光を信じた日
この物語は、実体験をもとにしたフィクションです。
傷を抱えながらも、人を信じたいと願う心の物語です。
「左目も見えなくなるかもしれないんだ。」
彼がそう言ったとき、私は笑うことも、うなずくこともできなかった。
それは、まるで「君と一緒に未来を見たい」と願う気持ちすら、試されているような気がしたからだ。
だけど、私は彼を選んだ。
お店のネオンがにじむ夜、
父が経営するキャバクラで、私はただ日々を流すように働いていた。
過去のことを誰にも話せず、心の中で何度も壊れたまま、
それでも笑っていた――生きるために。
そんなとき、彼が現れた。
14歳年上のその人は、
見えないはずの右目で、私の中の「傷」に気づいたような眼差しを向けてきた。
それが、初めてだった。
誰かにちゃんと“見られた”気がしたのは。
私が彼に出会ったのは、19歳のころだった。
昼は大学に通い、夜は父が経営する店で働いていた。
キャバクラというと世間の目は冷たいけれど、私にとっては“居場所”のような場所だった。
たしかに心がすり減るような夜もあったけれど、それ以上に「自分には価値があるのかもしれない」と思わせてくれる瞬間があった。
誰かが私を選んでくれる、そんな時間が。
眠かった。
正直、いつも少し眠かった。
昼夜逆転の生活の中で、心も身体もいつもギリギリだったけど、
それでも店の中で笑っているときだけは、不思議と楽しかった。
きっとあの頃の私は、心のどこかで、誰かに必要とされることをずっと欲していたんだと思う。
彼はサラリーマンだった。
スーツを着て、仕事帰りの疲れを隠そうともしない、そんな人。
最初に来たときのことは、正直あまりよく覚えていない。
でも、妙に静かな目をしていたことだけは、印象に残っている。
そして何度か来店するうちに、ぽつりと彼が言った。
「実は、右目が見えないんだ。…左目も、いつか見えなくなるかもしれないって言われてる。」
そのとき、私は言葉が出なかった。
涙がにじんでくるのを、必死で笑ってごまかした。
悲しかった。怖かった。でも、それ以上に――彼のその静かな優しさに、心が惹かれた。
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彼と店の外で会ったのは、同伴だった。
キャバクラで働く女の子にとって、“同伴”は特別な営業。
お客様と一緒に食事をしてから店に出勤する。
形式上は仕事。でも、二人きりで会えるその時間には、少しだけ“素の自分”が出る。
その日、待ち合わせ場所に現れた彼は、いつもと変わらない表情だった。
緊張していたのは、きっと私の方だった。
どこか照れくさくて、でも少し嬉しくて。
食事中、彼は無理に話題を広げようともしなかった。
私が話すと、穏やかに耳を傾け、静かに笑った。
沈黙が続いても、気まずさはなかった。不思議と安心感があった。
でも、他のお客様と違って、彼は距離を詰めてこなかった。
手も繋がないし、ボディタッチもない。
“何もしない”ことが、逆に印象に残った。
だから、店に向かう道すがら、私は聞いてしまった。
「……なんで手、出さないの? 私、好きじゃないの?」
言ったあと、すこし後悔した。
でも彼は、私の方を見て、落ち着いた声で言った。
「好きだからだよ。……嫌われるようなこと、したくない。」
胸の奥がじんとした。
そんな答えを返してくれる人が、この世界に本当にいるんだと、思った。
お店の外で“女の子”扱いされることに慣れ始めていた私の中で、
その言葉はまるで、雪の中に咲いた花みたいだった。
同伴という限られた時間の中で、私ははっきりと感じた。
この人の優しさは、計算じゃない。
本物だ――と。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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