ」
「え?」
「最近、俺一人で店番してるっすから、舐められちゃったんすよねー」
「えぇ…」
「まぁ。関わりたくないっすから、わざとスルーしてたんすけど。度を越してきたんっすよ。だから、今のところ火曜と木曜はお酒売れないっす」
万引きの犯行現場であり得ないほど落ち着き払う大志の顔を想像する。こいつ、やりやがるな。
二〇一三年七月八日月曜日。本日の空模様は晴れのち雨。
高校を中退した伝説の斎藤翔也と憧子夫婦がウチに来た。会うのは半年ぶりだ。高三の時に妊娠が発覚して強制退学を食らった。子どもを連れての初めての集まり。
「なにこれかわいい」
「心の声ダダ漏れなんだけど」
チャラチャラしていた翔也は心なしか落ち着き、少しだけ大人びて見えた。
「ちょん」
ほぼ無意識的に赤子の頬を指でつついてしまってから我に返る。
「すまん、触れてしまった」
「かわいいだろ。⬛︎⬛︎も抱っこしてみる?」
「いや、やめとく。せっかくご機嫌だし、もし泣かせたら悪いよ」
そう言う⬛︎⬛︎の表情が、今にも泣いてしまいそうだった。
「そう?じゃあ、こっちの人に渡してみよう」
「え?無理!無理でしょ!抱っこなんかしたことないのに!」
「いけるんじゃない?そうそうそう!首を支えてあげてほしいの」
憧子が意地悪く赤子をパスしてくるものだから、さすがに声のトーンを下げて抗議した。
「すごーい!泣かないね」
「ギャップやばっ。実は子供に好かれる系?」
「それはどうか知らないけども!お前らやばいって!急に抱っこさせるとか何!やばすぎ」
小さすぎる生命体が体から離れ、ほんの数秒だったのにどっと疲れた。
命の重み、、物理的に軽すぎる。
「広太」
「ん?」
夫婦が赤子に夢中になっている間に、⬛︎⬛︎は部屋へ戻ってしまった。二人はお前に会いに来たのに。
「今日はありがとうね。無理言って時間作ってもらっちゃって」
「いやいや、こっちこそ子ども連れて大変なのに来てもらって」
「また連絡するね。今日は面白い光景を見れて良かった」
小さい生き物におどおどする俺を、二人は一生笑いものにするのだろう。別に良いけど、良いけども。なんだかな。
「へぇ、赤ちゃん」
「そう赤子」
「俺なんかレジしてるだけでギャン泣きっすよ。目も合ってないのに」
「ふっ。ざまあみろ」
「広太さんって精神年齢幼いって言われません?」
「ねぇ、俺の扱い、日に日にひどくなってない?」
「いや、ただの感想っすけどね。はいこれ。特売のチラシっす。作り立てなんでまだ広太さんにしか渡してないっす。どうせまた強力粉買うんでしょ。あとは、そろそろドライイーストとか」
「ねぇ!?まじでなんなの!?いやチラシくれるのは嬉しいけども!」
「レジ打ちしてる時ってまじ退屈なんすけどね、カゴん中見てたらその人が何作るか大体分かるようになるんすよ。好き嫌いとか。それで大体の周期が分かってくるんすよー」
それを分かったとして、わざわざ客に言うのがやばいんだろうが。ストーカーかよ。ただのシゴデキとはワケが違うだろ!
「ま、こんなこと本人に言うのは広太さんくらいっすけどねー。あっしたー」
おまけに心まで読んできやがる。もしかして人間じゃなく、宇宙人なんじゃないか?と考えて、先程の大志の言葉が蘇り、考えを振り払った。
もはや“ありがとうございました”の原型がない緩い挨拶を何も思わなくなった。慣れって怖いな。大志の悪意ないチクチク言葉にも慣れる日が来るのだろうか。




