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友人A  作者: HRK
二〇一三年
12/12

12.





 二〇一四年八月十五日金曜日。本日の空模様は晴れ。


 お盆休みでどこからともなく子どものはしゃぐ声が聞こえる昼下がり。スーパーみねおかで事件が起きた。

 普段店頭に立つことが殆どない、大志の父親がレジ内の狭いスペースで蹲っているのを多くの客が見た。

 全部で三レーンあるレジ台の一つでそうしているので、他の従業員が別のレジ台を使うことで支障はきたしていないようだが、どんよりとした空気が父親の周りに大きく漂うせいでどうしても目立ってしまう。

 最速品出し作業をこなす大志にそれとなく事態を聞いた。

 「ここのところ、おかげさまで売上がいいんでね、夏休み限定のバイトを雇ったんす」

 仕事の手を止めずに商品と向き合いながらも大志は話してくれる。

 「うちの親は元々、数字には弱くて、気合いと愛嬌だけで続けてきたみたいなもんなんすよ」

 「へぇ」

 適度に相槌を打ちながら返事を待つ。

 「人のことをすぐに信用して、助けてあげたくて、自分の身を滅ぼすタイプなんすけどね。ほら、ドラマとかであるでしょ。借金の肩代わりを引き受けちゃうお人好し。それに似たタイプなんすよ」

 「うん」

 「お金に困ってるっていうバイト応募者を何人か雇って、夏休み限定じゃなくて長期で働くかもって話してて、昨日まで真面目に働いてたんすよ」

 「うん」

 阿修羅のように動かしていた手を止めて、一息ついた大志は静かに言った。

 「ゆくゆくは経理も任せたいって事務仕事を教えたんす。うちは自営業だからその辺ゆるくて。数日分の売り上げを事務所に置きっぱなしにしてたりするんすよ。家族以外の、外部の人がいたとしてもその人のこと、生まれた時から知ってますって顔して疑ったりしないんすよね。そしたら今日、夏休み期間中の売上、ぜーんぶまるごと無くなってるのに気付いて、アレです」

 アレ、とレジ内の父親を指差してため息をついた。

 「経理は俺がやるって言ってたんすけどね。どうしても困ってる人がいると助けようとしちゃうんす。だからそんなことがあっても、スーパーみねおかを利用する人を困らせたくないからって強引に店を開けてるんすよ。自営業なんだから、お盆休みってことで閉めたらいいのに、お人好しなんすよね」

 そう話す大志の姿が段々と遠くなる気がした。

 「横領した犯人はご丁寧に当日欠勤してるんで、自白してるようなものなんすけど、その人を責めようなんて気はさらさら無いんすよ。そんなことをさせてしまった自分が悪いって思ってるらしいっす。…って、どうかしました?熱中症?ここ、エアコン効きにくいから…」

 「いや、違う」

 眩暈を感じて体勢を崩したがすぐにおさまった。

 「毎日自炊で健康生活してるつもりでも、案外暑さは堪えるもんすよ」

 「思い出した」

 「買い忘れすか?」

 「全部」

 「………」

 「そっか、そうだった。思い出した。あー、なるほどね。はいはいはい。あーあーあー、まじで最悪だわ」


 商品を入れた買い物カゴを床に落として真っ先に家へ帰った。大志が何かを言っていた気もするがそれどころではない。


 「あれ、買い物行ったんじゃないの」

 やめろと言われたライブ配信をする⬛︎⬛︎が俺に気付いて振り向いた。

 リビングのソファーで視聴者と話している最中なのに、俺の異変をいち早く感じ取ったらしい。

 「出る準備して」

 「どこ行くの?」

 「お前ん家」

 「なんで?」

 「あんなことして普通に生きてるとかありえない」

 お互い配信を忘れて口喧嘩を始めてしまった。

 「なんのこと?」

 「言わなくてもわかってんだろ」

 「は?思い出したの?」

 

 ずっと忘れていた記憶。大志の店で起こった横領事件が引き金となって呼び戻された。

 



 ーーー二〇一三年二月二十一日木曜日。


 高三の夏前から大学進学を目指した⬛︎⬛︎は、遅すぎるスタートに負けじと、寝る間も惜しんで勉強漬けの毎日を送っていた。

 受験当日は万全の体調で全力を出せたと満足気に話していた。俺と優と⬛︎⬛︎。三人で同じ大学に行こうと意思を固めて約半年。

 悔いが残らないように、周囲の支えもあって無事に受験生活が終了。

 二〇一三年二月二十四日日曜日。

 水面下で準備してきた東京ドーム2daysの初日、RAITと大地の三人でステージに立つ⬛︎⬛︎を間近で観覧した。高校のいつメンみんなでVIP席に招待してもらい、ライブの成功を喜んだ。

 ライブ関係者との打ち上げにも特別に参加させてもらえた。

 二〇一三年二月二十八日木曜日。

 大学受験、合格発表当日。"コンピューター優"のポーカーフェイスを頼りに大学のウェブ画面を確認した。難関私大に全員合格。夢かと錯覚する喜びに涙した。

 ⬛︎⬛︎は誰よりも早く入学金を支払いたいと息巻いて、キャッシュカードを手に銀行へ行った。

 RAITから支払われた音楽活動で得た収入や、アルバイトの収入などを入金していて、引き出したことはなかった。引き出し方は分かるかとイジって帰りを待った。

 思いの外、時間をかけて帰宅した⬛︎⬛︎は浮かない表情でキャッシュカードをハサミで切った。

 最後にキャッシュカードを使ったのは半年以上前で、有効期限が切れていることに気付かなかったと言う。通帳か印鑑があれば可能だが、期限切れのキャッシュカードしか持っていなかった⬛︎⬛︎は入学金を引き出せなかったと落胆していた。

 何ヶ月も帰っていない実家に取りに帰ったのはその後すぐだった。一秒でも早く入金しないと安心できないからと一人で帰った。

 何かあればすぐに呼ぶから大丈夫だと言って、その日は戻らなかった。

 今日は実家で過ごすとLINEの通知が鳴り、不安は残るが⬛︎⬛︎がそう言うなら、と待つことにした。

 二〇一三年三月一日金曜日。

 この日は卒業式だった。

 担任の杉田先生が柄にもなく号泣していて最後までイジられキャラのままで終わることを不服そうにしていた。

 式が始まっても⬛︎⬛︎は来なかった。

 『どうした?』

 『寝坊?』

 『起きてる?』

 『なんかあった?』

 LINEの既読はすぐには付かなかった。

 式の途中で⬛︎⬛︎の実家に行きたいと杉田に懇願した。

 「え?今日に限って体調激悪だから休むってLINE来てたぞ。鏡堂に言わないのかって疑問だったけど…最後くらい自分で連絡しようと思ったのかと」

 「それいつ?何時?」

 「えっと、五時だ。あいつにしては早いな」

 不思議とこういう時の違和感は当たるもので、式を放棄して優と⬛︎⬛︎の実家へ走った。

 何度も電話をかけて、LINEを送って、とにかく走った。

 何度目かの⬛︎⬛︎の実家。嫌な思いを何度も味わった場所。インターホンを押しまくり、玄関のドアを力任せに叩いてドアノブを捻った。簡単に開いた玄関に拍子抜けしたのも束の間、土間に⬛︎⬛︎の靴を確認して土足で踏み込んだ。

 「ちょっと、不法侵入じゃないの?」

 物音に慌てた⬛︎⬛︎の母親が複数の男とリビングから出てきた。心なしか外見が派手になったように思う。

 なんとも言えないむさ苦しい室内にむっとする。

 優は何故か、玄関の鍵を閉めて土間から動かない。

 「⬛︎⬛︎は」

 「不法侵入!通報して」

 俺の問いかけを無視して男に命令する。

 足の踏み場もないほどダンボールが積み重なった廊下。前に来た時はこんなに狭かっただろうか。

 騒ぐ外野をシカトして⬛︎⬛︎の部屋へノックも無しに入った。

 タンスに体を預けてぐったりする⬛︎⬛︎の様子を見るに、外傷はないようでひとまず安心した。じゃあ、どうしてこんな、抜け殻になっているのか。

 「⬛︎⬛︎、何があった」

 横に腰を下ろし、目が開いていることを確認して肩を叩くが反応はない。

 「どうした?なにされた?」

 瞬きすらしない⬛︎⬛︎の体を強く揺さぶった。

 「⬛︎⬛︎!こっち向けって!」

 大きな声に反応してか、揺さぶられたのが不快だったのか。力なく合わせられた目に生気が感じられなかった。

 ゆっくりと差し出された一つの冊子に目を向ける。⬛︎⬛︎名義の通帳だった。

 「…なに」

 恐る恐る、一ページずつ開く。こまめに入金された記録はまさに⬛︎⬛︎がコツコツ働いて得た収入だ。

 およそ五十万円が貯まる手前で一括出金が行われた以降も、変わらず数万円ずつ入金されていた。ある程度貯まってからまとめて出金された記録が何度か見られた。

 問題は、先週の取引記録だ。


 13.2.24 *20,000,000

 

 日付けから推測できるのは東京ドーム公演の出演料だろう。それが当日中に二回と翌日二回の計四回、五百万円ずつ出金されている。

 残高は三円。

 ⬛︎⬛︎が積み重ねたものが、たったの三円を残して、忽然と姿を消していた。

 今なら人を殺せる。そう確信した。部屋の外で騒ぐ大人たちを掻き分けて母親に掴みかかった。通帳を顔面に押し当て、腹の底から声が出た。きっと周辺住居にも響いていたと思う。

 勝手に涙が溢れ、上手く喋れない中でも必死に抗議した。頭に血が昇る感覚がした。胸ぐらを掴む手が震えるのを感じた。自分の声が大きくて耳の中がうるさかった。

 殺してやるんだと覚悟を決めた。無我夢中で怒鳴り、首に手をかけようとした。

 気が付くと周りには警察官が大勢いて、狭い空間で暴れた。俺の体を掴んで離れさせる警官や、俺の口を塞ごうと大きな手を翳す警官。⬛︎⬛︎の母親に手錠をかける警官と、⬛︎⬛︎を連れ出す警官。全てがスローモーションで再生されるように思えた。

 二人の警官に支えられながら家の外へ連れられた⬛︎⬛︎と、その近くで悔しそうに顔を歪める優の涙を見た。

 複数の男たちにも次々と手錠がかけられ、警察の一人が言った。

 『薬物の匂いが充満してる。子どもたちを外へ出すのが先だ!』

 肺が大きく呼吸し、酸素を求めた。吸っても吸っても、苦しさがなくならない。息を忘れて怒鳴ったからだろう。

 リビングをひっくり返す警官の一人が押収した白い粉が目の前を通過する。

 ⬛︎⬛︎が死に物狂いで稼いだ金が、粉になった?

 早く息を整えて殺さないと、あいつが生きていたら⬛︎⬛︎が不幸になる。そう思うのに段々と意識がぼんやりしていく。

 目を閉じる寸前、優が慌てる珍しい瞬間を見た。


 ショートスリーパーの甲斐あってか、倒れてから数時間で目が覚めた。

 一連の記憶を全て忘れ去るという制約付きで。

 起きたら⬛︎⬛︎はいないわ、両親がいるわ、警察に事情聴取されるわで意味が分からなかった。

 卒業式にいたはずなのに、なんで警察?とまるで何が起きたのか分からない。警察官は俺の発狂シーンを見ているから、ショックで記憶を失ったのだとすんなり納得した様子だった。

 この時からだ。⬛︎⬛︎の名前が分からなくなったのは。

 いや、分からないと言うと語弊が生じる。厳密には分かっていて、本人を呼ぶこともできる。けれど、ふとした時にぼやけてしまう。

 当時は名前を聞くたびに頭痛がした。理由は分からない。何故か、名前を書けないし読めないし、聞けない。

 記憶が戻ってもそれは変わらない。


 その後、⬛︎⬛︎の母親は覚醒剤取締法違反で逮捕された。妹は少し前から施設にいると聞いた。

 子どもの金を使ったことには民事不介入で不起訴となり、ほどなくして保釈された。⬛︎⬛︎の父親が保釈金を支払ったとの情報まで教えられた。

 ⬛︎⬛︎はしばらく入院生活を余儀なくされた。俺もこんな状態で、卒業後の出来事だから杉田には情報が回らず、優はRAITや大地の連絡先を知らないため、結果的にドーム公演をドタキャンしたと報道された。

 ⬛︎⬛︎が入院していたことも、優がRAITに知らせようと動いたことも当時の俺は知らなかった。携帯は故障したのではなく、⬛︎⬛︎の家に置いてきてしまったことも、家で一人でニュースを見たのではなく、意味の分からないことを言う両親に隠れてパソコンで調べたのだということも思い出した。

 ⬛︎⬛︎だけ、大学の入学金支払いが間に合わず、合格取消しになった経緯も忘れていた。

 警察から事情を聞いたRAITが、ドーム公演をドタキャンしたことに怒るはずもなく、今でも⬛︎⬛︎と俺に寄り添った対応をしてくれていることまで全て忘れていた。⬛︎⬛︎は定期的にRAITと大地に会う約束をしていて、俺の近況報告も兼ねて⬛︎⬛︎のメンタルケアなど、手厚く面倒をみてくれている。

 大地がSNSで投稿した『謝って済む問題じゃない』については⬛︎⬛︎の親に対しての言葉であり (これは関係者にのみ知らされた)、⬛︎⬛︎への言葉ではないと公式に否定している。

 それなのに先日のライブ配信で自分への言葉と捉えられる内容を口にした⬛︎⬛︎に文句を言いうため、緊急招集されたようだった。

 

 「今更関わりたくない」

 「じゃあ一人で行く」

 「行かなくていい」

 「お前は来なくていい!俺が一人で行く!」

 「いいって!」

 「二千万だぞ!お前がバイトして稼いだ金も合わせたらもっとだ。そんな大金を……不起訴っておかしいだろ!!」


 頑固な⬛︎⬛︎を説得するのは骨が折れる。そんなことは分かっている。でも、これだけは譲れない。譲りたくない。


 「住所も移したし、戸籍も分けた。親子関係が切れたわけではないけど、俺とあの家族はもう無関係。なんの因果もない。今更掘り出されるのは俺が嫌なんだけど」

 「二千万も盗られてなんで泣き寝入りしようとしてんだよ。ていうか、お前が返す意味が分からない。親に請求するだろ、どう考えても!」

 「だから!RAITは返さなくていいって言ってくれてる。でも、はいそうですかありがとうございますにはならないだろ」

 「お前じゃなくて、親がそう思わなきゃ筋が通らねぇだろうが」

 「あのさ、まともだったらそもそも二千万使ったりしないんだよ。そんな人が改心して返しますって考えに至ることはまずない。そんなの、俺を信じてくれたRAITや、大地、チケットを買ってくれた人に対してあまりにも不誠実だろ。だからあのクソの子どもとしてケジメつけようとしてんだろ。親の責任を、子どもの俺が!」

 「親子だからって、あんな、…あんなクズの尻拭いを、なんでお前がしなきゃいけねーんだよ!親は親、子どもは子ども!他人だろ!関係ねーだろ!大学に行く夢だって奪われてんだぞ!分かってんのかよ!」

 「分かってるよ!誰よりも憎んでるし毎日殺したいか死にたいかで脳内を占拠されてる。けど!あんな親の元に生まれて、あんな親が親だって納得されたくないからせめて俺はまともでいたいと思うのはそんなに悪いことなのか」


 荒い呼吸を一旦落ち着かせようと息を吸った。一息にお前は間違っていると言おうとして、着信音が鳴った。

 スマホの画面にはRAITの文字。冷静になるべきかもしれない。RAITが俺に電話をかけてくるなんて、あの事件以降一度もなかった。

 スピーカーにして応答した。


 『よかった…あの、今すぐにライブ配信辞めれる?』


 顔が青ざめていく感覚がした。

 リビングの壁を映した配信画面にははっきりと録画マークが作動しており、とんでもない速度でコメントが流れていた。

 視聴人数は五万を超え、三脚に固定されたスマホが熱を持っている。


 『今から行ってもいいかな?落ち着いて話をしよう』

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