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友人A  作者: HRK
二〇一三年
1/8

1.

 二〇一三年六月六日木曜日。本日の空模様は曇り時々晴れ。

 大学の講義が長引いたせいで乗るはずだった電車に乗り遅れた辺りから調子が狂った。一秒でも早く帰宅してやりたいことがあったのに、遠回りの路線で迂回することになった。時間の無駄だ。こんなことなら数分、待って最短の電車に乗るんだった。気持ちが逸るとどうも上手くいかない。

 六月六日、ゾロ目の日。家の最寄り駅にあるスーパーマーケット『みねおか』の特売セール日だ。個人経営のこじんまりとした店構えだが、最近アルバイトとして入社したオーナーの息子がなかなかやってくれる。年齢は確か、俺の二つ下だからまだ高校生である。

 決して愛想がいいとは言えない、どちらかというとつっけんどんな印象が強い息子、峰岡大志(みねおかたいし)。ヤツが働くようになってからというもの、品揃えが素晴らしくなった。話題の新商品はどこよりも早く、痒いところに手が届く系の商品まで取り扱うようになった。しかも、近隣のスーパーより格段に安く、質が良い。

 個人経営の小規模な店だから他より閉店時間が早く、これまでは行く機会がなかった。

 しかしどうだろう。三ケ月前、二十一時過ぎに偶然、店の前を通りかかったらなんと営業していた。

 特に買い物する気はなかったが、少しの好奇心と冒険欲に身を任せ初入店を果たした。


 「らっしゃっせー」決して快活とは言えない気の抜けた挨拶で出迎えてくれた大志は、俺の顔を一瞥してから得意の品出しを始めた。ポテトチップスの袋のシワまでピチッと伸ばしてから、阿修羅のように高速で作業していく。幻の腕が見えているのは俺だけではないはずだ。

 「例の…」

 「そんなこったろうと思って、棚の奥に隠してるっすよ」

 「ありがとう」

 広告の特売商品の中には俺たちが愛してやまない激辛・激旨カップラーメンが破格の値段で売り出されるとあった。気持ちよく品出しをしている大志に、わずかに申し訳無さを抱きながらこっそりと話しかけてみたのが大正解だった。

 「こっちっす」

 「こんなところに」

 「ここなら、ジジババしか寄り付かないんで。三個っすよね」

 大志が案内してくれたのはいかにも、祖父母宅に常備されていそうなおかきやあられの(たぐい)がまとめられた菓子コーナー。菓子の袋をいくつか避けてようやく姿を現したのは真っ赤なパッケージの激辛・激旨カップラーメンだ。ご丁寧に三つも取り置いてくれたのだ。こいつはなかなかにデキる。

 「世の大人たちはこんな地獄みたいなラーメンを好んで食べやがる。狂ってんすか」

 唇を真一文字に結び、ジト目を向ける大志はまだまだ子どものようだ。絶対に食べたくないという意志を感じる。

 「明日は豆腐屋が来るっすよ。朝一の新鮮なやつ」

 「まじで!?」

 大志は客の好みを把握しきっているのだろうか。少なくとも俺にはいつも有益な情報をたんまりと洩らしてくれる。

 「俺は学校なんで親父しかいないっすけど、教えたの広太さんだけなんで一番乗りすれば余裕で買えるんじゃないすかね。責任は取らないっすけど」

 大志はボサボサの黒髪をワシワシと撫でながら大きなあくびをした。

 「まじで助かる。ありがとな」

 

 「あざしたー」

 レジまで完璧にこなす大志はやはり気だるげな接客をしてくれる。あいつは恐らく、経営の勉強をしたらとんでもなく活躍するのだろうが、将来はやはり『みねおか』の店長一択なのだろうか。

 熱心に勉強するタイプにも見えないし。自分がすごい特技を持っていることに気付いてもいなさそうだ。

 帰宅途中に古くからの友人、(まさし)にメッセージを送った。目当てのカップラーメンが手に入ったから恒例の早食い勝負を仕掛けたのだ。週に一度、三人で行くことになっている温泉代をかけて本気の戦いをしているわけだが、優はいつも負け役だった。今日も勝てるだろうと余裕こいていたから、自分が負けようなんて思いもしなかった。

 「なんで?」

 「ズルした?」

 友人二人から責められた優は、“参った”と言わんばかりに、とある瓶を持ち出した。

 「お湯を入れるときに混ぜた」

 瓶には『甘酢』の文字。キッチンで工作したと言う。まさかズルをするなんて。

 「匂いでバレるかと思ったけど、案外分かんないもんだね」

 「ズルじゃん!無し無し!今の無し!」

 「甘酢って合うの?スープ飲ませて」

 麺やかやくを綺麗に平らげた優のスープを一口。友人は目をみはった。

 「うっま。これは革命だね。広太も飲んでみて」

 勧められるまま飲んでみて、確かに美味しかった。そういうことなら…。

 「次回は仕方なく、全員で調整したものを早食いしよう」

 「じゃあ激辛じゃなくても良さそうだね」

 「いや!今日より少ない量を入れて、辛さは味わってもらう!」

 「なるほど。おっけー。そうしたら、今回の温泉はどうする?それぞれで?」

 「迷う!」

 「広太がいいなら、今回は俺らで優の分を負担しよう。いつも優には不利な勝負をしてもらってるんだし」

 「いいだろう!⬛︎⬛︎の言うことだからまぁ、仕方なくだ」

 「ズルしたのに、なんか悪いね」

 「別に、ルールなんて最初から無かったろ。おっ、そういえば明日、優の大好物の豆腐屋が来るって大志が教えてくれたんだ。一緒に行くか?」

 「ごめんだけど朝は無理。激辛を何個食べさせられても無理」

 「え、じゃあ甘酢無しでやる?」

 「無理」

 「甘えんな!ざこ!」

 「広太、口悪い。いいじゃん、どうせ広太は何もなくても早起きするんだから」

 「そういうお前は何時に起きたんだよ」

 「ははは、さっき」

 「はぁ?やる気無さすぎだろ」

 「まぁね」

 こうして毎週、俺たち幼馴染はなんてことない日常を楽しんでいた。

 違う日にはもっと大勢の友人を招待して、テレビゲームや恋バナに花を咲かせることもあった。


 二〇一三年六月十日月曜日。本日の空模様は晴れ。

 「俺の二個上ってことは未成年っすよね」

 「覚えてたの?いつも売ってくれるから忘れてんのかと思ってた」

 幼馴染の同居人と飲むチューハイのバーコードを無表情でレジに通す大志がつっけんどんに言い放つ。

 「さすがに、あからさまな子どもには売らないっすけど。広太さん老けてるんで」

 「失礼しちゃうな。贔屓が無ければぶん殴ってる」

 「昨日は¥@&さんが買いに来たっすけど年確したっすよ、さすがに。同い年かと思って」

 カゴに大量に積んだチューハイはまだ無くならない。変わらず真顔でレジ打ちし続けている大志の声が一部聞き取れなかった。

 「え?誰って?」

 「¥@&さんっす」

 靄がかかったように聞こえない。俺の様子を見かねた大志が機転を利かせ、そいつの特徴を言ってくれたおかげで誰のことを言っているのか合致した。

 「あぁ、⬛︎⬛︎ね」

 「あの人、中学のジャージみたいなの着てるから、夜出歩いてるのも周りの大人はよく思わないでしょうね」

 「高校のだけどな」

 「身なりが子どもっぽいって話っす」

 「⬛︎⬛︎と話したんだ」

 「年確されたことに驚いて、“広太はいけんのに”って言ってたんで、ちょっとばかし世間話を」

 「そういや、年確されたって言ってたかも」

 「周囲の目があったんで¥@&さんには売らなかったっすけど。広太さんは老け」

 「二度も言わなくていい」

 「わざとっす。あざしたー」

 駐車場で待つ⬛︎⬛︎に出入り口まで来てもらい、重たい袋を一つ手渡した。今日は友人を招いて未成年飲酒パーティーを開催する。

 「やっばいね。酒だけでこの量。えぐ」

 「誰かさんの消費量がえぐすぎてこれでも足りないんじゃないかと思ってる」

 「さすがに足りるよ。家にもまだ残ってるし。誰か持ってくるでしょ」

 ⬛︎⬛︎に運転を任せて家に帰ると、既に何人かがコンビニ袋を提げて集合していた。

 高校の同級生四人と大学でつるんでいる三人。あとは優の彼女とその他数人。

 父から譲り受けた一軒家に二人で住んでいるから物悲しくて頻繁に人を呼んでいる。ここが出会いの場となってどんどん人脈が広がるので、大学生としては非常に、、、楽しい。

 「これ¥@&くんが好きって言ってたお酒だよね?」

 「そうだっけ?」

 「え、あれっ、違うじゃーん。誰が飲むの」

 「貰っていいの?」

 「え、飲める?」

 「なんでも飲む」

 「えー!お酒つよーい」

 コンビニでよく見る青いパッケージの日本酒スパークリングを貰って⬛︎⬛︎は上機嫌だ。他にも⬛︎⬛︎に飲んでほしいと様々な酒が並べられた。

 次々と人が集まり、たちまち広いリビングは人で溢れた。手料理を振舞う者や飲みゲーで自滅する人。酔い潰れては起こされ、カオスな空間が作られていく。

 「¥@&っていつも寝てたイメージしかないのに、酒飲んでも眠くならないのすげー」

 「何故か飲むと覚醒するんだよね」

 「酒強いっていいなー」

 ⬛︎⬛︎の微笑む顔が霞む。飲みすぎた。限界。寝る。


 六月二十三日日曜日。本日の空模様は大雨。土砂降り。大豪雨。

 俺の趣味は料理。朝昼晩、全部自炊をしても全く苦にならない。なんなら家事全般が好きだ。掃除洗濯料理に片付け。家の中を動き回るのが大好きだ。幼馴染で同居人の⬛︎⬛︎は大抵、夜まで寝ている。昼夜逆転しているのもあると思うが、そもそもの活動時間が極端に短い。こんな日は尚更、部屋から出てこない。

 「広太さんって大学生っすよね」

 「そうだけど」

 「暇なんすか」

 「なんで?」

 すっかり通い慣れたスーパー『みねおか』の店員、峰岡大志が買い物カゴの商品をバーコードスキャンしながら問うてきた。

 「だってこれ、パン作る粉っすよね。確か、先週も買ってなかったすか。一週間で無くなるもんじゃないと思うんすけど」

 やはりこいつはやりやがる。普通、客が一週間前に買った物など覚えていない。本人さえ正確に覚えているかどうか。

 「大志って俺のこと好きなの?」

 「はあ?なんか、広太さんって悩みとか無さそうでいいなーとは思うっすね。あざしたー」

 仕事はできるが、友達はいないタイプじゃないか?あのデリカシーの無さ。そういえば前は老けてるって。あのガキ、ちょっと仕事ができるからって。

 こちとら日頃の鬱憤をパン生地にぶつけてるってんだよ。こねてこねてこねてこねて。美味しい焼き立てパンとアツアツのコーヒーで優雅な朝食を楽しんでんだ!

 今朝は簡単なロールパンを作ったけれど、大志への恨みを込めてフランスパンを焼いてやる。アヒージョにしてこっそり贅沢ディナーにしてやる。

 ⬛︎⬛︎は多分起きてこないから、多少行儀悪くても読書しながら一人時間を楽しもう。


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